校長室
温泉に行こう!
リアクション公開中!
一日目 中編 「みんなを混浴に誘ってみたけどね、ダメだったよ」 温泉へと向かう道のり、ルカルカ・ルー(るかるか・るー)は隣を歩くダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)にそんなことを話す。 「世の中の大半は、ルカみたいに無頓着じゃないからな」 「なにそれー」 ダリルの言いかたにぷぅ、とルカルカは顔を膨らませた。ダリルは「事実だ」と小さく口にし、女湯入口の前で立ち止まる。 「じゃあな。あんまり騒ぎは起こすなよ」 「起こさないもん。ダリルこそ、覗いちゃダメだよ?」 笑いながら言う。 「覗いてほしいのか?」 帰ってくる答えはだいたい予想がつくが、一応聞いてみる。 「ダーメ。見せたげなーい」 べー、と舌を出してルカルカは言い、そのままのれんをくぐる。 「待ちなさい」 男湯の前では衣草 椋(きぬぐさ・りょう)の首根っこを夏來 香菜(なつき・かな)が捕まえていた。 「もう……あなた、自分が女だっていう自覚を持ちなさいよ」 「いや無理だって! 女湯に入る度胸はねえよ!」 「どうした?」 ダリルが聞くと、 「女湯に入りたくないって聞かないのよ。で、男湯に行くって」 「それはダメだろ……」 ダリルは椋の体を見て言う。どこからどう見ても年頃の女の子だ。出るところも出ている。 「いいから。あなたは少し女性の生活に慣れなさい」 「離せーっ!」 そのままズルズルと引きずられて椋は女湯へ。「脱がすなー」とかいう悲鳴も聞こえる。 「女湯は大変そうだな」 ダリルはそんな様子を見てそう口にし、男湯ののれんをくぐった。 「うう……」 椋はすでにすっぽんぽんだ。恥ずかしそうに秘部を手で隠す。上を隠さないあたり、その仕草は男のものだ。 「タオルくらい巻きなさいよ」 香菜は椋にタオルを投げる。椋は慌てて腰にタオルを巻きつけ、落ち着くように息を吐いた。香菜はなにか違うと頭を抱えたが、仕方ないな、と、自分も服を脱ぎ始めた。 「観念したみたいだね」 騎沙良 詩穂(きさら・しほ)が椋に話しかけてきた。彼女はまだ服を脱がず、脱衣所を綺麗に整理整頓していた。 「詩穂さん……なにを?」 「ちょっと、散らかってるのが気になって」 給仕の家系としての血が騒ぐんだよ、と彼女は笑いながら言う。 脱衣所はそれぞれがロッカーになっているためそれほど散らかっているわけではないが、彼女は洗面所のドライヤーやらなにやらを綺麗に並べていた。 「なにも、そこまでしなくてもいいのに」 その様子を見ていた神崎 零(かんざき・れい)が詩穂に言う。 「なんとなく、落ち着かなくて。零ちゃん、紫苑ちゃんは一緒じゃないの?」 「今は部屋で寝ているわ。優が見ているから、先に温泉に、って」 零が服を脱ぎながら言う。詩穂も整理整頓が終わって落ち着いたのか、零と並んで服を脱ぐ。 「できたパパだよね。羨ましいなあ」 「ふふ……私にはもったいないくらい」 幸せそうに笑う零に釣られて、詩穂も笑った。 「ほら、行くわよ」 「引っ張るなって!」 香菜が椋の手を引き、浴室への扉を開いた。 「零ちゃんも。今回はゆっくり休んで。ね?」 「ええ」 二人も体をタオルで隠して、浴室へと向かった。 温泉はとても広い温泉だった。 普通の温泉が三種類ほど並び、他にも泡の出るお風呂や寝湯もあり、入口付近には水風呂にサウナも完備している。 露天へと続く扉はまっすぐ進んだところにあり、露天も広そう。 今回のツアーに参加した人数はそれなりに多いが、その人数でもまだ余裕のあるくらいの大きさだった。 「はー、疲れが取れるわ……」 先程まで走り回ったり罠を張ったりと大暴れしていたセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)は、セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)と共に寝湯に転がって足を伸ばしている。 