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リアクション
『これが私達の、戦うということ』
「エールライン、またあなたの力を貸してほしいの。お願い」
{SNL9999014#モップス・ベアー}とルーレンの手によって整備された『エールライン』に触れ、リンネ・アシュリング(りんね・あしゅりんぐ)が語りかける。しばらくそうした後振り返れば、博季・アシュリング(ひろき・あしゅりんぐ)と西宮 幽綺子(にしみや・ゆきこ)、コード・エクイテス(こーど・えくいてす)の姿があった。
「イルミンスールの事は俺様と幽綺子に任せろ。
……博季、顔に考えてることがだだ漏れだ。お前はとっくに一人ではない、理想を抱いて野垂れ死にでもしたらリンネが悲しむ」
「……はい。分かっています、兄さん」
表情を変えず告げる博季に、この子はホント嘘が下手よねぇ、と心の中で呟いて、幽綺子はリンネを励ますように肩に手を置いて微笑む。
「たとえリンネちゃんが何処にいても、私は『お姉ちゃん』でお兄様は『お兄ちゃん』よ。気をつけて行ってらっしゃい、帰る家はちゃんと、守ってあげるから」
「うん……ありがとう、“お姉ちゃん”」
まるで姉妹のようなやり取りがしばらく続いて、そしてリンネと博季が『エールライン』へ乗り込もうとした瞬間――。
「おぬしら、わらわの事を忘れてはいまいか!?」
響く声は、マリアベル・ネクロノミコン(まりあべる・ねくろのみこん)のものであった。
「…………、さ、行きましょう、お兄様」
「ああ、そうだな。やるべきことはたくさんある」
「ま、待つのじゃ! あからさまに無視するでない!
わらわは『エールライン』の強化改修を持ちかけにきたのじゃ!」
何事もなかったように事を進めようとする一行にマリアベルが慌てて発した言葉に、ようやく一行の注意が向く。
「エールラインの、強化改修? 出来たら凄いけど、どうやって?」
「ふふん、よくぞ聞いてくれた!」
腰に手を当てふんぞり返って、マリアベルが得意げに言い放つ。
「わらわの可愛いベリアドールも、ザナドゥ戦役でボロボロになってしもうての……」
「いつからマリアベルのものになったんでしたっけ? まぁ確かに、本格的に修理をしないと使えない状態になってるのは確かですけど」
かつて博季とマリアベルが搭乗、空を翔けたゴーレム・ベリアドールは今は、イルミンスールのイコン基地に保管されていた。
「そのベリアドールを、エールラインの改修パーツとして使ってやれたら、本望じゃろうと思うてのう。
今回は三つ巴の戦いになるわけじゃし、強制介入を行うわけじゃから、少しでも性能が強化出来ればと思うての。エールラインは魔法中心の戦いじゃが、武装があれば魔力の節約にもなってよいのではないか?」
マリアベルの意見には一理あった。『エールライン』はイルミンスールのイコンらしく、魔力を形にして攻撃する。逆に言うと魔力が切れれば何も出来なくなる。そこに『ベリアドール』の武装が予備的に搭載されれば、活動時間の延長が見込める。
「……ベリアドールをそのように利用することについて、僕は反対しません。
最終的な判断は、リンネさんにお任せします」
博季が目を伏せる、『エールライン』を強化することはそれだけリンネが“人殺し”に近付く事になってしまうため出来れば避けたいが、『エールライン』が弱いままでは龍族や鉄族、デュプリケーターに屈してしまう。その二者択一に悩んだ結果、博季は甘えと分かっていてもリンネに判断を委ねる。
「……大丈夫、私は戦いを楽しむような事になったりはしないよ」
そんな博季の葛藤を知ってか、リンネが博季に微笑み、次いでマリアベルに向き直る。
「マリアベルちゃん、エールラインの強化改修を手伝ってほしいの!」
「うむ! そこまで言うのなら手伝ってやろう! ありがたく思うがよい!」
「ボクも手伝うんだな。武器の事なら任せておくんだな」
いつの間にかモップスもやって来て、主に武器関連の調整を担当する。魔術関係の方はマリアベルとリンネがアレコレと意見をすり合わせ、必要となる術式を組み込み、実装していく。
――そして、昼と晩を二回ほど重ねて、『エールライン』は進化を果たす。
「完成じゃ! これでエールラインはあらゆる環境に対応が可能となった!
