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突撃! パラミタの晩ごはん

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突撃! パラミタの晩ごはん

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第一章 Allegro con brio


早朝 蒼空学園の北方、山岳地帯

「エレノア、何か見える?」
 布袋 佳奈子(ほてい・かなこ)は飛空艇から周囲を見渡しながら、並走するパートナーに声をかけた。
「いいえ」
 白い翼を羽ばたかせて飛行していたエレノア・グランクルス(えれのあ・ぐらんくるす)は短く答え、ターゲットF・Fがやって来るであろう方向にもう一度目を凝らす。
 淡紅色の朝日に照らされた朝靄が薄い膜のように視界を遮り、山肌に動くものを認めることはできない。
「靄で視界が悪くて……佳奈子、場所は間違いない?」
「そのはずなんだけど……」
 佳奈子は口ごもり、手元の地図に目をやる
 たまたま早朝登校していた二人は、山葉涼司の頼みで夜明けとともに蒼空学園を飛び立ち、ドラゴン<ターゲットF・F>の偵察に北上して来たのだ。
 しかし、予想された移動ルートに入りながら、まだその姿をが捕捉できずにいた。
「もしかして……」
 エレノアは一瞬「方向間違ってない?」と聞きかけて、思い直す。
 佳奈子の方向音痴を熟知しているエレノアが、十分に警戒しながら飛んで来たのだ。こちらが迷子になっている可能性は、限りなく低い。
 他に可能性があるとすれば……。
「……すれ違いには、なってない?」
「ど、どうかな」
 佳奈子ちょっと自信なさげに口ごもる。
「……うーん、ちょっと高度を上げてみる。エレノアはもう少しこの辺を探してみて」
「了解。気をつけてね、佳奈子」
「まっかせてー」
 そう言って高度を上げていく佳奈子の飛空艇を見送るエレノアの耳に、佳奈子ののんびりした声が響いた。
「ドラゴンさーん、どこですかー。お迎えにきましたよ〜」
 エレノアは少しだけ心配になった。


同刻 蒼空学園 コントロールルーム

「ああ、こちらのレーダーでも、ヤツは君らとほぼ同地点をこちらに直進している」
 レーダー上で重なった佳奈子とエレノア、そしてターゲットF・Fを示す光点を目で追って、山葉 涼司(やまは・りょうじ)は通信機越しに佳奈子に言った。
「もう少し周辺を調査してみてくれ。慎重にな」
『了解ですー』
 佳奈子が答えて、通信を切る。
「……迎撃するの?」
 そのやりとりを心配そうに見ていた火村 加夜(ひむら・かや)が、声をかけた。
 土日にもろくに休みの取れない多忙な婚約者のために、手作り弁当持参で応援に来た加夜だったのだが……心ならずも自らもトラブルに巻き込まれてしまったらしい。
 涼司は安心させるように笑って、軽くかぶりを振る。
「いや、ヤツはただ、契約に従って学園に向かってるだけだ。事を構える必要はない」
 ……はず、なんだけどな。
 そう心の中で付け加えて、またちょっと顔を曇らせる。
「……雅羅、新聞部の方はまだ捕まらないのか」
 声をかけると、携帯をいじっていた雅羅・サンダース三世(まさら・さんだーすざさーど)が弾かれたように顔を上げる。
「すみません、昨夜から呼びかけてるんですけど、ぜんぜん繋がらなくて」
「メールは」
「送ってあります。でも返信なしです。……あっ、そうだ」
 さっきから携帯と交互に見ていたノートPCを涼司の前に置く。
「これ、昨夜の新聞部からの書き込みを見つけたんですけど」


Title:「突撃! パラミタの晩ごはん」
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「……なんだこれは」
 モニターを見た涼司が、呆れて呟いた。
 事情を知らないとはいえ、あまりにも呑気な文面に軽い目眩さえ覚える。
「……ねえ、涼司くん」
「ん」
 加夜は考えをまとめるように首を傾げた。
「そもそも、ドラゴンとの『契約』って、正確に言うとどういうことなの?」
「俺も、当事者から聞いてる訳じゃないからな。あくまで資料の上での情報だが……学園とドラゴン、一対の呪文で成り立っているんだ」
 雅羅も身を乗り出して涼司の説明に耳を傾ける。
「すなわち、『ごはんができるまでねむっててね』と『ごはんができたらおこしてね』だ」
「……は?」
 雅羅が思わず声を上げると、涼司は軽く咳払いをして続けた。
「ヤツに食わせる料理は、当時の6校に分散して伝承する事にした。気前よく塒を移動してくれたヤツへの感謝を込めて、数年に一度それを集め、料理を作って歓待する」
「ってことは……」
 加夜は改めてモニターを覗き込んみ、文章に目を通す。
「この企画を成功させれば、ドラゴンを迎えることができる……ってことじゃない?」
「……そりゃそうだが、時間的に厳しいだろう」
 コメントは0件。
 メールで直接協力を申し出る者がいたかどうか、ここからでは読み取れない。
「そもそも、全ての準備を整えた上で、あのレシピを冷蔵庫の扉からはがすのが決まりだ。ヤツを呼び出してから準備を始めるなんて前例がない」
 涼司がちらりと視線を送ると、雅羅が小さくなる。
 涼司は少し考えてから、PCを手許に引き寄せ、キーボードに手を載せた。
「こいつらが、多少でも使える奴らなら助かるんだが……」
 カタカタカタ……。
 短い文章を書き込んで、エンターを押した瞬間。
『……いました!』
 スピーカーから、佳奈子の緊張した声が飛んだ。
『こちら布袋 佳奈子。ターゲットF・F、発見、黙視確認しました』