校長室
建国の絆第2部 第3回/全4回
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女王アムリアナ 2 アトラスの傷跡では、ようやくテティスが泣き止もうとしていた。 ぐにゃりと空間がゆがむ。 「到着ですぅぅぅ」 イルミンスール魔法学校校長エリザベート・ワルプルギス(えりざべーと・わるぷるぎす)が、アーデルハイト・ワルプルギス(あーでるはいと・わるぷるぎす)とどういう訳かシャンバラ教導団金鋭峰(じん・るいふぉん)団長をつれて、テレポートしてきたのだ。 「逃げ足の早いおでこにはぁ逃げられたけどぉ、団長は捕まえて、おとどけですぅ」 アーデルハイトが大あわてでアムリアナ女王に走りより、臣下の礼を取る。 「女王陛下、復活おめでとうございます」 女王は少し戸惑った。いきなりひれ伏されたので、誰だか分からなかったのだ。 そっと魔女の肩を押し、顔をあげたアーデルハイトを確かめる。 「御久しぶりですね、アーデルハイト。でも私の国家神としての力は、まだ蘇ってはいません。 すぐに神子の皆を集めて、力を取り戻し……あの闇龍を止めなければ」 アムリアナ女王は厳しい表情で、空に広がる闇龍を見た。 闇龍は日増しに勢いを増し、本格的に動き始める時も近づいていた。 アーデルハイトが言いにくそうに言う。 「しかし……陛下が以前のお力を取り戻されても、闇龍を封じれば、また五千年前と同じように……」 彼女は、五千年前と同様に、女王が闇龍を封じて死亡するのではないかと危惧しているのだ。 しかしアムリアナ女王は穏やかに首を振った。 「いいえ、五千年前と同じ過ちはおかしません」 女王は、背後で見守っていた金団長を見た。 「ドラゴンキラー作戦は今すぐ停止してください。かの作戦は、逆に闇龍の破壊の力をシャンバラに導く結果にしかなりません」 団長の表情に緊張が走る。彼は深く身を折った。 「かしこまりました。至急、作戦停止の命を出しましょう。 ……しかし此度の作戦は、私が命じた事。忠実に命令を実行した部下には、なんの落ち度もございません。作戦に対する処罰は、団を預かるこの私にお与えください」 女王は団長を見据える。そして、息を吐いた。 「……貴方の覚悟は分かりました。 シャンバラの軍隊は、シャンバラの国を護り、その民を護るものでなくてはなりません。けして他国の為のものではありません。 もちろん諸外国から受けた恩義には、篤く応えましょう。 ですが、シャンバラは地球の方々に建国を御手伝いいただいているだけで、支配されているわけではないのです」 金団長はアムリアナ女王に改めて敬礼した。 「はい。シャンバラ教導団は、シャンバラの剣であり盾として女王陛下に忠誠を誓います」 女王は告げる。 「ドラゴンキラー作戦への対応は、まだ私も影響を把握していません。各首長家、各学校からの報告を受けて、対処を決めるべきでしょう。 今は一刻も早く、闇龍を止めなければ……」 アーデルハイトが心配そうに、女王に尋ねる。 「しかし闇龍を止める為に、女王陛下に危険が及ぶのは……」 アムリアナ女王はほほ笑んだ。 「大丈夫。五千年前の何も知らなかった私たちではありません。 スフィアは闇龍に働きかける力があると言います。スフィアの持ち主に協力を呼びかけ、闇龍の動きを抑制する必要があるでしょう。 それに闇龍のパートナーとなったネフェルティティを呪いから解放して正気づけることができれば……」 五千年前を知る者たちが、弾かれたように女王を見る。 女王が口にした名ネフェルティティは、女王の妹であるダークヴァルキリーの名だ。女王に反旗を翻した賊徒として、その名を奪われ、忌まわしい「ダークヴァルキリー」の呼称だけで呼ばれるようになったのだ。 それらは魔法的に行なわれ、今の今まで誰もダークヴァルキリーの本当の名前を思い出す事ができなかったのだ。いわばシャンバラがダークヴァルキリーに与えた呪いである。 女王は憂いの表情で話す。 「五千年前、私は妹の謀反に悲しむばかりで、彼女を信じる事ができませんでした……」 そこに思わずアーデルハイトが口を挟む。 「それは、あのバカタレどもが……いやいや、女王陛下のご威光を利用せんとする愚か者どもが、妹姫討伐に先走ったからじゃろうて。奴らは、それまで女王の妹として王位継承権第一位であったネフェルティティ姫を追い落とす機会ができて、喜び勇んでおったからの……」 アーデルハイトは苦々しい表情だ。これを女王に直接話してしまったのは、まずかったかもしれない。だが五千年前は、遠慮しすぎて何も言えなくなっていたのだ。 