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リアクション
第三十九章:壮大なる作戦が始まったようだ
さて、ここら辺で一気に時間を進めよう。
大型飛行イコンのガーディアンヴァルキリーとウィスタリアでは、電波妨害の余波によりいまだ通信の不調が続いている。お互いが交信困難になっていたが、酒杜 陽一(さかもり・よういち)が提案したテレパシーのスキルを使っての意思疎通で必要十分な情報交換はできる。よく考えれば、いやよく考えなくてもそれで事は足りたのだ。地上から必死に通信回線を回復させてくれた人たちに悪いので言わないが。
彼らは、一通り挨拶や打ち合わせを済ませた後は、それぞれお思い思いに時間を使った。予行演習も済ませてある。積み込んであった食料で料理をして皆が仲良く晩御飯も食べたし、シャワーも浴びた。
旅程の10時間は瞬く間に過ぎようとしていた。
ガーディアンヴァルキリーとウィスタリアが地球を離れたのが、午後5時半過ぎ。もっと早く出たような気がしたそれくらいだった。外はまだ明るかったが、夕暮れ時だった。従って、目的地周辺到着は午前3時半頃を予定されている。
当然、地球では真夜中で、普通は寝静まっている頃だ。
分校でも騒ぎがあったようだが、敵も味方も一休みして明日へ備えている頃だ。
交流したい人たちは、その夜もまた『乙ちゃんねる』へと集まっていた。
オリュンポスのドクター・ハデス(どくたー・はです)が全力で保守してくれたおかげで、電波妨害の最中でも『乙ちゃんねる』だけは書き込み読み取りともに支障なく、地上と宇宙との交信に役立った。志願者たちは、リアルタイムで地上の出来事を知ることができ、地上からもアドバイスが飛び交った。
最初は荒れ放題だった各種スレッドも、今では落ち着きを取り戻している。
スレッドの内容はキリがないので割愛しよう。
ハデスが立てた地上との連絡専用スレもちょうどいい具合に役目を終えていた。
999 名前: 秘密結社の天才科学者 2023/10/31 (日) 03:07:39
フハハハ! 我が名はとある秘密結社の匿名の天才科学者だ!
諸君とはこの辺でお別れだ! 地上から諸君の健闘を祈る!
1000 名前: 名もない工作員 2023/10/31 (日) 03:07:58
1000なら真オリュンポス世界制服完了
1001 名前: 突然ですが実況は禁止です 2023/10/31 (日) 03:08:00
このスレッドは1000を超えました
新しいスレッドはもういりません
「なんか、オリュンポス世界制服しちまったな」
「1000取りそこなったー」
『乙ちゃんねる』を見ていた乗組員たちがざわざわしている。
まあ、感想はそれぞれだが、時間つぶしにもなったし地上との情報交換もつつがなく出来た。これはこれでよしとしよう。
「ハデス先生、大活躍でしたな」
乗り合い母艦の控え室で個人端末を見ていた魯粛 子敬(ろしゅく・しけい)は、心の中でハデスに礼を言う。
出発前に、ドクター・ハデスから情報を提供してもらう約束を取り付け、乙ちゃんねるをはじめとして、部分的にだが有用なデータを手に入れていた。
それらは、指揮官に伝えられ航行の役に立った。
「起爆装置の回線が使い物にならなくなった、というのは大きいね」
トマス・ファーニナル(とます・ふぁーになる)も、特命教師の写楽斎が、人工衛星に細工しているのではないか、という噂を耳に挟んでいた。写楽斎は、契約者たちが人工衛星に接近したのを見計らって爆破させるつもりだったのだ。その計画は、パラミタに残った協力者たちの手によって潰えたらしい。それもハデスから伝え聞いた情報だった。完全に安全とは言いがたいが、いきなり爆破される危険性はなくなったのだ。
「おはよう。もうついたの?」
パートナーのミカエラ・ウォーレンシュタット(みかえら・うぉーれんしゅたっと)が、もうじき到着するとの知らせを聞いてやってきた。彼女は仕事が忙しく寝不足気味で、先ほどまで個室で仮眠を取っていたのだ。起きぬけだが、しゃきっとしている。その彼女が、思案げな表情でトマスに指摘した。
「寝ながら考えていたんだけど。やっぱり無理じゃない、バケツリレー?」
「どうして?」
トマスは、今回の事件も先日訓練したバケツリレー方式で危険な機晶石を運び出す提案をしていた。あれは、成功だった。連携が取れてチームワークも強まった。訓練生たちは、協力して取り組む喜びを見出したのだった。
だから、その成果をいよいよ実践で発揮できる良い機会と捕らえて作戦に取り入れたのだ。
「だって、イコンの大きさが違うじゃない?」
ミカエラは肝心なことをずばりといった。
