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古の白龍と鉄の黒龍 第2話『染まる色は白か、黒か』

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古の白龍と鉄の黒龍 第2話『染まる色は白か、黒か』

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『謎を前にして、契約者たちは』

「皆様にいくつか確認をしたい点がございますので、質問をさせて頂きたいのですが、よろしいでしょうか?」
「うん、いいよ。欲を言えば、僕達に答えられるような質問をお願いしたいね」
 ミーナのちょっとした冗談に、単身訪れた中願寺 綾瀬(ちゅうがんじ・あやせ)は「さあ、どうでしょうね」と薄く微笑んで、同席するアーデルハイト、コロンへ問いかける。
「まず……現状、天秤世界へは『深緑の回廊』を用いて行き来をしていますが、この回廊を開き続けている事によって、世界樹イルミンスールの寿命はどれだけ減っているのですか? 次元を超えての移動ともなれば、イルミンスールの負担も相当のはずです」
「……わ、最初から耳の痛い質問だ」
「出来れば答えたくない質問だね。理由は負担の規模よりも、『どれだけ減っているか明確な数値を出せない』からなんだけど」
 コロンが耳を塞ぐ真似をし、ミーナが苦笑して言葉を紡ぐ。
「元々イルミンスールと天秤世界とは、コーラルネットワークによる繋がりがあった。そこでの影響がイルミンスールの寿命に影響を与えていたとなれば、当然やり取りは存在している。その上に契約者という存在を行き来させるのは、コーラルネットワーク……全世界樹の負担になるから、イルミンスールだけ見ればそれほどじゃない、と思うのさ。具体的な数値は行き来する契約者の数とか、他の世界樹の性能とか考慮して計算すれば出てくるかもしれないけど、途方も無い計算になるね。『炎龍レンファス』の影響によるものだけでも相当かかった。天秤世界の二千年っていうのは……ごめん、もうそれは僕の憶測。レンファスの影響からこのくらいかな、って出た方便だよ」
 反省の色を浮かべて、ミーナが頭を下げる。『深緑の回廊』に関しては、イルミンスールだけの負担ではない分極度に心配する事はないけれど、開き続けていれば相応に力を消費するので開く時間を制限している、という話でまとめられた。
「次に……何故イルミンスールなのでしょう?
 エリュシオン、葦原、コンロン等世界樹は数多く存在しています……しかも皆、イルミンスールより年上の存在です。
 なのに何故それらに協力を頼まず、イルミンスール限定で事件の解決を行おうとしていらっしゃるのでしょう?」
「……おにぃちゃんの顔が、ひきつってる」
「…………、もう僕、元の世界に帰りたい」
 がっくりと肩を落としたミーナが、気を取り直して説明に入る。
「世界樹は、コーラルネットワークを通じて世界と繋がることで力を得て、その代わりというのかな、繋がった世界を統治している。その世界でとんでもない事件が起きて、世界の住民達ではどうにもならない時に、ちゃんと解決してあげたりしているんだ。
 ……でも、それでもどうにもならなくなった時に、あの世界が、『天秤世界』がある……んだと思う。一つの世界で生じた害悪を、別の世界で生じた害悪とぶつけて、相殺させる。種族を天秤世界へ送ったり、生き残った種族に『富』と称した何かを与えても、なお害悪をそのままにしておくより力の損失は少ない、だから天秤世界は過去から今まで残ってきた、んだと思うよ」
「なるほど。……で? 何故イルミンスールなのかという質問の答えにはなっていらっしゃいませんわ」
「…………、イルミンスールの統治する世界は、そういった害悪が生じやすかった。今回の龍族と鉄族も、イルミンスールの統治する世界から生じたものみたい。
 自分の統治する世界で生じた害悪の始末は自分でつける、そんなルールがあったんじゃないかな。……はぁ。でもこれを認めちゃうと、僕たちの行いが反してるってことになっちゃうんだよね……そもそも色んなこと、分かってないし……自信無くすなぁ……
 呟きを漏らすミーナから視線を外して、綾瀬はふむ、と考え込む。
「……なら、デュプリケーターを束ねている少女も、イルミンスールが統治する世界で生じたのでしょうか?」
「確実にそうだ、とは言えないけど、可能性は高いよ。彼女がどのようにして天秤世界にやって来たのかまでは分からないけどね。個体であるはずの彼女が世界にとっての害悪だなんて、怖すぎて僕は考えたくないよ」
 自分の腕で身体を抱いて、ミーナが答える。たった一人で世界の害悪となれるほどの存在ともなれば、それを統治している世界樹までも滅ぼされかねないのを無意識に感じ取っているようだった。
「少女は何者なのでしょうね。話に聞いた限りでは、ミーミルにそっくりだとか……」
 チラ、と綾瀬が、アーデルハイトに視線を向ければ、アーデルハイトは誤魔化しても仕方ないといった風に頷く。
「少なくとも外見は、ミーミルに似た特徴を有しておる。ミーミルの持つ力、創造・秩序・破壊まで等しく備えているかは知らぬが、『複製』はその力が変質したものではないかと推測しておる」
 アーデルハイトの言葉を綾瀬は頭に刻み、天秤世界の事を知ると同時に、デュプリケーターを束ねる少女の事も知るのもいい、と思い至る。
(ドレスとベリアルには天秤世界に残ってもらい、デュプリケーターについて探ってもらっています。
 フフ……興味が尽きないものが増えるのは、喜ばしいことですわ)
 口元で笑い、綾瀬が話を続ける――。


