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サンサーラ ~輪廻の記憶~ #3『遥かなる呼び声 前編』

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サンサーラ ~輪廻の記憶~ #3『遥かなる呼び声 前編』

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▽ ▽


 人を殺すことに対する感覚は、とてもとても鈍かった。
 そこに人がいれば殺したし、幸せそうな人間も、不幸せそうな人間も同じように憎んだ。
 世界で一番許せないのは、自分をこんな境遇に置いた親だが、今は既に、それを越えて、世界の全てが許せなかった。

「世界を滅ぼしたいの?」
 捕らわれの娘が、シンに語りかける。
 私もよ、とアレサリィーシュはシンに囁いた。
「教えてあげる。世界の滅亡を予言した祭器がいるわ。
 きっとその祭器が、世界存亡の鍵となる」
 立ち入りを許されない館の奥にこんな美しい娘が監禁されていたとは、シンは驚きつつも、その言葉に頷く。
「でも何で、そんなことを知ってんだ」
「……」
 それは、ナゴリュウに聞いたからだ。
 アレサリィーシュは、時折此処を訪れては、自分を貪って行く男のことを思い出す。
 思い出したとて、もはや何の感情も動かない。何も感じるものはない。
 ただひっそりと狂気に浸され、全てを憎み、全ての滅びを願うだけだった。


「世界存亡の鍵、ね。そんな祭器は殺すよ」
 軍の仕事で、何かの実験台にする為の子供を攫ったこともあったが、そんな仕事はつまらなかった。
「こんな世界、早く滅べばいいのに……滅ぼせるなら俺が滅ぼしてやるのに」
 そんなことばかり考える。

 ついにタスクを探し出した時、彼は仲間のカズとはぐれて一人だった。躊躇わずに斬った。
「……ふ。
 私の世界もこれで終わり……ですね」
 自分の未来を読めないのは、不便なことだ。
 何もせずに滅びを待つほど達観してはいなかったが、己の終末を受け入れる潔さも、タスクにはあった。
 カズ、後は頼みましたと、心の中で呼びかけた。
「……さあ、この先に何が待っているのか……天国か地獄か、それとも無か……」
 ああ、そういえば、来世という存在を視た。
 次に行くのは、あの世界なのだろうか。今度の旅は、長くなりそうだ。


 アレサリィーシュは、血だまりの中に倒れていた。
「ご希望通り、利用されてやったぜ。次はあんたの番」
 アレサリィーシュの虚ろな瞳は、既に何も映してはいない。シンは笑った。
「俺はな、あんたも同じように憎いんだよ」

 ――ああ、でも、本当は。
 心の片隅で、ちらりと訴える声がある。
 本当は自分も、普通に、平凡で、幸せに生きたかったのだ。
 そんな資格もないし、その方法も知らないけれど。
 シンはその声を抹殺し、アレサリィーシュの死体を一瞥して、去っていく。
「まだだ……まだ、足りない。まだ、残ってる」
 うわごとのように、そう呟きながら。


△ △


「これが、僕の前世かあ」
 我ながら、酷いものだと永井 託(ながい・たく)は自嘲する。
「まあ過去は変えられないし、前世の僕と今の僕は、同じであっても違う存在だからいいけれどねえ」
 違うけれど、前世も今も、自分は自分だ。そうも思う。
 前世の影響は強く、思いは、ずっと今も残っている。
 そしてだからこそ、前世に引っ張られるわけには行かない、とも思う。
(融合、とか……できないものかなあ。どっちかがなくなる、じゃなくてさ)
 託は、試しに同調を試してみる。
「うっ……!」
 全てを持って行かれる感覚。
 同調は一瞬で解け、託は激しい頭痛に蹲った。
 二つの魂を一つの身体に収めることが、不可能に近いことを思い知る。
 それぞれの魂は半分には割れず、ひとつの身体には、一つ分の魂しか収まらない。
 どちらかが出ないといけない。そういうことなのだ。


◇ ◇ ◇


 メデューは、ただの、普通の子供だった。
 シンによって攫われ、軍の施設で強化兵計画の実験台にされた、多くの者の一人だった。
 だが、実験は失敗する。
 メデューは殺戮者と化し、やがてミフォリーザの手で殺されるまで、飢えた捕食者となったのだ。


 パートナーのアルミナ・シンフォーニル(あるみな・しんふぉーにる)が、少しでも刹那のためになるならと、イルダーナ達の手伝いをしている一方で、辿楼院 刹那(てんろういん・せつな)は人目を避けた場所で、改めて前世のメデューとの同調を試みていた。
 同調しなければイデアを倒せないのなら、そうすることに躊躇いはなかった。
 激しい頭痛に耐えようとし、しかしそのまま、意識を失う。
 刹那は、化け物と化した後のメデューの姿に変貌し、ゆら、と歩き出した。

 化け物と化した後のメデューには、理性は無い。ただゆらゆらと歩き回る。
 その異様な容貌に、メデューを見かけた者がびくりと驚いた。
 メデューは髪を伸ばしてその者を喰らおうとしたが、絡みついた髪は、相手の生命力を奪わなかった。
 前世の姿となったメデューは、現世の者を殺すことはできなかった。
 メデューの拘束を逃れた者は、慌てて逃げる。
 メデューはぼんやりと無意識に、龍王の卵のある断崖の方を見つめた。


