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サンサーラ ~輪廻の記憶~ #4『遥かなる呼び声 後編』

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サンサーラ ~輪廻の記憶~ #4『遥かなる呼び声 後編』

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 みっしりと根の張っていた、今迄の道が嘘のような、広大な空間だった。
 自然の空洞ではない。
 そこは神殿のように装飾され、世界樹の地下、ということを差し引いても、荘厳な雰囲気がある。
 そこは、“王の寝所”と呼ばれる場所だった。

 柱の影から、呆れた様子でイデアが出て来る。
「何処から入った? 全く諦めの悪い連中だ」
 今は、少し都合が悪いのだがな、と小さく呟く。
「当たり前だ」
 ラルク・アントゥルース(らるく・あんとぅるーす)が、ぼき、と指を鳴らした。
「テメェがモクシャに拘るようによ、俺にもパラミタに拘る理由があるんだよ」
 自分が死んでようがいまいが、絶対に引くわけにはいかない。
(ここで踏ん張らねぇと、タウロスに示しがつかねえ)
 自分の力を高める、それだけの為に、王を殺し、世界を滅ぼしたタウロス。
 道を踏み外し、外道に成り下がった彼に、一発殴ってやらないと気が済まない。
 その為には、まずはイデアだ。

「イデア。私はあなたを否定もしないし、肯定もしないよ。
 これだけの人を巻き込んで、世界まで勝手に天秤に乗せちゃって、もう笑っちゃうくらいとんでもないエゴだなって思うけど」
 世界を滅ぼそうとすることも、そして、救いたいと思うこともエゴならば、イデアは巻き込んだ者達全員のエゴと対峙しなくてはならない、そうオデット・オディールは思う。
 それは全て、イデアが起こしたこと。
「私はまだまだパラミタで、大好きな皆とのんびり過ごしたいの。
 これが私のエゴ。
 あなたのエゴには……想いには、負けない」
 きっぱりと、オデットはそう宣言する。
「エゴ、か。成程な」
 イデアは笑った。
「なら、君ら全てのエゴを踏み倒して、俺は俺の世界に帰ろう」

「させるか……」
 樹月刀真がイデアを睨み付ける。
「テメエの世界はもう終わっている……それを、未練がましく蘇らせる?
 ふざけるな。オリハルコンは、フリッカの大切な存在だ、手出しはさせない」
 この、幻のような世界に、自分以外のものは、何も持ってこれなかった。
 けれど、刀真は手をかざす。
 自分達の、絆の形がここにある。今も魂で繋がっている。
「顕現せよ、黒の剣!」
 現れた、光条兵器の剣を握り締めた。
「……テメエは、ここで死ね!」


 真っ先に攻撃したのは、イデアだった。
 吹き荒れる、闇と氷の魔法から、ラルクが飛び出し、イデアの懐に飛び込んで掌底をぶち込む。
 飛び退こうとしたイデアは間に合わず、その攻撃を喰らうが、決定打にはならなかった。
 逆に、イデアの至近距離に入るとラルクの方も、魂が蝕まれるような嫌悪感を感じる。
「ちっ……死に損ないがっ……」
 互いに改めて距離を置き、入れ替わるように刀真が攻め行った。


◇ ◇ ◇


 何かに呼び起こされた、そんな気が、タスクはしていた。
「此処は一体……。
 あの時に視た、来世、なのでしょうか」
 死んだはずの自分が何故存在するのか、と不思議に思ったが、やがて状況を知って、覚醒したザカコ・グーメル(ざかこ・ぐーめる)と入れ替わって此処にいるのだと知った。

「狭間の世界……モクシャの幻影、ですか……」
 瞑想するように目を閉じて、タスクは呟いた。
 まだ、彼は死んでいない。
 此処とは違う、果てしなく遠い、けれど手を伸ばせば届く場所に、まだ居る。まだ間に合う。

