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第一戦 金葡萄杯開幕前夜!!!
時は夕暮れの、ディフィア村。
ここはヒラニプラの南に位置する、小さな村だ。機晶石を発掘できる洞窟が近くそこに通う男達、数少ない名産品である葡萄を育てる女達の力で日々の生計を成り立てている村だった。
その村にある年実った、金の煌きを放つ葡萄により、この村の運命は変わった。
村人達は世にも珍しいこの葡萄を賞品として、小さな力自慢大会を始めた。それが、金葡萄杯の始まり。
ただの力自慢大会が、いつしか力自慢の屈強な戦士たちが、こぞってこの村を訪れて金の葡萄を得るために戦い始めたのだ。
今年もその金の葡萄は実った。
優勝者にしか与えられないという、この謎の金の葡萄の秘密は、村人以外は知りえない。
「というキャッチフレーズでやってるんだ」
村長が人のよさそうな顔立ちで大会運営を希望してくれたアルバイトの学生たちを前に語りかけた。緑のスカートが印象的な私服の上に白いフリルのついたエプロンを纏う愛沢 ミサ(あいざわ・みさ)は、村長のコメントに呆れたように口を開いた。
「きゃ、キャッチフレーズ? なに、それ……」
「謎は多いほうがいいだろう? だから、謎は謎のままにしてほしいんだ。無論、調べて自力で答えにたどり着くことを邪魔するわけではないが、私たちは今までそうしてきた。だから、その方針だけは分かってほしいと、今君たちに話したんだ」
「ま、キャッチフレーズは商売の基本だわな」
「分かってくれたなら幸いだ。明日の屋台の売り上げは、そのまま君たちのバイト代になる。売り物の葡萄ジュース、葡萄ジャムは、もう指定した場所に届けてある。シャーベットにアイスは、明日朝一番に届けよう」
「ああ、楽しい祭りになるよう、協力するぜ」
佐野 亮司(さの・りょうじ)は、ゴーグルを光らせながらにんまりと笑った。闇の商人といわれる彼はパートナーである向山 綾乃(むこうやま・あやの)はと共にこの地で屋台を出して祭りを盛り上げるためにやってきた。既に屋台の準備は完了し、売り物になるであろうスコーンなどの軽食はシャンバラ教導団の寮内で作ってきたのだが、祭りの規模を見て改めて足りないことが発覚した。村人の好意で、今食堂のオーブンを使わせてもらっている。向山 綾乃の焼くスコーンは絶品だから、売り上げは期待できるだろう。先ほど味見したジャムと一緒に出せば、目玉商品になること間違いないだろう。
その頃、村の食堂は他の屋台の下ごしらえを終え、柔らかく甘い香りが食堂の外まで漂い始めていた。
「これだけ焼けば、大丈夫かねぇ」
「もう少しいいですか?戴いた材料がまだありますので、これらを警備班の皆さんに差し入れたいのです」
向山 綾乃は手伝ってくれている食堂のおばちゃんに声をかけると、おばちゃんは顔をくしゃくしゃにして微笑んだ。
「ああ、いいね。あら、丁度いいところに!警備班の子だよね?」
おばちゃんが声をかけた先に振り返ると、警備班の腕章をつけた黒髪の女性如月 さくら(きさらぎ・さくら)がびっくりした顔でコチラを見つめていた。向山 綾乃はぱっと顔を明るくすると、スコーンを手近な籠に詰め込み、ジャムを一瓶沿えて如月 さくらに差し出した。
「警備班の如月さんですよね?これ、皆さんで食べてください。お互い、がんばりましょうって」
「あ……ありがとう……でもこれ、明日の売り物じゃ……」
「甘いもの、お嫌いでしたか?」
「ううん、だいっすき! すっごくおいしそうな匂いしてたしっ!」
は、として、自分の声が思った以上に大きかったのだと気がついて如月 さくらは顔をうつむかせた。向山 綾乃は気に留めるどころか大喜びで彼女の空いている手をとった。
「よかったら、明日私の屋台まで来てくださいね? 気に入ってただけたら、またスコーンご馳走しますから!」
警備班では準備が滞りなく行われるよう、前日から見守っていた。宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)は警備班の腕章を手で無意識のうちに確認しながら、警備用に開けられている一室で、金葡萄を捧げてある魔法陣が描かれている祭壇を黒い瞳に映し出していた。祭壇は当日は武術大会会場におかれ、衆目に晒されるらしい。その際の警備はなかったらしいのだが、宇都宮 祥子は教導団憲兵科の立場を使って金葡萄の専属警備に当たることにした。
