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これで夏ともおさらば? 『イルミンスール魔法学校~大納涼大会~』

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これで夏ともおさらば? 『イルミンスール魔法学校~大納涼大会~』

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第二章 日本的納涼とスープ納涼!?

「まったく……死ぬかと思いましたぁ。最低の発明だったですぅ!」
 陽太の作った好意力稼動式扇風機は、エリザベートの放ったサンダーブラストによって見るも無残な形となって校長室の片隅に置かれていた。
「それにしても、さっきの騒動でまた暑くなってきましたぁ。これじゃあ、振り出しに戻ってしまっただけですぅ!」
 せっかく得た涼しさも、すでに一連の騒動で消えてしまっている。
 だが、再び校長室に残暑が戻り始めた――そのときだった。
 コンコン。
 本日何度目かもわからないノックの音が校長室に響く。
「校長、とっておきの納涼方法をもって来ました!」
 校長室に現れたのは、レイ アラン(れい・あらん)だった。
「とっておきの納涼方法ですかぁ? 本当なんでしょうねぇ?」
「もちろんです! 僕、校長に涼しくなってもらうための納涼方法をいろいろ図書室で調べたんですから!」
 疑心暗鬼のエリザベートに対して、レイは自信満々の様子だ。
「興味深い方法を見つけたので校長のためになればと思って、用意したのがコレです!」
 レイの取って置きの方法、それは――
「お、お茶ですかぁ!? しかも、湯気が立ってるじゃないですかぁ!!」
 食堂でもらってきた、熱々のほうじ茶だった。
「さっき図書室で涼しくなる方法をさがしてて見つけたんです。僕がいた日本では、暑いときに熱い飲み物を飲むことによって涼しくなるそうですよ! さあどうぞ!」
 満面の笑みでほうじ茶を差し出すレイ。
 それに対してエリザベートは――
「ほ、本当にこれを飲めば涼しくなれるんでしょうねぇ?」
 レイの笑みがあまりにも自信に満ちていたので、恐る恐る手を伸ばしてみた。
 そして、熱々の容器を我慢して持ち上げると、一気にほうじ茶を口へと運んだ。
「う熱っちぃいいいいいいいい!? 熱っ、熱っ、熱いですぅ!?」
 当然の結果といえば当然の結果だった。エリザベートは、ほうじ茶のあまりの熱さに、校長室中を転げまわった。
「あれ? やっぱり、あの文献は嘘だったのか……いい機会だから校長で試してみたけど、失敗だね……」
 本当は、レイ自信もこの納涼方法は半信半疑だった。だが、せっかくの機会なのでエリザベートで試してみたのだが……見事に失敗となった。
「校長で、試すなですぅううう!!」
 本日二度目のサンダーブラストが校長室で炸裂した。

