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【●】月乞う獣、哀叫の咆哮(第3回/全3回)

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【●】月乞う獣、哀叫の咆哮(第3回/全3回)

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11




 同じ頃、イルミンスールでは、アルケリウスとの最後の戦いが行われているところだった。
 エネルギーの供給を失ってから、既に長く戦闘を続けている。元々の力がいかに強かろうと、我が身を省みない戦いを続け、その上魂を削りながらの戦いだ。既に明らかだった勝敗は、ほぼ決定的と思われていたが、アルケリウスは変わらず強い殺気を纏わりつかせて槍先の敵を睨みつけている。
 その視線を受けながら、相田 なぶら(あいだ・なぶら)は思わず眉を寄せた。
「足掻くのは、ここらへんでやめには、できないかなぁ」
 アルケリウスが目を細めるのに、なぶらは続ける。
「ここが引き際だって、判ってるんじゃあないのかい?」
「引く……か。どこへ退くというんだ?」
 嘲笑と自嘲がない交ぜになったような笑いを浮かべて肩を竦める仕草は、色濃く残る憎悪の炎を纏う姿からは、酷くちぐはぐで、見ているものを落ち着かなくさせた。何かの認識が決定的にずれているかのような感覚が纏わりつくなかで、それでも優は、「貴方に退く場所がないのなら、俺たちが作る!」と、こちらも不屈の意思でアルケリウスに相対する。
「貴方と、、ディミトリアスと、巫女……貴方達が、共に救われる場所を……!」
 優の言葉に、陰陽の書 刹那(いんようのしょ・せつな)が眉を寄せ、神崎 零(かんざき・れい)も身を乗り出すようにして訴えた。
「お願い、私たちを信じて……!」
 だが、その言葉に、揺らがされるでも、けれど最初に相対した際にそうだったように、苛立たしげにするでもなく、アルケリウスはただ目を細めた。
「……救いなど、無い。最初からな」
 呟くように漏らされた言葉を、優が問い質すより早く、アルケリウスは口の端をにい、っと引き上げて邪悪で好戦的な笑みを浮かべて、再び槍を構えなおした。
「言ったはずだ。俺の憎悪を、還せるものなら、還してみせろ、と」
「……成る程な」
 その光景を、体力と魔力の回復を待って前線へ復帰したグラキエス・エンドロア(ぐらきえす・えんどろあ)が呟いた。
「もう自力では、止められないところまで来ているんだな」
「そう、みたいだねぇ」
 彼も最早無駄だと分かっているだろう。無意味な行動だろうと自分自身理解しているだろう。それでも、恐らく、愛情から起因している憎悪であるが故に、一度歩を進めた道を引き返す事も、省みることも出来ないで居るのだ。例えその先には、何もないのだと判っていても。
「……なんというか、不器用な人だねぇ」
 槍と魔法とを使いこなし、一人で多数を相手にするような器用さを持ちながら、その中身は愚直で不器用だ。なぶらの独り言のような呟きに、グラキエスは痛ましげに、けれど真っ直ぐにアルケリウスを見やって「彼がそこから解放されるには……終わらせてやるしかない」と口を開いた。
「せめて受け止めてやろう、全て」
 宣言するような言葉に、ロア・キープセイク(ろあ・きーぷせいく)は「エンドらしいことですね」と息をつき、アウレウス・アルゲンテウス(あうれうす・あるげんてうす)は力強く頷いた。
「主がそのおつもりなら、私も全力を尽くしましょう。この鎧と力、存分にお使い下さい!」
 そうして、アウレリウスがグラキエスに纏われていくのを横目に、なぶらは、アルケリウスの言葉が脳裏によぎって、複雑な心地で剣を握っていた。
「……確かに勇者らしくはないかなぁ」
 彼が復讐でしか自身の保てないように、自分もただ剣でしか、止めることが出来ないでいる。僅かな自嘲を漏らすものの、すぐに振り切って、剣を構えなおした。
「ま、ごちゃごちゃ考えるのはここまで……”勇者を目指す者として大切な母校の為”もうひと踏ん張り行きますか」