「少尉に昇格したのはいいんだけど、その分かなり忙しくなったからね……」 「セレンさん、昇格したの?」 隣の寝湯に入っていた佐野 悠里(さの・ゆうり)が顔を上げて聞く。 「まあ、ね。やっと尉官になったってとこ」 「そうなんだ、おめでと!」 悠里が笑顔で言うので、セレンは素直に「ありがと」と口にする。 「少尉になりたてなんてまだまだですよ、セレン」 声が聞こえ、セレンは顔だけをそちらに向ける。 「忙しくなるのはこれからなんですから。今日はしっかりと休んで、疲れを取ってください」 「た、大尉!」 シャンバラ教導団の大尉である、水原 ゆかり(みずはら・ゆかり)がそこにいた。セレンとセレアナは慌てて立ち上がり、敬礼する。 「今日はそういうのはなし。階級のことは忘れてましょう」 「は、しかし……」 「それに、そんな格好で敬礼されても」 「あ……」 セレンは全裸だということをすっかり忘れていた。指摘され、少し恥ずかしそうに腕を下ろす。 「今日は休みなのだから、ね?」 「……はい」 セレンは湯船に沈みながら言う。寝湯なので半分も隠れなかったが、照れ隠しにはちょうど良かった。 「シャンバラ教導団ってすごいねー」 「とっても厳しい学校ですよぉ。悠里ちゃんには、難しいかもしれないですねぇ」 佐野 ルーシェリア(さの・るーしぇりあ)がくすくすと笑いながら言った。そんなことないもん、と悠里が膨れ、敬礼の練習をする。セレアナが気づいて、彼女に敬礼の仕方を教えてあげた。 「疲れが身体から抜けて行くのが感じられるわ……」 温泉に肩まで浸かって、ゆかりは息を吐く。 その隣では、マリエッタ・シュヴァール(まりえった・しゅばーる)がきょろきょろと周りを見回していた。 「マリー、なに、キョロキョロして」 ゆかりが声をかけると、マリーはびくりと体を震わせ、 「……なんでもない」 とだけ言って、ぶくぶくとお湯の中へと沈んでいった。 「はあ……気持ちいいわねぇ」 シェスカ・エルリア(しぇすか・えるりあ)は天井を見上げて言う。 「そうですね。はあ、外が寒かったからなお暖かく感じます」 隣にいる黒崎 ユリナ(くろさき・ゆりな)も同意して、彼女と同じく天井を見つめる。 「ところでユリナさん、聞きたいことがあるんですけど」 「なによぉ」 上を向いたまま、シェスカは聞き返した。 「この前の男の子と、どういった関係なんですか?」 聞いてシェスカはぶくぶくと沈んでいく。 「わー、シェスカさん!?」 「ちょ、ちょっとバランスを崩しただけよぉ」 が、すぐに上がってくる。 「……なによ、突然、そんなことぉ」 「えー、だって気になるじゃないですかぁ。しゃべってたことを見られて慌ててましたし、普段シェスカさんが話しかけるようなタイプじゃなかったし」 「それは……」 ふう、とシェスカは息を吐く。 彼女にはちょっとした知り合いの男の子がいる。海の家での盗撮騒ぎ中に出会い、そして、運動会のときに再会したあの少年。 確かに地味で、自分の基準で言う「いい男」のカテゴリーには入らない。 でもなんとなく、初めて会ったときから、放っておけない。 最初は捨てられた子犬のような目をしていて、おどおどしていて。それでも、話をすると目の色を変えて、まっすぐにこちらを見て。 正直、シェスカは美人だし、スタイルもいい。それに、服装の関係上、胸は結構強調した服を着ることが多い。 だから、男はほとんどが彼女を下心のある目で見ていた。あるものは直接胸を見つめ、顔を見なかった奴もいる。 初めてだったのだ。なれない説教なんかする自分を、まっすぐ見つめてくれたのは。受け入れてくれたのは。 次に会ったときは自信に満ちた顔をしていた。その自信も、彼女の言葉のおかげだ、と、彼は礼を言った。 女としてではなく、人として認められる感覚。 