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【真相に至る深層】第三話 過去からの絶望

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【真相に至る深層】第三話 過去からの絶望

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3:戦う者達
 

「どこもかしこも敵だらけね。まったく、スカーレッド大尉とやりあったばかりだってのに」
「このタイミングでの襲撃……邪龍復活まで、あんまり時間がないってことだな」
 同じ頃、神殿唯一の入り口の前に開かれた広場に、彼等は立っていた。
 連戦の疲労からか、セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)が思わずと言った調子で溜息混じりに呟いて肩を竦めたのに紫月 唯斗(しづき・ゆいと)も息をついた。視線の先では半魚人たちが迫ってきているが、彼等の中には絶望感や焦りのようなものは無いようだ。
「しかし、しばらく魚料理に困らない数ね……って、半魚人じゃ大しておいしくなさそう」
 しようもない冗談を口にするセレンフィリティに、村主 蛇々(すぐり・じゃじゃ)も思わず笑ったが、目の前に広がる状況は、余り笑っていられるものではなかった。数時間前に粗方片付けたはずだというのに、どこから沸いて出たのか判らない半魚人たちの群れは、ぞろぞろと神殿に向けて集結してきているのだ。先行する雷霆 リナリエッタ(らいてい・りなりえった)が、幾らか分散させてくれているが、何しろ数が多い。
 一万年前も、恐らく似たような光景が広がっていたのだろう。蛇々は背中に迫る冷たい気配に、思わず腕をさすった。恐ろしくないといえば嘘になる。今だって、逃げ出せるものならそうしたい、と思う自分も微かにあることを自覚している。だがそんな自分を認めながら、蛇々は「でも」とぎゅっと拳を握り締めた。
「……私はやるわ、此処で踏ん張って守らなきゃいけないものがあるもの」
「ああ、その通り」
 その言葉に、にっと不敵に笑って唯斗が前へ出た。
「生憎神殿の中は取り込み中でな。通す訳にゃいかんのよ」
 群れを成して迫り来る半魚人を前に、不敵に笑うと、ふっとその姿は唐突に掻き消えた。
 と、周囲の感じた次の瞬間には、その姿は群れの中心へと現れ、同時にその周囲でぽっかりと穴を抜いたように、半魚人たちが倒れ付す。縮界によって一気に間合いを詰めた唯斗は、その足が地に付く瞬間に鬼種特務装束【鴉】によって底上げされた運動能力を一気に周囲へと発散させたのだ。音もない移動、その速度に、知覚できた半魚人はいなかっただろう。スピードの速い小型の半魚人ですら、目で追えも出来なかったに違いない。
 動揺する半魚人たちに、唯斗は容赦なく続けざま刀を振るっては、群れを抉り取るようにその命を刈り取っていく。足元に屍を敷き詰めながら、唯斗は冷徹な声を半魚人たちに向けて降らせた。
「これは、俺達の「今」だけじゃない「過去」から続く物語の決着の場だ……オメェラの出て来る舞台じゃないんだよ」


 そうして、唯斗が群れの中央で応じている中。
 蛇々と共に飛び出し、その最も遠い戦場へ赴いたのは雷霆 リナリエッタ(らいてい・りなりえった)だ。
 襲い来る夢と言うなの情報の波のおかげで、優れない体調への不安はあるが、そうも言っていられない。自分の役目は神殿へと半魚人達を近付かせないことだ、と、都市深くまで進んだリナリエッタは、自身のフラワシを総動員しながら、半魚人たちの群れを誘導していた。
 迂回させ、或いは遠回りさせ、少しでも神殿から遠ざかるようにして半魚人たちをおびき寄せると、袋小路まで追い込んだところで一気にフラワシに襲わせる。焔が皮膚を焼く嫌なにおいに眉を寄せるリナリエッタの傍では、残った半魚人たちの足場を、蛇々が氷術で固めてその身動きを封じていた。そこへ、悪疫のフラワシが更に追い討ちをかけることでその数を一気に減らしながらも「きりがないわねえ」とリナリエッタは眉を寄せた。
 こうして、何度も小隊規模の魚人たちの群れを殲滅しているのだが、倒しても倒しても後から沸いて出てきているのではないか、と錯覚するほどに、その総数が減っている実感がわいてこないのだ。
「一体……これだけのかず、どこからやって来てるのかしら」
 もう何度目になるか、塔の力を受けた剣を振るい、その一撃で動きを止めさせた群れを纏めて薙ぎ払いながら、独り言のように漏れる蛇々の言葉に、仕方が無い、と溜息をついてリナリエッタは不意にしゃがみ込んで、その手を倒れている半漁人の遺体へと触れた。
「気持ち悪いとか……言ってる場合じゃないものね」
 呟き、意識を集中させると、サイコメトリで半魚人の中を探ったリナリエッタは、更にその眉を不快そうに歪めると「嫌な感じだわね」と呟きを漏らした。恐らく邪龍が復活しかかっている影響だろう、都市を重く淀ませている瘴気が、半魚人たちの源泉であるようだ。魔法生物のようなものである彼等は、その瘴気が濃くなればなるほどに、その数を増すだろう。今まさに封印の解かれようとしている今、ここから更に数が増えるとなると、想像するだに恐ろしい。
「このまま消耗戦になったら……と思うとぞっとするわね」
 そんなリナリエッタの言葉に、蛇々は自分も顔が青ざめていくのが判ったが、それに反して、心のどこかが「だが」と強く意識をもたげてもいた。その意思は剣を握りなおさせ、立ち向かう気力を蛇々へと奮い立たせた。
「俺は、私は、諦めないわよ……! ……んん??」
 思わず呟いた蛇々だったが、その言葉が、想いが、誰のものであるのかはまだ、自覚してはいないようだった。




