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これで夏ともおさらば? 『イルミンスール魔法学校~大納涼大会~』

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これで夏ともおさらば? 『イルミンスール魔法学校~大納涼大会~』

リアクション

「あれ? 何だか、さっきよりも涼しくなってきたような気がしますぅ」
 まだ日中だというのに、エリザベートの感じる温度は、さっきよりも数段低くなっているような気がしていた。
「お、どうやら誰かが打ち水をしてくれているようじゃな」
 ふと、窓の外を見たアーデルハイトの視線の先では――
「これで少しは涼しくなれば、良いのですが」
 神楽坂 翡翠(かぐらざか・ひすい)と、パートナーの榊 花梨(さかき・かりん)山南 桂(やまなみ・けい)たちが、ホースやバケツに汲んだ水で広範囲の打ち水を行っていた。
「ふぅ……かなり広い範囲への打ち水は大変ですね。二人とも、疲れてませんか?」
 ホースで水を撒きつつ翡翠が二人のほうを振り返ると――
「あ〜暑いから、打ち水って気持ち良いかも〜水がはねて濡れちゃうけど、この日差しならすぐ乾くからいいや」
 花梨は、打ち水というより水遊びの感覚で楽しんでいるようだ。
 そして、その隣で桂は――
「本来、打ち水は柄杓を使うのですが……巻く範囲広いですので、ホースの方が良いみたいですね。でも、この暑さだと焼け石に水の気もします」
 打ち水に疑問を感じつつも、黙々とホースで水を撒いていた。
 そんな二人を見て翡翠は二コリと微笑んだ。
「そうですね、たしかに焼け石に水かもしれません。でも、やらないよりはましでしょう」
 事実、さっきよりも周辺の温度が下がって、涼しくなってきているだ。彼らの努力は無駄にはなっていなかった。
「さて、この調子で水を撒き続ければきっと夕方には涼しく――って、うわ!?」
 翡翠が再び水を撒き始めようとした瞬間、花梨が面白がって撒いた水が全て彼の頭上へと落ちた。
「あ、ごめん! 水かかっちゃった! 大丈夫?」
「うぅ……相変わらず昼間は不幸です……」
 全身びしょ濡れとなってしまった翡翠は、それはそれで絵になっていたのだが、やはりどこか可愛そうでならない。
 そんな翡翠に、桂が用意していたタオルをサッと差し出した。
「主殿、これを……」
「あ、服が濡れて傷が見えてますか。ありがとうございます」
「いつまで続くのでしょうか……この暑さは」
「そうですねえ、もう季節の変わり目だしもう少しだと思います。ただ皆さん、温度差が激しいと倒れたり具合が悪くなりそうなので、徐々に季節が移ろえばいいと思います」
 翡翠は桂からタオルを受け取り背中の傷を隠すと、やはり優しい笑みを浮かべた。
「二人とも見て〜虹だよ〜! 綺麗〜♪」
 花梨がはしゃいで指差す先には、打ち水によって空気中に散った水分で、小さな虹ができていた。

「ふぅ〜打ち水って、本当に効くんですねぇ」
「そうじゃの。ワシも正直半信半疑じゃったが、意外に効果抜群じゃな!」
 校長室で翡翠たちの様子を見ていたエリザベートとアーデルハイトは、打ち水の効果にただただ関心するばかりだった。
「お、向こうでは生徒が室外機の掃除をしてくれているようじゃな」
 アーデルハイトが視線を移した先では――
「そもそも、室外機に埃が溜まったのが原因でクーラーが壊れたんだよな?」
「あぁ。エリザベート殿の話しだと、どうもそうらしい」
 和原 樹(なぎはら・いつき)と、パートナーのフォルクス・カーネリア(ふぉるくす・かーねりあ)が室外機に溜まった埃の除去に取り掛かろうとしていた。
「それなら、業者が来る前に私たちで室外機を一度掃除しておこう。業者も直す時に掃除はしてくれるとは思うけど、先にやっとけばその分修理も早く済むだろうし」
「そうだな。修理がスムーズになって良いだろう」
「それじゃあ、まずは室外機の蓋を外して……って、すごい量の埃だな。いったい、どれぐらいの間、掃除を怠っていたんだ!」
 樹が蓋を外した瞬間、大量の埃が風に舞う。その量は、一ヶ月やそこらというレベルではなかった。
 そして、この埃を見たフォルクスは――
「すごい埃の量だな……一応、これ以上埃が周囲に舞わないよう打ち水をしておくぞ」
 用意しておいた水を周囲に撒き、埃が散るのを抑えた。もちろん、氷術を使って水を冷やすという暑さ対策も忘れない。
「さて、それでは取り掛かるか」
「あぁ。なかなか骨の折れそうな仕事だな」
 まず二人は室外機に溜まった箒で埃を払い、それを集めてゴミ袋に集める。案外簡単そうな仕事だが、量と隅々に溜まった細かい埃がなかなか取り出せず意外に苦労する。そして何より、容赦ない日差しが酷だった。
「ふぅ……やっと一つ完了だな」
 室外機の蓋を元に戻し、樹は額の汗をぬぐう。
 すると、フォルクスがサッと水筒を差し出した。
「樹、水分補給も必要だ。レモン水を用意しておいた。飲むんだ」
「あ、ありがとう。気が利くな」
 フォルクスから水筒を受け取った樹は、ゴクゴクと喉を鳴らしてレモン水を流し込む。
「それにしても、樹。このまま、イルミンスール全体で使っている室外機を掃除するの気なのか? となると、かなり骨だぞ」
「まぁ、業者が来るまで時間はたっぷりあるんだ。焦らずやっていこう」
「そうか。まぁ、もちろん俺も手伝うが、無理はするなよ」
「そうだな。それじゃ、そろそろ二つ目に取り掛かるか」
 休憩を終えた二人は、こうして再び室外機の掃除へと戻っていった。

