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古の白龍と鉄の黒龍 第2話『染まる色は白か、黒か』

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古の白龍と鉄の黒龍 第2話『染まる色は白か、黒か』

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(さて……前回の調査では大した成果が得られなかったですね。結局、どちらの陣営に付くか決められませんでした)
 再び契約者の拠点に降り立った東 朱鷺(あずま・とき)が、八方を見渡し次の行動を決める。
(白と黒……陰陽術においては、陰と陽。それはどちらも必要なもの。
 そしてこの地は、陰と陽の交錯点。契約者は中立を貫き、第三勢力として動く方針でいるようですが、それがもっともらしいのでしょうか)
 そのような事を考えつつ、朱鷺は北東方向に歩を進める。やがて鉄族の数ある観測所の内の一つ、『ポイント39』に到着した。そこは無人の観測所で、観測所といってもレーダーのようなものがある程度で、他に目ぼしい設備はない。
(ここでひとまず、高みの見物と洒落込みましょう。
 ……もっとも、朱鷺に刃を向けてくるような輩には、手厚い歓迎をさせていただきますが)
 いつでも術を行使できる状態にしつつ、朱鷺は宙に浮き、『ポイント32』の戦闘を睥睨する――。


(契約者の方針は、龍族、鉄族どちらの勢力にも属さず、双方の戦力を均等に減じる、ですか。
 つまり、言い方を変えればどちらも勝たせないという事。そこに活路があると考えます)

 デュプリケーターを束ねる少女と接触、自らの巨大生物エピメテウスを捧げ協力者として名乗りを上げたものの、少女に不要と判断され“殺された”(実際は死んでいなかったが、少女は今頃彼を死んだものと思っている)アウナス・ソルディオン(あうなす・そるでぃおん)が、再び件の少女と出会った場所の近くまで足を運び、そこから少女へ『言葉』を送る。超能力による会話は、相手との面識があれば一方的に始めることが出来るある意味強力な力である。
『……私の声が聞こえますでしょうか。私はあなたに忠誠を誓い、しかしあなたに殺された者ですよ』
 どのような反応が返ってくるだろうか、そんな事を思っていたアウナスの脳裏に、少女の『言葉』が返ってくる。向こうに超能力がなくとも言葉のやり取りが出来るこの力は、やはり強い。
『あら、死んだものと思っていた人から言葉が送られてくるなんて、なんて素敵なプレゼントなのかしら。
 そんな素敵なプレゼントを送ってくれたあなたに、自己紹介をしなくてはいけないわね。わたくしはルピナス、デュプリケーターと呼ばれる者たちのそうね、生みの親って所ね』
『ルピナス……いつも幸せ、ですか。あなたはいつも幸せなのですか?』
『ええ、幸せよ。でももっと幸せが欲しいから、こうして龍族と鉄族を食べようとしているの。
 ……それで? わざわざ連絡を取ってきたということは、わたくしに何か伝える事があるのでしょう?』
 問いかけるルピナスに、こちらに興味を持っていると確信したアウナスが口元を歪ませ、自らの考案した策を教える。曰く、巨大クワガタをデュプリケーター側に貸し与えて龍族、鉄族を葬らんとしているのは契約者であると認識させ広めれば、デュプリケーターの利益になるという事。
『事実、契約者の世界の生物である巨大生物を、あなたは既に複製し使いこなしていらっしゃる様子。契約者がデュプリケーターとも接触し、策を講じていると龍族、鉄族に伝えれば、両者は必ず迷います。契約者は今回、指導者の方針として『龍族、鉄族どちらの勢力にも属さず、双方の戦力を均等に減じる』を命じられています。全ての契約者が従うわけではありませんが、もし契約者の一部でもこのような行動を取るならば、疑念は確信に変わり、契約者に対して何らかの強攻策を行うでしょう。そうなれば三者とも力を減じ、ともすれば共倒れ。ルピナス、あなたにとって利益になるはずです』
『あら、面白い策を考えたものね。いいわ、あなたの策に乗ってあげましょう。
 まず、巨大生物は契約者を標的にせず、龍族と鉄族だけを狙う。まぁ、契約者から襲われたら反撃はさせるわね。そうなったら『契約者はわたくしたちを利用しようとしたが、わたくしたちが抵抗したので不要と判断し、始末しようとした』という話を作り上げればいいわね。
 そして、互いの争いが一段落した所であなたの言った内容の旨を両種族の長に伝える。ふふふ、きっと彼らは迷うわ、契約者は何を考えているのかとね。そのまま『契約者をどうにかするのが先』という考えに至ってくれるのなら最高だわ』
 ルピナスの楽しそうな声を耳にし、アウナスはさらに口元を歪めて言葉を続ける。
『これは我々の情報なのですが、我々の世界の住人には『契約』というものがあります。契約を結んだ者たちは強い力と繋がりを得ますが、その繋がりの為にどちらかが死んだりすればもう片方にも致命的なダメージが行くのです。この内容を天秤世界に広めることで、2つの種族は契約者に裏切らないようにする為に契約を迫るようになるかもしれません。それは契約がもし成立した場合、それぞれの戦力の増強に繋がりかねないので、情報をどうするかはあなたの判断に委ねます』
『ええ、それはよく知っているわ。強さも弱さも同時に抱える契約者……やはりどの世界においても中心となり得る存在なのね』
 一人呟くように言葉を飛ばしたルピナスが、しばらくの沈黙の後アウナスに問いかける。
『……あなたは、何を望んでいるのかしら? わたくしに何をさせようというの?』
 アウナスが形容しがたい、いっそ狂気とすら伺える気配を含んで答える。

