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古の白龍と鉄の黒龍 第2話『染まる色は白か、黒か』

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古の白龍と鉄の黒龍 第2話『染まる色は白か、黒か』

リアクション

 
(着いたみたいね。……ふぅん、あれがどこかの馬鹿が木偶に渡しちゃったっていう巨大生物なの。もう原形留めてないじゃない、醜いわね)
 戦闘の現場に到着したノワールが、元はクワガタを大きくしたような格好の巨大生物を見下ろし、さも不快げな表情を見せる。頭部から突き出した女性像はビームを撃つわ、前足は時に伸縮して鎖鎌のような挙動を見せるわ、トドメに羽がビットのように宙を舞って光線を放つわで、正直ムチャクチャであった。
(でも、まだ生物なんでしょ? だったら……遊びがいはあるわね)
 くすり、と口元を歪め、ノワールは手に黒をベースとした荘厳で美しい造りの大鎌を呼び出す。それを他の者が見れば寒気で身体の震えが止まらなくなってしまうであろう雰囲気を漂わせたそれを振るい、とん、と地面を蹴ってノワールは舞うように巨大生物の背後へ滑り込む。
(フフフ……さぁ、苦しみなさい。簡単には逝かせてあげないわ)
 鎌が巨大生物の皮膚を滑り、表面に僅かな傷を作る。この程度の傷でも、受けた相手はまるで肉を裂かれたような痛みを味わうはず――その思いは直後、予想以上の反応で反撃を繰り出してきた巨大生物の一撃が直撃、山なりの軌道を描いて地面に落下した時に散り散りになってしまった。デュプリケーターは痛覚を感じず、生物ならば痛みで動けなくなってしまう所を動けてしまう(その代わり、ダメージの蓄積が過ぎれば身体が崩壊する。痛みは「もうこれ以上動くな」という警告でもある)。つまりノワールの攻撃は殆どダメージを与えず、相手に身体を反応させる“シグナル”だけを与えた結果になり、ノワールは想像以上の反応速度による反撃をもらってしまった。

「!? い、今のはレイナさんではないでしょうか!?」
 ノールと巨大生物を相手していたルイが、吹っ飛んでいった人影に見知った人物を思い浮かべる。
「そ、それなら大変なのであるよ! 巨大生物の一体が向かっていったのである!」
 この場に居る巨大生物は3体、そのうちの1体が人影が飛んでいった方向へ向かっていた。これを放置すればレイナ(らしき人物)が文字通り“食われて”しまう。
「……ですが、私とガジェットさんでやっと対抗出来る現状で、ガジェットさんだけを置いていくわけには……!」
 言っている間に、伸びてきた前足を拳で打ち落とす。巨大生物に対し契約者二人で対抗している現実も相当であるが、一人が抜ければ途端に戦況は傾いてしまうだろう。

「……我輩は、たとえ鋼鉄のボディを失っても、大切な誰かを護る為に存在しているのである!!」

 その瞬間、ノールの全身が金色に発光する。
「! ガジェットさん、それは!」
 ノールの変化が、彼のブラックボックスでありある意味彼の全てである【魂鋼】をオーバーロードさせた結果であることを既に知っている(桜華から教えられた)ルイが、悲痛な顔でノールを見る。
「……ルイ、必ず我輩の心臓、受け取ってくれ。それまでは持ちこたえる!」
 それだけを言い、ノールは巨大生物へ突貫する。生じた膨大なエネルギーの全てを攻撃・防御・移動に振り分けたノールは、今だけは巨大生物を圧倒していた。
「ガジェットさん……必ず! 必ず、迎えに行きます!」
 奮闘するノールから目を背け、ルイは駆け出す。それまでの戦闘の疲れを感じさせない足取りで巨大生物に接近、気配に気付いた巨大生物が飛ばしてきた足をむんずと掴み、一息にもぎ取ってしまう。
『――!!』
 足を一本失った巨大生物が激昂して接近すれば、ルイは助走の後地面を蹴って跳躍、突き出した膝を巨大生物の頭部にめり込ませる。声も上げず地面に倒れる巨大生物に振り向き、背後にレイナを守るようにルイが立ちはだかる。
「龍族と鉄族が姿を消した戦場で闘い合う事の無意味さ、虚しさをあなた達は分からないのですか?
 もし分からないというなら……私が直接、身体に教えてあげます!」