「ならば……私は、彼の居る場所を探し、道を開きましょう」
 自分もまた、過去の幻影のようなものだとタスクは思ったが、残された意識の全てを使えば、共鳴する存在を見つけ、呼べるかもしれない。
 彼は、自分なのだから。
「……あの時に、力を使い切らずに死んだのは、この時の為だったのかもしれませんね……」
 ふと、タスクは笑った。
 救えたらいい。この世界に生きる人を。


 好奇心からオリハルコンに近づこうと頑張っていたが、重圧に負けて意識を失ってしまった。
 前世の記憶だので精神が混乱していたことに反応してしまったのか、そのまま覚醒して狭間の世界に至る。
 ザカコは広がる異世界に呆然とし、ジュデッカと出会って、それでは自分も死んだのか、と愕然としたが、
「……ということは、自分の前世が、現世に復活してるんですよね。……タスクさんが」
と思い至った。
 世界存亡の鍵を握る、と言われた祭器。
 一か八か、彼を呼んでみようか。彼ならば、何らかの方法を知るだろうか。

「タスクさん……! 応えてください!」

 語り合えるような奇跡がもしもあるのなら、もっと穏やかに冒険の話をしてみたい。
 前世の記憶を思い出す度、そう思っていた。
 意識の片隅で、そんなことを思い出しながら、念じる。

 突然、目の前が開けた。
 それは闇のような空間にも、光のような空間にも、霧のような空間にも思えた。
 視覚的に変わったものは何もなかった。だが、「開けた」と思った。
 この向こうの世界と、自分はまだ繋がっている。向こうにある何かと、繋がっているものがある。
 無意識に差し伸べた手が、差し伸べられたタスクの手を握った。


 タスクが道を開いた瞬間、その身体が、沢山の、塵のような光に包まれた。
「!?」
 タスクははっとする。
「誰ですか?」
 半ば無意識に、その光に呼びかけるも、返事はない。
 光はタスクを通り抜け、「道」の中へと消えて行く。
 思わず伸ばしたその手を、ザカコが取った。
「あなたは」
 言いかけて、微笑む。
「早く、戻って下さい」
「他の人達は……」
「大丈夫」
 タスクは頷いた。
 あの光が、他の者達をこの道に導くだろう。彼にはそれが解った。

「ありがとう。
 貴方の分まで、世界を巡って見て行きます。……さようなら」


◇ ◇ ◇


 白い化石のようだった世界樹が、突然色を成した。
「えっ!?」
 世界樹の根の下、王の寝所でイデアと対峙していた者達は、突然の変化に驚く。
 一体何が起きたのか。
 目を見張ったイデアの口元に笑みが浮かんだ。
 世界樹が息吹いている。

 目の前に、「道」が開けた。
 さあ、早く戻って。
 声でもなく、意識でもなく、ただ、そう感じ取った。
 まだ間に合う。あの世界には、あなたと繋がっている存在がある。それを辿って、元の場所へ。

 まだ、完全な死ではない。
 だから、繋がっているのだ。
 パートナーと。


「――まだよっ!!」
 リネン・エルフトが叫んだ。
 まだ、戻るわけにはいかない。まだ終わらせていない。
 イデアを、このまま残して行くわけには。

 リネンはバーストダッシュで、世界樹に気をとられ、隙を見せているイデアに突っ込んでいた。
 携えていたアーリエの剣がイデアの身体を貫いても、その勢いを止めない。
 壁まで突撃し、激突するような勢いで、イデアを壁に縫い付ける。
 剣の焔が、イデアの身体を覆いつくした。
「終わりよ、全て!」
「――終わるものか」
 イデアは、業火の中から手をのばし、リネンの手をがしりと掴んだ。
「終わるものか――」
 自らの身体を貫く剣を抜き払いざま、それをそのままリネンに向かって薙ぐ。
 リネンはイデアの手を振り払って素早く飛び退いた。

 イデアは剣を捨て、ち、と呟いた。
「引っ張られる。今は、まだ……」
 突然、イデアの姿が消えた。
「何だと!?」
 ラルク達が驚く。
「……倒したのでしょうか?」
 オデットの言葉に、リネンが首を横に振った。
「違うと思う」
 消えた瞬間、逃げられた、と、咄嗟思った。自分の直感を、リネンは疑わなかった。
「……逃げられたわ……」


