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サンサーラ ~輪廻の記憶~ #3『遥かなる呼び声 前編』

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サンサーラ ~輪廻の記憶~ #3『遥かなる呼び声 前編』

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 第13話 白鯨
 
 
 
 
    運命が
    蜘蛛の糸のように絡み合い
    囚われる
 
 
 
 

▽ ▽


(……痛い。死ぬ……)
 ナゴリュウは動けないまま、迎えようとする死に諦観した。
 それも仕方の無いことかもしれないと。だが――

「――やれやれ。俺に殺しをさせるとは」
 アーリエの死骸を前に、そう呟いたイデアの背後で、歩み寄るナゴリュウが、嘲るような口調で言った。
「人の恨みを買いまくってるから、そういうことになるんだぜ」
 ちら、と彼を見やり、イデアは肩を竦める。
「……心外だな。
 俺はこれでも、できるだけ穏便にやってきているつもりだが」
「どうだか」
 ナゴリュウの雰囲気は、かつてとはまるで変わっていた。
 物腰の柔らかい、穏やかな性格の青年は、もはや何処にもいなかった。
 それまで、彼が抑え込もうとしていた凶暴で残忍な男が、ぎらつく瞳で、くくく、と笑う。
「もう、俺を縛るものはねえ。
 さあて、まずは“こいつ”が執心していたお姫様を、滅茶苦茶にしてやろうか――」
 その頃、彼女の命は既に断たれていたのだが、ナゴリュウがそれを知るのは、もう少し後のことだった。


△ △


 ソア・ウェンボリス(そあ・うぇんぼりす)は、白鯨に向かう為に白い少女と合流した。
 初めまして、と挨拶して、
「オリヴィエ博士のところに現れたそうですね」
と訊ねた。
「オリヴィエ博士とお知り合いなんですか?」
 相変わらず、顔の広い人だ。
「是、と言う」
 少女は答えた。
 それは、およそ二千年前のことだ。
 少女は、オリヴィエ博士が作ったガーディアンゴーレムに宿った存在だった。
 ゴーレムは二体。白鯨の、中と外を護っている。
「じゃあ、博士とフリッカが出会ったのも、その辺か?」
 少女に『禁猟区』を施しながら、光臣 翔一朗(みつおみ・しょういちろう)が訊ねた。
「是、と言う」
 少女は頷く。

 白鯨に向かう飛空艇とその操縦士は、黒崎天音が調達した。
「ああ、あの白鯨か!」
 一度そこへ行ったことのあるヨハンセン操縦士は、依頼を快諾し、
「今度は着陸する時に何かされたりしないだろうな?」
と笑う。
 前の時は、警備システムに侵入者と判断されて、ヨハンセンは意識を失ってしまったのだ。
「否、と言う」
 少女は言う。
「2年前、破壊」
「は? あれ直ってないんか?」
 翔一朗が目を丸くする。
「是、と言う」
 それを直す者は、あの場所には居なかった。
「……つまり、今は侵入者を阻む機能は無いんじゃな」
「是、と言う」
「アンタがこっちに来るまでに、何かフリッカに変わったこととか無かったんか?」
「人数、不明」
 通常、少女はゴーレムと共に、町の外で眠りについている。
 かつて警備のためのシステムを護っていた少女は、街に現れた侵入者には反応しなかった。
 その為、フリッカが少女を転送させに来るまでのことは、殆ど解らなかった。


▽ ▽


 各地を巡り歩くヴァルナの旅のもうひとつの目的は、行方不明となった友人、イスラフィールを探すことだった。
「イスラフィール……会いたい。会いたいの」
 貴方に、もう一度会いたい。
 いつしか、胸に芽生えていた想いを抱きしめながら。
 いなくなって、初めて気付いた。
 この気持ちが、恋なのだと――


△ △


「フェイちゃんまで……」
 白鯨やフリッカとのことを、懐かしいと思っている場合ではなかった。
 山葉 加夜(やまは・かや)は、攫われたフェイにテレパシーで呼びかけてみたが、応答はなかった。
 意識が無いということだろうか。まさか、と、最悪の事態を否定する。
 トオルのことも心配で、シキとも度々通信しているが、まだ助け出せていないと言う。
 以前、白鯨の街で貰った、加夜はフェイとお揃いのペンダントを身につけ、手にはトオルの壊れた携帯を持っている。
 二人とも、どうか無事で。
 加夜は祈った。


