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古の白龍と鉄の黒龍 第2話『染まる色は白か、黒か』

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古の白龍と鉄の黒龍 第2話『染まる色は白か、黒か』

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●『“灼陽”』

「機体チェックの済んだ者から順次、空に上がれ! いいか、攻撃組はポイント64、防御組はポイント32だ、間違えるな!」
「了解! ……あぁ、なんかワクワクするぜ」
「なんせいつ以来だ? どうもこの世界は時間の感覚が分かんねぇ」
「そういやぁ、この世界の一時間が俺たちの世界の何時間かって、正確に計ったことないな」
「計りようがないから諦めたんじゃなかったか? 一応昼と夜はあっから『夜が何回』で済ませちまったんだ」
「お前たち! 雑談は『オペレーション:529』を成功させてからにしろ!」
「はい!!」

 鉄族の“機体”が置かれている格納庫は、久し振りの活気に満ちていた。それは“灼陽”の名の下に発令された『オペレーション:529』が影響しているのが明らかであった。
「くぅ〜〜〜!! ええわええわ〜この感じ。こういうのが見たかったんよ〜。
 あぁ……ちょっと混ぜてもらえへんやろか。整備したいわ〜身体触りたいわ〜」
 その格納庫の陰から、ブリジット・クレイン(ぶりじっと・くれいん)が目をキラキラさせながら、“機体”の整備から搭乗――それはまるで、身体を入れ替えるかのようだった――の一連の流れを見つめていた。
「あー、ブリジット、ここに来たのは鉄族に質問をするためであって、整備するためじゃないからね?
 ……でも、戦いの前のこんな調子で、話聞けるかな……でも龍族に聞いたんだし、やっぱり鉄族にも聞いてみたいし……」
 今にも飛び出しそうなブリジットに釘を刺しつつ、相田 なぶら(あいだ・なぶら)は果たしてこのような状況で質問に答えてくれるのかどうか心配しつつ、“灼陽”へ足を向ける――。

「龍族の事をどう思ってるかだってぇ? そりゃあアンタ、ぶっ潰すしかねぇって思ってるぜオレは。
 個人的に龍族は堅苦しい感じがして嫌いだ。あいつらも前居た世界じゃオレたちと似た境遇らしいが、あんな性格してりゃ迫害されて当然だよな」

「龍族と戦い続けることへの不満? 不満ねぇ。いつになったら龍族は負けを認めてくれんだ?
 奴らに攻め込むだけの力なんてもうねぇだろ。……あ、でも今回、龍族も何か作戦を考えたみてぇじゃねぇか。もしかしてこれは龍族を完璧に滅ぼすチャンスなのか?」

「へ? 世界が滅ぶ? 大陸が少しずつ崩れていってる? ……いやぁ、んなこと全然知らなかった。
 なるほどな、俺らが勝っても世界が無くなっちまったら大変だ。……でもま、まずは龍族を倒してからだろ。
 あいつらはそうやって、俺たちが隙を見せた頃に攻め上ってきそうだからな」

 『昇龍の頂』を訪れ、龍族にした質問と同じ内容の質問を鉄族にしていったなぶらが、内容をまとめて見返す。
(うーん……鉄族も龍族の事を良く思ってないみたいだなぁ。それに戦う気満々みたいだし。思ったけどここ、非戦闘員の数極端に少なくないか?)
 龍族では家族や老人の姿を見かけたし、戦場に向かわない非戦闘員もそれなりにいた。それは“灼陽”でも変わらない(子供の姿は見かけなかったが)が、そのほぼ全員が何らかの作業に従事していたし、戦うための“機体”をほぼ全員が所持しているようであった。それについては様々な憶測が浮かぶが、今はとりあえず棚上げする。
(どっちの種族も、まずは目の前の敵対する種族を倒してから、って考えみたいだ。
 大ババ様は、両方の種族をデュプリケーター討伐に向けられたらいい、みたいなこと言ってたけど、出来るのかなぁ、これ)
 身の振りを考えるために、二つの種族を訪れて話を聞いてみたが、結局どっちに付いた方がいいのかは難しかった。
「……あれ? ブリジット?」
 そうしてなぶらが悶々と考えている間、ブリジットはなぶらの元を離れてしまったようだ。
「……まさか、ね」
 嫌な予感がして、なぶらは格納庫へと足を運ぶ。近付くにつれ聞こえてくる楽しげな会話に混ざって聞こえる声に、なぶらはあぁ、やっぱり、と思い至る。