シェスカはまだそれを、よくわかっていない。 「なるほどなるほど」 いたって簡潔に彼との出会いや再開のことを話してやる。するとユリナはふふん、と笑って答えた。 「シェスカさん、それは恋です」 「はぁ?」 そのよくわかっていない感情を、ユリナは一言で言い表した。 「違うわよぉ。私が、あの子に? そんなわけないじゃないのぉ」 「えー、そうだと思いますけど。単純に考えればわかりますよ」 「単純にって……」 「はい。シェスカさん、結構鈍いんじゃないですかあ?」 うふふ、と笑いながらユリナは言う。 「そんなことより、あなたはどうなのよぉ、こんなところにいて。混浴でも行けばいいのに」 「ここ、混浴ですか!? そそそ、そんなの無理です!」 無理やり話題を変える。思いっきり慌ててくれたおかげで、なんとか話題をそらすことに成功した。 そうやって竜斗とユリナの関係についていろいろ言い、彼女が恥ずかしさでぶくぶくとお湯の中に沈んでいって、シェスカは安心した。 バーストエロスに確認して、今日、彼はこのツアーに参加していないと聞いておいてよかった。 今日もし会ったら、どんな顔をすればいいかわからなかったから。 「良いお湯ね〜摩耶♪」 クリームヒルト・オッフェンバッハ(くりーむひると・おっふぇんばっは)は神月 摩耶(こうづき・まや)と並んでいた。 「うん……とってもいい気分だよ」 言うが、摩耶はクリムのほうを見ない。こういうときは向こうから積極的に腕を絡めたり足を絡めたりしてくるのに、おかしいわね、とクリムはどうも怪訝に感じる。 それなのに、いつも以上に今回は隣にいたがる。気づくと近くにいて、ぎゅ、っと袖を握ってくるような、そんな感じ。 「どうしたの摩耶、今日はいつもと違うわね」 「う、うーん、そうかなー」 言われ、摩耶はどことなく気まずそうに視線をそらす。 (う、うぅ。クリムちゃんのお顔がちゃんと真っ直ぐ見れないよぉ……) 摩耶は顔が真っ赤だった。 (なんでだろう、こんなコト今まで無かったのにぃ……) 「摩耶」 「ひゃわああぁあ!」 突然クリムが目の前に現れたので、摩耶は素っ頓狂な声をあげた。 「もしかしてのぼせちゃったかしら?」 クリムは摩耶の手を引いて、お湯から上がらせようとする。そのまま近くに置いてあった椅子に腰掛けると、とんとん、とその椅子を叩いた。 「さ、座って。少し休みましょう」 「う、うん」 摩耶は遠慮がちに隣に座ると、チラチラとクリムの顔を見た。クリムが覗き込むようにすると、摩耶は慌ててそらす。 「……えーいっ!」 「ひゃわっ!」 突然、摩耶の体にクリムが抱きついてきた。 「なんだか今日の摩耶は……可愛らしいわね。恋する乙女みたいだわ……ふふ」 そう言って、クリムは摩耶の体を手でなぞる。 (恋する乙女……? ふああ、わけわかんないよぉ) 摩耶は声にならない吐息を吐きながら、背中やらふとももやらお腹やらに手を回すクリムの手に自分の手を重ねる。 (でも……すっごく、気持ち、いいよぉ!) 摩耶は涙目になって心の中で叫んだ。クリムは笑いながら、しばらく彼女の体を撫で回していた。 「ぶっ……」 「わあ! いきなりなんですか!?」 レオーナ・ニムラヴス(れおーな・にむらゔす)は浴室に入って早々鼻血を飛ばした。泉 美緒(いずみ・みお)が驚く。 「生の夕張メロンがこんなに……ここは天国かしら……」 「ああメロンってそのことですか……」 美緒は理解して、胸元のタオルを少し強く抑える。 「美緒ちゃん……北海道は、でっかいどう!」 「胸元を見て言わないでください……」 「そして、ラナお姉様!」 「はい?」 すでに先に入浴していて、泡風呂を堪能しているラナ・リゼット(らな・りぜっと)にレオーナは駆け寄る。 「ぶくぶく浮かび上がる泡と、それに逆らわないお姉様の体……ハァハァ」 「ど、どこを見てるんですか」 確かに泡風呂では体が多少浮かび上がる。特にラナのように、一部の大きさが大きいと、その見た目のインパクトは大きかった。 