 リネンは上を見上げた。
“寝所”の天井は、世界樹の根だ。
「……イスラフィールなの?」
 あの時伝わってきた意識のようなもの。その感覚に覚えがあった。
 だが、呼びかけに、返るものはなかった。
 イスラフィールは、最後の力で皆を導き、命を世界樹に注いで、そして消えたのだ。
 リネンは悔しそうに俯いた。
 アーリエは、あんなにもあなたを助けたかったのに。彼女の想いを、知っているのに。


◇ ◇ ◇


 その「道」は、イデアの前にも開いていた。
 前世と現世ではなく、どちらも分かたれた本人であるイデアの、ひとつに戻ろうと引き合う強さは、両方の体に酷い負傷を負ったことで更に増し、今、ひとつに戻ることはむしろ不利、そう思う、イデア自身の意志を超えた。
 輝夜による会心の攻撃を受けた直後、そのダメージが、倍にもなったように見え、どっ、とイデアの両膝が地に付く。

 そして、その瞬間。

 密かに隠れ、じっと様子を伺っていた、紅い四つ目の黒い大きな犬が飛び込み、さっとイデアを攫って逃げた。
「あっ!!」
 反応するも、間に合わない。
 機を狙っていたのだろうその犬は、素早く走り去り、その姿はあっという間に見えなくなった。

「イデア!」
「あの野郎、リジェネ持ってたっぽかったぞ。このままじゃ、また回復されちまう」
 竜造が吐き捨てた。
 致命傷に近い負傷に見えたが、時間を与えては回復される。そうしたら、また同じことの繰り返しだ。
「……大丈夫だ」
 怒りに任せて剣を地面に叩きつけた後、が苦々しく呟いた。
「何?」
「その心配は、もう無い」
 決着をつけられなかった。
 イデアを逃がした。
 けれど、終わったのだと彼は解った。
 確証の無いただの直感だが、確信した。煉は右目を押さえる。
「……くそっ!」

「――ま、卵も割られんかったしな。
 杖も奪い返したし、オリハルコンの方も何とかなったようだし、『書』も奪ったし、イデアにはもう手札は無い」
 は苦笑した。
 イデアへの攻撃の後、ツェアライセンとの同調の後遺症で気を失った輝夜の様子を見る。
 気絶してるだけだな、と確認して、楽な姿勢で寝かせ直した。
「半分ずつだったとか言ってたのが、元に戻った感じに見えたし、仮にまた来ても、今度は間違いなく、確実に倒せるさ」
 モクシャを復活させる術は、もう無い。イデアは敗北したのだ。





「あっ……!」
 鬼院尋人は、イデアを攫って行くその犬を見て目を見張った。
 憶えている。
 前世のテュールが一度だけ会った。その記憶を、彼は大事にしていた。
 テュールは美しいモクシャの自然や動物を愛していたが、醜い山男、という外見だった為に、町に出ても人からは怖がられ、遠ざかられた。
 そんな自分の手からあの犬が、普通に食べ物を受け取って食べたことが、嬉しかったのだ。
 こんな綺麗な生き物が、自分を怖れないでくれる、と。
 だから彼の生きるこの世界を護りたいとも思った。
 それは、叶わなかった。世界は滅んだ。
 けれど、次の世界でもう一度彼と出会うことがもしもあるのなら、その世界を自分は必死で護ろうと。

「君は、来世を信じるかい?」
 最後まで共に戦った魔剣、ランクフェルトにそう問いながら、崩壊する世界の中へ落ちて行った。
 答えは聞けなかった。
 けれど、同じ記憶を思い出したのだろう、南臣光一郎と会った時、彼は尋人を見て、笑って言ったのだった。
「『無論。我等の魂の紐帯は永遠っ!』」
 残念ながら男だけどな、今回も……。
 付け足した言葉に笑う。
 そうだ、別の世界なんかじゃない。想いは次へと繋がって行くのだ。そう思った。