「う〜ん、みんな私を涼しくさせるために一生懸命ですねぇ。関心関心ですぅ!」
 生徒達の活躍によって涼しくなったエリザベートは、完全完璧に的外れな調子でご機嫌となっていた。
「それにしても――いつの間に入ってきたんですかぁ?」
 じっとりとした目でエリザベートが睨みつけた先には――
「えっと……今日はとっても勉強したい気分なんです。だから涼しい所で勉強したいんです♪」
 いつの間にか校長室に入ってきた如月 玲奈(きさらぎ・れいな)が、ソファーの上でゆったりとワルプルギスの書なんかを読んでいた。
「むぅ……本当ですかぁ? なんだか、学校中が暑いからって、涼しいところに避難してきたって感じですけどぉ?」
「あ〜勉強楽しいです! 今日は何だか、サクサクはかどるなぁ」
 エリザベートの言葉を受けると、急にページをめくるスピードが速くなった玲奈。
 実は……エリザベートの言葉は完全に図星だった。
『ん〜、留年って言われてもな〜大学は設立されていないし、卒業してもしばらく離れる気もないし、一年ぐらいどーってことない気がするし〜。みんなが校長達の為にがんばってるし、私ぐらいサボったって問題ナッシングだよねぇ』
 というのが、玲奈の本音だった。
「まぁ、どっちにしろイイですけどぉ。変な問題だけは起こさないでくださいねぇ」
 しかも、涼しいせいかエリザベートが優しくなっている。
 ――コンコン。
「入るですぅ♪」
 最初のころとは打って変わって、ノックの音にもご機嫌だ。
「エリザベート校長、失礼します!」
 少し緊張気味の声と共に現れたのは、影野 陽太(かげの・ようた)だった。
「エリザベート校長。涼しくなりたいのなら、これを使ってください」
 陽太は、校長室に入るなり自作したとある機器を取り出した。
「これは……扇風機ですかぁ?」
「はい、そのとおりです。でも、普通の扇風機より風が強くなるよう改造してあるんです」
「改造ですかぁ?」
 陽太が持ち込んだのは、何の変哲もない普通の扇風機だった。
 しかし、一つだけ普通の扇風機と大きく違うところがある。
「この扇風機の正式名称は好意力稼動式扇風機と言って、機内に搭載したラブセンサーで動くんです」
「ら、ラブセンサーですかぁ?」
「はい。周囲の人間が抱くエリザベート校長への好意を感知するセンサーで、その感知した好意が扇風機の動力になるんです。周りの好意が強ければ強いほど、風も強くなります」
「こ、好意ですかぁ?」
「ホラ、扇風機の前に氷を入れたタライを置けば涼しさ倍増です。さっそく稼動させてみましょう!」
 陽太は自分の発明品によほど自信があるのか、意気揚々とスイッチを入れた。
 すると――
「うわっぷっですぅ!?」
「す、すごい! さすが、エリザベート校長。皆から好かれてますね!」
 扇風機はいきなりのフルパワーだった。というより――完全に扇風機の出す風のレベルではなかった。
 しかも――
「こ、氷が飛礫になって飛んでくるですぅ!?」
 タライに入れた氷が、凍てつく波動となってエリザベートたちを襲う。
 そして更に――
「す、スカートがめくれるですぅ!?」
 美羽とお揃いのミニスカートが強風で捲れそうになってしまう。
 扇風機の暴走は、止まらない。 
「き、きゃあー!?」
 校長室の片隅で、校長室移転計画の準備に取り掛かっていた美羽たちのスカートまでめくれる。
 だが、その場にいた男子達といえば――
「か、会長以外の下着を見るわけにはいきません!」
 陽太は頑なに目をつぶる。
 さらに、暑さから復活して立ち上がりかけていた真都里も――
「お、俺もアイツ以外のを見るわけにはいかないぜ!」
 と言って、固く目をつぶった。
「なんか……見られなかったのはいいけど、ムカつきますぅ!」
 校長室は扇風機によって、まさに阿鼻叫喚の状態となってしまったのだった。