バケツリレーは、少なくとも体型が同じでないと難しい。人間だって体の大きさの違いはあるが、それでも数十センチほどの差だ。だが、イコンはSサイズからLLサイズまであるのだ。隣に手渡せないほどの差があったりする。さらに、トマスたちに至ってはパワードスーツ隊なのだ。その壁をどうクリアするのか。
「やるんだよ」
トマスは言った。理屈もへったくれもなかった。
「できるかできないか、じゃなくて、やるんだよ!」
「うわー、暴君みたいになってきたぞ」
パートナーのテノーリオ・メイベア(てのーりお・めいべあ)は、テンション低めに突っ込んだ。
何なんだろう、人工衛星の解体って? 面倒くさそうにもほどがあった。テノーリオの琴線に触れない任務だった。だが、それでも。彼はトマスの意思をくんで活動していた。
航行中もバケツリレーの有志を募っていたのだ。
「まあ、何人か集まったけど、モヒカンばっかだぜ」
テノーリオは近くにいる、分校の志願者たちに視線をやった。モヒカンの有志たちは、分校のロケットだけではなく他校の志願者たちと乗り合わせて来たのもいる。彼らは、先日の防災訓練ではトマスの催したバケツリレーの参加者たちも含まれていた。やる気と熱意に溢れた分校の志願者たちは、改造型の【喪悲漢】と【離偉漸屠】を真面目に用意してきていた。戦闘では優れた能力を持っていないが、軽作業なら普通にこなすのがパラ実のイコンなのだ。
「上出来じゃないか。あの成果を、全世界に知らしめてわれわれの名を世界中にとどろかせるチャンスだ。
パラ実生にだって、でかいことはできると、生き証人になるんだ、みんな!」
トマスは、いきなり盛り上げに掛かっていた。
「ヒャッハー!」
【根回し】や【優れた指揮官】のスキルが、モヒカンたちには良く効いた。すでに成功したような盛り上がりだ。
「……。やればいいのね。わかったわ。 全身全霊をかけて、やってやろうじゃないの」
その様子を見て、ミカエラは決意する。トマスが決めたことなら、それは自分が守るべきオーダーなのだ。
彼女は、身を翻すと手はずと整えに走った。
到着まであとわずかなのだが、どれだけ出来るだろうか。
「さて、私たちもそろそろ出撃の準備をしましょうか」
ウィスタリアのコックピット席からアルマ・ライラック(あるま・らいらっく)が乗組員たちに告げる。
これまで休みなしに航行に専念してきた彼女らのおかげで、特にこれと言ったトラブルもなく無事に目的地へとつくことができそうだった。
「写楽斎の打ち上げた人工衛星は、こちらのレーダーで補足しています。最接近まであと15分ほど」
通信担当の精鋭クルーが、位置を確認していた。
長時間の航行お疲れ様、と志願者たちがアルマたちをねぎらう。同乗していた乗組員たちは自由に休みを取れたが、彼女らは休んでいない。ゆっくりとしている暇もなく、ずっと神経張り詰めっぱなしだった。
「まだ早いですよ。家に帰るまでが遠足です」
アルマは素っ気無く返す。
「こちらのレーダーに衛星が映るようになったということは、地上からの妨害電波も途絶えたということだな」
イコン全般の保守点検をしていた柚木 桂輔(ゆずき・けいすけ)が、作業を終えて戻ってきた。いつでも出撃できる体勢は整っている。
そうこうしているうちに、ウィスタリアとガーディアンヴァルキリーはさらに衛星に接近していた。
「私たちはここで停船ね」
余裕を持って出撃できるよう、ヘリワードは少早めに母艦の停泊拠点を定めた。ここからなら、イコンでさほど時間も掛からない。
「本日はご搭乗ありがとうございましたぁ。終点、人工衛星接近ポイントですぅ。お忘れ物にご注意くださぁ〜い」
ミュート・エルゥ(みゅーと・えるぅ)もずっとイコンを操っていていたのだった。
「各機発進用意、よし。どうぞぉ?」
ミュートは、艦載機が衛星まで到達可能な距離を維持して、ガーディアンヴァルキリーを待機状態にさせた。イコンの発進後、地上との連絡・整備拠点として不測の事態にも備える構えだ。
「お帰りの際も、ぜひガーディアンヴァルキリーをご利用くださいぃ」
出撃していく志願者たちを見送ったミュートは、念のため、『空母艦載機部隊』は防空担当としてすぐ出せる準備を整えている。抜かりなしだ。
「ウィスタリアも停船します」
アルマは、もっとも安全でかつ最も衛星にアクセスしやすい地点にウィスタリアを停船させた。
「それでは、皆さんお気をつけていってらっしゃい」
「出撃の順番は別に決まってないけど、宇宙空間では譲り合って目的の衛星まで接近してくれよ、みんな」
発進の際にトラブルを起こしては恥ずかしいことになるぞ、と桂輔は軽く注意を促した。
彼の案内で、志願者たちはいよいよそれぞれのイコンやパワードスーツで人工衛星に近づくことになった。
「やれやれ、ようやく出番か。じゃあ、俺たちも行くとしますか」
志願者の中には、もちろん天御柱学院生の柊 真司(ひいらぎ・しんじ)もいた。
これまでセリフの一つもなかったが、それはただ黙々と準備を整えていただけのこと。イコンを使ったミッションでこの男を外すわけにはいかない。