『嬢ちゃん、いい腕してんなぁ。身体が軽いぜ』
「せやろ? 機械いじりは自信あるで」
『おいおい、俺らをそんじょそこらの機械と一緒にしてもらっちゃあ困るぜ。あ、次よろしく』
『待て、俺が先だ。この連結部がどうも緩んじまってな』
『そりゃ経年劣化だ。お前も歳だよ歳』
『なんだとコノヤロウ!』
「あーあー、ケンカしたらアカンって。すぐ見たるからちぃと待っててなー」

 そこでは、数機の機体に囲まれて、ブリジットが機体整備に奔走していた。
「……確かに、鉄族は陽気な種族のようだね」
 何となくノリが、HAHAHAと笑う外人部隊のようだなと思いながら、なぶらは作業の一部始終を見守る。


「ハデス博士のご命令により、灼陽様の身の回りのお世話をさせていただきますヘスティアです。よろしくお願いいたします」
 “灼陽”の前で、メイド姿のヘスティア・ウルカヌス(へすてぃあ・うるかぬす)が恭しく一礼する。ヘスティアは『オペレーション:529』で部下が出払っている間の“灼陽”の身の回りの世話と、修理を続けている研究員や機晶妖精を指揮するため、ドクター・ハデス(どくたー・はです)の命を受けやって来たのであった。
「ほう、世話人を派遣するとは、ドクター・ハデス、気が利く奴よ。うむ、ヘスティア、私の世話をする事を許す」
「ありがとうございます。修理の方は順調に進んでいますので、私は灼陽様のお身体を隅々まで綺麗にして差し上げたいと思います。その間灼陽様は、どうぞお茶でもお召し上がりください」
 そう言い、ヘスティアが何処からともなくお茶セットを取り出し、用意をする。カップに注がれる琥珀色の液体を、“灼陽”が初めて見るような目つきで見る。
「私はお茶というものをよく知らぬのだが、契約者はこれを飲むことが多いのか?」
「はわ! す、すみません灼陽様、皆様の食文化が私達と異なる事を考慮していませんでした。申し訳ありません……」
 済まなそうに頭を下げるヘスティアを見、”灼陽”の表情が和む。
「なに、お前が謝ることではない。どれ、折角だ、いただくとしよう」
 “灼陽”がカップを持ち、中の液体を口に含む。
「……どう、でしょう?」
「うむ。……全く味が分からん。どうやら我々にはこの液体の味覚を感じる機能がないようだ」
「そ、そうですか……」
 しょんぼりと肩を落とすヘスティア。“灼陽”はやれやれとため息をつき、下がった頭に手を置く。
「お前が謝ることではない、と言っただろう? お前の気遣いを私は好ましく思うぞ」
「あっ……は、はい! すみません灼陽様、もう大丈夫です!」
 元気を取り戻したヘスティアが、では、と一礼して掃除道具を手に、掃除を始める。


●『龍の眼』より後方

「ハデス君。オリュンポス・パレスの所定位置への移動、完了しました。これより鉄族の前線基地としての運用を開始します」
 『秘密結社オリュンポス』の本拠地である『機動城塞オリュンポス・パレス』。その制御全般を担っている天樹 十六凪(あまぎ・いざなぎ)が、ドクター・ハデスに全ての準備が整ったことを報告する。
「ククク、そうか! よし、鉄族の戦士へチャンネルを開くのだ!
 我らオリュンポス、そしてこの天才科学者ドクター・ハデスの名を鉄族に知らしめてくれよう!」
「はい、では――」
 十六凪の姿がフッ、と消え、代わりにディスプレイの一つに映り込む。同時にディスプレイには、処理の過程を示す文面が物凄い速度で刻まれてはスクロールアウトしていく。
「準備が整いました。鉄族を勝利に導くための力強いお言葉を、どうぞ」
 十六凪の報告にドクター・ハデスが頷き、眼鏡をクイ、と直して、息を吸い言葉を発する。

「鉄族の戦士たちよ! 我が名は秘密結社オリュンポスの大幹部、天才科学者ドクター・ハデス! 縁あって“灼陽”との会談の末に同盟関係を結んだ者である!
 我らオリュンポスも『オペレーション:529』に全面協力しようではないか! そして、『龍の眼』など一気に攻め落としてくれようぞ!」


 ドクター・ハデスの肉声が、付近の鉄族全ての通信回線に割り込んで入ってくる。
『このオリュンポス・パレスを、諸君および鉄族に協力する契約者のイコンの補給拠点として提供しよう!
 エネルギーや弾薬の補給、それと修理はこの俺と我らオリュンポスの【戦闘員】たちに任せておくがいい!』