▽ ▽


 アザレアは、自分の能力を知っていたのだろうかと不思議に思う。
 孤狐丸は、剣化した状態でのみ、魔剣と祭器の力を束ね、振るうことのできる能力を持っていた。
 だが、その能力を得る代償として、人化した時には片足が欠損することとなった。
 失ったのは、孤狐丸の、最初の主の時だ。そう、スワルガの建国時だったろうか。
 つまり能力を発現する為には、孤狐丸は剣化する必要があり、担い手を捜す必要があった。

「――おい、大丈夫か?」
 クシャナとの戦闘は、孤狐丸を消耗させた。
 人目のつかないところで蹲っているところに、声がかけられる。
「……何か俺、よく怪我人拾ってるよなあ……」
 瑞鶴は、ぶつくさと呟き、ひでえ顔色、と、荷物の中から薬を漁った。

 孤狐丸が、根源宝石を捜しているのだと知った瑞鶴は、微妙な表情をした。
「根源宝石……」
 嫌な予感がする。
 何か、誰かが巻き込まれていそうなというか、これから巻き込まれそうなというか。
 彼と一緒にいれば、旅の途中ではぐれたローエングリンを見つけられそうなというか。
「どうしてこうなるんだか……」
 自分達は、呑気に旅をしていたはずなのに、世界がどうのこうのという事態に足を突っ込むことになっている。

「それにしても、何処にいるんだ、あの天然お気楽腹ペコ娘め。
 まさか祭器状態で引きこもってんじゃないだろうな?」


△ △


 白鯨に向かう飛空艇の中で、オデット・オディール(おでっと・おでぃーる)は、見知った姿を見つけて声をかけた。
「恭也くん」
 柊 恭也(ひいらぎ・きょうや)は、振り向いて手を上げる。
「おう、オデット嬢」
「……どうしたの、その格好?」
 まるで、何かを掘りに行くような格好だ。
 洞窟探検家と鉱夫を足して二で割ったような。オデットは首を傾げた。
「いや、オリハルコンだろ。
 ちょっと盗掘ゲフンゲフン、現物近くで見てくるのに、備えあれば憂いなしってことで。
 何が必要になるか解らねえしよ? いやいや近くで警備してくるだけだぜ?」
「恭也くん……」
「うわっ何だその目は。
 いや別にちょっとくらい無くなっても解んねゲフンゲフン」
「……もう」
 ついに耐え切れず、オデットはくすくすと笑った。



「生まれ変わりというものがもしもあるのなら、その時は――」
「ループ、どうしたの?」
 飛空艇のデッキから空を見つめて、ぼんやりと呟いたループ・ポイニクス(るーぷ・ぽいにくす)は、パートナーの鷹野 栗(たかの・まろん)の呼びかけに我に返った。
「あれ? 何かぼーっとしちゃった。鷹野、なにか書くもの持ってる?」
「え? ええ、あるけど……何で?」
「えっとね、ゼンセのルーは、クシャナは、何か書いてたみたいなの。
 戦いのレキシとかね、大陸の……とにかくいっぱい……。
 ループも何か書いたらおもいだせるかなあって思ったんだけど」
「手記?」
「うん。そうそれ」
 メモを見つめて、首を傾げる。
「やっぱりよくわからないや」
 そう、と栗は微笑む。


▽ ▽


「これが、根源宝石とやら?」
 黄色い宝石を手にして、ミフォリーザは狂気の笑みをワンヌーンに向けた。
 ワンヌーンが捜していたそれは、一足早く、彼女の手にあった。
「それを、どうするつもりです」
「滅亡から救いたいとか、馬鹿馬鹿しい……。滅びてしまえばいいのよ、こんな世界」
 軍の中枢を担う者に濡れ衣を着せ、失脚させたこともある。
 単純に殺すのではなく、絶望を味合わせてやりたかった。
 けれど、そんな遠回りな方法では、結局満足できなかった。
 失ったものは戻らず、喪失感は酷くなる一方だった。
 絶望は憎しみへ、狂気へと変貌していく。
「どこかの樹の根元に埋められてた、青い宝石も見つけたわ。もう粉々にしてやったけどね」
 くすくすとミフォリーザは笑う。
 ワンヌーンは、ぎゅっと顔をしかめて、前髪で隠された左目を押さえた。
 かつて、翠珠によって奪われた、青い宝石。
 彼女は、恐らく自分の研究を誤解していたのだろう。
 確かに、一歩間違えれば、世界を滅ぼすことにもなる、その為だと思っていたか、あれを持ち出し、隠すことで、誰をも傷つけずに済むと信じていた。
「……悪いことに使われるよりは、失われた方がましだよ」
「そう? ならこれも使えなくしてあげる」
 ミフォリーザの手の上で、黄色い宝石が燃え上がる。
「世界は誰にも救えない。滅びるだけよ!」
 笑いながら、ミフォリーザは飛び去る。
 ワンヌーンは睨み据えながら、その姿を見送った。
「……それでも、諦めない。できるだけのことはするよ」