眼前にあるのは、魔法で作られた球体の中に浮かんでいる金色の鈍い光を放つ一房の葡萄。神々しいといわれればそうだし、科学的な加工が施されているのかもしれない。触れられないよう施されたこの術は、無理やり壊そうと思えば不可能ではない。村に住む中で一番の魔術の使い手が作ったのだが、それでもきちんとした場所で教育を受けたわけではないため、魔術そのものがもろくできているらしい。北条 御影(ほうじょう・みかげ)は軽くノックをして中に入ると、小さな包みにくるまれたスコーンを差し出した。小さく、『闇商人の屋台に、是非寄って下さい』と言うメモ書きもついていた。
「差し入れだそうだ。お互いがんばりましょう、だってさ」
「ありがとう……なおさら、きちんと任務を果たさなくてはいけないわね」
「明日は頼むな。俺は、会場を守るさ」
「これマルクス! それは皆で食べるようにともらったのだ、独り占めするでない!」
「いやアルよ! 烏龍様が『これはいいものだ。独り占めするんだ』っていってるアル!!」
マルクス・ブルータス(まるくす・ぶるーたす)と豊臣 秀吉(とよとみ・ひでよし)は、スコーンの入った籠を取り合いながら、金葡萄の祭壇が安置されている部屋の前を駆けていった。主人である北条 御影は盛大なため息をついて、流れるような黒髪をかきあげた。
辺りが暗くなろうとする頃、ディフィア村に車が一台到着した。百合園女学院から訪れた生徒達らしい、ピンク色のリムジンからは数人の少女達が降りてきた。
その中に一人、長い赤髪をもった黒い肌の女性がいた。その身体は百合園女学院の制服をまとっており、小さな旅行鞄を提げていた。
「ルーノさん、何も大会にでなくてもいいんですよ?」
青いワンピースに同じ色の帽子をかぶったフィル・アルジェント(ふぃる・あるじぇんと)は、焦茶色の髪を耳にかけながら、ルーノ・アレエ(るーの・あれえ)に改めて問いかけた。パートナーであるシェリス・クローネ(しぇりす・くろーね)がこの大会の金葡萄に興味を持ったから、自身はここを訪れた。だが百合園女学院でクラスメイトという立場になったルーノ・アレエは、自信の出生と関わるかもしれない、そういって友人達の反対を押し切ってココまで来た。機晶姫であるから、武術大会に出るのは不利ではないが、それでも彼女の出生を考えれば心配でならない。
金の輝きを放つ機晶石を持つ機晶姫……ルーノ・アレエは、今でこそ百合園女学院に通う術者によって輝きを遮断する術をかけてもらい、外見は普通の女性に近くはある。
入学手続きを行ったときも、学院の生徒全員がこれを知っているわけではなく、彼女に近しい友人達、そしてクラスメイトだけにこっそり教えてもらったのだ。彼女は鏖殺寺院で作られた特別な機晶姫だということ、そして鏖殺寺院の非道な行いの、『被害者』であるということ。
「でも、頼るだけじゃいけないと思う。だから、自分の力で確かめたい」
儚げに、ルーノ・アレエは微笑んだ。黒いフリルが目立つゴスロリを纏う幼い容姿の魔女、シェリス・クローネはルーノ・アレエの制服のすそを掴んだ。ルーノ・アレエが見下ろすと、金髪の魔女は赤い目を細めてにっこりと笑った。
「詳しくは聞かぬが、これを調べた結果がおぬしの役に立てるのであればおぬしが勝てなくても問題はあるまい。お祭りの一環としてだけ、楽しめばよかろう」
「でも、絶対無理はしないでくださいね?」
「ありがとう、シェリス・クローネ、フィル・アルジェント……私、自分のできるところまで頑張る」
「おーっし! それじゃ、ライバルだな!」
声が聞こえたのと同時に、ミューレリア・ラングウェイ(みゅーれりあ・らんぐうぇい)はルーノ・アレエに飛びつく勢いでタックルをした。プラチナブロンドのポニーテールが綺麗に流れる。にんまりと笑ってルーノ・アレエの手をとると拳を作らせ、自らの拳を当てた。
「お互い、いい戦いしような!」
「ワタシも、もし当たったときはよろしくお願いします」