 そうして、彼等が等が前線を押し戻している間で、丈二達はその防衛線を一旦神殿の門前まで引き下げているところだった。相手が多勢であるため、直ぐに囲まれてしまう危険性がある開けた場所より、遮蔽物があり方向性を絞れる入り口の方が、少数での防衛に都合がいいためだ。バリケードを張る時間があれば、とセレンフィリティは軽い舌打ちを漏らしたが、幸い、懸念するほどの猛攻は、到達そのものを迂回させるリナリエッタや蛇々や、前線で群れを引き受ける唯斗の働きで、今の所ここまでは届いてはいなかった。
 ただ、一人一人が単身で強力な戦力ではあるものの、カバーできる範囲は限られている。それぞれが別個の戦術として分散していることもあって、どうしてもカバーしきれず網を零れる部分の最後の一線を、丈二と霜月、そしてセレンフィリティが担っているのだ。
「しかし……きりがありませんね」
 霜月が溜息をつくように漏らした。最前線に穴が出来、そこへ群れがなだれ込もうとするたびに飛び込んでは斬りかかり、半魚人達を蹴散らしているのだが、塔の力を宿した武器の力でその効率が上がっているとは言え、繰り返すうちに疲労が溜まるのは当然のことだ。
 一度神殿へと戻り、そこで槍へと持ち替えた丈二もまた、その武器の威力に幾らか助けられながらも、疲労の色が浮かび始めていた。が、此方は体力のことだけではない。
「……丈二、大丈夫?」
 先ほどから顔色の悪い様子の丈二に、ヒルダが心配げに声をかけ、背中を合わせる形で傍に寄った。丈二の得物が違うこともあって、普段とは違うフォーメーションをとるのに、最初の頃こそ戸惑っていたヒルダだったが、契約以前、一度死を迎える前に培っていた経験が蘇ったのか、今はそれなりに順調に機能している。だが、丈二の方は自分でそのフォーメーションを選んでいながら、その理由にじりじりと意識が苛まれるのを感じていた。
 槍を持って、後ろに立つと、槍を持って後ろに立つと、背後から殺す事を考える自分がいる。それは別に、ヒルダに向けた殺意ではなく、自分に接触する過去の存在が、アジエスタの背後をそのような意図で取っていたからだ。そう判ってはいたが、どこまでが自分で、どこまでがその「誰か」なのか判らなくなりそうで、丈二の困惑は深まるばかりなのだ。
「気分が落ち着くまで、一旦下がった方がいいわよ」
 そんな丈二を横目で見ながら、セレンフィリティは気遣わしげに言うと、下がる二人とスイッチするように、接近しようとしていた一団へと飛び込んだ。
 半魚人たちが構えを取ろうとした瞬間に、唐突にバックステップで後ろへ下がり、瞬間反応を狂わせたのを見るや、大剣、希望の旋律を薙ぎ払った。横薙ぎ一閃、続けて回転をかけて斜めに振り下ろし、続く踏み込みで更に横へと剣が薙ぐ。そのたびに体を抉られ、吹き飛ばされた半魚人たちの血が舞い、その白い肌やメタリックブルーのビキニに纏わりついた。その鮮烈なコントラストと、滴る血は、ぞくりと背中を冷たくさせながらも目を離せない、といった類の妖艶さを演出していた。
「観客がお魚さんばっかりで残念だわ」
 そんな自分の姿に自覚的に冗談めかしていると、その姿と戦い方に警戒したらしい半魚人が、数で押そう、と考えたのか、その侵攻のペースを鈍らせ、ぎゅっとその密度を上げた。が、それを即座に悟ったセレンフィリティの体は、3−D−Eによって宙を待っていた。ワイヤーを巻き取るたびに次々にアンカーを射出して神殿の柱の隙間を縫うように飛び渡り、混乱させた所でその頭上から強襲し、群れをずたずたに裂いていく。ばらけた個体は、霜月や丈二が確実に仕留め、防衛ラインを割らせない。
 じりじりと攻めあぐね始めた半魚人達を前に、セレンフィリティは不敵に笑みを浮かべて見せたのだった。


「悪いけど、ここから先は通行止めよ?」