『世界の改革、ですよ。私はあなたこそが、世界を変えうる力を有していると考えます』


「……うむ、わし等はここに出おったか。向こうが『ポイント32』になるか」
 『深緑の回廊』上部から飛び、龍族寄りの中立区域に出た事をこれまでの情報から判断した鵜飼 衛(うかい・まもる)が、メイスン・ドットハック(めいすん・どっとはっく)ルドウィク・プリン著 『妖蛆の秘密』(るどうぃくぷりんちょ・ようしゅのひみつ)と方針を決定する。
「イルミンの方針もある、どちらかに肩入れするのも味方をするのも良くない。……それにこれは直前に聞いた話じゃが、デュプリケーター殲滅のための大規模部隊が行動しているそうじゃ。
 妖蛆、もしこの戦場にデュプリケーターが現れるとすれば、どのタイミングであると思うか?」
 衛に尋ねられた妖蛆が、少し思案して答える。
「やはり、両者が決定的な戦果を挙げられず、疲れが見え始めた頃……でしょうか」
「そうじゃな。そしてその状況に、奴らも持っていこうとするだろう。そして現れるデュプリケーターを一網打尽、ヒーローごっこじゃな。
 まぁ、そちらの事はそれだけ分かっておればよい。わし等は『ポイント32』のすぐ近くに陣を張り、やって来る龍族を迎撃する。戦力差からいって龍族が有利になるは必至、まずはそちらを叩く」
「随分近くに陣を張るんじゃな」
「龍族も鉄族も、戦闘機と歩兵の役割を両方持っとるのが厄介でな。上空から爆撃するだけでは拠点を占領は出来んが、奴らは爆撃した挙句歩兵として乗り込めるからの、離れておくわけにもいかん」
 航空戦力は地上部隊に対し圧倒的な攻撃力を持つが、敵を粉砕するだけで拠点を占領は出来ない。その為に歩兵という存在が不可欠なのだが、龍族も鉄族もそれぞれ龍、戦闘機に変じる事が出来、人型にもなれるのでその点が人間の戦争とは異なる。拠点防衛の場合、離れた位置に壁を置いただけでは簡単に飛び越えられ、乗り込まれて占領されてしまう。
「あえて『降りる』という選択肢を選ばせた上で、トラップで捉え無力化させる。ちと荒っぽいが、ある程度損害を与えぬとアピールにならぬからな」
「分かりましたわ。わたくしは衛様の魔術・トラップの補佐を行います」
「自分は龍族を真っ向から引き受ける役割ってとこやな。まったく、自分が一番こう、スレスレな役割じゃのー」
 そう言いつつもメイスンが大剣を背に『ポイント32』のある方角を見つめ、そして一行は準備に取りかかる――。