「まさか宇宙で人工衛星の解体をするはめになるとは思わなかっったが、こうなってしまっては手伝わないとな」
彼は、持ち込んできたイコン、バイヴ・カハに乗り込んだ。このバイヴ・カハは、イクスシュラウドから得られたデータを基にレイヴンを改修した近接強攻型の機体だ。各所に改良が施されており、戦闘に適しているがこういう任務でも後れを取ることはない。
あとはサブパイロットなのだが。
「頼むから、こんなところで方向音痴っぷりを発揮しないでくれよ。宇宙空間で道(?)に迷うと本当に帰れなくなるぞ」
真司は、パートナーのヴェルリア・アルカトル(う゛ぇるりあ・あるかとる)に心配そうに声をかけた。
「大丈夫ですよ。あなたと一緒にいられるなら、私どこに住んでも幸せです」
「へっ、バカいってんじゃねー」
真司はちょっとにんまりしてから、バイヴ・カハを発進させた。ウィスタリアの出撃ポッドから飛び出すと、目の前には漆黒の宇宙空間が広がっている。
「あちらです」
ヴェルリアは【ディメンジョン・サイト】で周囲を調べていたが、自分たちのいる場所と方角を把握し機体を目的地へと向けた。
真っ先に飛び出していった真司たちに続いて、志願者たちが次々と母艦から姿を現す。
「さあみんな、行くぜ!」
教導団少佐のトマス・ファーニナル(とます・ふぁーになる)は、軍の部隊ではなく幾人かの分校からの志願者を連れて衛星へと接近を試みることにした。艦内で決起したテンションはそのままだ。
「それはいいのですが、パラ実生たちは宇宙空間の移動手段を持っていませんよ? 【喪悲漢】と【離偉漸屠】は主に作業用です」
魯粛子敬は、おもむろに突っ込んだ。
「支援機に乗せてやればいいじゃないか。わかっているくせに」
パワードスーツ隊シュバルツカッツは、パワードスーツ三機と支援機一機からなる。トマスは、それを使えばいいと言った。
「一人500Gの運賃をいただきませんと」
最近、パーティーの台所事情が苦しいのを見かねた子敬は少しでも足しになればと思ったのだ。
「ひでぇ、モヒカン強制的に集めておいて、カネ取るのかよ?」
テノーリオは不満げな表情になった。自分が払うわけではないが、パラ実生が少し気の毒になったのだ。
「500Gなんて大金、持ってるわけねーだろ」
普段は種もみを強奪しているモヒカンがお金を持っているはずがないのだ。
「なら、乗せません」
子敬はきっぱりと断った。
「乗せて連れて行ってあげないと、バケツリレーが出来ないんじゃないかしら?」
ミカエラが指摘する。
「500ジンバブエドルなら持ってるぜ?」
モヒカンたちは言った。かつて破綻したレアな通貨だった。
「……500ジンバブエドルでいいです」
子敬は少し考えてから苦々しい口調で了承した。全てはバケツリレーを成功させるためだった。
「当時、最高で1ドル=64京ジンバブエドルまでインフレしたんじゃなかったでしたっけ? 500ジンバブエドルって、一体……?」
種もみ一個以下か? 博識な子敬は、地球のデータを記憶の底から呼び出し、暗澹たる気分になった。
「ヒャッハー!」
金を払ったからにはお客様だ! モヒカンたちは偵察機にしがみついた。あまり大きくないので全員が乗れないのだ。イコンに至っては、ワイヤーでぶら下げていくしかない。
「バケツリレーバケツリレー」
トマスたちは、強い執念を抱いて人工衛星に向かうのだった。
「まあ、たまには最後方から行ってみるのも悪くないと思うのよ」
今回、教導団の代表としてメンバーたちの調整役もやらされることになったルカルカ・ルー(るかるか・るー)は、志願者たちの出撃を見送ってから少し遅れて発進する。いつもなら、ルカルカたちは真っ先に飛び出している。いや、それどころか、他のパーティーとの乗り合いすらしないだろう。彼女たちは自分たちで独立して全ての作戦を遂行できる能力を持っているのだ。
それが、今回は作戦の司令官であるがゆえに全体を見渡して活動しなければならない。上役も大変なのだ。
「じゃあ、行こうか」
メインパイロットのルカルカは、イコンのレイを発進させた。
サブパイロットは夏侯 淵(かこう・えん)、カルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)は【増設補助席】に座っている。
三人の息が合えば、先行したイコンにもすぐに追いつける。レイは加速した。
程なく、行く先に複数の小さな光源が確認できた。一番奥にあるのが、人工衛星でそれに迫っている志願者たちのイコンであることはわかった。
「……」
ルカルカはレイのコックピットで半眼になった。
さっそく、なにやら混乱が起こっていた。
みんなからちょっと目を離すとすぐにこれだ。彼女は、イコンをそちらに向かわせる。
「やめなさい! なにやってるの!?」
果たして……。