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リアクション
【想う事――襲撃】
そうして――それぞれが動いている最中で、やや躊躇いがちにクローディスの傍に寄ったのは遠野 歌菜(とおの・かな)と月崎 羽純(つきざき・はすみ)だ。
未だ意識を取り戻す様子が無いクローディスの手のひらをそっと握りながら、痛ましげにその様子を眺めた目に強い光を宿すと、祈るような姿勢で歌菜は深く息を吸い込んだ。
(あなたの力を、貸してください――……!)
そして、自分へ繋がる巫女の魂と共に、歌菜の歌が神殿を包んだ。
深く、滔々と。時に激しく、時に冷たい音が行き来する。カナリアと刹那の歌う歌に更に厚みを加えるようにして、その歌声は重なり響き、巻き込みながら一層の輝きを放っていく。
守りたかった想い。叶えたかった願い。血が繋がらなくても、家族だと信じた。だから何よりも大事だった。ずっと苦しんできた人の支えになるために、最後まで傍らを離れなかった「彼」のそんな心が流れ込んでくるのに、歌菜の中で自身の愛する人への想い、家族への想いが重なる。どんな絶望よりも邪悪よりも強い思いは、きっと何にも打ち勝つと信じて、その声は追従して歌い始めたかつみの声を重ねて、燕馬の導きによって神殿の隅々まで光を灯し、都市全体へとその響きが広がっていく。同時に、握っている手からどくりと伝わってくる鼓動に、歌菜は複雑な心地を飲み込んだ。
「彼」が感じているのは、巫女の魂だ。それは即ち、クローディスの中で巫女の魂の比重が大きくなり始めている、ということだ。一瞬浮かんだ不安を首を振って払い、歌菜は歌へと意識を戻した。
(クローディスさんは、きっと大丈夫!)
信じている。彼女が強いことを。彼女を待つ人を、裏切るような人間は無いことを。
(だから、一緒に――歌いましょう。あなたの想い、あなたの声で!)
握った掌から伝わるように、そう思いを込めながら歌が更にその調子を増した、その時だ。
まるでその声が聞こえたかのように、クローディスの瞼が、薄く押し開けられたのだ。
ぼんやりとした視界が、何かを探すように彷徨い、誰もが一瞬かける言葉を捜した中で、最初にポセイダヌスが不思議な笑みを浮かべて「判っている」と告げた。クローディスの目が驚きに瞬き、躊躇いの浮かぶ目が伏せようとするのに、ポセイダヌスの硬い指が、汗に張り付くその髪をそっと払った。
「……ティユトスと言ったか。そしてお前の中に、その体の主がいるのだろう」
こくり、とその言葉に「ティユトス」が頷いた。
「……『歌え』『信じろ』と……」
「ならば、信じればいい」
恐らくクローディスからの言葉なのだろう。それを受けてもまだ僅かに躊躇うティユトスに、ポセイダヌスの声は静かだった。
「お前は『違う』……それでもいい……歌ってくれ」
思いのほか優しい声に、ティユトスはもう一度何かを言いかけ、結局は口をつぐむと、その表情に決意を湛え直すと、歌菜の手を借りて立ち上ってすうっと息を吸い込み、そして――歌は始まった。
それは、言葉ではなかった。
まるで声そのものが楽器のように、ただ旋律のみを奏でていく。主旋律ではない。歌を乗せて響かせる為の波、音を歌として形作るためのうてなだ。その上に絡まり、重なり、広がる自らの歌に、自分のものではない懐かしさを感じて、歌菜は目を細めた。
(あなたも、感じているんですね――巫女の歌を)
姫巫女はいつも歌の中心にいる、特別な歌姫だった。
だがそれは、彼女の歌が特別なのではなくて、彼女が巫女達の歌を特別にしたからだ。歌の種類がどう変わろうと、揺るがない音。彼女の声は全てを繋げてくれるという確信に、歌菜の歌は更に響きを増した。ポセイダヌスに捧げる癒やしの歌から、邪龍に向けられる縛りの歌へ。
本来全く違うはずの歌が、不思議と違和感なく切り替わり、混ざり合いながら繋がる。
「こういうの、マッシュアップ、とか言うんだっけ?」
その歌声に、理王が呟くように言った。
味気のない言い方をすれば、ティユトスがしているのは、リズム、テンポを揃えて音域を調整する指揮棒でありベースのようなものだ。曲ごと違うはずのそれらを、柔軟にアレンジしてミックスする……原理としてはそうだが、歌が持つ力を損なわずにそれを成せるのは、信じがたい能力であり、成せるからこその姫巫女なのたろう。そして、それに過不足無く歌を合わせることの出来る、歌菜やかつみ、彼女らに触れる謡巫女達の技量の高さも疑うべくもない。
(あぁ。こんな風にして――「あの子」を支えてやれば、良かったのかな)
響く声の質は違えど、この響きの妙は、自分ではない「彼」の記憶に懐かしい。
慕われているとは、思っていなかった。知っていれば支えられただろうか。
過去のことだ。その遠い昔にあっけなく命を落とした魂で、何が出来たか判らない。それでもその後悔が一万年もの永い時の間を経てここまでたどり着いたのなら「彼」の役割にも意味があったと言うことなのだろう。
そして、そんな彼女らのサポートを行うことが、時代もやり方も違えど、今も自分の役目なのだ、と。不思議と納得の落ちる中で、理王は端末に意識を集中させたのだった。