「うぅ……次に何かとんでもない納涼方法を持ってきた生徒は、問答無用で留年ですぅ!」
 納涼大会のスタートを宣言してからそれほど時間は経っていないはずなのに、エリザベートはもうクタクタになりかけていた。
 コンコン。
「入るぞ?」
 端的なノックと共に校長室を訪れたのは白砂 司(しらすな・つかさ)と、パートナーのサクラコ・カーディ(さくらこ・かーでぃ)だった。
「どうした? 疲れている様子だな?」
 司は、机に突っ伏して溶けかけたエリザベートを一瞥する。
「暑さにでもやられたか? だったら、これを飲め」
 返事をする気力もなくなってきたエリザベートの前に、司は一つ木の器を置いた。
「こ、これは……味噌汁じゃないですかぁ! どうしてこんなに暑いのに、味噌汁なんですかぁ! 留年です、留年決定ですぅ!!」
 司の用意した器の中身は、たしかに味噌汁だ。
 しかし、司はソレを味噌汁と言われ首を横に振った。
「いや、コレは味噌汁ではない。コレはな、茄子の冷し味噌汁だ」
「ひ、冷し味噌汁ぅ!? 何ですか、それはぁ!?」
「いいから、とりあえず飲んでみろ」
 冷し味噌汁。それは、英国生まれのエリザベートにとって、はじめて聞く名前だった。
 エリザベートは、一応『冷やし』という単語が付いているからと、恐る恐る器に口をつけた。
 すると――
「あれ!? 美味しいし、冷たいですぅ!?」
 彼女に衝撃が走った。
 英国生まれのエリザベートではあるが、味噌汁は何度か学食等で飲んだことがあった。けれでも、そのとき飲んだ味噌汁は全て熱々だった。
 それなのに、この味噌汁は冷たい。しかも、美味しい。これは、かなり衝撃的だ。
「この時期に熱い汁を飲むのはさすがに堪えるが、味噌汁と言うものは実は冷やしても意外と乙なものだろう?」
「……はいですぅ。冷やし味噌汁、おいしいですぅ」
「日本の地方によってはこの類を冷汁などと呼び、親しんでいるところもある」
「へぇ〜、冷汁ですかぁ」
「しかも、茄子は身体を冷やし、暑さに弱った身体を整える作用があると古来から薬効を信じられてきた野菜だ。茄子の旬は秋だが、秋は秋でも旧暦の秋だ。今の暦に言い換えれば八月や九月の晩夏に当たる。ちょうど今が旬の野菜となるわけだ」
「なるほどですぅ」
 何度も器に口をつけては、感動するエリザベート。司の薀蓄にも素直に関心していた。
「不足しがちなビタミン類と塩分を野菜たっぷりの味噌汁の形で摂取できただろう? 先人の知恵と言うものは長年突き詰めた結果であり、偉大だということだ」
 ウンウンと頷きながら薀蓄を垂れ流す司。
 しかし、その脇腹をサクラコがツンツンと突く。
「で、司君の御高説はひじょーに有難いんですけど、作ったのほとんど私ですよ?」
「うぐ……た、たしかにそうだったな」
 実際、納涼大会開始の放送後、サクラコは普段のだらけっぷりが不気味なくらいテキパキと作業に取り掛かり、丁寧で迅速な作業で冷やし味噌汁を作ってくれたのだ。
 だが、そのテキパキした動きには秘密があった。
 それは――
「先人の知恵が偉大だとかもちろんですけど、私はとりあえずこの味噌汁に御飯をぶちまけたいんですけど構いませんね!」
 おもむろに白米の入ったお椀を取り出したサクラコは、そのまま白米を冷やし味噌汁の中にダイブさせる。
「う〜ん、冷やしネコ飯、美味しい♪」
 結局、サクラコが真面目に冷やし味噌汁を作ったのは自分が食べるためだったのだ。

