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2.捕獲劇開幕

「悪戯地祇を捕まえようぜ!」
 そう言ったのはソール・アンヴィル(そーる・あんう゛ぃる)本郷翔(ほんごう・かける)は疑わしげな目を向けた。
「俺が囮になるから、翔は引っかかってきた地祇を捕まえてくれ」
「……まあ、良いでしょう。では、無事に捕まえられるように、お茶とお菓子を用意させていただきます」
「よし、そうと決まれば勉強だー!」
 と、妙に張り切って勉強道具を机に広げるソール。翔は地祇についての情報をまとめつつ、ソールの見える位置にお茶とお菓子を用意した。
 そうとも知らず、ペットボトルを装備したユベールは教室へとやって来た。
 頭を抱えて悩むソールを見つけると、そっと背後に回って問題をのぞき見る。すぐに気配を察知したソールが、振り返りざまにユベールをキャッチ!
「捕まえたぜ、この悪戯地祇め!」
「な、何なんだよ。ボクを捕まえてどうするつもり!?」
 翔が見ていた。
「んー、どうしようかな。結構可愛いし、俺とイケナイ世界に行ってみちゃう?」
「目的が変わってるじゃないですか!」
 と、翔に殴られ、ソールはユベールをリリースしてしまう。解放されたユベールはペットボトルをソールの顔面に投げつけると、
「変態は嫌いだ!」
 と、言い捨てて逃げ出した。
「あ……!」
 我に返った翔がその後を追うも、すぐにその姿を見失ってしまう。
 ダメージを受けたソールが立ち尽くす翔へ言う。
「つ、次はちゃんと真面目にやるから……」
「次なんてありません」

 逃げ込んだ教室では、花京院秋羽(かきょういん・あきは)が家庭科のワークブックを広げていた。
『貴方の出身地をイメージした料理を一品考えなさい』
「俺は京都出身だから……うん、分からないな」
 と、早くも諦める秋羽。料理しないことはなかったが、出身地をイメージした、と言われるとぴんと来ない。ましてや京都、土産物ならいくつか思いつくが料理なんて……。
「答えは『松茸ご飯』」
「ああ、なるほど」
 素直に答えを書き込む秋羽。
 はっと顔を上げ、周囲を見回す。
「もしかして、今のが地祇か?」
 その姿は見えないが、秋羽は噂が本当だったことを知って嬉しくなった。
 いそいそとワークブックを閉じ、筆記用具を仕舞う。
 答えを教えてくれたお礼に、松茸ご飯を作って振る舞おうと思い立ったのだ。地祇の噂はここ数日続いているし、今から作れば間に合うはずだ。
 そして席を立つ秋羽。
 しかし、彼は重要なことを忘れていた。過去にパートナーが、秋羽の手料理を食べて救急車で運ばれたことを――。

 七篠類(ななしの・たぐい)は勉強をしていた。
 カリカリとペンを紙に走らせ、何か声が聞こえるとぱっと顔を上げる。それが何でもないことに気付けば、また彼は問題を解き進める。
 空き教室で孤独に勉強する彼には理由があった。
「あ、そこ間違ってる」
 唐突に指摘され、類は顔を上げた。
「っ、地祇……!」
 ぱっと両腕を伸ばしてきた類を、ユベールは必死に避ける。
「うわ、うわ」
「っ、抵抗するな!」
 がしっと腕を掴まれるユベール。宙に浮いた足で類の腹を蹴るが、効いた様子はない。
「俺はお前を危険には――」
「えいっ!」
 類の顔にかけられたのは水筒の水だった。それは彼が用意していた物だ。
 呆然とする類から離れ、水筒を手にしたまま廊下へと出て行くユベール。
「っ、だから俺の話を――っ!」
 廊下へ出る類だが、やはりユベールの姿は消えていた。小さく舌打ちし、ユベールを探しに向かう類。