 飛んできた脚を宙に跳んで避け、ノールがそのまま最大出力のフュージョンガンによる反撃を見舞う。プラズマ照射の直撃を浴び融解する巨大生物、しかしノールも稼働の限界を迎え地上に降り立つ前に全身が崩壊、核である【魂鋼】だけが地面を転がっていく。
『うまく言葉に出来へんけど……ともかく、助かったな。なんとか帰れるだけのエネルギーはありそうやで』
「うん……“雷峰”さん、どうしよう」
 フィサリスが後方の“雷峰”を見る、『リュミエール』の今のエネルギーでは戦闘機を運ぶことは出来なかった。
『とりあえず、無事かどうかの確認はしとこ。話はそっからや』
「うん……そうだね」
 二人が機体を降り、裏手の“雷峰”の元へ向かう。機体頭部の砲口の部分が破壊されており、他の箇所も墜落の衝撃か、あちこち傷ついていた。
「“雷峰”さん……? あの、大丈夫ですか……?」
 フィサリスが話しかけても、返答はない。二人が最悪の可能性を思い浮かべた所で、機体から声が響く。
『う……あ、あなた達は!?』
「おっと、慌てんでな。ボクらは契約者や、キミを助けに来たんやで」
『助けに……?』
 事情を飲み込めていない“雷峰”へ、二人が事情を説明する。“三峰”に救助に向かってほしいと頼まれたことを伝えると、“雷峰”はさぞかし驚いた様子であった。
『隊長がそのようなことを口にするなんて、何があったのかしら……。
 えっと、私もまさか助けられるなんて思ってなかったから……その、ありがとう』
「ま、無事でよかったで。動けるんか?」
『あー……直ぐには無理みたい。少し待ってて』
 声の後、機体から生じていた淡い光が消え、上部が開放され中から十代後半に見える少女が出てくる。
「お、“灼陽”で見た鉄族の姿や」
「私達鉄族は機体が本体で、普段はこの姿で生活してるの。機体にも載せてあるんだけど、この身体になると機体はそうね、死んだ状態になっちゃうの。機体が撃墜されても生き残れるようにって事なんだけど、機体が無くなったらもうこの姿から戻れなくなっちゃうの」
 鉄族の仕組みにほうほう、と頷いている惹鐘の横で、フィサリスは視線の先に見える大柄の男が、転がってきた【魂鋼】を拾い上げるのを見る。

「ガジェットさん……今日の貴方は、勇ましかったですよ」
 背中にレイナを背負い、【魂鋼】を大事そうに抱え、全身ボロボロのルイがそれでも温厚そうな顔を浮かべ、契約者の拠点へ戻ろうとした所で、上空から聞こえてくる懐かしい声に空を見上げる。
「ルイさん! その傷は、それに、背中の方は……」
「あぁ、これは女王様。お久しぶりです。
 そうですね……詳しく事情を話したいと思います――」
 言いかけたルイの身体が、ぐらり、と傾く。美央とカヤノが慌ててルイの身体を支える。
「ははは……すみません、少し疲れたようです」
「ルイさん、私の馬に乗ってください。カヤノさん、レイナさんをお願い出来ますか?」
「分かったわ」
 美央の乗る馬の背にルイが乗り、カヤノがレイナを背負ってその場を後にする。同じ頃、“雷峰”からの連絡を受けた『龍の眼』に待機していた鉄族が、“雷峰”とフィサリス達を救助するため飛び立っていた。


●イルミンスール

「……なるほど、事情は理解しました。美央さん、連絡どうもありがとうございました。ルイを治療してもらった恩は決して忘れません」
『そんな、当然の事をしたまでですから。畏まらないでください、セラさん』

 イルミンスールで情報の整理を継続していたシュリュズベリィ著 セラエノ断章(しゅりゅずべりぃちょ・せらえのだんしょう)が、モニターの向こうの美央に深々と頭を下げる。天秤世界とイルミンスールとはパートナー同士でなければ端末を介した直接の通話は出来ないが、契約者の拠点であればイルミンスールを仲介のサーバーに見立てた通信が行えるようになっていた。
「ガジェットの件はこちらから桜華を向かわせます、迷惑をかけるかもしれませんがよろしくお願いします」
『分かりました。では、そちらもお気をつけて』
「ええ、美央さんも。では」
 会話を終え、セラがふぅ、と息を吐く。天秤世界で生じた情報をまとめ、現地で行動するルイやノールに伝える仕事は大切だと思っているが、こうしてパートナーが負傷するのを耳にすると、行って力になりたい気持ちが湧いてくる。
「……桜華、今の話、聞きましたか?」
 とりあえずその気持ちを脇に除けて、セラは深澄 桜華(みすみ・おうか)を呼ぶ。すぐにやたらと重装備な桜華が現れた。
「ふふふ、こんなこともあろうかと既に天秤世界へ向かう準備は済ませておる!
 頭部・腕部・脚部・胴体コンテナ積み込み良し! 非常食の準備良し! 酒良し! さぁ、未知なる世界の酒求め……いや、ガジェットの新しい身体の為に、いざ行かん!」
 そのままくるりと背を向け、旅立とうとする桜華の肩をセラがあくまで優しく掴む。
「……随分と準備がよかったようですが、まさか最初から行く気だったとかじゃありませんよね? ふふふ……」
「な、何を言うておる。決してセラの合間合間に聞こえてくる小言から逃げる訳ではないぞ――あっ」
 うっかり口を滑らせてしまった桜華が慌てて口を閉じるも、時既に遅し。まるで触手のような禍々しい気がセラから生じ……フッ、と消える。
「……まぁ、今回は事が事です。ガジェットも大破してしまいましたし、ルイも治療中です。桜華に頼るしかありません」
ほっ、た、助かった……。
 うむ、わしに任せておけ! 必ずやガジェットを立派に仕上げてみせようぞ!」
 胸を張って宣言する桜華、しかしセラは一つの懸念を想像して怪訝な表情を浮かべる。
「……まさか、あのボディを使うのではありませんよね?」
「さぁな、どうかの〜♪」
 すっとぼけた顔をして、桜華がセラの手をすり抜け部屋を後にする。
「……本当に大丈夫なんでしょうか」
 ため息を吐きたい気持ちで一杯のセラであった。