「あぁ〜冷やし味噌汁……衝撃的でしたぁ」
 エリザベートはよほど冷やし味噌汁が気に入ったのか、大満足の様子だ。
 コンコン。
「失礼します。校長、こんなものはどうでしょう?」
 ノックと共に現れたのは、本郷 涼介(ほんごう・りょうすけ)とパートナーのエイボン著 『エイボンの書』(えいぼんちょ・えいぼんのしょ)だった。二人は、何か料理を用意してきた様子だ。
「何ですかそれはぁ?」
「葛切りと手作り冷やし甘酒。日本に古くから伝わる伝統的な料理です」
 涼介たちが持ってきた納涼料理は、見た目も涼しげな葛きりと、ガラスのコップに入った冷たい甘酒だった。
「甘酒ということはぁ……お酒ですかぁ?」
「はい。ですが、手作りなのでアルコールは極限までおさえてあります。酔うような心配はありませんのでご安心ください」
「ほ、本当ですかぁ?」
 エリザベートは、涼介の言葉を受けてコップの甘酒を口に運ぶ。
「あ、美味しいですぅ! ちょっと変わった冷たいジュースみたいで飲みやすいですぅ」
「甘酒は栄養価が高く、江戸時代の日本では夏の暑気払いに冷やしたものがよく飲まれていたんです。今回は手作りなので、校長に合わせて普通のものより甘く作ってみました」
「こっちの……葛きり? というのも食べて良いですかぁ?」
「どうぞ。この黒蜜をかけて食べてください」
 涼介は、サッと黒蜜の入った容器を差し出す。
「はむ……ん!? これも美味しいですぅ! さっき食べた羊羹に近い感触ですけど、これはこれで別の味わいがありますぅ!」
「黒蜜に使う黒砂糖には、ミネラルが豊富に含まれており汗をかいた体に必要なミネラルをおいしく補うことが出来るんです」
 エリザベートは、涼介の作った料理の美味しさに、終始感動してた。
 と、そこへ――再び校長室のドアがノックされる。
 コンコン。
「失礼します〜お元気ですか〜?」
「み、ミリア!? どうしたんですかぁ!?」
 やってきたのは、『宿り木に果実』のミリア・フォレスト(みりあ・ふぉれすと)だった。
「実は〜涼介さんとエイボンちゃんから、納涼大会へ来ないかという招待状をいただいたんです〜♪ 兄さまも待っていますので是非来てくださいませ。って、エイボンちゃんに言われたので来ちゃいました〜」
 ミリアはニコリと微笑み、エイボンの頭をなでた。
 実は、納涼大会の放送を聞いた涼介は、ミリアへ招待状を書いていたのだ。書いた招待状はエイボンの手によってミリアへと渡されたのだった。
「もちろん、ただ来たわけではありませんよ〜? 実は、私も納涼料理を作ってきたんです〜」
 そう言って、ミリアが用意したのは――
「たまには趣向を変えてみて〜ソーメンなんていかがでしょうか〜?」
 ガラスの器に丁寧に盛られた素麺だった。
「素麺ですかぁ、たしか日本の伝統的な麺料理ですよねぇ? ミリアが和食を作るなんて珍しいですぅ」
「うふふ。聞けば、涼介さんが和食を作るというので、それに合わせてみました〜。それに、ちょうどお昼時なので良いかな〜と思いまして〜」
 涼介とミリアの作ってきた納涼和食料理は、エリザベートに大好評だった。もちろん、みんなで仲良く食べたことが何よりの美味しい理由だ。

「ふぅ〜美味しかったですぅ。お腹いっぱいですぅ!」
 葛きりや素麺で満腹になって上機嫌のエリザベート。
 だが、どうやら彼女の欲はまだ満たされないようだ。
「でも、ここまできたらデザートなんかも食べたいですねぇ」
 葛きりを食べたばかりだというのに、甘味を求めるエリザベート。
 と、いう所で、校長室のドアがノックされた。
 コンコン。
「失礼します。エリザベート、よかったらこれを食べてください」
 現れたのはレイチェル・ボルケンシュタイン(れいちぇる・ぼるけんしゅたいん)だった。
 彼女は、エリザベートが今まで見たこともない食べ物を持っている。
「これは……なんという料理ですかぁ?」
「この料理は、カキ氷という日本の伝統的な氷菓子です。私の知識を総動員して作ってみました」
 レイチェルが用意したのは、日本でおなじみのカキ氷だった。
「氷を細かく削りソレを器に持って、上からシロップをかけた単純なものです。今回はイチゴ味と言われているシロップに加えて、練乳をかけてみました」
「キラキラしていて美味しそうですぅ! た、食べてもいいですかぁ?」
「どうぞ」
 レイチェルがスプーンを渡すと、エリザベートはカキ氷を一口含んだ。
「甘いですぅ〜♪ ちょうどデザートが欲しかったから、ナイスタイミングですぅ!」
 カキ氷に大喜びのエリザベートは、破竹の勢いで食べていく。
 しかし、彼女は知らなかった。カキ氷に潜む悪魔の存在を――
「っ〜痛っ!? 頭がキーンとなって痛いですぅ!?」
 カキ氷を知るものなら誰でも知っている『頭キーン』がエリザベートを襲う。
「言い忘れてましたけど、カキ氷を急激に食べ過ぎると血管が収縮して頭痛を引き起こす場合があります。なので、カキ氷はゆっくり味わいつつ食べるのが好ましいです」
「うぐ……ソレを早く言うですぅ!」
 初体験のカキ氷の罠にかかってしまったエリザベートだったが、結局あまりにも美味しくて冷たいので、レイチェルが用意した全部のカキ氷を食べてしまったのだった。