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4.落ち着け

「おべんきょのときは、じゃましちゃだめなんだじょ!」
 と、事情を聞いたジャタ竹林の精メーマ(じゃたちくりんのせい・めーま)は言った。
「そうなんだよ! 奴のせいで課題はココアで台無しになったしな……!」
 怒りを抑えながらも、滝川洋介(たきがわ・ようすけ)の手には熱々のココアが用意されている。
「メーマも兄ぃのためにその、わるいこをやっつけるじょ!」
「協力してくれるんだな、メーマ!」
「メーマも兄ぃのおてつだいをするじょぉ!」
 良からぬ企みに盛り上がる二人を見て、百科事典諷嘉(ひゃっかじてん・ふうか)が言う。
「それなら、諷嘉にお任せ下さいぃ。その地祇に痛い目見せてあげますぅ」
 はっと諷嘉を見る洋介とメーマ。
 現れたユベールに諷嘉は尋ねる。
「あなたが噂のユベールですねぇ?」
「噂は知らないけど、確かにボクはユベールだよ」
 向かい合う二人。その背後からメーマがユベールを捕まえると、洋介が熱々のココアをぶっかけようとした!
「甘く見てもらっちゃ困るね」
 と、メーマを盾にココアを避けるユベール。
「兄ぃぃ! あつあつだじょぉ! あついじょぉ! あつ、あつ……っ!」
「悪い、メーマ! それでどうすんだ、諷嘉!」
 逃げ出そうとするユベールを捕まえて、諷嘉が言う。
「でわでわぁ、地面に這いつくばって許しを請うのですよー」
「分かった!」
 と、土下座する洋介とメーマの方に、ユベールの顔を向けさせる。どういう事だと諷嘉を振り返ると、彼女はいろんな道具を持ち出してにっこり頷いた。
 ――数分後、そこには尻にネギをぶっさされ、顔に落書きをされた洋介と、頭の筍が引っこ抜かれ、口にその筍が放りこまれたメーマの姿があった。何とも無残な光景である。
「メーマちゃんとあるじ様ぁ? どうしてボロボロなのですかー? まぁ、面白いので放っておきましょぉぉ」
 そして、どこか楽しそうにそう呟く諷嘉の姿があった。

 お茶を飲みながらのんびり歩いていたユベールは、ふと行く手を塞がれて立ち止まった。
「キミが噂の地祇ちゃんね!」
 と、東雲秋日子(しののめ・あきひこ)
「女性にまで手をだすげな、けしからんですとね」
 と、奈月真尋(なつき・まひろ)。ユベールは分が悪いと思いながら、お茶のペットボトルを握りしめた。
「真面目に勉強してるみんなのために、大人しくしててもらうよ!」
 ばっと動き出した秋日子がユベールの背後へ回る。
「小道具は使わせんです」
『サイコキネシス』を発動させた真尋がユベールからペットボトルを取り上げようとする。
「あっ」
 ユベールの指先が当たってペットボトルが揺れ、捕獲しようと腕を伸ばした秋日子の顔にお茶がばしゃり、ぶつかった。
 床に落ちたペットボトルを踏みつけ、ユベールはその隙に逃走を図る。
「……す、すんまへん。秋日子さん、大丈夫どすか?」
 おろおろと尋ねる真尋。
 秋日子はしばらくその場でお茶の熱さに耐えていたが、やがて頭に来たように叫んだ。
「もう許さない! 絶対に捕まえてやるんだから!」
 そして全速力でユベールを追いかけるが、遅かった。すでに見失っていてどこを探せばいいか分からなくなっていたのだ。
「どうしましょか、秋日子さん?」
「どうするも何も、探すっきゃないでしょ。出てきなさい、地祇ちゃん!」