(盗み聞きしてるみたいで悪いけど……今の話は情報としてまとめておいた方がいいわよね。それを全生徒に公開するかはまた別としても)
 綾瀬が立ち去った後、それまで別の作業を行っていたリカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)がコンソールを叩いて、天秤世界に関する一連の話を書き留める。話していく内にミーナの表情がだんだんと暗くなっていったのはきっと、彼らも全部を知らず、その事を指摘されて少なからず傷ついているんだろう、と推測できた。
(最初はあれだけ自信たっぷりな振る舞いだったのに、そこら辺は見た目通り子供、なのかしらね)
 少しだけ表情に笑みを浮かべ、内容を保存したリカインが本来の作業に戻る。それは、契約者が天秤世界のどこに、何をしに行ったかをまとめる作業であった。
(これまでの行動をまとめれば、言い方は悪いかもしれないけれど、両陣営それぞれにいい顔をするような形で接触してしまった。
 このまま後々問題が起きれば、犯人探しや責任の押し付け合いになりかねないのよ。……それに、いないとは思いたいけど、状況を混乱させるのが目的の人物の特定にも繋がるだろうし)
 既にデュプリケーター側で、契約者が持ち込んだと思しき巨大生物の変質したものが確認されている。また龍族と鉄族の内、鉄族の方には契約者の技術が提供されているらしいとの噂も流れていた。大多数のイコンと鉄族の特徴が類似している点が後押しをしているように思える。
(こういうのはハッキリしておかないとね。悪意を持って行動されて、イルミンスールに大被害、なんて事態は招きたくないから)
 脳裏に、ミーナとコロンの姿が過ぎる。まだまだ子供の彼らに、『自分達が来た事でイルミンスールの滅びが決定付けられた』という結果を突きつけるのは、酷に過ぎる。
(……ま、ミーナとコロンの相手はフィス姉さんがやってくれてるし。私は出来る事をしましょ)
 思考を切り替え、リカインがモニターに流れる情報を整理する。

「わぁ、ねこさんいっぱい。ふふふ」
 ベッドを埋め尽くさんばかりに敷き詰められた猫のぬいぐるみを抱いて、コロンが無邪気な笑みを浮かべる。最初は「いいよ僕は」なんて遠慮していたミーナも、同じベッドですっかり猫と戯れていた。
「思いつくままに持ってこられるだけ持って来たわ。これだけあればお気に入りも見つかるでしょ」
「うん、ありがとう、シルフィスティおねぇちゃん」
「長いからフィスおねぇちゃんでいいわよ。……で? ミーナくんはおねぇちゃんにお礼の一つも言えないのかな〜?」
 冗談でシルフィスティ・ロスヴァイセ(しるふぃすてぃ・ろすう゛ぁいせ)が、ミーナの頭を掴んで揺らせば、そこでようやく現実に帰ってきたかのような反応を見せる。
「あぁ、あ、ありがとう。うーん、思った以上に取り込まれるよ。ちょっとプライドが傷つくね」
 取り繕う表情を浮かべるミーナを、シルフィスティは仕方ないな、と言いたげな顔で見守る。
(まったく……人のこと灼熱地獄に閉じ込めておいて、今さらそんなしおれた姿を見せられてもプライドが許さないってもんよ。
 何があったか分からないけど、やること済ませてとっとと帰れ、2度と来るな! と笑顔で言えるくらいには元気になってもらわないとね)
 とりあえず猫のぬいぐるみのプレゼントは効果あったかな、そんな事を思っていると、付いて来たケセラン・パサラン(けせらん・ぱさらん)がミーナの頭の上にぽふ、と乗り、言葉(どこから出ているのか分からないが)を紡ぐ。
「過去を変えるが大罪ならばそれを正すもまた世界の理。だがここにその種は間違いなく立っている。
 若き世界樹よ、枝垂れるは他者の意思。天に向かうは己が意思。使命を信ずるならば上を向け。枝は地に落ちるために伸びるにあらず」
「? ねぇフィスおねぇちゃん、この子なんて言ったの?」
「うーん……正直、ケセランの言わんとしている事は理解出来ないのよね。リカインも分からないって言ってたし」
 首を傾げるコロンに困った様子のシルフィスティ、一人ミーナだけが、先程のどこか呆けた表情から一転、英気に満ちた顔へと変わる。
「……そっか、そうだね。ありがとう、気がラクになったよ」
「おにぃちゃん、その子の言ってること、分かるの?」
「うん、頭の中にこう、ポッ、と入ってきた感じかな。内容は……僕だけの秘密にしておく」
「えー、教えてよぉ」
 ぬいぐるみを手にじゃれ合う世界樹の兄妹を、シルフィスティは手元に戻って来たケセランと共に微笑ましく見つめる――。