アムリアナ女王はそっと口を開いた。 「ネフェルティティをおかしくしたのは、古代エリュシオン帝国です。 大地との共生を呼びかける彼女に、機晶技術やマジックテクノロジーの発展に邁進するシャンバラの人々は耳を貸しませんでした。 そこで彼女は、シャンバラとは異なる呪術や魔法を発展させていたエリュシオン帝国に、シャンバラの開発を止める手助けを頼みに行き……呪いを受けたそうです。 帝国はシャンバラに乱を起こし、追い落とす事が目的だったようです。 ネフェルティティを洗脳したのは、シャンバラ人同士を互いに憎しみあわせ、殺し合わせる事でした。 シャンバラに迫る危機を正しく理解していたのは、ネフェルティティとその臣下の賢者や神官だけ……。 しかし呪いにより、それを伝える事ができず、また呪いがネフェルティティに与えた狂気は臣下にまで影響を与えました。彼らは実力行使でシャンバラの開発を止めに入り、私たちシャンバラはそれを謀反と受け止め、彼らの名を奪い、ダークヴァルキリーと鏖殺寺院という忌名を与えたのです。 この五千年前から続く悲劇は、もう止めなければなりません」 しかし女王の決意の言葉を、調子っぱずれの奇声が妨害した。 「キタキた来たたたタタた来タタタキタきタ来タた!」 ダークヴァルキリーが奇妙な声をあげながら、上空に現れて空をグルグルと飛び回る。人々がそれに驚いているヒマもなく、空間が揺れた。 まばゆい輝きを帯びた四角形の固まりが、いくつも空に現れる。 ピラミッド大のそれは、輝く巨大なブロックを空中に広げたようだ。 大空に浮かぶ都市のようにも見える。 それが古王国期のシャンバラ王宮だ。 ダークヴァルキリーが笑い転げる。 「タキたきた来! 姉さンノでっカイ墓~。マた死ンジャいナヨ!」 ダークヴァルキリーはゲラゲラ笑いながら、空の彼方、闇龍の方角へと飛んでいってしまう。 アムリアナ女王はぎゅっと拳を握った。 「神子に、あの旧王宮に集まってもらいましょう。 あそこで私の力と魂を解放する儀式ができるはずです」 「ふふ~ん、私の活躍でぇ一件落着ですぅ!」 エリザベートがなぜか自信たっぷりに言う。 「……テレポートしただけじゃろ?」 アーデルハイトのつっこみに、エリザベートはぷぅと頬を膨らませる。 「でもでもでもぉ、ヘンな作戦でシャンバラ中を混乱させた団長よりは、ちゃぁんと働いたですぅ」 「団長に対して、なんたる暴言!」 その場にいた教導団員が思わず色めき立つ。 しかしエリザベートは胸をふんぞり返らせた。 「ふふーん。私だって校長先生ですぅ。 パートナーに関羽しかいない団長よりぃ、大ババ様もミーミルも世界樹イルミンスールもいるエリザベートの方がぁすごいんですぅ」 「その通り。こちらこそ部下が失礼した」 団長が兵士たちを抑えて言う。それでもエリザベートをにらむ兵士に、彼女はあかんべぇをする。 「なんですぅ? やるですかぁ? 頭コチカチな軍人に、魔法使いが負けるわけないですぅ~。かかってきやがれですぅ?!」 エリザベートはいつになく挑発的だ。 きっと世界樹イルミンスールから、ドラゴンキラー作戦が始まってから大地の様子が変だと泣きつかれた(?)のだろう。 兵士たちがキレる前に、団長は彼女に優しく言った。 「その勝負、受けて立とう。だが、ここは学生らしくスポーツで勝負すべきだろう。 この戦いが終わったら、学校対抗で水球大会でも開いてはどうだろうか?」 金団長の言葉に、エリザベート校長はよろりと一歩下がった。 「だ、団長がぁ死亡フラグを立てたですぅぅ! この戦いが終わったら何かしよう、なんて言ったらぁ、絶対死ぬですぅ」 アーデルハイトがぼそりと、つぶやく。 「しかしまた水球とは、なんとマニアックな」 「大ババ様、すいきゅーって、なんですぅ?」 「……金団長のようなジミメンに似合うマイナー球技じゃ、とぴちぴちぎゃるの私が答えよう」 「ぴちぴちぎゃるなんて、ものすごぅい私語ですぅぅぅ?! どーせならぁ、パラ実とドージェの野球大会にまざった方が、よ~っぽど面白そうですぅ!」 金鋭峰と水球に対し、しこたま無礼な発言をしながら言い合う二人。 水球が、実は非常にハードな競技だとは知らないようだ。 金団長が空を指して言う。 「球技大会については後日、詳細を詰めるとして……まずは、大会を開く為に、あの暗雲を退けるべきだな」 空は、嵐の訪れのように、真っ黒い雲に覆われつつあった。シャンバラがついに闇龍に飲み込まれ始めたのだ。 闇龍がもたらす、ありとあらゆる天変地異は、シャンバラが滅びるまで、否、パラミタと地球が滅亡するまで続くだろう。