「せっかく書きあがりかけたレポート台無しにしてくれて! 許さん!」
 と、廊下のど真ん中で叫ぶセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)。こちらもまた怒り心頭の様子であり、その手には何とも形容しがたい液体が握られている。
 彼女をこんな姿にしたのには理由があった。セレンフィリティの苦手な国際法のレポートがやっと書きあがりそうになった時、いきなり地祇が「ここ間違ってる、答えは……」と、口を挟んできたのだ。
「悪いけど忙しいからあっち行って」と、言ったら、いきなりホットミルクをぶっかけられたのだった。
 そしてレポートの書き直しそっちのけで、セレンフィリティはユベールへの報復に出たのである。
 待ちに待ったユベールが現れると、セレンフィリティは手にした『MJ(まずいジュース)混淆ドリンク』を差し出した。それはまずいと評判の数々のジュースを混ぜた、とても想像できない味の液体だ。
「さあ、あの時の恨み、晴らしてくれるわっ」
 と、殺気を感じて後ずさるユベールに歩み寄る。もう片方の手には漏斗、何が何でも飲ませる気である。
「駄目よ、セレン! 落ち着いて」
 暗い情熱を燃やすセレンフィリティを止めたのはセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)だった。
「セレアナ!? ちょっと、何するのっ」
 羽交い締めにされてはっとしたセレンフィリティが暴れる。『MJ混淆ドリンク』がびちゃびちゃと床へ跳ねた。
「そんなことよりもレポートを書き直すのが先でしょう!?」
「嫌よ! せっかく書き上がりかけたのに!」
 そっとその場を離れようと後ずさるユベール。すると、ユベールの耳に救いの声がした。
「こっちよ、地祇ちゃん」
 曲がり角から手招きをする紅凛だった。何となく嫌な予感がしつつも、そちらへ向かうユベール。
 ぱっと両腕が伸ばされたと思うと、ユベールはぎゅうと抱きしめられた。これも捕まえられた内に入るのかと考えながら、紅凛の様子をうかがう。
「あああー、やっぱり可愛いー」
 動物を相手にするように頭を撫で、頬ずりをする紅凛。違う意味で逃げるべきだと思ったユベールが周囲に目を配ると、天音の声がした。
「紅凛さん! 勉強サボって何してるんですか!?」
 と、紅凛の腕を取って引っ張る。嫌そうに抵抗しようとした紅凛の隙を突いて、ユベールは彼女の腕から抜け出した。
「ああっ!」
 走って逃走するユベールを名残惜しそうに見つめる紅凛。

 誰も追ってくる人がいないことを確認したユベールは、手近な教室を覗いて見た。
 そこにいたのは国語の宿題をしているビル クライド(びる・くらいど)
 冬休みの宿題が終わらず、彼は焦っていた。この際、神様でも仏様でも良いから答えを教えてくれと言わんばかりだ。
『登場人物の心情を三十字以内にまとめろ』
 やはり文字数の制限に苦戦しているビル。本文を読み返しながら試行錯誤を繰り返す。
 そっと背後から近づいたユベールは、彼の耳元に優しく囁いた。
「答えは『仲間を信じたことで、清清しい気持ちになっている』」
 それを素直に書き込んで、はっと顔を上げるビル。
「ん、もしかして地祇さんか?」
 辺りをきょろきょろと見回すが、その姿は見えない。だが、どちらにしても助かった。
 再び机に視線を落とすビル。噂が本当であるならあれは地祇だったのだろう。そうすると、あの地祇が生徒達に追われているわけで……。
 ビルはがたっと席を立った。

 アキラ二号(あきら・にごう)は、サボりまくっていた課題をやりながら廊下を歩いていた。噂の地祇がいるならば、答えを教えてもらおうと考えていたのだ。
 しかし、相手のことは噂程度にしか知らないし、実際に会えるかどうかも怪しいところだ。
 どたどたと走る音があちこちから聞こえる校内で、アキラはふと何者かとすれ違った。自分よりも身長の低い幼女だ。
 課題に夢中になっていたアキラは、それが噂の地祇だと気付かずに通り過ぎてしまう。
「ん?」
 気付いて足を止めた時には遅く、辺りには誰の姿もなかった。
「……今さっき、地祇とすれ違ったような気がしたんじゃが」
 と、首を傾げて再び課題をやり始めるアキラ。校内は未だに騒がしく、課題が終わり次第、地祇の捕獲を手伝おうと心に決めた。

 カリカリと真面目に筆を走らせる加能シズル(かのう・しずる)レティーシア・クロカス(れてぃーしあ・くろかす)
 問題を解き終えたシズルがふいに顔を上げると、秋葉つかさ(あきば・つかさ)がこちらへ向かってきていた。
「勉強に手こずっていらっしゃるようですね、シズル様」
 と、すぐ傍まで来るつかさ。
「ええ、なかなか終わらなくて」
 シズルが姿勢を正して伸びをすると、つかさが言った。
「では、気分転換に保健体育のお勉強など、いかがでしょう?」
「保健体育?」
 目を丸くするシズルの手をとり、立ち上がらせる。
 レティーシアが疑わしげな目を向けたが、気にせずにつかさはシズルを床に押し倒した。
「さて問題です、これはなんという体位でしょう?」
 と、つかさはにっこり笑って問いかけた。