さあリンネ、新たなエールラインに名前を付けるがよい!」
マリアベルに言われ、リンネはしばし考えて、そして浮かんできた名前を口にする。
「エールライン・ルミエール……私はそう呼んであげたい、この子を」
「リンネがそれでいいならいいと思うんだな。エールが二回ダブるのが不思議な気がするけど」
「そうじゃな、博季もセンスなかったがリンネも大したことないのう」
「ひ、ひどいよ二人ともっ!」
モップスとマリアベルのツッコミにリンネが頬を膨らませて抗議する。
「僕は、いい名前だと思いますよ、リンネさん。
生まれ変わったこの子と……戦いを止めに行きましょう。二人で、力を合わせて」
博季がリンネに微笑み、リンネもうん、と頷く――。
「……行ったわね、お兄様」
「ああ」
『エールライン・ルミエール』が天秤世界へ出発し、幽綺子とコードが『深緑の回廊』を見つめながら呟く。
「道は、険しいでしょうね」
「ああ。。それでも、二人が選んだ道だ。
そして俺様達は、あいつらがやりたいように出来る状況を作り、守ってやらねばならん」
「……ええ、そうね」
二人の背後では、モップスとマリアベルがぶっ通しで作業を続けた反動で崩れるように眠りについていた。モップスはマリアベルに枕にされていたが、気にしないほど爆睡していた。
「……まずはこいつらを、寝室に運んでからにするか」
「ふふ。そうね」
コードが呆れつつもモップスを、幽綺子がマリアベルを背負い、二人はイコン基地を後にする。
「戦場は2つ、『龍の眼』と『ポイント32』。
この2つから概ね同じ時間で辿り着け、さらに安全な場所……ここ、かな」
モニターに表示される天秤世界の地図を見つめ、アンネ・アンネ 三号(あんねあんね・さんごう)が『ドール・ユリュリュズ』の停泊位置を検討する。候補としては2点への距離が一定になる点集団であり、三号はそこへ2つの条件、『龍族の勢力圏』『契約者の拠点から一定距離を離す』を加え、位置を決定する。どちらの勢力圏がより安全かというのと、契約者の拠点も襲撃されない可能性はないという観点からの決定であった。
(蒼十字の腕章と旗を、リンネさんとフィリポ、精霊長の皆さんに渡すことが出来た。
みんな忙しい、やることがある……でも、人手不足なのは事実。直接支援するのは難しくても、みんなが『蒼十字』として活動してくれる事は、効果があるとボクは思う)
『ドール・ユリュリュズ』に追随する形で飛行する『フロンティア』の中、赤城 花音(あかぎ・かのん)が自らも身に着けている『蒼十字』の腕章に触れ、思う。龍族、鉄族のそれぞれの長に『蒼十字』としての活動を認められはしたが、天秤世界全てで活動を行うには広すぎ、人数も少な過ぎた。そこで花音はリュート・アコーディア(りゅーと・あこーでぃあ)とパートナーと、各方面に協力をお願いする。腕章と旗の増産をルーレンに頼み、出来たそれをリンネやフィリップ、セリシア、カヤノ、サラ・ヴォルテール(さら・う゛ぉるてーる)に渡し、出来る範囲での協力をお願いする。突然の事ではあったが、皆快く引き受けてくれた。そしてもちろん、『フロンティア』にも『蒼十字』の旗はしっかりと結び付けられている。
(アーデルハイト様の方針……内容は変わったけど、ボクは如何にして双方の戦意を治めていくことが出来るか、って考えたい。
だからボクは、医療活動を通じて龍族と鉄族の、戦う理由と意味を知りたい。そしてそれに対して、納得のいく回答を示したい)
そう花音が心に誓った所で、『ドール・ユリュリュズ』に乗船しているウィンダム・プロミスリング(うぃんだむ・ぷろみすりんぐ)、申 公豹(しん・こうひょう)から通信が入る。
『花音、ちょっと困った事になりそうなの。さっき入った情報だと、鉄族の『龍の眼』攻撃作戦は短時間で決着がつくんじゃないかって予想がされてるみたい。実際鉄族の方には契約者が結構協力していて、戦力もかなり多いの』
