蒼空学園へ

イルミンスール魔法学校

校長室

シャンバラ教導団へ

【真相に至る深層】第四話 過去からの終焉

リアクション公開中!

【真相に至る深層】第四話 過去からの終焉

リアクション






【集う戦士たち】



――そして、同時刻。
 海中都市ポセイドン、市街地北部。

 都市のあちらこちらを駆けずり周り、過去の存在のおかげか、地の利に明るい赤嶺 霜月(あかみね・そうげつ)のう誘導で、マーツェカが細々とながら、ささがきのように邪龍の首周りを削り取り、確実にその力を削いでいた、のだが。
「……っ」
 ゴパリ、と吐き出された黒い霧のようなブレスが広がり、咄嗟に北都が展開した光の壁にあらかたは防がれたが、丁度のタイミングで接近していたマーツェカが色濃い毒の霧を受けたのに、枝々咲 色花(ししざき・しきか)が援護射撃で気をそらしている間に、サビク・オルタナティヴ(さびく・おるたなてぃぶ)がその体を遮蔽に押し込んでキュアポイズンで癒していく。が、戦いの合間に仲間たちの間で何度か繰り返したはずのそれの、不意に訪れた手ごたえの違いに、サビクは眉を寄せた。
「……、毒性が、強くなってる?」
「それに、さっきより早くなってやがるぜ」
 サビクの言葉に、マーツェカが忌々しげに言った。
「何だ……? 邪龍のやつが、急に動きが戻りやがった」
 一度は優勢だったはずの状況の唐突な変化に、魔法少女シリウス・ストライクCへと変身していたシリウス・バイナリスタ(しりうす・ばいなりすた)も眉を寄せる。その言葉に、小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)もその眉を寄せ、もしかして、と意識を集中させた。戦っているうちは流石に難しいが、塔へ接続する力も併せ持つ美羽の感覚には、龍水路の状況も感じ取れるのだ。探った龍水路の力の流れを受けて、美羽は顔色を変えた。
「歌だ……歌が弱まってる!?」
 辛うじて、刹那のものと思しき歌と、データ化された歌による力は流れ込んできているが、縛りの歌の歌い手としては高位巫女たちには及ばないのだ。邪龍を締め付けている歌が緩んだことで、その本領が戻りつつあるのである。
「神殿で何かあったのかな……」
 コハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)が、僅かにその焦りを表情に乗せた。
 歌菜たちが連絡もなしに唐突に歌を止めるとは考えにくい以上、歌えない状況、あるいは歌を龍水路へ流す手段に何か起こった、と考えるのが自然だ。
「……っ、戻った方が良いかしら?」
「いいえ」
 自分以外からの気がかりもあって、心配気に漏らした村主 蛇々(すぐり・じゃじゃ)の問いに、セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)が首を振った。
「邪龍はここに居るのだから、それ以上の害意はあり得ない。迂闊に戻って、それこそ神殿に引き連れる事になったら最悪だわ」
 ぐっと、動き出そうとしていた足を止めた蛇々に、セレンフィリティは頷いてみせる。
「信じましょう。私たちは、私たちの役目を果たすべきだわ……今度こそ」
 最後は殆ど独り言のように呟いて、セレンフィリティは漲ってくる力を確かめるようにぐっと握り締めた。
(そう……あなたの無念を、晴らしてあげるわ)
 本来なら、ここまで戦い通しだった体力は底を突いていたはずだった。それを回復させたのは、自身に助けを求めた「彼女」の力だ。
 その姿は、どこか最愛の人と面影が似ていた。無念と悲しみを瞳に抱いた「彼女」。接れた瞬間、それがずっと夢として見続けてきた過去の「彼女」なのだと判った。喪失感が胸に迫り、届かなかった手の無念さに痛む。
 はじめこそ、その異様なまでに露出度の高い格好に目を目を白黒させていたが、裏腹な真摯さと実力に「彼女」が助けを求めたとき、セレンフィリティはその手を取ったのだ。
 愛していた人を、女性としての幸せを失った悲しみを。守るべき人を守れず、戦士としての役目をまっとう出来なかったことへの無念を、自分が晴らさなければ、と判ったからだ。
 そのために、と焦りを消して、頭を冷静に保ちながら、セレンフィリティは邪龍の動きを少しも見逃すまいと観察を続ける。動きが多少良くなったところで、その行動のパターンは大して変わらないようだ。牙を剥き、暴れ、突撃する。体を暴れさせ、ブレスを吐き出す。逆鱗を狙う自分達――正確に言えば、戦士の力を受け継いでいる者を警戒した動きだ。
「こいつの警戒は、今は私達――自分を倒せる力がある存在を、先に潰しておきたいんでしょうね」
 その言葉に、成る程ね、と同じく戦士の力を持った、美羽たちが頷いた。図らずも、集まっている面子の全員が、戦士の過去をもった魂と繋がった者達だ。邪龍が最も危険な集団だと認識したのは、当然と言えるだろう。
「出来る限り、神殿から離れるように動きましょう――もし何かあったのなら、不測の事態をそちらに発生させるのだけは、避けないと」
 そして同時に、可及的速やかに逆鱗を破壊しなければならない、とも告げる。心臓と違って動かない的であるだけに、邪龍にとっても最も守りの意識が堅い場所だ。戦士たちがこちらに集中している以上、心臓側に向かった仲間たちの負担を減らすためも、何より、神殿へすぐに引き返すためにも、だ。
「ああ……しかし、厄介だな」
 邪龍からの攻撃を避け、手近な遮蔽へ飛び込んで頷いたシリウスだったが、その顔は僅かに苦い。
 セレンフィリティが言うように、邪龍にとっても最も狙われる可能性を認識している場所だ。そもそもが喉元にあるため、這うように動く体の、その最大の武器である口の下を狙うのは至難の業である。
「何とか、潜り込める余地がありゃいいんだがな……」
 高低差をとれる坂、あるいは段差にあたる場所は無かったか。調査団経由でマップはあるものの、その情報は平面によるものであったし、戦士職ではあっても自分の繋がる「彼女」は神殿に属していたためか、土地の微妙な高低までは把握していなかったようだ。
 逆に――
「狙える場所に、心当たりがあります」
 と、口にしたのは霜月だ。北都の壁が守っている内に皆の視線が僅かに集まるのに、その顔が僅かに苦笑すると、とん、と自分の頭を指で叩いた。
「自分に訴えてくる方は、此処に特に、詳しいようですから」
 道の幅、連なる建物の高さや、土地の勾配……それこそ街頭の数まで「彼」は記憶しているようだった。再現されていた都市が、再び本来の遺跡としての形に戻り始め、荒廃した景色へと戻りつつはあるが、土地そのものが激変したわけではないし、面影はそのまま残っているのだ。まるで自分の庭のように、景色が情報として入ってくるのに、ありがたいと思う半面で、霜月の心中はいくらか複雑ではあった。
 「彼」はどうやら、無念のうちに死んだのだということは判った。守りたかった存在の声に、傍に行きたがっていることも、そして同時に、戦士として邪龍を倒さなければならない、という強い意志があることも。流れ込んできた記憶で、その感情は痛いほど伝わった。家族を守りたかった、守れなかったという痛みと想いは、自分にも理解できるものだ。だが……「彼」は既に、過去の存在なのだ。
(協力は感謝しますが……道案内だけで十分です、戦いはあくまで自分の力で戦わさせてもらいます)
 何かを守るために、為すために。誰かの力ではなくて、自分の力で。過去からの因縁であっても、今、戦い生きているのは自分だから、と。
 その意思を理解したのだろう「彼」はわかっている、とばかりに頷く気配と共に、その都市の記憶だけを霜月に託した。子が生まれ、孫が育つまで、愛し守ってきた土地のことを。
 
