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古の白龍と鉄の黒龍 第2話『染まる色は白か、黒か』

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古の白龍と鉄の黒龍 第2話『染まる色は白か、黒か』

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 アーデルハイトの下で、掲げた方針について熱心な議論が持たれている同じ頃、魔神たちに対しても同様に方針について議論を行おうとしている者たちが居た。

(老師の言う、『戦力を均等に減じる』という言葉の意味をどう解釈すべきか。もし戦闘員を殺さない方針なら、これからどうやって戦力を減らしていくのか。
 それぞれの種族に先んじて、彼らの拠点を襲撃、制圧するか資源を消耗させる展開もあるのかもしれない。それは非戦闘員への負荷も重くし、厭戦気分を増長させる事に繋がるかもしれない)
 アーデルハイトの方針を耳にした酒杜 陽一(さかもり・よういち)が、頭の中で論ずべき点をまとめる。上層部が今後の戦略をどう展開していく心積もりなのか、そして直近の戦術はどう展開していくつもりなのか。
(第三者の立場を取る、それ自体はそれでいいと思う。問題はそこからだな……)
 大体のポイントをまとめ終わった陽一が、責任者の下へ足を運ぶ――。

「今回の老師……アーデルハイト様が掲げた方針に基づく行動について、確認したいことがあって参りました」
 第三者立場を取る集団の責任者、パイモンへ面会した陽一は、まず行動の全容をパイモンから聞く。その上で気になる点を挙げていく。
「どちらかの戦場で、デュプリケーターが出現する可能性は極めて高い。龍族と鉄族の戦闘が一段落、もしくは終結していればまだいいが、交戦中となるとこちら側にとって非常に不利になる。
 龍族と鉄族にとって、俺達はいわば『襲って来た側』。その連中が都合良く共闘や撤退を呼び掛けても、両者は応じないだろう。また、既にどちらかの種族に与している契約者もいる。その腹づもりは把握しきれないが、その中には良からぬ事を企んでいる者もいるかもしれない。
 龍族・鉄族・敵対PC・デュプリケーター。これらと同時に戦う状況は危険であり、極力避けるべきだ」
 陽一の言葉に対し、パイモンは理解を示した上で具体的な作戦の展開について意見を求める。
「複数勢力を同時に相手取る状況を回避するには、戦場に存在する種族の数をこちらで統制するのが一番に思う。例えば、龍族と鉄族が競り合う戦場において、攻め手側の部隊の3割程を速やかに戦闘不能に追い込んで戦闘の断念を余儀なくさせる。守り手側が追撃の姿勢を見せるようならこれを押し留め、デュプリケーターが乱入してくれば撤退する双方を守りつつこれに当たる……流石に負担が大きいか」
「我々契約者の立場としては、同じ立場にあるデュプリケーターが漁夫の利を得る状況が最も好ましくないと考えます。龍族と鉄族、どちらかが2つの戦場合わせて極端に有利になっては戦争を止めることは難しくなりますが、同じ戦果を得、同じ失点を重ねる状況であれば、両者に優位差は発生しません。その上で、あえてこちらからデュプリケーターを乱入させる状況を作り出すことが出来れば、戦況を優位にすることが出来るのではないでしょうか」
 パイモンの意見は、1.まず2つの戦況を確認、戦力差のより開いている方の戦闘が早期かつ互いの被害が極力少なく決着が付くように終わらせる 2.もう一方の戦場において、両者拮抗して一旦戦況が拘泥する段階に持ち込む 3.混沌とした戦場を嗅ぎつけデュプリケーターが出現した暁には、これらを全戦力を以って掃討、龍族と鉄族にデュプリケーターの危険性を認識付ける であった。
「……かなり大きな絵を描いたな」
「確かにそうですが、契約者と我々魔神の力が合わされば決して、この巨大な絵を完成させることが不可能ではないとおもいますが、いかがでしょう」
「……その発言はいささか卑怯ですね。俺も同じ事を口にしようとしていましたから」
 互いに見つめ合い、そしてフッ、と笑い合う。……こうして、一つの方針が決定しつつあった。