「沈むわよ」 「いっそ沈みたい」 泡風呂にはちょうど、香菜と椋も入っていた。椋は壁のほうをじっと見つめ、鼻くらいまでお湯に浸かっている。 「はあ……私は露天風呂に行ってくるからね」 香菜は立ち上がって、湯船から出る。それを見まいと椋は目元までお湯に浸かった。 そして、露天風呂に行こうと歩き出した香菜と、レオーナの目が合う。 レオーナは香菜の顔を見、その視線がだんだんと下がってきて、香菜のささやかな胸元へと行き、 「……ふっ」 目線をそらして微笑んだ。 「ななななによ!」 香菜が真っ赤な顔をして叫ぶ。 「えー、だってえ」 レオーナの視線は美緒へ、ラナへ、そして、香菜へと動き、 「……ふっ」 微笑む。 「ひ、比較対象がおかしいわよ!」 香菜は胸元を抑えて叫ぶ。まあ確かに、ラナと美緒はプロフィールイラストでもわかるように別格だ。 「おっと、決してばかにしてるわけじゃないの。未成熟な青いボディもマニアックな欲求が駆り立てられて良いものよ」 「なんのフォローにもなってないわよ!?」 レオーナが言うと、近くで崩れ落ちる人影があった。マリエッタ・シュヴァール(まりえった・しゅばーる)だ。 「私、香菜ちゃんよりも年上なのに……」 「マリー、それを気にしてたのですね」 ゆかりも声をかける。 「え? 年上なの? 見た目的にそうは見えないけど」 「年上なの! 一応!」 マリエッタは叫ぶ。彼女の胸元を見ると……まあ、香菜とどっこいどっこいと言ったところか。 「スクール水着が似合う体型ね!」 レオーナが親指を立てた。 「褒め言葉になってませんよ」 ゆかりが言う。 「ま、まだ逆転のチャンスはあるんだから!」 マリエッタは立ち上がり、叫ぶ。 「まだ18なのよ! あと二年で、美緒っちやラナたんくらいには、」 言って、二人の胸元を見つめた。夕張メロンが四つ、並んでいる。 「う、うわああぁぁぁん!」 「マリー!?」 マリエッタは泣きながら走っていった。 「……大丈夫よ! 私が解決してあげる!」 レオーナはきっ、と歯を見せて笑う。 「幸いにも北海道は牛乳の産地! 巨乳化のためにも、お風呂上がりの、牛乳よ!」 そう言ってフルーツ牛乳を掲げる。 「あとキャベツも! あたしの背後は成長期にキャベツを食べまくったらGカップ達成したともっぱらの評判よ! 札幌大球にあやかって、ハブアビックワン!」 左手には巨大なキャベツを掲げた。 「背後ってなんのことよ……」 香菜は牛乳を飲みながら言う。 「そして、最終手段は……」 レオーナは走った挙句、浴場を一周して戻ってきたマリエッタをロックした。 「揉むことよ!」 そして彼女に一瞬にして襲いかかり、後ろから彼女の二つの膨らみに手を伸ばす。 「ふええっ! レオちゃん!?」 「揉めば大きくなるものなのよ……揉んで揉んで揉みまくると、脂肪が集まりやすくなるんだから! 感度も上がって、一石二鳥!」 もみゅもみゅと、マリエッタの胸を揉みしだく。マリエッタが倒れると、今度は香菜をロックした。 「香菜ちゃん! 次はあなたよ!」 「ええっ!」 牛乳を飲んでいた香菜が驚く間もなく、レオーナは後ろに回って彼女の胸に手を伸ばす。 「ひぁ……」 「ぬ?」 マリエッタとは違う、扇情的な声が漏れた。 「…………揉まれ慣れている?」 レオーナは手をわきわきさせながら言う。 「ね、寝る前とか……マッサージしてるのよ……わ、悪い!?」 「………………」 レオーナは驚きの表情で香菜の顔を見つめ、やがて、目を輝かせて、 「香菜ちゃん! 今日は一緒に寝ましょう!」 両手をわきわきさせながら香菜に飛びかかった。 「いやーっ!」 香菜は逃げる。そんな様子を、ラナと美緒は苦笑しながら見つめていた。 「カーリー……もう、お嫁に行けない」 「はいはい」 倒れこんだマリエッタは、ゆかりが肩を貸していた。 ちなみに。