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古の白龍と鉄の黒龍 第3話『信じたい思いがあるから、今は』

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古の白龍と鉄の黒龍 第3話『信じたい思いがあるから、今は』

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●天秤世界:契約者の拠点

 位置が判明した、ルピナスの拠点への侵攻を翌日に控えた契約者の拠点には、緊張感が漂っていた。
「皆さんピリピリしてますねぇ。こんなのは気楽に構えていればいいんですよぅ」
 私室にて、エリザベートがそう口にしてみるものの、気にならないといえば嘘になる。僅かの間ながらも目にした『もう一人の聖少女』ルピナスは、ミーミルやヴィオラ、ネラと同じ種族でありながらまるで別人のような雰囲気を纏っていた。
「……私やお姉さま、ネラちゃんとルピナスさんは、どうして違ってしまったんでしょう」
 ミーミルが、エリザベートも考えかけていた事を口にする。生まれも育ちも恐らくは同じだった者たちが、いつしか道を違え今こうして立場を異なる者同士として巡り会う。それは一種奇跡とも言えるものだが、起きてほしかった奇跡かというと、微妙な所であった。
「? どちら様ですかぁ?」
 空気が重くなりかけた所で、扉が叩かれる。エリザベートが応えれば扉が開かれ、中願寺 綾瀬(ちゅうがんじ・あやせ)が恭しく一礼する。
「ミーミル様にお話があって参りましたの。お時間、よろしいでしょうか」

「ミーミル様。コレは推測に過ぎませんが、おそらくこれからミーミル様達がお会いになる方は、ミーミル様と対になる存在……。
 貴方が優しく、明るく、周りに人々を幸せにする存在だとするならば、ルピナス様という方はその逆の存在かもしれません」
「私とルピナスさんが、対になる存在……ですか」
 ミーミルの言葉に綾瀬が頷き、続ける。
「……天秤とは本来どちらかに片寄らせる為の物ではなく、左右を均一にする為の物。
 ルピナス様とミーミル様がこの天秤世界で遭遇する事は、定められていた事なのかもしれませんわ」
「私とルピナスさんが会う事が、決められていたこと」
 いまいち実感が湧かない様子で呟くミーミルに、綾瀬が言葉を紡ぐ。それはある意味、これからルピナスの下を訪れるつもりのミーミルに『覚悟』を促すものでもあった。
「一つ……忠告、になるのでしょうか。
 ミーミル様、ルピナス様とお会いになるにあたり、『覚悟』をして行って下さい」
「覚悟……ですか?」
「ええ。仲間を守る覚悟、敵と戦う覚悟……そして、仲間を失う覚悟」
 最後の言葉を耳にして、ミーミルがビクッ、と身体を震わせる。仲間、を広く捉えれば、それは『母』であるエリザベート、『姉妹』であるヴィオラやネラも当てはまる。その者たちが自分から離れていってしまう可能性に、ミーミルは内心怯えていた。
「仲間は力にもなりますが、同時に弱点にもなります……決して、判断を間違われない様に。
 それと……可能でしたら、ミーミル様の羽根を一枚頂けないでしょうか?」
 表情をあまり変えず、微笑を浮かべながら掌を差し出す綾瀬に、ミーミルは底知れぬ不安を抱きつつも自分の羽を一枚取り、手渡す――。

「羽なんか持っていって、何するつもりですかねぇ。あまり変な事に用いてほしくはないですぅ。
 ……ん? また来客ですかぁ。どちら様ですかぁ?」
 エリザベートが応えれば扉が開かれ、ルカルカ・ルー(るかるか・るー)が顔を出す。
「はろーん、エリー」
「あなたですかぁ。会議はもう終わりましたよぅ?」
 エリザベートが、先程まで開かれていた会議――ルカルカ一行と魔神一行、エリザベートと聖少女一行に加え、『機動要塞』を有する契約者を交えて行われた、ルピナスの拠点侵攻に関する作戦会議――を引き合いに出すと、ルカルカは笑って違うわよ、と答える。
「『公』の時間はもうおしまい。今は『私』の時間なの。
 エリーとミーミルを、宴席の場に招待しようと思って」