 同じ頃、アムドゥスキアスに対してもローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)のパートナー、フィーグムンド・フォルネウス(ふぃーぐむんど・ふぉるねうす)が方針の転換を意見していた。
「有利になる方を叩き、戦力を均等に減じる……だがそれは同時に、デュプリケーターに互いを取り込む利を与えることになる。
 一歩間違えればデュプリケーターを利しかねない方針は、君の芸術的感性からして美しいものなのかい?」
「それを突かれると、ボクとしては言葉に詰まってしまうね。……確かに、デュプリケーターはボクらと同じ立場にある。ボクらが龍族か鉄族の戦力を減じれば、同じような事をして内に取り込んでしまいかねない。……だから色んな所で、この案に対する反論が聞こえたわけか」
 聞けば、アーデルハイトの下にも数名、意見を尋ねに行った契約者が居ると言う。もしかしたら方針は修正をされるかもしれない。
「今は未だ、何れの陣営にも与する時期ではないというパイモンの言う事は理解できる。……だがしかし、龍族または鉄族のいずれの陣営と敵対する時期でもないと、私は思う」
 そちらには既に何名かの契約者が、信頼を得るために与している事実もその意見を後押しした。龍族と鉄族に与している契約者同士が戦うのはまだ分かるが、どちらにも与さない契約者とどちらかに与する契約者が争い合っては、龍族と鉄族に「彼らは何をしているのか」という印象を与えてしまう。それでは信頼を得ることなど到底不可能だし、水面下で話が進められているであろう対デュプリケーター限定の共同戦線など実現するべくもない。
「デュプリケーター以外とは戦闘を回避、或いは自衛戦闘に留める。逆にデュプリケーターが現れたら打って出る。
 打って出る際の戦術は、毎回不意を打っての奇襲は何度も繰り返せばその内読まれ、逆襲を受ける。常に変動する戦況を我々の手で操作し、陽動、誘い出し、待伏せの三段階の戦術、それと不意打ち、攪乱等を状況に応じて使い分けた方がより効果的に敵を打破出来る」
「そうか、分かったよ。今の話はパイモン様に告げて、全体会議の時に反映できるようにする。ありがとう、キミのおかげでいい作戦が描けそうだよ」
「なに、礼には及ばない。私はアム、君の支えになりたいんだ。旧友ではなく、現在進行形の存在として」
 フィーグムンドが微笑み、全体会議までの間、二人はさらに意見を詰めていく。


