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【真相に至る深層】第三話 過去からの絶望

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【真相に至る深層】第三話 過去からの絶望

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4:遠き記憶を辿って



 同時刻、神殿上層階。
 神殿内の殆どの石盤を起動して回った新風 燕馬(にいかぜ・えんま)リカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)
は、石盤たちの力の中心と思われる一室に到達していた。
「ここが、神殿と……龍の心臓部か」
 燕馬は見知ったものであるように起動の準備に取り掛かりながら、息をついた。
「起動するのは良いが、何の力を使うか、だよな……」
 呟いた燕馬に「そうね」とリカインも頷く。
「正確には力の種類は限定は無いようだけど……ただ、大前提として神殿に接続出来なきゃいけないわけだから、歌以外で、かつ違う用途に使えるとしたら、龍を除けばディミトリアスくんぐらいよね」
 その言葉を通信に拾って『ひとつ気になっているんだが』と鉄心が会話に入ってきた。
『巫女の歌には癒しや増幅の性質を持つ物もあるようだが……それらの歌が邪龍にまで影響してしまう可能性はあるのか?』
 その言葉に過去からの知識を引き出しながら「いえ」と緩く首を振った。
「歌は……指向性があるみたいだから。多少の影響は出るかもしれないけど、効果と言うほどのものも無い筈よ。増幅する際に、ポセイダヌスへ届くように石盤が調整しているし……ん……それなら……」
 言いながら何か思いついたのか、最後は半分独り言のようにリカインは呟くと、考えるように首を捻った。
「官吏の歌、ではどうなのかしら。過去の官吏としての力と、今の歌姫としての力を併せれば、足して巫女一人分、にはなると思うんだけど」
『それは……難しいと思いますよ』
 リカインの呟きに、応じたのは通信機越しの望だ。
『真似ることは出来るでしょうが、知識ではなく才能で選ばれた巫女の歌を再現できるのは、巫女だけ――と、習った当時の「記憶」があります』
 その返答に、ううん、とリカインが難しい顔をした、その時だ。不意に頭上から歌が聞こえてきたのだ。最上階へと赴いた辿楼院 刹那(てんろういん・せつな)が、いち早く歌を始めたようだ。最上階に敷かれた魔法陣は、石盤の起動に応じるように既に発動しているようで、その歌声は他の石盤を伝ってこの部屋へも届いてきたのだろう。
 ただこれは、今の所は一時の時間稼ぎのようなものだ。流石に一人の歌では、増幅したとしても龍への影響はたかが知れている、が、大聖堂で抵抗を続けるディミトリアスやクローディス、そして彼等を助けようとしている者達の助けになるのには違いない。いずれ、方向性が定まれば、その歌は大きな力となることは判っていた。多少のもどかしさを感じながらも、燕馬は「兎に角」と思考を区切った。
「何の為にどう使うかは、歌い手さんたち次第って所だな」
 そうして一端の息をついて、大聖堂からの応答を待つために近くの柱に軽くもたれかかりながら、ここに辿り着いた時から感じていた感覚に、燕馬はふと目を細めた。
「……何だろうな。満足してたみたいな、けど何かをやり残したような、変な感じだ」
 今までも、この都市を訪れてからずっと、見続けていた夢は濃く確かになっていたのだが、この場所は今までに無くどくどくと心臓を動かすほどの何かを沸き立たせるのだ。もしかしたら何かこの場で、過去の「誰か」に何かがあったのだろうか。
 そう眉を寄せる燕馬の横顔に、自身にも何か思い当たることがあるのか、僅かに堅い顔をしていたリカインが、小さく息をついた。
「……私はここの動かし方は分からないし、ひとまず半魚人達を抑えに向かうわ。ここはお任せして構わない?」
「ああ、下は頼む」
 頷く燕馬に、リカインは必要があればまた直ぐ戻ってくるから、と言い残して駆け出して行こうとした、その時だ。2人の視界が急に暗く暗転したかと思うと、まるで洪水のように、感覚が、意識が遠くなる。
「―――……こ、れは……」
 視界の上に、見覚えが無い筈なのに、目を逸らせない光景が広がる。味わったことの無い筈の痛みが、リカインと燕馬の膝を奮わせた。ポセイダヌスが無理矢理に引き出した夢が雪崩込んできたのだ。
「……ああ、そうか。そうなんだな」
 何があり、何を思ったのか。何故こんなにもこの場所に、心がざわついたのか。
 ようやく理解した燕馬は、手のひらを握り締めたのだった。






