校長室
建国の絆第2部 第3回/全4回
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闇龍の核へ 闇龍のうねりは地面を叩き、その衝撃は大地をえぐった。 しかし、それをもものともせず、ドージェ・カイラスはただただ歩く。 ドージェが風を切り開き、真空地帯に風をぶち込むことで、周囲のパラ実生は何とか彼に付いていた。 ドージェの前に道はなく、ドージェの後に道ができる。 しかし既に足元まで黒い霧状のものに覆われ、闇は濃く深く、前方を見通すこともできなくなる。 やがて視界が全て闇に覆われようとしたとき、ドージェの腕にぶら下がっていた何者かが火炎放射器の炎を掲げた。それは闇を切り開き、ドージェの歩みと共に赤い帯となって背後に従うパラ実生達に彼らの位置を教えていた。 闇龍予報によれば、動いてはいるものの、核はすぐそこのはずだった。 ドージェのすぐ背後では、【パラ実新生徒会長】姫宮 和希(ひめみや・かずき)が並み居るパラ実生に演説をