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【真相に至る深層】第三話 過去からの絶望

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【真相に至る深層】第三話 過去からの絶望

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2:水底より蘇りしは愛憎の声



「さーて、変なモン見つけちまったし、どうするかねぇ……」

 テレジア・ユスティナ・ベルクホーフェン(てれじあゆすてぃな・べるくほーふぇん)に憑依するマーツェカ・ヴェーツ(まーつぇか・う゛ぇーつ)は、蒼族族長のものと思しき屋敷の傍で、探索を続けていた。
 半魚人たちの侵攻が始まったこともあり、とても安全とは言い切れなくなったため、ブラックコートと光学迷彩で気配を殺しながら進み、運悪く鉢合わせた相手へは、狭い路地へと誘い込んで閉じ込めるなどしてやり過ごしていかほどか。
 広い屋敷の中の片隅で、マーツェカは何かに引き止められたような錯覚にその足を止めた。
「ん……? なんだ、この館、敷地の外れに随分と小せぇ荒屋があるんだな?」
 奇妙に思ったが、同時に誘われるように荒屋へと近付き、壊れかけにも見える戸口に手をかけると、瞬間感じた何かに、マーツェカは眉を寄せた。
「……ああ、此処か。この不愉快な夢の出処は」
 聞けば一万年も昔の誰かの記憶だという、このところずっと意識を苛んでいた夢。自分のものではない、誰かの意識、誰かの想い。自身に相容れないその異質な空気が、ここに来て異様に濃くなったように感じられた。「それ」が聞こえたのは、そんな時だ。
――貴方がいけないのですよ……あの方を破滅に追いやるなんて、許される事ではありません――
 唐突に、脳裏へと響いた声に、マーツェカは眉を寄せた。
「……くっ!なんだってんだ、一体……!」
 それは丁度、神殿で古代龍ポセイダヌスが皆の記憶を引きずり出していたタイミングであったが、マーツェカは知る由もないことだ。ただ頭の中に流れ込んでくる大量の記憶、そして深い感情の渦に、思わず頭を抑えた。
――私は、あの方の事を愛してしまった……しかし、それは許されない事――……例え、その先にあるのが破滅だとしても……私は、最後まであの方の――
「喧しい……ッ、勝手に、我の意識に入ってくるんじゃねえ……ッ!」
 記憶の主に向けて怒鳴ったが、虚空に叫ぶのも同じことだ。当然それで収まることなく、耳鳴りのように、都市に残された魂は、マーツェカに向けて流れ込んでいったのだった。

――……誰にも悦びの声を挙げさせまい……希望を胸に、空を仰ぐことを赦すまい!我ら今日という日を永久に呪う――……!







「……ちょっとコレ……頭痛がどうこうとかいうレベルじゃ、ない、です……よ」

 同時刻、神殿、大聖堂内。
 誰にとも無く呟き、風森 望(かぜもり・のぞみ)がふらつく体を柱にもたれかけさせた。
 龍ポセイダヌスが、夢と言う形で触れてきている過去の魂の記憶を強制的に引きずり出したために、その思いごと一気に脳内に溢れ、頭がそのあまりの情報量に悲鳴をあげたのだ。
 他の面々も同様で、完全に昏倒してしまった者や、ただふらつく程度であったりと個人差は在るようだが、それぞれに繋がっている過去の魂たちから入ってきた思いや情報に、その表情を変えていた。
「大尉」
 その一人、沙 鈴(しゃ・りん)は、この場の指揮官である氏無へ声をかけた。
「わたくしは……蒼の塔へ向かいます」
「うん……」
 頷く氏無の反応が、どこか鈍い。先ほども、彼自身ではない誰かの声がその口を使っていたように、皆と同じように氏無も、過去からの情報に押されているのかもしれない。そんな氏無から、直に指示された記憶があったわけではないし、事前に打ち合わせたわけでもなかったのだが、何故か鈴の中には「託されている」という感覚があった。蒼の塔へ向かって、その塔を動かさねばならない、と。
 こんな状態の氏無のサポートから離れるのは、妙に不安があったが、塔の制御はこの状況を最前なものとするために必要なことだ。とは言え、既に蒼の塔は小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)が到達し、制御を担っているのである。もし分担作業が可能であれば、速度と効率のアップも可能だろうが、現状、そこへあえて向かう必要性は無い様にも思える。それを気付いていない筈も無いだろうに、氏無は反論無く頷くと、不意に少し苦笑めいた表情を浮かべると
「頼むね」
 と短く応じた。その声音が、どうにも何時もと違って聞こえるのは気のせいだったのか、それとも自分の過去の誰かしらの感覚に引き摺られているのか判らないまま、鈴は綺羅 瑠璃(きら・るー)と共に、蒼の塔へと向かったのだった。

 そんな背中を見送って、氏無へ話しかけたのはノート・シュヴェルトライテ(のーと・しゅう゛るとらいて)だ。
「ちょっと望の頭が酷いので、下がらせて貰いますわ」
 その言葉に氏無が何か言うより早く「ちょっと」と望がずいと身を乗り出した。
「誤解のある表現は辞めて下さい。頭痛が酷いんです、頭痛が!!」
 ばんばん、と凭れた柱を叩いて思わずツッコミを入れる望だったが、頭痛が去ったわけではないので、当然ぐらりと足元が揺れ、再び柱へと凭れなおしながら、はあ、と大袈裟に溜息を吐き出した。
「頭が酷く残念なのは、お嬢様の方です!! ああ、もう頭痛が酷くなった気がする―……」
 半分以上冗談でなかった部分を悟ったのか、ノートは肩を怒らせてびしりと望へ指を突きつける。
「ちょっと、主が心配してるんですから、少しは殊勝な心掛けで有難く思ったらどうなんですのよ!!」
 言葉通り、素直に心配していたからこその反発だろう、とは、望も判ってはいたが、吐き出したのは更に盛大な溜息だ。
「お嬢様の場合、手綱をこっちが握ってないと何をするか心配で、気が気でないんですから、余計な事せずに大人しくしてて下さい、本当にもう……」
 それに更にノートが反論しようとした所で「まぁまぁ」と氏無は割って入った。
「とりあえず、状況は判ったから……下がってくれて構わないよ。入り口の防衛には何人か出てるし、彼等ならまぁ、暫く持つでしょ」
 最初から半魚人に対応するために大熊 丈二(おおぐま・じょうじ)ヒルダ・ノーライフ(ひるだ・のーらいふ)の両名が防衛ラインを張っていたこともあって、赤嶺 霜月(あかみね・そうげつ)達が合流したことで半魚人たちの突然の侵攻も、今現在は入り口までで抑えられていると報告が来ている。半魚人たちが裏口を把握しているなら危険だが、現在その気配もないことから、察知はされていないと考えていいだろう。
 そんな氏無の言葉に、ノートが言葉に甘えつつ、念の為リヴァイアサタン復活の備えとしてディミトリアスの結界の傍に、望と共に控えることとなったところで、もう一度深く息をついた望は、頭の中に響いた過去の誰かのこと、その思いを反芻して、複雑な顔で苦笑を浮かべた。
「……気持ちは判りますがね、その尻拭いをこっちにまわさないで欲しいのですけどね」
 自分を見て欲しいという願望。愛した相手に辛い思いをさせたくないと思うのと同時に、思い切り酷い傷をつけて自分の事を忘れさせないという、歪んだ欲望。どれも否定は出来ない、人間の愛情の形だ。後悔なのか、けじめなのかは判らないが、望に接触してくるこの魂が、思いを溢れさせる一方で、伝えてくるのは情報ばかりだ。その意図を何とはなしに悟れるのは、自分もどこかで同調する心があるからなのか、それとも同調できるからこそ、この魂は接触してきたのだろうか。そんなとりとめのないことをふと思いながら、望は僅かに口元を苦笑に緩めたのだった。

「……確かに悪役を張ると決めたのならば、最後まで貫き通すべきではあります、ね」