 先制はアルケリウスだった。
 地面を蹴ったその足で一気に距離を詰め、繕い無い真正面から突き出されてくる槍を、なぶらは混沌の楯で受け流すと、すれ違う形になるアルケリウスにめがけてグラソウナスを振り下ろしたが、それは跳ね上げられた槍の柄に受け止められて、今度は逆に剣先を絡め取られる形でいなされる。だが、接近している状態では、槍より剣の方が早い。すぐさま2撃目を今度は横なぎに払おうとしたが、アルケリウスは体を回転させると、その勢いに合わせて槍を振った。二つの方向違いの回転が、コマがぶつかりあうようにして弾けて、僅かに距離が出来る。
「――っ」
 リーチ差から、槍が先に到達しようか、と言う瞬間。なぶらの放った真空波が両者の間に割り込んで、互いの距離を開かせる。そのまま、二撃、三撃、とアルケリウスの槍の間合いを取らせ無いように、真空波が幾つもの角度で放たれ、それらを雷で相殺するアルケリウスに、振りかぶったなぶらの剣がガギンッと鈍く激突する。びりびりと互いの掌まで振動させる重たい一撃。温存をやめたなぶらの攻撃に、アルケリウスが一瞬笑った。
「そこで笑う、ていうのもなあ……っ」
 なぶらが苦く苦笑したが、何を思っている暇も無い。そのまま激しい攻防戦が開始される中、グラキエスは深く息を吸い込んで、自身の魔力を解き放とうとしていた。それだけでじわじわと体に掛かってくる負担と苦痛に軽く眉を寄せながら、その力故に近づけないロアに、ちらり、と視線を送った。
「全力でいく……万が一のときは、頼む」
 そしてその答えが返るより早く、グラキエスは飛び出していた。自身を蝕むほどの魔力を纏わせた剣、アクティースは、なぶらとの激突で一瞬距離を開けた瞬間を狙って振り下ろされた。その威力を瞬間的に察知したのか、槍を交えずにアルケリウスは咄嗟に後方に下がるが、それを許すグラキエスではない。そのまま追撃にかかったが、攻撃を仕掛けた側のはずのグラキエスの腕にびしりと傷が走った。自身の魔力が、攻撃を振るうたびに反動で自らを傷つけているのだ。
 その、自身を省みない戦い方は、自身の魂を憎悪の炎へと喰われながらのアルケリウスと、鏡で向き合っているかのように似ていた。ただし、違うのは――アルケリウスが一人だ、ということだ。
「炎よ……っ!」
 ごうっとアルケリウスの槍先から吹き上がった炎がグラキエスに襲い掛かる。それを、剣を払ってグレイシャルハザードで相殺したが、その隙を突いてアルケリウスの切っ先がグラキエスの喉元を狙っていた。が。
「させませんよ!」
 それより早く、ロアによってばら撒かれた弾幕が、アルケリウスの攻撃を制した。そのまま、アルケリウス自身へ狙いを定めて引き金を引きながら、ロアはグラキエスの言う万が一……魔力が暴走した場合、撃ってでも止めろ、というその言葉を思って唇を噛んだ。
「絶対に“万が一“なんて起こさせません……!」
 そんなロアとグラキエスの連携にあわせ、間隙を入れずになぶらの一撃が割り込んでくるのだ。一撃が威力の大きいグラキエスと、その合間のを縫い合わせるようななぶらの攻撃に、流石のアルケリウスも防戦に苦心を始めていた、が。それも、暫くの間だけだった。勝ちを取りにきたのか、それとも捨てたのか。唐突に構えを変えると、アルケリウスは目を細めると、槍先を正面へ構えると、纏わせた雷でその刃先を倍近くまでにすると、真っ向からグラキエスへ向けて、突撃してきたのだ。
「っ! 来い、アルケリウス――!」
 迎え撃つグラキエスも、荒れ狂う魔力を剣先へ纏って振り下ろし、両者が激突する。雷と魔力がぶつかり合ってばちばちと周囲にその余波がばら撒かれ、イコンの装甲すらも切り裂くアクティースが、アルケリウスの槍を両断した。が。
「な……ッ」