自分の近くでそんな騒ぎが起こっていたため、椋は頭のてっぺんまでお湯に浸かっていた。 「はあ……気持ちいいわ」 「景色も最高です。素晴らしいところですわ」 「えへー、あったかいです!」 露天には 芦原 郁乃(あはら・いくの)、秋月 桃花(あきづき・とうか)、荀 灌(じゅん・かん)の三人、 「んー、露天風呂、気持ちいいですね、咲耶お姉ちゃん。見て下さい、川向こうの紅葉も綺麗ですよ」 「そうですね。こんなところで温泉なんて、私も初めて」 高天原 咲耶(たかまがはら・さくや)に、ペルセポネ・エレウシス(ぺるせぽね・えれうしす)。 「ロゼさん、明日はよろしくね」 「どんなところに行けるのか、楽しみですわ」 「任せてよ。いろいろ企画してるから。ね、カンナ」 「うん」 綾原 さゆみ(あやはら・さゆみ)にアデリーヌ・シャントルイユ(あでりーぬ・しゃんとるいゆ)、九条 ジェライザ・ローズ(くじょう・じぇらいざろーず)と斑目 カンナ(まだらめ・かんな)などが入浴していた。 「うわあ! 露天も広い!」 ルカルカが外へ出て、言う。 二つの扉をくぐると少しだけ階段を下り、降りたところに大きな露天風呂が広がっている。そこからは対岸の様子も見え、秋の鮮やかな色をした木々が並んでいる。静かに流れる川の水流に、聞くだけでも安らかな気持ちだった。 「でも寒いー」 ルカルカは少し小走りで温泉へ飛び込むようにして入る。「生き返るー」と口を開くと、先に温泉に浸かっていたクレア・ワイズマン(くれあ・わいずまん)がくすくすと笑う。 「おじさんみたい」 言われ、ルカルカは少し恥ずかしそうにあごまで湯に浸かった。 「相変わらず元気だね、ルカ」 アゾート・ワルプルギス(あぞーと・わるぷるぎす)が言う。彼女はなぜか、ワンピースの水着を着ていた。 「アゾート、ダメよ、温泉に水着で入るなんて」 「え、いや、だって、恥ずかしいじゃないか」 ルカルカに指摘され、アゾートは体を隠そうとする。 「そうだ。失礼だぞ」 川の向こうを眺めながら小さなお猪口を手に半身浴している、朝霧 垂(あさぎり・しづり)が言う。彼女の近くには小瓶の入った桶がぷかぷかと浮かんでいた。 ちなみに彼女は……タオルも巻いていない。豊満な彼女の凹凸が惜しげもなく披露されている。 以前の戦いで彼女の左腕は失われているが……それをも感じさせぬ凛とした佇まいは、同じ女でもつい見とれてしまうほどだ。 「温泉のマナーは裸だ。混浴だろうがなんだろうが、水着なんて問題外だ」 そして、周りに指示する。 「脱がせてやれ」 「ちょ、待ってくれたまえ!」 アゾートが慌てるが、ルカルカ、そしてクレアと、エイボン著 『エイボンの書』(えいぼんちょ・えいぼんのしょ)、ヴァルキリーの集落 アリアクルスイド(う゛ぁるきりーのしゅうらく・ありあくるすいど)、さらにはアゾートと一緒にいたエイカ・ハーヴェル(えいか・はーゔぇる)がジリジリと詰め寄る。 「さあアゾート様、ご観念ですわ」 「みんなで脱いだら平気だよー」 「アゾートちゃん……さ、おいで」 女湯から悲鳴と、楽しそうな声が聞こえる。 「なにをやってるんだ」 垂と同じように、日本酒を飲みながら入浴している涼介・フォレスト(りょうすけ・ふぉれすと)がパートナーたちの声に反応する。 「賑やかだな」 隣には同じく酒を飲んで体を伸ばしているハイコド・ジーバルス(はいこど・じーばるす)。 「女湯は人数が多いから」 そして、酒杜 陽一(さかもり・よういち)もいる。彼の周りには五人の従者と、ペットのケルベロス、そしてペンギンがいる。 特に従者の二人は力士なので、容積は結構なものなのだが、女湯の人数と比べると男湯はのどかなものだった。 「陽一さん、ここ、ペット入っていいんですか……?」 涼介がじゃれて遊んでいるケルベロスたちを見て言う。 「内緒にしておいてよ」 あはは、と笑いながら言う。 