そんな彼女らを遠巻きに、叶 白竜(よう・ぱいろん)は視界の翳りかかるのを叱咤しながら、呼吸を整えるように深く息を吸い込んだ。
(……血を、流しすぎたか……)
白竜が目を覚ましたのは、クローディスの叫びが聞こえた瞬間だ。押し開けた瞼の先に、倒れたその姿を見たが、同時に体が思うように動かないことにも気がついた。負傷の度合いが酷かったこともあるが、痛みに朦朧とした意識の中で、もうひとつの光景が自分の上へと重なっていたからだ。
倒れる体、伸ばした手は自分の流した血の海に沈んでいた。守ろうと足掻いた、けれど果たせぬままに、ただむざむざと殺された男の姿と記憶は、やがて全てを語り終えたとばかりに、自分から離れて静かに此方を見ていた。
(吾は我……我は吾、か……)
声になっていたかどうか。呟いた二人分の視線が捕らえていたのは、巫女――クローディスだ。
ティユトスの魂を宿したために姿は変化し、歌菜たちと共に歌を口ずさむその光景は巫女そのものであり、同時にその横顔は、諦めを拒み、挑むような強い目は、クローディスそのものだ。
守らなければ、と言う思いが重なり、血を失ったこともあってか、頭に上がっていた血が冷たくなり、思考が静かに最善を探る、が。
「……っ」
ずきり、と痛む体に白竜は眉を寄せた。手段は見つけたが、それを果たすために体が動かないのだ。また、同じなのか、と苦いものがこみ上げようとしたその時だ。握り締めようとした腕を、世 羅儀(せい・らぎ)の手が取った。そのまま傷に触らないように、その体を支える羅儀は、自身も青ざめた顔をしながらも、その目線に「わかってる」と目を細めた。
「クローディスさんを守りたいんだろ?」
最後まで付き合ってやるから、頑張れ、と。語りかける羅儀に頷き、支えながら伸ばした白竜の手が、手近な石版に触れる。少しでも繋がりを得られれば、後のことは「知って」いる。
「……彼女からはもう……何も、奪わせない」
頭に浮かぶ現実の地図と、過去の記憶が鮮明にさせる塔と神殿を繋ぐ機能とが合わさって、すっとラインを引くように力を導き、神殿を囲う流水路へと力を流れ込ませた。そのまま細い道を繋いで重ね、その意思を示すかのように、簡易ではあるが神殿の内部、魔方陣まで流れ込んで結界のように光が敷かれていく。少なくとも、邪龍は容易くは手を出してはこれないはずだ。
だが、脅威はその時、思わぬところから姿を現した。
「フハハハ!」
聞き慣れた高笑いを上げたのはドクター・ハデス(どくたー・はです)だったが、普段と幾らか様子が違うようにも見えた。態度こそ変わらず、尊大なポージングを保ってはいるが、クローディスたちに向き合う、そのメガネの奥にあるのは、彼自身ではないものの目で、誰かを見ているようだった。
「我らオリュンポスの先駆者、トリアイナの志を無駄にするわけにはいかん! 我らも邪龍リヴァイアサタンの封印に協力しよう!」
そうして、これもまた普段の彼らしからぬ言葉を口にした、次の瞬間だった。
「では、我が戦力を……ぐはッ」
背後から近づいた天樹 十六凪(あまぎ・いざなぎ)が、ハデスの首筋に手刀を入れ、気絶させたのだ。皆が一瞬あっけに取られている間に、眩しい光が一同の視界を奪い、そして――
「やれやれ、過去の亡霊に囚われるなど……ハデス君も愚かですね」
そう呟いたのは、ユニオンリングによって融合し、外見がハデスとなった十六凪だった。突然のことに反応できないでいる一同を前に、十六凪は薄い笑みを浮かべて酷く楽しげに口を開いた。
「せっかく、リヴァイアサタンという強大な存在が復活したのですから、これを世界征服に役立てない手はありません」
同じ顔、同じ声のはずだが、中身が違うだけでその声はやけに酷薄に響く。ハデスと違って声を荒げないだけに、余計にそれは不気味さをもって契約者たちに届いた。
「僕らオリュンポス……いえ、真オリュンポスは、リヴァイアサタンを完全に蘇らせ、その力を使って世界征服を行ないましょう」
真オリュンポスを名乗った十六凪は、ハデスと同じように世界征服を謳ってはいるが、その質は随分と違っているように見えた。ハデスのそれが常に、大袈裟で真正面からの、妙な言い方をするならば「まっとうに」挑んでくるとするならば、彼のそれからは「どんな手段を使っても」という言葉が正しい意味を持って使われるような、そんな黒さが滲み出ている。そして、そんな印象の通り「ふふふ」と低い笑い声を落とすと、特戦隊を契約者たちに向けて襲い掛からせた。
「させるか!」
咄嗟に羽純が飛び出し、歌菜たちを庇って迎撃したが、それこそが十六凪の狙いだった。契約者たちの警戒が移った、その瞬間を狙って、十六凪のオニキスキラーがクローディスに照準を合わせていた。
巫女の魂を宿しているクローディスが命を落とせば、巫女の魂は顕現する。そうすれば邪龍はその魂を手に入れ、その瞬間、ポセイダヌスは邪龍に下る。邪龍がそれに恩義を感じればよし、そうならずとも、ポセイダヌスを得た邪龍を止められる者は無い。帝国領、ひいてはパラミタ全土へとその混乱は広がり、世界征服への大きな一歩に繋がるのだ。
「そう……これで、目的は達成です」
呟き、その指が漆黒の大型銃の引き金を引いた。
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