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サンサーラ ~輪廻の記憶~ #3『遥かなる呼び声 前編』

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サンサーラ ~輪廻の記憶~ #3『遥かなる呼び声 前編』

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 第12話 還る
 
 
 
 
    隣り合わせ
    あるいは表と裏
    希望も絶望も、同じ一個の
    とても儚いもの
 
 
 
 

▽ ▽


 アーリエは、ついにイデアの居場所を探し出した。
 たった一人で強襲したディヴァーナに、護衛のマーラが斬り捨てられる。
「ウパスダナ!? 一体何が……!」
 騒ぎを聞いて駆けつけたナゴリュウは、倒れた男に走り寄ろうとして、両手に剣を持って立つアーリエに気が付いた。
「ヤマプリーの方が、何の御用ですか」
「しらばっくれないでよ。イスラフィールは何処?」
「……知りません」
 答えた直後、ナゴリュウはアーリエの剣に斬り捨てられた。
 腹部に、焼けるような痛み。倒れたナゴリュウには目もくれずに、アーリエは先に進んで行く。
(……痛い。死ぬ……)
 ナゴリュウは動けないまま、迎えようとする死を恐怖した。
(ああ、でも、それも仕方ないのかもしれない……)
 自分の過去を振り返り、ここで足掻く資格はない、と諦め、霞む目を閉じて、力を抜いた。


 どさ、とアーリエは前のめりに倒れた。
 手から剣が離れる。
「くっ……」
「俺の館で、随分好き勝手やってくれる」
 背後から歩み寄ったイデアが、アーリエの剣を拾い上げた。
 好き勝手やっているのはどっちだよ、と、言い返そうとして、口から血を吐く。
「ああ、今楽にしてやろう」
 イデアが、アーリエの剣を振り上げる。
 此処まで来て。
 アーリエは、無念の思いでイデアを睨みつけた。


△ △


 リネン・エルフト達は、トオルを連れ去るスイムルグ達に肉薄した。
 攻撃は通じない。リネンは、再び前世のアーリエと同調することを考えていた。
 あの姿であれば、彼等に有効打を与えられる。今は、それに賭けるしかないと思った。
 リネンは、前回の同調の後、いつの間にか手にしていた、アーリエの剣を握り締める。
「シキ、美羽、みんな。
 私が変わっても、今度は止めないで。私、もう一度やってみる。
 今度は行けるところまで行ってみようと思うの」
 シキは、その言葉に、リネンを見た。
「……賛成はできない。あれは、危険だと思う」
「危険なのは解ってる。けど……私は、アーリエとは違う」
 自分とアーリエはよく似ている。
 そして今の目的も、トオルとイスラフィールと取り戻そうとしていることで一致していた。
 けれど、自分はアーリエとは違う。
 トオル以上に、現世で失いたくない仲間達との生活がある。
 それを絶対に忘れない。アーリエに飲み込まれたりしない。そう心を強く持つ。
 シキは、そうか、と頷いた。

 トオル達を見つけた時、小鳥遊美羽やシキ達は迷わず、足止めして来る五百蔵東雲達に向かった。
 彼等を、逆に足止めする。
「リネン、任せたからね!」
 リネンは銃をしまい、剣を携えて二刀になる。アーリエの武装だ。
 心の中で、アーリエの感覚を思い出した。
 イスラフィールを奪われた、アーリエの思いと同調する。
 これはチャンスよ、前世の私。……あなたは、過去に失敗した。でも今、もう一度やり直すことができる。
 今度こそ、取り戻すのだ。
 リネンは、バーストダッシュで一気にスイムルグに追いつく。
 その背には、翼があった。
「ちっ!」
 身を翻すスイムルグに担がれたトオルが落とされる。
 衝撃で、トオルが目を覚ました。
「うっ……」
 顔をしかめ、起き上がった先の光景にはっとする。
 禍々しい輝きを秘めた魔剣を持つアーリエによって、スイムルグが業火に包まれた。
 叫喚の声を上げながら、スイムルグの身体が燃やし尽くされる。
「……母さん?」
 トオルが、呟いたその直後。
「――うわ!」
 トオルの背後から、イデアの腕が回された。
「ってめ……!」
「君がイスラフィールなのか。覚醒は、まだだな」
「そんなんしてたまるかっ!」
 トオルは、もがきながら叫ぶ。イデアは拘束する力を強めた。
「イデア!」
 アーリエが、イデア達を見て表情を険しくする。
「わたしの子を、返しなさい!」
「生憎だが、それはできない」
 トオルを引きずって退くイデアの前に、彼の仲間と思われる男が二人、割り込んだ。
「5分でいい。彼女は今同調していて、お前達には干渉できない。立っていればいい」
「ふん、つまらんな」
 言いながらも、二人の男はアーリエの前に立ちはだかり、イデアはトオルを連れて立ち去る。
「待ちなさい、イデア!!」
 アーリエは絶叫した。


 邪魔が入らないだろう程度のところまで離れて、イデアはトオルを組み敷き、右手で彼の額を掴まえた。
「時間が惜しい。強制的にやらせて貰う」
「くそっ……」
 がっちりと押さえつけられて、動けなかった。

 ヤバい、と思ったのだ。
 最初に思い出した、あの時。
 詳しいことは何も解らなかったが、自分の前世はまずい、と何故か思った。
 誰かと接触することによって、この記憶が甦って行くのだと気が付いた。
 接触しても大丈夫な相手と、大丈夫ではない相手との違いが解らない。
 だから、なるべく誰にも触れずに済むように、一人で逃げることしか、そう判断するしかできなかったのだ。

 皆、ごめん、と、その瞬間に、思う。
「――お前、聞こえてるか!
 こいつにいいように利用されたくなかったら、俺のダチを頼れよッ!」
 そして、最後にそう叫んで。



 がく、と、突然シキが倒れた。
「ちょっと!?」
 ニキータ・エリザロフが慌てて駆け寄るが、シキの意識はなく、呼びかけてもまるで反応が無い。
「……まさか」
 この症状は、とニキータは呟いた。

 5分が過ぎて、デナワや東雲、イデアの手の者達は撤退した。
 アーリエの翼が消え、リネンの姿に戻って、リネンもまた、倒れる。
 駆け寄った美羽は、苦しそうな表情ながらも、リネンの意識があることにほっとした。



◇ ◇ ◇



 イスラフィールは、覚醒した直後、反射的にイデアの手を振り払い、彼の元を飛び去って逃げた。
「……まあいい。落ち着けば戻って来るだろう」
 イデアは暫く待つことにし、来ないようであれば迎えに行け、とデナワに命じる。

 そして、イスラフィールはひとり、ルーナサズから離れた小高い丘の上で、周囲を見渡して混乱していた。
「……此処は、何処だ?」