「ふああぁ……それよりも、早くエントリー済ませて宿にいきましょう〜?」
ネノノ・ケルキック(ねのの・けるきっく)は赤い瞳に闘志を燃やしながらルーノ・アレエに手を差し出したが、レロシャン・カプティアティ(れろしゃん・かぷてぃあてぃ)がルーノ・アレエとネノノ・ケルキックの間を無意識で通り過ぎる。眠たそうな主人に勢いを殺されてしまったが、ルーノ・アレエの手をしっかりと握って、自身もエールを送った。
エントリーは会場側にある受付のテントで行うことができ、受付はもう薄暗くなっているというのに多くの人が集まっていた。
機晶姫の修理ごとを請け負っている修理人朝野 未沙(あさの・みさ)は、出場する機晶姫たちのメンテナンスの手伝いを行っていた。三女の朝野 未羅(あさの・みら)はせわしなくパートナーであり姉でもある朝野 未沙にいわれるがままにパーツを運んでいた。次女の朝野 未那(あさの・みな)は機晶姫をパートナーとしているお客相手に、修理費用や追加パーツについて話しをしていた。
ルーノ・アレエが懐かしい顔を見つけて駆け出すと、それに気がついたのか朝野 未沙は「ルーノさん!!」と声を上げた。すると、カチェア・ニムロッド(かちぇあ・にむろっど)がいち早く駆け出して、ルーノ・アレエを抱きしめた。大きな胸にすっぽりと顔を挟まれ、ルーノ・アレエはびっくりした様子で鞄を落としてしまった。大草 義純(おおくさ・よしずみ)がそれを拾って、ようやく開放されたルーノ・アレエに持たせた。
「お久しぶりです、元気にしていましたか?」
「百合園ではちゃんとした生活ができているかい?」
「カチュア・ニムロッド、大草 義純……はい、元気でした。百合園の皆、とても優しくしてくれるから」
「よかった。お手紙でしか近況を伺えなかったので、政敏も心配していたんです。あと、新しい友人たちも紹介しますね。朝野たちも、凄く気にかけていたんです」
「ルーノさん! お久しぶりなの〜!」
今度は朝野 未羅が飛びついてきた。緑色の瞳をらんらんと輝かせながら、ルーノ・アレエに百合園での生活など、矢継ぎ早に質問を投げかける。それをやんわりと彼女よりも背の低い朝野 未那が肩を抱いて押さえる。
「未羅ちゃん、そんなにいっぺんに聞いてもぉ、ルーノ様、答えられないですよぅ」
「朝野 未羅、そちらは?」
「未那ちゃん?未那ちゃんは、お姉ちゃんの妹なの。魔女で沢山の魔法が使えるのっ!」
「はじめましてぇ、朝野 未那ですぅ。遺跡の話は姉さんたちから聞きましたぁ。今回、参加されるときいてぇ、姉さんがすぐにこの修理のアルバイトに応募したんですよぅ」
「んもう、あたしにも話させてったら! ルーノさん、あたしのことも……覚えてる?」
「勿論。朝野 未沙……私を修理してくれた恩人のこと、私はきっと生涯忘れません」
「よかった! ね、宿は百合園と蒼空学園近いんだよ、今晩お話できる? あ、晩御飯まだかな?一緒に食べようよ!」
緋山 政敏(ひやま・まさとし)は遠巻きにそれを眺めて、どこかほっとした表情で一息ついた。リーン・リリィーシア(りーん・りりぃーしあ)は首から提げた『報道関係者』のプレートで顔を仰ぎながら緋山 政敏を茶化すようににんまりと笑った。
「政敏は、いかなくてよかったの?」
「あそこまで熱烈に抱きついたら、セクハラだろ」
「素直じゃないんだから」
リーン・リリィーシアはくすくすと笑い声を上げて、眠たそうな緋山 政敏の頭を撫でてやった。それよりも、と呟いて緋山 政敏は顔を上げて村を見下ろすのに丁度よさそうな高台を見上げる。そこには一つの影があり、沈み行く夕日の最後の光を受けてその人物の姿がよく見えた。朱 黎明(しゅ・れいめい)はそこからディフィア村で起こることを眺めるためだけに、そこに立っていた。双眼鏡で見る限り、表情こそ穏やかに見えたがその目の奥には冷たいものを秘めていた。その不信感を払拭するように、ツインテールの剣の花嫁は微笑んだ。
「ああ、あの人は平気そう。さっき調べに行ったら『用があるのは鏖殺寺院だけ』だそうよ。一応、政敏から聞いたルーノさんの話しはしておいてあげたから、たぶんルーノさんを狙うような事はしないと思う」
「なら安心だ。あとは頼むぞ?」
「任せといて」
