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リアクション
【4】CRUSADER【2】
「……何が起こったの?」
パトロール中の風紀委員葛葉 杏(くずのは・あん)はこれまでに感じた事のない感覚に戸惑っていた。
「わ、わかりません……」
橘 早苗(たちばな・さなえ)はそう言ったが、ふとアイリの言葉を思い出した。
(そう言えば、彼女、シャドウレイヤーがどうのって……まさか、これがその……?)
「何か異常が起こったのは間違いがないわ。原因を突き止めないと……」
パトロールを再開した二人だったが、すぐに歩みを止めた。海京で見た事もない一団を見付けたのだ。
灰色の世界に現れた彼らの出で立ちは影のようだった。
身体に張り付くようなライダースーツは静止した僅かな光を鈍く跳ね返している。頭部を覆うフルフェイスのヘルメットには禍々しい意匠が施されていた。蝙蝠を思わせる翼や鋭く突き出た牙、教会の屋根に巣食うガーゴイルを思わせる。
(……あの集団はまさか、アイリさんの言っていたクルセイダー!?)
「……見るからに怪しい奴らね。あの集団が犯人に違いないわ。すぐに捕まえ……って、あれ? 早苗?」
振り返ると、早苗は消えていた。
「……いないし! なによ、ビビッちゃって、仕方がないわね……!」
杏は一人でクルセイダーの前に飛び出した。
「待ちなさいっ! そこのヘルメット集団! 風紀委員よ!」
クルセイダーは一斉に足を止め、杏に振り返った。
「このシャンバラ最強のフラワシ使い(自称)である葛葉杏様の前に出てくるとはついてないわね。大人しく縛について正体を明かすなら良し。それが嫌だってんなら、実力行使で取り押さえさせてもらうわよ!」
彼らは無言で杏に接近する。
「いい度胸じゃない……!」
フラワシ『キャットストリート』を降霊し、嵐のような乱撃をクルセイダーに放つ。
ところが、クルセイダーの一人はフラワシの攻撃をあっさりと素手で叩き落とした。
「こ、この私の攻撃が通用しないですって……!」
杏は気付いていなかった。このシャドウレイヤーの中では、普段の30%ほどの力しか出せていない事に。
敵は素早く懐に潜り込むと弾丸のような掌底を繰り出した。
「がはっ!?」
内臓と肋骨に渡る衝撃に悶絶し、杏は地面をごろごろ転がった。敵は歩を揃え、倒れた彼女にゆっくりと迫る。
「我等、神に祝福されし理想の尖兵。我等が道を遮る理想の敵に安らぎを。安らかなる眠りを」
「ま、まずい……。た、立てない……」
何気なく放たれた一撃だが、クルセイダーは殺人・破壊に長けた集団、必殺の威力を持っている。
「そこまでだ!」
静寂を突き破る凛とした声。ビルの上に人影が見える。
「心に点る小さな光! 次世代魔法少女てぃんくるサナエ!」
マジカルスマートフォンをきらりん☆と輝かせ、てぃんくるサナエは勢いよくビルから飛び降りた。
着地と同時に格闘ポーズを取る彼女から、きらきら光るマジカル調の闘気がほとばしった。
「はああああああああーーっ! てぃんくるナックル!!」
「……!?」
咄嗟に拳を防御したクルセイダーだったが、その威力は彼の防御を上回り、天高く突き飛ばした。
宙を舞った同志に臆することなく、仲間のクルセイダーはサナエに顔を向けた。
「……こんなところに魔法少女だと? 何者だ、貴様……?」
「聞こえなかったのかのなら何度でも教えてやろう、海京に平和をもたらす光、てぃんくるサナエだ!」
「てぃんくるサナエ……?」
薄れ往く意識の中、杏は目の前に降り立った魔法少女をぼんやり見つめた。
「クルセイダー! あなた達の相手は彼女だけじゃありません!」
再びビルの上に人影が現れた。
「世界の危機に颯爽登場! 魔法少女アウストラリス、見参!」
「お、おなじく……魔法少女ポラリス!」
魔法少女となったアイリと寿子は、華麗にポーズを決めてみせた。
アイリは青を基調とした魔法少女ドレスに、寿子はオレンジを基調としたドレスに、それぞれ変身を遂げている。
「……アウストラリス、この時代に来ていたとは。どこまでも我等の前に立ちはだかる奴だ……」
「……問題ない。作戦を続行する。まずは目の前の事象を片付けるぞ……」
クルセイダーは手を閃かせた。すると短剣や大刀、長槍、戦斧などの武器が、手の中に現れた。
「久しぶりに会ったのに挨拶もなしとは残念です。やはりあなた方とは仲良くなれませんね……!」
アウストラリスが手をかざすと、目の前に南極星の如く輝く光の壁が現れた。
「アウストラリス・ディフレクター!」