「パイモン、何処に向かうにも武力と移動力は必要だわ。
 この機動要塞『Arcem』は2基のスラスターユニットを備え、バリアも二重に完備。移動力と耐久力に優れているわ」
 国元から多段式空母型要塞『Arcem』を稼動させ、魔神 パイモン(まじん・ぱいもん)たちの下を訪れたルカルカ・ルー(るかるか・るー)は、『Arcem』の特徴・利点を説明した上でこれを移動拠点として使用する事を提案する。
「ルカルカさんの仰る通りですし、これほど頼もしい移動拠点は魅力的ですが……よろしいのですか?」
「構わない。ルカルカが使用を決定しているし、俺は目的を果たすための手段として最善の物を用意したに過ぎない」
 『Arcem』のメインの設計者であるダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)が答える。
「ああ言ってるけど、ダリルちょっと照れてるから。パイモンが『頼もしい』『魅力的』って誉めたのが嬉しいみたい」
「コホン!! ……さて、どのようにして攻める? 既に両陣営の戦力分析は終えている、モニターに映そう」
 わざとらしく咳をして話を逸らし、ダリルが『ポイント32』『龍の眼』で行われるであろう戦闘に投入が予想される戦力分布をモニターに映す。
「……『龍の眼』における鉄族の戦力が飛び抜けていますね」
 パイモンの指摘通り、『ポイント64』から『龍の眼』へ伸びる矢印の戦力が他と比べて極めて高くなっていた。
「ここにはこの『Arcem』と同規模の要塞が少なくとも2隻、確認出来た。その他契約者のイコンも数機、存在が確認出来ている」
 対して『龍の眼』の戦力は、補正がかかっているようだが正直、足り得ない。まともにぶつかれば数刻持たずに陥落するであろうと予測出来た以上、目的の為にはまずこの戦場に介入し、鉄族の戦力を削る方向に動くべきなのだが、大きな問題があった。
「わたしたち、みんなとたたかうことになっちゃうのかな」
 魔神 ナベリウス(まじん・なべりうす)の一人、ナナがその問題を口にする。『龍の眼』攻撃戦力の増大は契約者の協力に依る所が大きい。ここで鉄族を相手にすれば、契約者とも一戦交える可能性は非常に高い。
「うーん。でもボクらが契約者と戦ったら、鉄族はボクらをどう見るかな?
 それに、先にどちらかの種族に付いている契約者にも思う所はあるんだろうね。本当に何を考えているかは分からないんだけど」
 魔神 アムドゥスキアス(まじん・あむどぅすきあす)が口を挟む。龍族または鉄族に付いている契約者も、契約者としてその種族から信頼を得ようとしているはずであり、これはいくらイルミンスールの方針が『どの勢力にも属さぬ第三勢力として行動する、その上で我々と同じ立場にあるであろうデュプリケーターを早期に無力化する』だとしても、責められない。逆にどちらの立場でもない者たちがうっかり作戦を妨害する方向に介入すれば、立場を悪くする。
「要は、ウマい所をデュプリケーターに持ってかれなきゃいいんだろ?
 龍族と鉄族が天秤の皿に乗ってる、傾かせたらダメ。傾くのはどっちかが削られるか増えるか。削りゃ相手から憎まれる。……そうやって考えりゃ、やることは自然と決まってくるんじゃねぇの」
 意見が錯綜しかけた中を、カルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)が言葉を挟んで単純化する。
「……つまり、互いの戦力を失うことなく、この『ポイント32』『龍の眼』をそれぞれの種族に渡させる、と」
 それがおそらく、2つの種族から恨みを買わず、天秤を傾かせない最善策であるように思われた。
「しかしそれでは、互いが首元に剣を当てている状態になる。そのままどちらかの首が飛びかねない」
「そうなる前に止めるのは勿論だけど、弾いて止めようとしたら弾かれた反動を利用して斬りかかられるって事でしょ?
 鍔迫り合いの状態から少しずつ、相手の力を弱めていくやり方がいいんじゃない、って話」
「……そんなギリギリな作戦、俺としては許容し難いが」
 ルカルカの喩え話に、ダリルがそうは言いつつも、その為に必要な行動は何かを既に頭の中で計算し始めていた。
「…………。『龍の眼』を鉄族が早期に占領すれば、そこにデュプリケーターが現れる可能性は薄まる。奴らは戦況が混沌とした時に現れようとするはずだからな。
 片方の戦闘に決着がつけば、俺達の行動にも余裕が生まれる。俺達の戦力であれば、『ポイント32』を龍族が占領する手助けと、デュプリケーター無力化を同時に達成することも可能になるだろう」
 実際、パイモンたちの元に集まった(デュプリケーターを優先して排除する目的の)契約者は、かなりの数に上っていた。だからこそ、力の使い所を試される。
「……私たちの行動予定は、以下とします。
 まず、この『Arcem』を『龍の眼』のやや近く、必要とあればイコン部隊を即座に投入出来る位置に動かし、私たちは戦況を見守ります。ここでは戦力の投入は最低限にします。
 鉄族が『龍の眼』を占領した段階で、今度は『ポイント32』付近へ移動、次は龍族を優位に立たせつつ、戦力としては均衡状態に持っていきます。一部の戦力を投入することも考えられます。
 そしてデュプリケーターが混沌とした戦況を狙って出現してきた場合、全戦力を以って掃討に当たります。同時に龍族と鉄族に、デュプリケーターが脅威に足る存在であることを印象付けます。
 ……以上を基本方針とし、次にそれ以外の状況が発生した際の行動方針を決めていきましょう」

 こうして、おそらく最も戦力が豊富であろう者たちの行動方針が決定されていく。