 『ポイント32』を巡る戦いの直前、ナベリウスとアムドゥスキアスは『ポイント32』へ急行、劣勢となるであろう鉄族を結果として援護する役割を任される。

「戦力差では龍族の方が上回っています。『龍の眼』が鉄族に取られた事が伝わるまでは、鉄族ほどではないでしょうが『ポイント32』は激しく攻められるはず。我々としては戦況が拘泥し、一旦両軍が退いたタイミングを作りたいのです。……難しい仕事とは思いますが、どうかよろしくお願いします」

 出発間際にかけられたパイモンの言葉を、神条 和麻(しんじょう・かずま)は反芻する。
(……つまり、デュプリケーターを引きずり出す為に両軍の戦いを利用するってわけか? デュプリケーターが優先して倒すべき敵とはいえ、何か釈然としないものがあるな)
 とは思うものの、デュプリケーターが出現する前に決着がついてしまえば、なし崩し的にどちらかの種族が滅びかねない。強引に両者の戦いを止めようとすれば、両方の種族から反感を買い、最悪攻めこまれてしまう。パイモンも「これがギリギリのライン」と言っていた理由が、和麻は何となく分かったような気がした。
「ナナ、分かっているとは思うが、やり過ぎるなよ。少しでも飛び出し過ぎれば相手は空中戦の達人、俺達の圧倒的不利だ。
 あくまで地上に降りようとしてきた龍族を狙うか、手負いの鉄族にトドメを刺そうとする龍族を狙う、その程度に留めるんだ。そしてもしデュプリケーターが出てきたら、そちらに目標を切り替える」
「うん! わかったよかずま! わたしたちじゃそらとんでるあいてはむずかしいもんね」
「ナナちゃん、わたしたちだって“だいじゃんぷ”すればいけるいける!」
「そらを、だだだっ、ってはしればいけるいける!」
「む、むりだってば〜。わたしたちのもくてき、わかってるでしょ? でゅぷりけーたーに“よこどり”されるのをそしするんだよっ」
 モモとサクラが冗談で煽ろうとするのを、ナナが制して止める。……そう、無差別に攻撃し、喰らうデュプリケーターからは、龍族も鉄族も関係なく守ってやらねばならない。
(戦争だから、なんて理由をつけて諦めるかよ。俺の目の前では誰も死なせる訳にはいかねえんだ)
 拳を握りしめ、決意を固める和麻であった。


「……翠峰くん、無事に着けたでしょうか」
「向こうの戦闘に決着がついてから行くって言ってたし、一緒に行ってくれる人も居るから大丈夫、と思いたいね。
 翠峰が向こうの鉄族の部隊に話をして、僕達のしようとしていることに理解を示してくれたなら、僕達は気にせずデュプリケーターを相手出来るようになる」
 杜守 柚(ともり・ゆず)杜守 三月(ともり・みつき)が、今頃『龍の眼』へ向かっているであろう“翠峰”の安否を気遣う。『龍の眼』にはもしかしたら彼の“姉”が居るかも知れず、そこから隊の隊長に面会をすることが出来れば、一時的かもしれないが戦争を停滞させることが出来る。
「……でも、翠峰くんはもうあのままで生きるしか無いって聞かされて、私、どう言葉をかけていいか分かりませんでした」
 出発する前話をしに行き、そこで彼が羽の生えた少女に機体を食べられてしまったこと、もうこの姿から戻ることは出来ないことなど、非常にショッキングな話を聞いたせいか、柚の表情は気持ち暗い。
「デュプリケーターもまた、この世界の天秤に載っているのでしょうか」
「それは僕には答えられない質問だなぁ。ねぇアム、アムはどう思う?」
 三月がアムドゥスキアスに話を振れば、アムドゥスキアスはうーん、と考え込む仕草を見せる。
「ボクはそうだなぁ、彼らが天秤に載っているとは思わないんだよね。どちらかと言うと意図を持ってこの世界に入ってきて、横取りを狙っている感じがするよ」
「意図……っていうと、この世界の『富』を狙っているとか?」
「何かは分からないけど、何かは狙ってそうだよね。天秤世界は確か、世界樹が運営しているんじゃないかって推測があったでしょ? じゃあもしかしたらこの世界のどこかに、その“力”が眠っているのかもしれないし。多分それを手に入れたら、凄い事になっちゃうんだろうね」
「あうぅ、分からないことがいっぱいです。どっちの勢力に付くのが正しいのか、決められないです」
 柚が頭を抱えて悩む。情報はどんどんと入ってくるのだが、それらを知れば知るほど今度は「じゃあここはどうなっているのだろう?」というのが増えてきて、結局分からないことだらけになってしまう。分からないことがあれば、今自分がしていることへの根拠も持てない。結果、いつも「自分がしていることは正しいんだろうか?」という悩みに苛まれる。
「柚、あんまり悩んでも自分が苦しくなるだけだよ。今は皆で決めた方針がある、その中で自分が出来る事をすればいいんだ」
「……はい……やってみます」
 三月の言葉にどうにか笑顔らしきものを浮かべ、柚はアムドゥスキアスの手を取る。
「ん? どうしたの?」
 顔を向けてくるアムドゥスキアスに、柚は心の中で呟く。
(ナナちゃんたちもアムくんも、私が守ってあげたい、です)