▽ ▽


 世界の行く末を憂いる穏音媛は、ジャグディナに諌言の手紙を送った。

『ヤマプリーの一軍を統べるジャグディナ様へ

 ジャグディナ様がこの手紙を読まれる頃、私ははるかに離れたところにいると思います。
 出立を遅らせるわけにはまいりませんでした。
 こうしている間にも戦いは行われ、多くの血が流されていることでしょう。
 このまま戦いが激しさを増せば、状況は深刻です。
 世界が安定せず、民が苦しむ姿を見るのは辛いことです。
 私はスワルガを説得に参ります。
 平和を願う者として、此度の大乱の原因を取り除き、長きに渡る戦いに終止符を打ちたいと思います。

 心をこめて。穏音媛』

 しかし、この手紙はジャグディナまで届くことはなかった。
 穏音媛のジャグディナへの忠誠がアーリエに知られることになり、彼女の命が奪われる一因になったのだった。


△ △


 芦原 郁乃(あはら・いくの)は、じーっと白砂 司(しらすな・つかさ)を見ていた。
 司は居心地悪そうにその視線を受けている。


 郁乃の前世、穏音媛が、死の前日、最後に会ったのが、司の前世、ヴィシニアだった。
 穏音媛は戦争を止める為にスワルガへ向かい、その旅の途中でヴィシニアに出会ったのだ。

 二人は互いに自分の考えを語り合い、打ち解けあった。
 ヴィシニアは、一人でスワルガに乗り込もうという穏音媛に驚き呆れた後で、その意気やよしと笑顔を見せた。
「小さいくせに、やるじゃん」
「ヤマプリーもスワルガも、背の大小も力の強弱も関係ないでしょう?
 要は何を思い、何をするかですから……」
 穏音媛はそう言ってから、ちらりとヴィシニアを上目遣いで見る。
「……でも、そのスタイルの良さは羨ましいです」
 ヴィシニアは声を上げ、朗らかに笑った。

 ――この出会いが、ともすれば未来に何かを生み出すこともあっただろう。
 けれどそれを穏音媛が知ることは、ついになかった。


 司が困っているので、郁乃は視線でいじめることをやめて、リンネを見る。
 前回と同じ礼拝堂だ。
 前回と同じように、交代で『書』を護る。
 街でイデアを発見したという報告も来ていたが、逃走されてしまったという。
 恐らく近い内に此処に現れるだろうと判断して、守護番でない者もちらほらこの場に待機していた。
「待ってるのも辛いね。早く当番終わらないかなー」
 うーん、とリンネは伸びをひとつする。
「でも来るならリンネちゃんがいる時に来て欲しいなー」
 何度来ようとも、リンネも『書』も護りきる。
 郁乃は誓い、リンネに言った。
「わたしはリンネの盾に、剣になるよ。絶対に護る」
 リンネは、にこ、と笑った。
「ありがと。郁乃ちゃんのことも、リンネちゃんが護るからね」


 穏音媛と出会った時のヴィシニアは、未だ魔に染まる前だった、と、司は思い出す。
 ちらりと背後に視線をやった。
 実は自分に視線を向けてくる相手は、もう一人いた。


▽ ▽


 異形の物と化したヴィシニアは、生ける災害となって、村や町を破壊して回った。
 目の前にある邪魔なものを破壊し、ひたすら前に進むだけ。
 ヴィシニアは、まるで暗闇の中にいて、自分の身体が勝手に動いているのを黙って見ているだけだった。
(でも、これはあたし自身の中に眠っていた破壊衝動が放出されてるだけなんだ……)
 きっかけは、多分、アレサリィーシュ。
 イデアの呪いなのか何なのかはよく解らないけれど、でも、多分この世界の誰もがこんな衝動を秘めていて……世界はいつだって、危なっかしかったんだ。
 それを誰かに伝えることは、もう出来ないけれど。

 でも、願わくば、あたしを止めてくれるのは、あたしの大好きな人でありますように。

 それだけを、ヴィシニアは願った。


△ △


 そして、ヴィシニアの過去を、イデアへの敵意を思い出した司は、ルーナサズに赴いたのだった。
 ヴィシニアの敵意が、司にもうつっている。
 獣の民の直感は、彼を敵だと認識した。
 動機は、それで充分だ。


▽ ▽


 殺しちまえよ、と、頭の中で、もう一人の自分が嘲笑う。
 衝動のままにアレサリィーシュを拉致したことを、ナゴリュウは深く後悔していた。
 残忍な男が、彼女を殺せと追い立てる。
「……そんなことはしたくない」
「ふん。生かしておけば、いずれお前は破滅するぜ」
 解っている。でも。
 二人の自分の主張の狭間で、ナゴリュウは葛藤する。そして、決めた。
「……秘密は守られます。このままずっと閉じ込めて、彼女を支配すれば」
 殺すことも、解放することもしない。
 このまま監禁し、心身共に自分のモノにすると決めた。
 自分の心が壊れてしまったことを、ナゴリュウは気付いていなかった。


△ △


 全く嫌な夢を見た。
 仮眠から覚めた白津 竜造(しらつ・りゅうぞう)は、不機嫌極まりなかった。
「クソっ、またかよ、前世の夢ってやつか」
 前世のナゴリュウは、竜造から見れば全くヘタレで不快だが、ただ、彼が内包している怒りの方は、評価できた。
 それにしても夢の中に、イデアともう一人、前回のイデア戦でも居合わせていた教導団の女らしき人物が居やがるのはどういうことだ、と思う。
「……まあいい。
 奴をぶちのめせば、全部消えてなくなることだ」
 邪魔な前世を思い出させるイデアへの怒りだけは、受け入れてやる、と思う。
「この怒りで、あいつをぶっ殺してみろよ、ナゴリュウ」