△ △


 甲板に、ずしりと龍が乗り込んで、その傍らでトゥレンが寝転がっている。
「訊いてもいいかな。もしも、気を悪くするなら、いいんだけど」
 クリストファー・モーガン(くりすとふぁー・もーがん)が声をかけた。
「何?」
「仲間が別人に変身したって。それは内面的なことなのか、外見的なことなのか、って」
「両方だよ」
 トゥレンは起き上がって、肩を竦めた。
「……何か、違う人間の記憶がどんどん夢に出てくる、とは言ってたよ、二人して。
 そいつが表に出てきたら、姿も変わって、知らない奴になった」
「……ということは、前世というのは、肉体が受け継いだ記憶、ということになるのか?」
 クリストファーは呟く。
 だとすると、不思議に思うことがあるのだが、それは言わないでおいた。
「中身に合わせて外側も変わる、ってことじゃないの? 俺にはよく解らないけどね」
 トゥレンは苦笑する。
「二人を乗っ取った奴等をいっそ殺してやりたいけど、俺では手出しできないんだってさ」
 そう言って、トゥレンはごろ、と再び寝転がった。



「同調、ね。
 過去の自分になっている時、今の自分は一体何処にいるのかしら」
 色々話を聞いてみて、リカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)はひとつの仮説を立ててみる。
 恐らく、一つの身体の中に二つの魂を同居させることは、かなりの無理を強いるのだ。
 だからすぐに同調が解けたり、頭痛に襲われたりする。
 そして、やがて片方が片方を完全に弾き出す。
 結果、魂が入れ替わり、別人と変わってしまうのだ。
「それにしても、こちらの攻撃が通用しないとなると……。戦い方を考えなきゃならないわね」
 前世に同調し、彼等と同じ次元に立てばいいのだという。
 しかし、リカインにはそのつもりは全くなかった。


▽ ▽


 スワルガの都は破壊されようとしていた。
 もう充分だろう、とミカガミは判断する。
「これだけ騒げば、きっと、世界の異変に目を向けてくれる人もいるでしょう」
 自然の力を操るアシラは、天変地異には敏感だ。
 優れたアシラの中には、世界の異変について気付く者も少なくなかった。
 ミカガミも、一族の長から、中央に仕官する前に、世界滅亡の告知を受けていた。
 だが、撤退しようとするミカガミの前に、白銀の大蛇が立ち塞がる。ケヌトだ。
 死闘は続いていた。逃がさない、と言わんばかりに、大蛇は長い身体をミカガミに巻きつけようとする。
 力を殆ど使い果たしていたミカガミは、あらかじめ、この事態に備えて用意していた魔法具、銀のネックレスを使って回復する。
「仕方ありません。戦闘再開といきましょうか」

 一方で、大蛇の姿を見つけたガエルが、ケヌトに合流した。
「……あいつか」
 都を壊滅させた者を見る。
 武器に故郷は無い、がガエルの信条だったが、都の壊滅に胸が痛むのは、やはり此処が故郷だという思いがあったのだろう。
「ケヌト。我はあれを斬る」
 呼びかけに、ケヌトが大蛇から人の姿に変わった。
 そしてガエルは人の姿から剣の姿に変わる。巨大な斧を、ケヌトは持った。
「じゃあ、戦闘再開と行こうぜ」
 ケヌトはミカガミを見て言った。

 そうして、ミカガミは、再び故郷に戻れることはなかった。
 それでも、と、思う。
 きっと、世界の異変に気付いてくれる人はいると信じた。
(族長。申し訳ありません……)
 残る人々に後を託して、ミカガミは息絶えた。


△ △


「白鯨にオリハルコンですか……。
 何処から流れ着いたのか、ともかく、この地に用事があるようで……」
 安芸宮 和輝(あきみや・かずき)は、実態調査と目的を見定める為、白鯨に向かうことにした。
 一人、独自に動くつもりなので、無茶はしない。
 有事の際には全力で戦うことに躊躇は無いが、できるだけ穏便に進めよう、とは思っていた。