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突撃! パラミタの晩ごはん

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突撃! パラミタの晩ごはん

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第四章 Allegro.Presto

15:15pm 山岳地帯

「……な、なんて無茶をするんですかっ」
 舞い降りて来た加夜の剣幕に、シシーは苦笑した。
「無茶……だったかな、やっぱり」
 足下には、空のタッパが転がっている。
 そして目の前には……ドラゴンの顔。
 ぽん、とまたタッパが足下に落ちる。
 若布と豆腐と油揚げの味噌汁をぺろっと平らげて、ドラゴンはじっとシシーを見つめた。
「……す、すごいプレッシャーなんだけど、どうしよう、これ」
 つきたての玄米を炊いたもの、若布と豆腐と油揚げの味噌汁、焼き魚に沢庵。
 起きぬけのドラゴンに朝食をご馳走しようと持って来たのだが、ドラゴンにってはちょっと量が少なかったらしい。
 小山のような巨体でシシーの前で行儀よく座り、邪気のない瞳をきらめかせている。
「……こ、困ったな。えっと……食後の緑茶があるけど、飲む?」

 ドラゴンは、もちろん緑茶をたいらげた。
「……あのう、ドラゴンさん」
 佳奈子がおそるおそる進み出て、ドラゴンに話しかけた。エレノアは、いつ攻撃を受けてもいいように神経を張り詰めている。
 シシーの手からまた何か出て来るのを待つように、じっと彼女を見つめていたドラゴンが、不思議そうに佳奈子に視線を向ける。
「あたしたち、蒼空学園からお迎えに来たんですけど……わかりますか?」
 大きな目をゆっくりとしばたたかせ、まだ意味が飲み込めない様子だが、先ほどまでのように目が半分閉じていたり、聞く耳も持たないという雰囲気ではない。
 佳奈子はもう一度、言った。
「ええと、ごはんのお迎えに……」
『ごはん?』
 ドラゴンの顔がパッと輝いたように見えた。
『ごはん!』
 ようやく、周囲の緊張が解ける。
 佳奈子は笑顔をいっぱいに浮かべて、最初の目的を果たす事にした。
「契約に従い、貴方を蒼空学園にお迎えします。どうぞ一緒にいらしてくださいな!」
 全員の頭の中に、歓びと、肯定の意識がスパークした。
 ……間近で見ると、ドラゴンって意外と表情豊かなんだな。
 シシーはぼんやりとそんなことを考えながら、空のタッパを拾い集めた。



15:30pm 蒼空学園 「ぱら☆みた」部室

「……失礼、美夜様」
 佐々良縁から届いた大量の画像をチェックしている美夜の傍らに来て、エーリヒが声をかけた。
「会場で厨房の設営が完了いたしまして、調理の作業にかかったとのことです」
「えっ、もう?」
 ハッと顔を上げて、壁の時計に目をやって顔色を変える。
「って、うわっ、もうこんな時間!?」
「何時っすか……?」
 湯浅 忍(ゆあさ・しのぶ)がのろのろとモニターから顔を上げて聞いたが、美夜は答えずに忍の手元を覗き込んだ。
「空京大の記事はどんな感じ?」
「……まだまだ……今やっと料理長がタマネギのみじん切りを終えて涙を拭いたところだ」
「先は長いわね……」
 忍の目は若干虚ろになっている。
 ロビーナ・ディーレイ(ろびーな・でぃーれい)と共に、ちょっと野次馬根性を起こして様子を見に来ただけなのだが……何故か「部員」として確保されてしまったのだ。
 あっという間の出来事だった。
 俺は蒼空学園の生徒じゃないと主張したが、「だいじょーぶ、誰にでも欠点はあるものよ! 気にしない!」という部長の一言であっさり却下された。
 ……気にしてくれ。
 心の叫びは誰にも届く事はなく、彼は「主力部員」として記事を書くことを任された。
 学食メニューとして定番中の定番であるカレーライスの紹介記事。
 最初に書き上げた自信作はあっさり没にされ、捻りに捻ったリテイクをまた却下され、これで三回目の執筆なのだから、目も虚ろになろうというものだ。
 ……作為を越え、苦難と限界を突き抜けたところに真実は姿を現すのよ!
 傍迷惑な美夜の信念のひとつであった。
「ロビーナ、スクショの方は……って、何なのこれは一体っ」
 美夜がひっくり返りそうな声でわめいた。
 セレアナのレポートビデオからスクリーンショットを切り出していた筈のロビーナのPCのモニターは、ロビーナ自身の写真で埋め尽くされていた。
 どれも、ポートレート調の加工が施されている。
 レトロなセピアカラーやブロマイド風から、ハイコントラストのビビッドカラーに彩られたロビーナがカメラに向かって扇情的な視線を送っているものまで多彩を極めている。
 ロビーナは自慢げに胸を反らした。
「あたいの婚活用ポートレートでござる」
「ござらないでー」
 意味不明の言葉を口走って、美夜は頭を抱えた。
「あああ、これじゃグルメ記事が終わらないぃ……会場の取材に行けないじゃないかぁぁ」
「……少々よろしいでしょうか」
 エーリヒが声をかけると、美夜はパッと顔を輝かせてすごい勢いで振り返った。
「ヘッツェル、行ってくれるの!?」
「ご冗談を」
 一言で瞬殺されて仰け反る美夜に、エーリヒはドアの方を示して続けた。
「こちらの部員と仰る方がいらしております」
「……ぶいん?」
 美夜が目をしばたたかせていると、エーリヒの陰から火動 裕乃(ひするぎ・ひろの)がひょいと顔を出した。
「……遅くなりました、僕、入部希望の火動です」
 長い髪を揺らして軽く首を傾げ、にこりと笑う。
 私服なのだろうが、忍者の黒装束風だがいやに露出度の高い服装が、その体の見事な曲線を強調している。
「あ、俺は幽霊部員です」
 裕乃の後ろから、見覚えのない男子生徒が顔を出して言った。
 その体を押し退けるように、別の男子が裕乃の横に割り込んでくる。
「あの、俺も幽霊部員っす」
「いや、幽霊部員はこの僕です」
「何を言ってやがる、俺こそ幽霊部員だ」
「俺が」
「俺が」
「俺が」
「……と、仰られているのですが、どういたしましょうか」
 人を食ったようなエーリヒの問いかけにも答えず、美夜はあんぐりと口を開けたまま、部室の入り口にひしめいて「俺が」「俺が」と騒いでいる男子の集団を眺めた。
 その傍らに、ふわりと気配が移動する。
「あの、部長さん」
 目の前の集団の真ん中でもみくちゃになっていた筈の裕乃が、いつの間にか美夜の耳元に口を寄せて微笑んでいる。
「差し出がましいとは思ったんですけど、ついでに部員も調達してきました」
 身を屈めてそう囁き、いたずらっぽく肩をすくめて笑う。
 大きく開いた胸元の谷間が嫌でも強調されるその仕草に、入り口の男子たちはぴたり騒ぐのをやめて、一斉にため息をついた。
 自称幽霊部員が大量発生した原因を。美夜はようやく理解した。最上の感謝を込めて、裕乃の両手を握りしめる。
「助かります、火動さん」
 それから、びしっと幽霊部員の集団を指差して言った。
「ヘッツェル、全員確保」
「承知いたしました」
 エーリヒは答えて、なぜか腕まくりをした。