 そうして、一同は神殿から遠ざかるコースへと誘導するように、その行動を開始した。
 邪龍がそのコースに気付くだろう事は、狙いの内だ。逆に本当の狙いを悟らせない為に、さりげなく誘導する、という体裁を繕いながら、接近と撤退を繰り返す。
「……!」
 ブレスの直撃を避けるように、霜月は、頭に浮かんでくる、遮蔽物に身を隠しながらの最短ルートを辿って、その大きな口が狙いを定めるように開かれた瞬間に、その下を潜り抜けるようにして滑り込み、通り抜けざまに逆鱗へと一撃を与えてそのまま遮蔽物の陰へと潜り込んだ。
「貴様……っ」
 忌々しげな様子で舌打ちした邪龍が、飛び込んだ遮蔽めがけて瘴気を吐き出そうと口を開けば、そこへ色花のパンプキングからの火炎が飛び込んで乱した。他に比べれば頼りない力だが、邪龍の意識は戦士と言う存在そのものへ警戒があるのか、撹乱されて色花へと襲い掛かってくる。
 当然、その時には他の面々の一撃が逆鱗を狙ってくるのだ。思うようにならない苛立ちが、邪龍の中で蓄積してきているのが判る。
「……援護は任せて、皆さんは存分に戦って下さい」
 淡々とだが、色花と、その中の「彼女」が見せる強い決意の秘めた言葉に皆、頷く。

 かつてばらばらだった三色の戦士たちは今、ひとつの戦場で仲間として戦っているのだった。