「ねぇシーマちゃん、シーマちゃんは、
 ・どっちか片方の種族を滅ぼす
 ・そんなの選べないと、両方と言う逃げ
 ・両方滅んでも構わないという覚悟を持って、両方と言う
 どぉれ?」
「……今度はアルか。ボクは何か、試されているのか?」
 突然問いかけてきた牛皮消 アルコリア(いけま・あるこりあ)に対し、シーマ・スプレイグ(しーま・すぷれいぐ)はひとまず答えを先延ばしする。
「わたしは、決めてるよ。
 『こんなはずじゃなかった』ってのは人に意図的に嫌がらせするときにしか使ったこと無いから」
「あぁ、そうだろうな。ボクだってアルがそんな事言ったら全力で疑う」
 言動の意図を掴めない事が多いアルコリアの言葉でも、それはきっとそういう理由以外には無いだろうな、とシーマは思う。
「救おう、っていうのはちょっと違うと思うのよ。私は私として生きて、その結果誰かが救われてたら儲けモノでしょ?」
「…………」
 シーマが無言でいると、アルコリアは気が済んだのか元の姿から、幼女プラス黒猫のみみしっぽを備えた姿へ変わる。
「くくく、このまえはよくもナナちゃんをみすてたなー。ほしゅのためにみかたをうるとはさすがあくまだな。
 われわれにんげんは、そういうあくまのこころをかてにしていきているのだー」
「あ、あわわ、アルちゃんまって、まってー――」
「な、ナナちゃんたすけて――」
 そのままモモとサクラに襲いかかり、二人を両の脇に抱えてひたすらむにむにする。
「ほれほれ、ここがいいのか、いいのかー?」
「いやーまわされるーたすけてー」
「もうおよめにいけないー」
 アルコリアにいいようにされるモモとサクラだが、実際は楽しんでいるようにも見えた。
「……まったく……嫌な事を言う。後ろ向きに見ればそうなのだろうな。だが、前だけを見れば、目を逸らした、逃げたと言うのだろう?」
 意図を理解するのは難しいが、何度となく経験すればそれは蓄積され、やがて“理解”に繋がる。先の理解とこの“理解”は確かに異なるもの(常に変化し、“生きる”意図に対する理解と、結果から導かれる意図に対する理解では、鮮度が違う)だが、それでも一つの理解の形だ。
(ただ、自分が決めたことを最後まで曲げなければそれだけは残る、そこは確かだ)
 心に呟き、そして最後の言葉は、自分の“声”として放つ。
「大丈夫だ、決めているさ」

「…………あー、今日のシーマはつまんないな、からかっても面白くなさそう。
 アルコリア、力は貸すから、後は適当にどうぞ」
 シーマの様子を見ていたラズン・カプリッチオ(らずん・かぷりっちお)がさぞかし面白くなさそうにアルコリアの下へ向かう。シーマの様子がいつもと違うように、ラズンの様子もいつもと異なっていた。
(迷い? 戸惑い? そのようなものなど有りませんわ。マイロードは常に正しい、それだけですわ)
 一方でナコト・オールドワン(なこと・おーるどわん)は、いつもと同じ様子で戦端が開かれるのを待ち続ける――。