 同じ頃、蒼の塔の最地下。
 塔の中枢とも言える台座の前では、コハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)に心配げに庇われながら、美羽が苦しげに眉を寄せていた。同じく綺羅 瑠璃(きら・るー)に支えられながら、鈴も頭を抑えて息をつく。押し寄せてきた感情と情報の波のあまりの大きさに、一瞬立ち眩んだが、思念とのリンクの差であるのか、直ぐに持ち直した2人は、揃って武器を握り締めた。美羽は大剣を、そして鈴は塔に残されていた弓を手に取った姿は、彼女等自身にも意外なほど「収まった」とう感覚を抱かせた。
「……なるほど……、大体理解……しました」
「うん……そうだね」
 美羽も頷いて、はあ、と息を吐き出して肩を竦める。今すぐにでも、この記憶を共有できる相手とそれを確かめ合いたい所だったが、目の前の現状はそうも行かなかった。邪龍の復活を感知した魚人たちは都市の外から後から後から沸いて出てきているらしく、ポセイドンの最も外周側に当たる塔は、とっくに侵入の憂き目ににあっていたのだ。基本的には神殿へ向かっているようで、少数ではあるものの、狭い場所に群がられては厄介なのには違いない。
「大丈夫? 美羽」
「うん」
 最下層にたどり着くための階段の下に陣取り、女王騎士の盾をバリケード代わりにしながら侵入を防ぐコハクの言葉に美羽が頷けば、彼と共に並んで同じく侵入を防ぐ瑠璃が「辛そうな所を悪いけど」と申し訳無さそうな声で口を開いた。
「私たちでは塔を動かせない。2人だけが頼りよ」
「ここは、僕たちに任せて!」
 そう言って再び視線を戻し、半魚人達を押し返すその姿に、美羽はどくりと心臓の辺りが鳴ったのを感じだ他。蘇った都市の記憶、そして自身へ繋がる誰かの記憶が、不意に目の前に重なる。握り締められた剣の柄、躊躇うように一瞬噛んだ唇に、鈴は目を細めた。
 数秒前の会話だ。
「この塔の仕組み上……機能を発動させるには、それまでの準備に時間がかかるようです」
 楔から解放へ変更するのは、単純に接続を切るだけですむが、逆はそうはいかない。龍の力の流れを引き寄せ、塔の接点であるこの台座へと繋ぎ合わせ、それを更に龍水路へ流す作業が必要となるのだ。当初は分担作業によって速度を上げようとしていたのだが、2人は同時に「何か」が発する危機感にその手を止めたのだ。
「ただ起動するだけじゃ、駄目……だった、筈だよね」
「ええ……順序で行けば、紅の塔が先、ですわね」
 頷いた鈴は難しい顔だ。
「ですが現状、塔の力なくしてここを維持するのは、少々骨が折れそうですわ」
 それは、この場所に限った事ではない。自分達のものだけではない記憶が、今戦っている仲間達のことを過ぎらせた。
「これは……一時でも氏無大尉を信じられなかったわたくしの咎なのでしょうか」
 『あの時』彼を信じていれば、状況は少しでも違ったのだろうか。そんな埒の無い考えが、そんな言葉を滑らせていたが、その言葉が、氏無であって彼ではない誰かへ向けたもののように聞こえて、美羽は「違うよ、多分」と思わず口を開いた。
「誰が悪いんでもないんだよ、きっと……だから、今やることは『今度こそ』何とかする、ってことだよ」
 ――……だが、実際にはその数秒後の今、半端な状態で手をこまねくしかない状況が、美羽の意識をじりじりとさせていた。なまじ、決意と勇気があるだけに、もどかしさは強いのだろう。そんな横顔に、美羽は「交代といたしましょう」と声をかけた。
「今は、当を完全に起動するわけには行かないようですが……戦うためにも、紅の塔起動の際に速やかに応じるためにも、制御を続ける人間は必要ですが……一人でも充分に可能、ですわよね?」
 その言葉に、美羽の顔がぱっと明るさを取り戻した。じゃあ、と既に剣を握る美羽に、鈴も頷いて応じる。
「先に、行かせて貰うねっ!」
 言うが早いか飛び出し、まるでそれをずっと待っていたかのようなう勢いで、美羽の大剣が、コハクの盾を飛び越えて、半魚人たちの頭上から振り下ろされた。一刀の圧、それだけではない力が剣から溢れて迸り、振りぬかれた剣の先まで一直線に半魚人達を薙ぎ倒した。塔から流れてくる龍の力に、美羽は柄をしっかりと握りなおす。
 思いを繋ぐために、願いを果たすために。

「先ずは……私が相手になるよ!」




 同じ頃。
 道中、リナリエッタが半魚人たちを纏めて引き受けていたこともあって、何とか邪魔も少なく紅の塔へと辿り着いた北都は、すぐさま地下へと降りると、塔の中心である台座に触れ、意識を研ぎ澄ませると、流れ込んできたものに眉を寄せた。
 一万年もの前のものだ。情報そのものはおぼろげではあったが、そんないくつかの断片を「実際に」当時その場で生きていた魂が、接触してきているのだ。読み取ろうとしたものを、逆に強制的に引きずり出されるかのような錯覚に、軽く頭を振ってやりすごすと、再び台座へと意識を戻した。自分に触れる「誰か」は幸い、この塔に触れる権限を有していたようで、起動の仕方を「思い出す」のは容易だった。神殿単体では機能しないという龍の心臓に力を送り込む機能も、これで起動可能となるだろう。
「問題は……注がれる力がポセイダヌスだけに送られるかどうかってところか」
 神殿にいる燕馬からの情報を聞く限りは、細かい制御は神殿の石盤で調節できるようだが、そうなると問題はその力加減だ。邪龍を抑え込む為にも力はあった方が良さそうなものだが、一気に封印を解くとトリアイナの魂……ひいてはクローディスの体のほうが持たない可能性がある。
 とは言え、こちらものんびりしていては、半魚人たちの襲撃の危険性もあるのだ。幸い、一度起動と接続が完了すれば、あとはつきっきりの制御は必要は無さそうなので、撤退は可能なようではあるが。
「兎に角……蒼の塔と連携を取らないと」
 急がなければという気持ちと、急いでは駄目だ、と思う気持ちとを秤にかけながら、慎重に起動を開始しながら、北都は通信機を手に取ったのだった。