「お、みなさんお揃いで」 内湯に入っていた学人とシン、ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)が露天へと来た。 「明日は札幌案内してくれるって?」 陽一が学人とシンに話しかける。 「ええ」 学人が簡潔に答え、 「って言っても、企画したのはローズだからな……ちょっぴり不安だったりするんだ」 シンが続けて解説した。 「はは、確かに」 涼介が笑う。 「って言っても地元の人間だろ? なら、いろいろ知ってんじゃねーか」 湯船に浸かりながらダリルは言う。 「そりゃそうだ。せっかくの北海道なんだし、いろいろ食べたいものもあるなあ」 陽一は言う。 「ラーメンに、蟹に、ジンギスカン? えーっと、他に名物は?」 涼介が指を折りながら言った。 「ロゼに言っておきますよ」 「聞いてくれればいいけどな」 学人が言い、シンがそう言って笑う。 「おー、なかなかいい景色じゃねーか」 そうやって話していると、アンタル・アタテュルク(あんたる・あたてゅるく)と鬼龍 貴仁(きりゅう・たかひと)もやってきた。 「だいぶこっちも賑やかになってきたね。どうだい、一杯」 涼介が酒を勧める。一人だけギリギリ成年に達していない学人は断ったが、他のメンバーはお猪口を受け取った。 紅葉を見ながらの、乾杯の声が響く。 酒はいつも以上に美味く感じた。 内湯に入っていた清泉 北都(いずみ・ほくと)とクナイ・アヤシ(くない・あやし)は、二人でゆったりと過ごしていた。 女湯と違い、客は少なめだ。しかも、今はほとんどが露天に行っている。 「温泉宿には縁があるのですが、何故か手伝いの方に回ることが多くて、なかなか客としてのんびり出来ませんでしたからね……」 大きく息を吐いて、クナイは言う。 「そうだねぇ……ゆったりできていいよ」 北都は体をぐうっと伸ばして言う。手を上にあげたことで、彼の体のラインがクナイの目に入る。クナイは少し慌てて目線をそらし、軽く咳払いをした。 「どうしたの?」 「いえ」 聞かれてもそう誤魔化しておく。北都が覗き込むようにしてくるので、クナイは体を回転させて避けた。 そうやって、二人でぐるぐると回転する。 そのうちに北都が笑い出し、クナイも釣られて、笑う。 「……北都と一緒に温泉なんて、とっても嬉しいです」 「僕もだよ」 二人は肩の触れ合う位置まで近づいて、湯船に背を預ける。 お湯の暖かさと、そして、触れ合う肌の暖かさ。 寒い場所にいるのにそんなことは忘れるくらい、彼らは温もりを感じていた。 「外にも行こっか。せっかくだからね」 「ええ。そうしましょう」 北都がそう提案し、クナイも頷く。二人は同時に立ち上がって、外へと続く扉を開いた。 貸し切りの家族風呂では、ひと組の家族が仲良く温泉に入っていた。 リアトリス・ブルーウォーター(りあとりす・ぶるーうぉーたー)と、レティシア・ブルーウォーター(れてぃしあ・ぶるーうぉーたー)の夫婦、そしてその息子である、ユウキ・ブルーウォーター(ゆうき・ぶるーうぉーたー)だ。 「パパ、ママ。はい、これ」 ユウキは二人に日本酒をお猪口に入れて渡す。ユウキはまだ未成年でお酒が飲めないので、ジュースが入っていた。 「ありがとう、ユウキ」 リアトリスはお礼に、とユウキのおでこに口づけをする。ユウキは赤面しつつも嬉しそうにしていた。 「それじゃあ、家族の休息に」 「乾杯ですねぇ」 リアトリスとレティシアがお猪口を合わせ、その後、ユウキのお猪口に合わせる。 「ユウキ、それじゃあ少ないね」 「へへ、そうだったね」 お猪口に入れたから中身がすぐになくなる。ユウキは取ってくるよ、と言って走っていった。 「転ばないように気をつけてねぇ」 レティシアは言い、日本酒を飲み干す。飲み終えると、ゆっくりと一口ずつ味わっているリアトリスを見つめ、目が合うと彼の肩に頭を預けた。 「……こういうふうに休めるのも、いいですねぇ」 「そうだね」 リアトリスの【超感覚】によって出てくる、耳と尻尾が出てきてパタパタと揺れた。 