 先程も訪れた『Arcem』にエリザベートとミーミル、ヴィオラ、ネラがやって来ると、既に魔神たちの内の二名――魔神 パイモン(まじん・ぱいもん)魔神 ロノウェ(まじん・ろのうぇ)――が来ていた。彼らも先程とは違い、リラックスした様子だった。
「ここの料理は全て、ダリルが用意してくれたのよ」
「作戦前に英気を養い、互いに交流を深める事は作戦に良い影響を与えるからな」
 ルカルカに手腕を褒められたダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)は涼しい顔をしていたが、まんざらでもないという雰囲気だった。
「お心遣い、痛み入ります。
 では折角の機会、楽しむことにしましょう、エリザベートさん」
「そうですねぇ。……なぁんかその呼び方、違和感を覚えますよぅ?」
 エリザベートが首を傾げ、パイモンに言う。この二人はパイモンがアーデルハイトの実の子、エリザベートがアーデルハイトの遠い遠い子孫であり、年月を無視すれば『血が繋がっている』事になる。とはいえ一度は敵対した仲でもあるし、互いにザナドゥの王とイルミンスールの校長という立場柄、どう接していいか分かりかねる時がまだあった。
「もう、今は堅苦しい態度はナシよ。
 ……そうだ♪ この場で互いに愛称を決めるのはどう? 親しみを込めた名前って大事なのよ」
 ルカルカが提案するものの、エリザベートはうーん、と腕を組んで考え、口にする。
「愛称と言われても、特にどう呼ばれたいかはないですよぅ。
 あなたは年上なんですし、私を呼び捨てにしたっていいんですよぅ」
「……なるほど、確かに一理ありますね。
 ではこれからは、エリザベート、と呼ばせていただきます」
「その喋り方もどうにかなりませんかねぇ」
 エリザベートの苦言に、パイモンは苦笑する。
「こればかりはご容赦を。相手に敬意を払っているからこそ、ですので」
「エリー、多分パイモンは年下の子への接し方に慣れてないのよ。周りが皆年上ばかりだったから」
「そんな事はないと思うが――」
 ルカルカのエリザベートへの小声が聞こえて、ついパイモンが崩れた口調を(彼としては普段の)滑らせてしまい、顔に一瞬しまった、という表情を作る。
「そっちの方が私としても楽ですからぁ、そうしてくださぁい」
「…………善処する」

 一行は明日に向けての英気を養う――。


「コアトーさん、そこはこうじゃないでふか?」
「みゅ? あっ、ホントだ。ありがと〜リイムくん」
 リイム・クローバー(りいむ・くろーばー)コアトー・アリティーヌ(こあとー・ありてぃーぬ)が一冊の本――『罠作りのススメ』を見合いながら、拠点襲撃当日に使用する罠を作っていた。
(いよいよ明日か……。まずはルピナスを説得しようと試みる契約者を内部に向かわせる事だ。
 説得が通じるなら、戦う必要はない。……残念ながら説得が通じなければ、その時は戦うまでだ)
 そんな二人の様子を微笑ましく見守りつつ、十文字 宵一(じゅうもんじ・よいいち)が明日の行動方針を確認する。契約者は主に、ルピナスの説得・制圧・殲滅の方針に分かれており、説得組は拠点内部へ行きルピナスを説得、制圧組は主に地上で巨大生物の迎撃に当たり、殲滅組は文字通り、ルピナスを問答無用で消し去る。宵一はというと、『説得が通じるならそれでよし、通じなければ殲滅』という立ち位置である。
「宵一様、偵察に向かわせていた者が戻りましたわ」
 中に入ってきたヨルディア・スカーレット(よるでぃあ・すかーれっと)が、自身が手配した偵察部隊からの報告を宵一に報告する。結果としては芳しくなく、位置は判明しており『何かが居る』という気配は察知出来るものの、肝心の入口が判明しなかった。
「偵察部隊の侵入に勘付いて入口を隠したか、それとも嘘の情報を教えたのか……」
「わたくしとしては前者の可能性を支持しますわ。少なくとも位置に関しては、正しい情報であるとわたくしは思います」
 宵一がむぅ、と唸って腕を組む。このまま内部構造が判明しないままというのは不安だが、それでも自分たちは明日、行かねばならない。
 ルピナスが何を企んでいるのかは知らないが、自分のやるべき事は一つ、ルピナスが説得を拒んだ時に戦うのみ。
(そう、俺は戦って道を切り開く。それが俺の生き様だ)
 決意を胸に、宵一は当日を待つ――。