「おっ、そいつはありがてぇ。いちいち“灼陽”まで戻らなくていいんだな?」
「ヒュー! なんか気分ノってきたぜぇ!」
 ドクター・ハデスの声を聞いた鉄族は、概ね好意的な反応を返す。彼の一見尊大な姿勢は、しかしこの場の鉄族には『自分達を勝利に導く指揮官』に映っていた。
『さあ、鉄族の戦士たち、および鉄族に協力する契約者たちよ!
 諸君の背後には、このオリュンポス・パレスが控えている! 修理や補給のことは気にせず、思う存分、全力で戦ってくるがいい!』

「おぉ!! 一発カマしてくるぜぇ!!」
「突撃! 突撃!!」
 すっかりドクター・ハデスの演説に掻き立てられた鉄族は、今回の目標である『龍の眼』目指して空を翔ける――。

「お見事な演説でした」
 十六凪の称賛を受け、ドクター・ハデスがククク、と不敵に笑う。
「このまま鉄族と共に、この天秤世界の覇権を手に入れてくれるわ。その後は……ククク……フハハハハ……!」
 果てなき野望を秘めたドクター・ハデスの思惑を知ってか知らずか、鉄族は龍族の拠点『龍の眼』に対し猛攻を加えんとしていた。


「“灼陽”様、契約者の方が“灼陽”様に面会を希望なさっています」
 部下の報告に、“灼陽”は応じる旨の返事を返す。そして“灼陽”の前に姿を見せたメティスフレデリカとパートナーたちは、まず最初にエリザベートとアーデルハイトの印が押された信任状を見せ、そして契約者の目的、契約者の最終的に目指す地点を包み隠さず話して聞かせる。龍族と鉄族の戦いが、世界樹イルミンスールの寿命を減じていること。『天秤』の皿に乗る龍族か鉄族のどちらかが負ければ、天秤は傾き『富』が与えられるが、それでは根本的な解決にならないこと。天秤を傾けずにこの世界での戦いを終わらせること、その為にはまず当面の敵として、デュプリケーターを対象とすること、などがメティスの口から説明されていく。
「私達は龍族と鉄族、そのどちらも決定的な有利を得ることのないよう行動いたします。勝ちの見えていたあなた方が、私達の提案を受け入れるのは難しいでしょう。
 ですが今回の戦いで、私達の存在は無視出来ない程になっていると推測されます。こちら側の申し入れに協力してくれなくとも、検討せざるを得ない状況ではあるでしょう」
 まさに直球と言わんばかりの言葉に、“灼陽”はおかしみを覚える。これほどストレートに言ってこられては、疑いようがない。
「確かにお前たちの言う通り、我々鉄族は契約者の力を頼りにしている。と同時に一定の警戒もしている。
 であるが故に、今後のお前たちの対応如何で、我々はどう行動するべきかを論じなければならぬ。よってお前の発言は正しい」
「……恐縮です。
 あなた方は天秤を傾け切る力を有していらっしゃるでしょう。ですがその力の使い所は、今ではありません。
 どうかあなた方が思案の末、戦いの矛を収めてくださる事を願います」
 深々と一礼し、メティスとフレデリカが謁見の間を後にする。しばらく歩いた所で、フレデリカがふぅ、と大きく息をつく。
「ああいう場は慣れているつもりだったけど、やっぱり違うわね。まだ手が震えてる」
『(私も同様だ。身なりは子供ながら、言い知れぬ威圧感を放っていたな)』
 フレデリカに装着されているグリューエントも、どこか安堵した様子であった。
「ぼ、僕なんてずっと震えっぱなしでしたよ。やっぱりフレデリカさんは凄いです」
 隣でフィリップが、青ざめた顔を無理やり笑顔にして言う。
「ううん、私だって怖かった。……でも、フィル君が隣に居たから、最後までやり通せたんだよ」
「そ、そうですか。うん、それなら良かったです。僕、ちゃんとフリッカさんの力になれたんですね」
 今度は心からの笑顔になったフィリップを見、フレデリカが恥ずかしさから目を逸らす。
『(あー、何だ。ラブコメは帰ってからにしてくれないか)』
「ら、ラブコメとかそんなんじゃないから! もう、フィル君、帰ろっ」
「ああっ、ま、待ってくださいフレデリカさんっ」
 スタスタと歩き出すフレデリカを、慌ててフィリップが追いかける――。