「もう、旦那様ってば」 レティシアがそれに気づいて、耳をゆっくりを撫でる。リアトリスはレティシアに抱きつき、ばったばったと尻尾を豪快に振った。その勢いで、腰に巻いていたタオルが落ちる。 「あ、ごめん……」 リアトリスが慌ててタオルを拾う。リティシアも少しだけ目線を外して、くすくすと上品に笑った。 タオルを直してから、リアトリスは再びリティシアに身を預ける。リティシアは包み込むように、彼の体を抱きしめた。 「お待たせー。あ……」 ちょうどそうやって、夫婦でじゃれついているときにユウキが帰ってきた。少しだけ恥ずかしそうに、二人は離れる。 「じ、じゃあ、改めて。乾杯」 「か、乾杯……」 少しだけ赤い顔のユウキと改めて乾杯する。最後に残った日本酒を飲み干すと、ユウキが次を注いでくれた。レティシアも注いでもらい、少しだけ口に含む。 そうやって、三人で並び、ゆっくりと温泉を満喫していた。 「旦那様」 「なんだい、レティ」 ユウキは一人で髪を洗っている。そのあいだ、二人は並んで温泉に浸かっていた。 「こうやってゆっくりしていると、幸せだと感じてしまいますねぇ」 「そうだね……この上ない、幸せだ」 湯船の中でぎゅ、っと手を握る。 「最近は色々と忙しかったですから、たまにはこうやって、家族水入らずで、のんびりと……ゆっくりと……」 「うん……」 肩に頭を乗せてくるリティシアに、自分も同じように体重を預ける。握った手は強く繋がり、指の一つ一つが、絡まる。 二人は繋がっていた。心の中も、そして、体も。 「わうっ……」 ユウキはそんな様子を時々見ながら髪を洗っていたため、目にシャンプーが入ったのか変な声を上げた。 「あらあら……」 リティシアはそれに気づき、湯船から出てユウキのもとへ。リアトリスも続いて、立ち上がった。 「ごめーん」 「大丈夫? 痛くないですかぁ?」 ユウキの謝罪は「邪魔してごめん」という意味合いも含んでいたのだが、それにも気づかずにリティシアは彼の顔にシャワーを浴びせる。顔についたシャンプーを流すと、プルプルとユウキは顔を振るった。 「ほらユウキ、洗ってあげるよ」 リアトリスはそう言って、彼の髪に手を。 「そうですねぇ。みんなで洗いましょう」 レティシアも髪に手をやって、二人でごしごしと、彼の頭を流す。 「わう……パパぁ、ママぁ、くすぐったいよぉ」 笑いながら、ユウキは言う。 そうやって、嬉しそうな、幸せそうな笑い声が貸し切り風呂に響いていた。 「……待たせたな」 ドキドキしながらジェイコブ・バウアー(じぇいこぶ・ばうあー)は混浴へと入っていった。 フィリシア・バウアー(ふぃりしあ・ばうあー)はすでに湯船に浸かっていて、ジェイコブの言葉にゆっくりと振り返った。 長い髪を後ろで束ねた、普段は見ない髪型。タオルは近くに置いてあるので、今現在、彼女は全裸である。 「………………」 心臓がさっきからバクバクとうるさいが、なんとか沈めて彼女の近くへ。手と足を揃えて歩き彼女から少し離れた場所から湯船に浸かり、体をするようにしてゆっくりと近づいていった。 「緊張しすぎですわ」 「いや、しかしだな、」 ふふ、とフィリシアは笑い、彼のすぐ隣へと移動する。ジェイコブは緊張でぴんと背筋を伸ばした。 「もう。わたくしたちは夫婦ですのよ」 「誰かが、見てるかもしれないし……」 「誰もいませんわよ」 「………………」 混浴は人がまばら……というか、誰もいなかった。まるで、貸し切りの家族風呂のよう。その事実を改めて確認すると、ジェイコブは更に体を固くする。ぎぎぎ、と首を動かすと、すぐ近くにフィリシアの顔。ジェイコブは慌ててそらす。 「もう……あなたってば」 フィリシアはゆっくりと彼の大きな背に手を滑らせ、ゆっくりと両手の平を置いた。そして、背に頬を当てる。 とく、とく、とくと言う早い鼓動。 フィリシアが体をぴったりと寄せる。