 自動販売機の横で寿司(ことぶき・つかさ)は受験用の赤本を手にしていた。
『参勤交代制度を義務付けたのは次の4人のうち誰か』
 1、豊臣秀吉
 2、足利義満
 3、徳川家光
 4、徳川吉宗
 日本史の選択問題だった。
「うーん……1か4のどっちかだと思うんだけど」
 悩む司の様子を、自動販売機の影に隠れたキルティ・アサッド(きるてぃ・あさっど)が見守る。
 そこへ来たのは水筒をもてあましていた地祇、ユベール。
「答えは『3.徳川家光』だよ」
「嘘、秀吉か吉宗でしょ」
 信用されなかったユベールはむっとした。こちらを振り返らない司の後頭部へ水筒を振りおろす。
「いったーい! ちょっと、何してくれてるのよ!?」
 と、司が振り返った時には、ユベールはキルティに取り押さえられていた。
「ほら、大人しくなさい」
 と、抵抗するユベールを押さえつけるキルティ。司はユベールの顔をじっと見て尋ねた。
「人を叩いたらダメでしょ! なんでこんなことするの?」
「………」
 無視だった。口を割らないユベールに、キルティが『威圧』をかける。
「助っ人とーじょー! 今こそ恩を返すぜ!」
 急に響いた声にびくっとする司とキルティ。声の主、皇祁光輝(すめらぎ・ろき)は二人の間に入ると、ユベールを力任せに取り上げた。
「ありゃ?」
 そしてユベールを抱きかかえたまま逃走する光輝。
「ちょっと、何てことしてるの!」
「せっかく捕まえたのに!!」
 光輝はユベールに答えを教えられ、その後のテストで赤点を免れたのだった。それに恩を感じ、光輝はユベールを助けに来た。
 追いかけてくる司たちを振り返り、光輝はユベールへ言った。
「お前は逃げろ、ここは俺が何とかしてみせる!」
 と、ユベールを床へ降ろす。
「ありがとう、親切な人」
 ユベールは光輝へ背を向け、走り始めた――。

「じゃあ、捕まえてみたらどうですか?」
 ユーリ・シマ(ゆーり・しま)にそう言われて、不破勇人(ふわ・ゆうと)は地祇の通るであろう廊下にハリセンをそっと置いてみた。
 本来の目的は捕獲だが、勇人は地祇がどう動くのか興味があったのだ。その後ろにはユーリも付いてきているが、本当に答えを教えてもらえるのか疑わしげな様子だ。
 追っ手がいないことに安心したユベールは、先ほどのどさくさで水筒を落として来てしまったことに気付いた。空のペットボトルよりも強力な武器だったのに、とても残念だ。
 しかし、ユベールは前方の廊下に何かが落ちていることに気がついた。
「……ハリセン?」
 ひょいとそれを拾い上げ、漫才のツッコミのように振ってみる。
 その感触が気に入ったらしく、装備して歩き出すユベール。
 勇人とユーリはその後をこっそり追い始めた。

 ユイ・マルグリット(ゆい・まるぐりっと)が悩んでいたのは国語の宿題だった。
『登場人物の心情を三十文字以内にまとめろ』
 小説を読んだ上での問題である。
 ユイはそれに当たると思しき文章を再び読み直し、三十文字以内にまとめようとするが、上手く行かない。
「一問だけで良いから、教えてもらえないかなぁ」
 と、溜め息をつくユイ。まだ解いていない真っ白な問題集が一冊分残っていた。
 もう一度本文を読み直していたユイの耳元に、ふと天使の囁きが聞こえた。
「答えは『仲間を裏切ってしまったことで、みじめな気持ちになっている』」
 文字数を確認しながら用意されたマスを埋めていくと、良い感じにはまった。
「出来た! 地祇さん、ありがとう」
 これで次の問題に進める、と、ユイが顔を上げると、ユベールは同じ教室の別の生徒に近づいていくところだった。
『マンドレイクがどういった事に有効活用出来るか?』
 多比良幽那(たひら・ゆうな)の向かっている宿題は論文だった。学会より魔法植物に関する論文を提出しろと言われたのだ。
 本来は実験を行ってから論文を書くべきなのだが、幽那は先に結果を知ってから実験することで、時間を短縮しようと考えていた。
 背後から近づいてきたユベールが、論文のテーマを見て口を開く。
「『石化の治療、精力剤、媚薬、不老不死の薬に有効活用出来る』よ」
 ささっと言われた答えをメモする幽那。ユベールはその様子に満足するが、ハリセンの使い道がないことに少し不満を持つ。
「さすがは物知り地祇さん! ありがとう」
 と、幽那が言うと、ユベールはにっこり笑った。
「どういたしまして」
 俄然やる気になった幽那を置いて、教室から出て行くユベール。