リーン・リリィーシアがそういい残して翌日の準備のために宿舎に戻ろうとすると、彼女の横をものすごい勢いでかけてくる機晶姫がいた。きっとまた、ルーノ・アレエの知り合いだろう。楽しげにクス、と小さく笑うとその場を後にした。シルヴェスター・ウィッカー(しるう゛ぇすたー・うぃっかー)は後ろから優雅についてくるガートルード・ハーレック(がーとるーど・はーれっく)に呆れられるのも気に留めずに猛ダッシュでルーノ・アレエのところにたどり着いた。
「久しぶりじゃのうっルー嬢!」
「シルヴェスター親分」
「ええい、違う違う。舎弟が呼ぶときは『親分』じゃなく『兄貴』じゃというに」
「シルヴェスター兄貴?」
「のを入れるともっとらしくなるぞ」
「シルヴェスターの兄貴?」
「ウィッカー、目的はそれじゃあないだろう」
ため息混じりに以前間違った知識が発展したままでいるのを幾度も確認し、修正する。ガートルード・ハーレックはその様子を楽しげに眺めていたが、ココへ来た目的をおもいだしてパートナーの肩を叩いた。
「おおう、そうじゃったそうじゃった。ルー嬢、わしらは応援に来たんじゃ。ルー嬢が金葡萄を手に入れられるよう手伝う。いくらでも頼れよ」
「アレエは貴重な機晶姫です。荒くれ者が集まる大会に参加することを聞いて、ウィッカーはかなり心配していたんですよ」
「ありがとう。ガートルード・ハーレック、シルヴェスターの兄貴」
ルーノ・アレエがうれしそうに微笑むのを見て、シルヴェスター・ウィッカーも心底うれしくなり彼女の頭をぽんぽんと叩いた。そこへ、朝野 未沙が手入れを終えた機晶姫の中から、こちらに向かって走ってくるものがいた。
「ルーノさん? ルーノ・アレエさんですよね! 初めまして! 私、ラグナ アインといいます。一時期学校中で噂になってたあの機晶姫さんですよね! 私、ずっとずっとお友達になりたかったんです!! 応援してます!! これ、御守り用意してきたんですよ!」
蒼い髪に黒い装甲の機晶姫ラグナ アイン(らぐな・あいん)は、満面の笑みを浮かべてルーノ・アレエに抱きついたり、その手を握って握手を交わして最後には小さな黄色いガーネットが埋め込まれたペンダントを差し出した。ルーノ・アレエは朝野 未羅に告ぐ矢継ぎ早な挨拶にびっくりしたが、それをたしなめるように如月 佑也(きさらぎ・ゆうや)がラグナ アインの頭に手を置いた。
「アイン、会えてうれしいのは分かるが少し落ち着け」
「あ、ごめんなさい。凄く興奮しちゃって……でも、本当にうれしいんです。私の事は、アインと呼んで下さいね? こちらは、私のパートナーの如月 佑也さん」
「は、はい。アイン……ありがとう。そして如月 佑也も、よろしくお願いします」
「それにしても、兵器がどうこうとか物騒な話を聞いていたから、もっとこう……重火器が重装甲な男のロマンがたっぷりつまっているのかと思ったが……普通に美人な機晶姫なんだな」
「佑也さん……それって偏見です。ルーノさんが美人なのは事実ですが」
その二人のやり取りを聞いていたルーノ・アレエは、ラグナ アインの顔をじっと見つめる。ラグナ アインはそれに気がついて顔を赤らめる。
「え、ど、どうかしましたか?」
「あ……ごめんなさい。悪気があったわけではないのです。ただ、エレアノールに、私を作ってくれた女性に、アインの髪が……雰囲気も、似ていたから」
「そうなのか」
「ルーノさん……」
「ごめんなさい、気に障った?」
「いいえ、とんでもないです! えへへ、それならなおさら仲良くしてくださいね? 代わりにはなれませんけど、私を見て懐かしい気持ちになってもらえるなら、なんだか嬉しいから」
懐かしい友人達や、新しい友人達に囲まれて、夕食を一緒に食べることが決まった。フィル・アルジェントはようやく、ルーノ・アレエの隣にたって微笑んだ。
「ルーノさん、こんなにお友達がいるんですね」
「はい、みんな大切な友達です。フィル・アルジェントも、シェリス・クローネも、そして、これから出逢う人たちも」
その言葉を聞いて、フィル・アルジェントは少し頬を赤らめるとにっこり微笑んだ。
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