言うまでもなく全裸なので、彼女の二つの膨らみが、ジェイコブの背に当たる。心音がまた早くなった。 「(いくら混浴だからってこうも大胆にくっついてきていいのか……!?)」 ジェイコブは緊張で言葉も言わずに固まっている。くすっ、と小さな笑い声が聞こえ、フィリシアはジェイコブの手を取った。 手なら大丈夫なのか、ジェイコブは彼女の手を握り返す。彼の鼓動が、手を通じて伝わってきているように感じた。フィリシアの心音も、少しだけ早くなる。 「少しだけ、このままでいいですか?」 「……ああ」 ほんの少しの間を置いて、ジェイコブが答える。手を握る力が、少しだけ強くなった。 結婚してからもうすぐ半年も経つのに……自分たちは不器用だな、と、思う。 その不器用加減がもどかしくはあるのだが……それ以上に、愛おしい。 彼女は幸せそうに笑い、彼の手を強く、握り返した。 「へへ、……お待たせ」 一方、こちらは遠野 歌菜(とおの・かな)、月崎 羽純(つきざき・はすみ)の部屋。 当たりクジを引いたおかげで、彼らの部屋には客室露天風呂がついている。大きさはそれほどでもないが、二人なら十分すぎる大きさだ。 「……ああ」 先に湯船に浸かっていた羽純は小さくそう言って目線をそらす。歌菜は「入るね」と小声で言い、お湯で体を流してから羽純と並ぶようにお湯に入った。 (……二人でお風呂って初めてじゃないけど、異様に恥ずかしいのはなんででしょうかッ) 歌菜が身を乗り出すように遠くの景色を眺めながら心の中で叫ぶ。 顔の温度が異常に高く感じられるのは、おそらく、温泉のせいだけではない。 「……結構、いい眺めだな」 「そそそそうだね!」 そんなふうに頭の中で沸騰しそうなことを考えていたため、羽純がふと呟いた言葉に歌菜はオーバーに返した。 「運が良かった。ここなら気兼ねなくのんびりできるし、景色も最高だ」 「そうだね……」 先程はあまりにもオーバーだったと自覚してか、今度は小さく返す。 息を吐いて外を見ると、確かにこの場所からは外の景色が綺麗に映る。皆のいる露天風呂とは違い見下ろす形になる紅葉は遠くまで見渡せ、本当に鮮やかな色が奥まで広がっていることがわかる。 「歌菜、どうした? さっきから、ずっと外ばかり見て」 「!」 今度は「そうだね」で返せない質問だ。振り返ろうかと思ったが、振り返ったところに羽純が一糸まとわぬ姿でいることを考えると、振り返ることができない。 「……もう一緒になって結構経つと思うんだが……やっぱり、まだ照れるのか?」 「そうだよぉ」 歌菜は絞り出すように言葉を繰り出す。 「羽純くんを見るとドキドキするんだもんっ! 今の羽純くんを見たら……のぼせちゃいそうだよ……」 言うと、ほんの少しの間を置いて羽純は笑う。 「全く……仕方ない奴」 羽純が動いた。歌菜と並ぶように身を乗り出し、遠くの景色を眺める。わずかに歌菜が視線を動かすと、彼の横顔が、すぐ近くにあった。 「けど、そういう態度が余計に……」 「余計に、なに?」 ほんの少しだけ、覗き込むようにして歌菜は言う。 「いや、なんでもない」 羽純はそう言ってごまかした。ほんの少しだけ、歌菜のほうを見てから視線をそらし、 「……まあ、俺も……歌菜を見ると、ドキドキする。今だって」 ふう、と大きく息を吐いて羽純は言った。 「歌菜はとっても……綺麗、だから」 歌菜の体温がまた上昇した。そして、彼女は、羽純の耳も、自分と同じように赤くなっていることに気づく。 「羽純くん」 それを見たら、なんとなく落ち着いた。私たちは、同じだ。 思いも、見ているものも、ドキドキも一緒だ。 「大好き」 「……いきなり」 羽純は少しだけこちらを向いた。予想通り。顔も赤かった。 「……俺も、好きだ。歌菜のこと」 視線が、合う。 「世界中の、誰よりも」 自然と二人は目を閉じ、そして、どちらからともなく近づく。 やがて、二人のシルエットは、一つに重なった。