『『龍の眼』にも契約者の協力があるようですが、もしかすると先に立てた方針を変更する方がいいかもしれません』
公豹の言う、花音とリュート、公豹、ウィンダムの『チーム花音』の方針は、まずエメリヤン・ロッソー(えめりやん・ろっそー)を『ポイント32』付近へ搬送、同時に資材も搬送してテントを設置、『ドール・ユリュリュズ』搬送までの応急治療を行う準備を整えた後、『龍の眼』方面へ向かう手筈だった。だが2つの戦場の戦力比が明らかになるにつれ、『龍の眼』の戦力比が偏っている事による戦闘の早期終結説が予想される。そして魔族たち第三勢力の面々は、この偏りをあえて利用して戦況を自分たち有利に操作しようという狙いがあるようだった。
「…………、じゃあ、ウィン姉と申師匠、先に『龍の眼』へ行ってもらえるかな? ボクと兄さんでエメリヤンさんと必要な資材を送り届けるよ」
『分かったわ。『龍の眼』に到着してからは先に決めた方針通り、私は鉄族側、申師叔は龍族側で活動するつもり。
カヤノさんたちが向かってるかもしれないから、連絡取って合流出来たらそうするわ。花音とリュー兄も気をつけて!』
通信が切れる、二人は『龍の眼』へ向かう準備をしに行ったはずである。
(今日が、『蒼十字』の第一歩になる。ここから始まるんだ、ボクたちの戦いが)
(大ババ様の方針が、契約者の意見を踏まえて修正されたみたい。デュプリケーターを討伐の対象とし、龍族と鉄族へは最低限の干渉に留める……。
そこには、治療も含まれているのだろうか。もし含まれているとしたら私は大ババ様の方針に逆らうことになってしまうけれど……でも、私は私の願いに、嘘は吐けない。傷ついて欲しくないし……幸せになって欲しいから)
航行する『ドール・ユリュリュズ』の甲板上で、高峰 結和(たかみね・ゆうわ)が2つの戦場を見つめ、思う。アーデルハイトの方針が変更されるように、誰も彼も、これが絶対というものを抱けないまま、不安と怖れを抱きながらそれでも、自分の信じるもの、願うものを希望の光にして一歩を踏み出す。
(私の願いが、世界を変える力になれたら……)
直後、『ドール・ユリュリュズ』の動きが止まり、予定した場所へ到着したことが艦内放送によって知らされる。三号の指示で、乗組員として搭乗していた従者が『蒼十字』のエンブレムと旗を掲げ、これから医療活動を始めることを宣言する。
(さあ、一歩を踏み出そう)
腕に着けた『蒼十字』の腕章に触れ、少しして結和が顔を上げ、艦内に戻る。
「…………」
医療活動を行う準備で船内が賑わう一方、甲板上では八神 誠一(やがみ・せいいち)がどこか虚ろな、光を映さない目をして周囲に張り巡らせた鋼糸の制御を行っていた。戦闘で用いる際には収束させる必要があるが、こうして船に近付くものへの警戒網として機能させる時には、かなりの長さを操ることが出来るようであった。
(……ふん。誰かの手伝いなど性に合わんが、我が剣の完成度には未だ不満が残る。故にこうしてあの小娘の話に乗ってやったが、果たして我が剣の成長に影響するようなものが現れるであろうか)
その誠一を遠巻きに見つつ、オフィーリア・ペトレイアス(おふぃーりあ・ぺとれいあす)が思案する。一行がこうして『ドール・ユリュリュズ』の護衛じみた事をしているのは、シャロン・クレイン(しゃろん・くれいん)の「結和のねーちゃんの手伝いでもすっか」という発言が基になっている。オフィーリアは渋ったが、自らの武器として洗脳している状態である誠一の完成度を高めるために有用かもしれないと判断、今に至るのだが、『ドール・ユリュリュズ』がかなり安全な場所を選んで停泊しているため、わざわざここまでやって来て襲撃をかけるような物好きが居るかどうかはかなり怪しかった。これが通常時なら、偵察任務中の鉄族がちょっかいを出す可能性はあったが、今は互いの存亡をかけた戦いの真っ最中である。しかも形式上、『蒼十字』の活動は容認されており、龍族と鉄族も実の所はその治癒能力を結構当てにしていた。よって龍族と鉄族がわざわざ戦力を割いてまでこの『ドール・ユリュリュズ』を襲撃するような可能性は非常に低い。