クルセイダーの攻撃を、光の壁で防御する。
「敵の攻撃は私が引き受けます。今のうちにポラリスは攻撃を!」
「う、うん……!」
魔法少女アウストラリスは防御に長けた魔法少女。魔法少女ポラリスは攻撃に長けた魔法少女なのだ。
ポラリスが手をかざすと、光の中に、ライフルドマスケットが出現する。
「魔弾装填!」のコールで、ライフルの先端部がまばゆい光に包まれた。
「……この時代で見付けたアウストラリアスの仲間か。しかし単発式の銃でなにが出来ると言うのだ……」
「……待て! 銃口に凄まじい魔力が集束している……!」
「ポラリス・パニッシュメント!!」
発射された光弾はすぐさま炸裂し、無数の光線となって、クルセイダーに襲いかかった。
「……我等は神に祝福されし理想の尖兵。加護に守られし我等に恐れるものなど無し」
しかし、敵は凄まじい攻撃に晒されても、微塵も退く様子を見せなかった。それどころか、迷いなく前進してくる。
多少の被弾など無視するその猛進は、逆に最小のダメージで光線をやり過ごす結果になった。
「む、向かってくるよ!」
「……彼らは死を恐れません。自分の命よりも任務を達成する事を喜びとしているのです」
「どうやら、海京に迫る敵はとても恐ろしい相手のようね」
「!?」
不意の声にアイリは振り返った。
そこに立っていたのは、秋月 葵(あきづき・あおい)と魔装書 アル・アジフ(まそうしょ・あるあじふ)だった。
「さっきから様子は見させてもらったわ。アイリ……ううん、魔法少女アウストラリス」
「あなたは……。あっ、ダメです。生身の人間がこんなところにいては。早く逃げてください」
「その必要はないわ。あたしはあなたと一緒に戦うために来たんだから」
光精の指輪を掲げる。灰色の世界を貫くまばゆい光に、葵は包まれた。
「絢爛登場! 突撃魔法少女リリカルあおい!」
深青の魔法少女装束に包まれた葵……いや、リリカルあおいの姿にアウストラリアスは目を丸くした。
「いつでもおそばにまほうしょうじょ……魔法少女インフィニティ☆アル」
アルも魔法少女に変身する。あおいと同じデザインのドレス。こちらはピンクバージョンだ。
小さくポーズを取ったあと、すぐに顔を真っ赤にして、あおいの後ろに隠れた。
「警告するわ。あたしは戦いなんて望まない。ここで武器を捨てるなら、攻撃は加えないと約束するけど……」
あおいは魔砲ステッキをクルセイダーに向けた。けれども、クルセイダーに歩を止める様子はない。
「……ま、それで止まるわけないか。でも、一応警告したからねっ!」
ステッキを空に向けた。
「全力全開! シューティングスター☆彡フルバースト!!」
上空から大量の星が降り注ぐ。きらきら光る五芒星。そのメルヘンチックな見た目とは裏腹に、高高度から落下してくるそれは、凄まじい加速を伴って地面に大穴を空ける。アスファルトをめくり上げ、周辺の建物を吹き飛ばした。
「……は、はうう。凄いねぇ……」
「う、うん……」
ポラリスがアルに話しかけると、アルは恥ずかしそうに顔を伏せた。でも、チラリとポラリスを見る。
「ですぅ……」
「はう……」
(……なんだか、あたしに似てるかも……)
降り注ぐ星はクルセイダーに甚大な被害を与えていた。地面に直撃した際の衝撃波だけで、彼らは吹き飛ばされ、こちらに近付く事は出来ずにいた(もっとも、それ以上に西区の施設に与えている被害は甚大だが)。
死の恐怖から脱したクルセイダーと言えども、大量の星を前に突撃を仕掛ける事はしなかった。ただ犬死にするのは無益な行為だと知っている。
「……我等の目的はアウストラリアスではない。時間の無駄だ。我等は我等の任務を優先する……」
クルセイダーは突如、踵を返すと散開し、それぞれ消えた。
「……ま、待ちなさい!」
「ま、待って……!」
傷付いた杏も追跡しようとするが、腹部に走る激痛のため、立ち上がる事が出来なかった。
遠ざかるクルセイダーと魔法少女達の背中を見つめる。
「大丈夫ですか、杏さん!」
意識が途絶えそうになったその時、先ほどまで姿が見えなかった早苗が戻ってきた。
「……あ、あんたどこ行ってたのよ?」
「ええと、その……」
「今、アイリとか寿子とか、あと、てぃんくるサナエとか言う怪しい魔法少女が戦ってたのよ……」
「へぇ、てぃんくるサナエ……。あ、それよりもく病院に行きましょう。この空間じゃ傷に障ります」
早苗は応急処置を施していく。
「にしても、てぃんくるサナエ、あの衣装、間違いなく変態か痴女ね。いい年して魔法少女とか笑え……痛っ!!」
「……あー、ごめんなさい。手が滑りました」