「可能性の一つとして考えてはいたが、拠点襲撃に正面から殴り込み……。
 俺とお前の仲だから言わせてもらうが、正直、この話を聞いた瞬間頭痛がしたぞ」
「俺も、立場を弁えない行動だとは思っているさ。和輝がこうして苦言を呈してくれるであろうこともな」
「……あぁ、俺も口にはしたが、それでお前が意思を曲げるような奴じゃないことは分かってるさ。
 護らせてもらう……それが臣下としての務めだ」

 襲撃前、言葉を交わすパイモンと佐野 和輝(さの・かずき)を見て、アニス・パラス(あにす・ぱらす)が思ったことを口にする。
「う〜ん。なんかパイモン見てると、魔王って気がしないなぁ。悪巧みしてる時の和輝の方が、魔王っぽい」
「ふふ、それは確かにそうかも。今の二人はそれこそ『仲間』って感じよね」
 スノー・クライム(すのー・くらいむ)がパイモンと和輝をそのように評する一方、リモン・ミュラー(りもん・みゅらー)は不敵な笑みを浮かべつつ口にする。
「和輝が魔王として皆をひれ伏させる……うむ、悪くないな」
 その言葉を耳にしたアニスの脳裏に、豪奢な椅子に脚を組んで腰掛けた和輝と、その周りに頭を垂れてひれ伏す自分やスノー、リモンという光景が浮かぶ。
「う〜、ダメっ! なんか想像できちゃうけど、ダメっ!」
 ぶんぶん、と頭を振って光景を打ち消す。
「……何を叫んでいるんだ? アニス」
 と、話を終えて戻って来た和輝が、アニスの挙動不審ぶりに首を傾げる。
「な、なんでもないよっ!?
 えっと……『カチコミ』ダー♪」
 どことなくカタコトな口調で、アニスが拳を振り上げて歩き出し、スノーとリモンが後に続く。
「? 何だ?」
 和輝だけが訳も分からず、終始首を傾げつつ皆に続く。


「ロノウェ、来てくれたんだね!
 ありがとう、ロノウェが来てくれたら百人力だよ!」
 ロノウェの下に駆け寄った小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)が、ロノウェの両手を取ってぶんぶん、と上下に振って喜びを表現する。
「み、美羽、あなたの気持ちは分かったから手を離しなさいっ」
「美羽さん、ロノウェさんが困ってますよ、離してあげてくださいっ」
 ベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)が間に入り、二人を一旦引き離させる。ほっ、と息を吐くロノウェに、ベアトリーチェもロノウェが来てくれたことへの感謝を伝える。
「ロノウェさんが天秤世界に来てくれたことを、私も心強く思います。
 襲撃当日は、私も全力で美羽さんとロノウェさんのサポートをさせてもらいますね」
「……そうね。私はこの世界のことをよく知らないから、あなた達には色々と教えてほしいわ」
「だったら、今日は拠点周りを散歩なんてどうかな?
 ロンウェルのような賑わいはないけれど、この世界の事を知るきっかけにはいいと思うんだ」
 コハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)の提案に、ロノウェも自分が言い出したこともあり、そうね、と頷く。
「決まりだね! それじゃ早速行こう!」
「ちょ、ちょっと美羽、そんなに急がなくてもいいじゃない」
 すると美羽がロノウェの手を取り、我先にと駆け出す。その勢いは身体能力では負けないはずのロノウェがすっかり振り回されるほどであった。
「すみませんロノウェさん、後で美羽にはちゃんと言っておきますので!
 美羽さん、待ってくださーい!」
 ベアトリーチェが後を追いかけ、コハクも襲撃前のちょっとした和みの時間を楽しむように微笑んで、後に続く。