(ではあの、デュプリケーターといったか。奴らがここを狙う可能性も……どうだろうな)
その可能性はゼロではないが、ここまで来るなら彼らは契約者の拠点を狙いそうなものである。いっそその時に誠一を向かわせようか、そんな事を思いかけるくらい、この船に不審者が迫る可能性は限られていた。
(とはいえ、勝手な行動は後で面倒だしな。……仕方ない、今日の所はここでのんびりと見物と行こう。
どうせ今日だけで戦いが終わるはずはない。まだまだ続くよ、ここでの戦乱はな)
今日は機会が無くとも、次に『武器』を鍛え上げる機会はいくらでもある。オフィーリアはそう思い、壁に背を預けオーロラの漂う空を見上げる。
「おーい、凛ー、いるかー?」
シャロンが顔を突き出して宇和島 凛(うわじま・りん)を呼べば、船室の一室から声がかかり、凛が出てくる。
「シャロンおねー様、どうしましたか?」
「いや、どーしてるかってな。上の仕事が結構ヒマなんでな、様子を見に来た」
「あはっ、大丈夫ですよおねー様! 物資の管理はバッチリです!」
船室の奥を示す、そこには主に鉄族治療用の物資が積み上げられていた。一応彼らにも魔法による治癒は効果を発揮するが、それよりも効果的だったのが、近しい物質(鉄族の機体そのものはパラミタにはない物質で出来ているため、同じ物は手に入れられない)を媒介して治癒を行うものだった。まるで機体がその物質を食べるように、破損した部分に組み合わさって元の形に戻ろうとする……なのだが、凛はその事を知らない。というのも凛がそのようなある意味グロテスクな光景を見れば、たちまちふらふらーっと気絶してしまうことが予想出来たためである。
「そっか、すまねぇな、うまい説明も出来ないまま調達なんか頼んじまって」
「おねー様に頼りにされたんです、なんでもぱーふぇくとにやってみせますっ! 頼みたいことがあったら何でも言ってくださいっ」
ぐっ、と拳を握って言う凛の、頭をわしゃわしゃーと撫でてやりながらシャロンが言う。
「おう、期待してるぜ。ま、今の所は物資の管理をしてくれりゃ十分だ。
それと、治療スペースには近付くなよ? 怪我してる奴らは気がふれてる、うっかり近付いて怪我したら大変だからな」
「はい! 痛いのはイヤなので近付きません! おねー様もケガしないでくださいね?」
「あたしは大丈夫さ。んじゃ、よろしく」
凛に手を振って、シャロンが船内を歩く。途中、治療のために搭乗しているスタッフの何人かとすれ違いながら、物思いに耽る。
(ま、知り合いがなんかやってんなら、手伝うってのも悪かねーな。
……もっとも、物資の手配とかをうちの面子に指示するとかってこまけー事は、ちっとばかし手間だぜ。今まではあの馬鹿の仕事だったのに、ああなっちまってるしな。あたしがやるしかねーんだけどさ)
そのまま歩き、甲板に出たシャロンの視線に、誠一が映る。ただ立ち尽くし、鋼糸を制御する様はもはや人でなく、何かのものに見える。
(……何のつもりだよ、ったく。傷付けるような真似したら、流石にタダじゃすまねぇぞ)
遠巻きにオフィーリアへ険しい視線を寄越して、シャロンは彼女とは別の方向の甲板上へ出、念の為不審者が接近してこないかどうかを見て回る。
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