 そのまま振り下ろされた剣が、自身の肩に食い込んでいくのに、アルケリウスはにっと口の端を上げて笑い、片手でその刃をぐっと握りこむと、それを伝わせて、憎悪の炎をグラキエスに向わせたのだ。暗い憎悪は、暴れ狂う魔力に直ぐに飲み込まれて行くが、そもそもが制御の効かない魔力である。それが唐突に膨れ上がればどうなるか――…… 
「ガッ……ッ!」
 グラキエスの口から、血が迸り、ずるり、とその手から剣が離れた。暴れる魔力に、体のほうが限界に近付いたのだ。
「エンド……ッ!」
 叫んだロアが駆け寄ろうとしたが、遅い。アルケリウスの折れた槍はいまだ、その手にある。そのまま突き出されようとした槍先がきらめく、が。
 どずり、という鈍い音と共に、切っ先が食い込んだのは、アルケリウスの脇腹だった。彼が自身の肉を斬らせて隙を作らせたように、その間に、なぶらが死角からの接近を果たしていたのだ。
「……どう、した。酷い、顔だ……」
 ぶつかり合った魔力同士の余波を受けて、全身に細かい傷を受けながら、勝利したと言うのに苦い顔のなぶらに、アルケリウスの方が嘲笑うように笑みを浮かべている。ずるりと剣を自ら下がって引き抜かせ、殆ど気力だけで立っているようなふらふらな姿で、アルケリウスはまだ、槍を手放さずにじっと、敵を見据えている。
「……笑え……そして、殺すがいい」
 低く呟く声に、ガチン、とその銃口を、殺すために――そうして、その魂を楽にしてやるためにと向けたのは、セレンフィリティだ。極力感情の載せない顔が、目線も逸らさず、アルケリウスを見る。
「これで終わりよ……さよなら、アルケリウス」
 アルケリウスは動かない。そして、その指先が、引き金に力を入れた、その時だ。
「ごめんなさい……!」
「な……ッ!?」
 セレンフィリティの視界が、唐突に真っ白く埋まった。アルケリウスを殺させまいと、ユキノの放ったバニッシュが、その目を眩ませたのだ。その一瞬で、十分。アルケリウスは距離を取ろうと、体を転がして離れようとした、が。
「……っ」
 どん、と、その体が小さな影にぶつかった。ニキータの援護の為に、近付いていたタマーラだ。
「タマーラ……っ」
 ニキータが声を上げ、刹那、緊張の走る中、タマーラはその大きな目を見開いた。ぶつかった弾みで繋がった、アルケリウスの掌の温度。生命の無い冷たさと、ぽっかりと空洞になった場所の中に、揺れる炎が二つ。
「――……」
 時間としては、瞬く隙間も無いほどのその短い間。届いたはずのアルケリウスの槍先は、振り下ろそうとした形のまま動かなかった。そんな、ほんの僅かな躊躇いに似たもの。それが、全てを決した。
 その一瞬の後に飛び出したヒルダ・ノーライフ(ひるだ・のーらいふ)が、一気にその距離を詰めると、振り上げられたままの槍の柄を掴んで切っ先をそらせながら腕を強制的に伸ばさせて掴み、そうして動きを封じたアルケリウスの腕に、逆側から同じく距離を詰めていた丈二が、腕輪を宛がった。それは不思議とするりと掌を通り、手首まで至ると収縮してぴったりと吸い付く。
 同時。
「腕輪よ、”アルケリウス・ディオン”の魂を封じよ……!」
 丈二の声に呼応して、腕輪が強い光を発したかと思うと、アルケリウスの全身が淡い光に包まれた。その光が濃くなるにつれ、薄らいでいくアルケリウスの姿は、最後、苦笑するような表情を浮かべたかと思うと光の粒となって霧散し、腕輪の中に吸い込まれていった。パキン、と言う高い音の響きと共に、体の片鱗一つ、残すことなく。
「……不完全な復活……というのは、こういうことだったのでありますか」

 丈二が呟いた視線の先では、恐らくその体の媒介であったのだろう、砕けた珠が、月の光を淡く反射しながら、静かに転がっていたのだった。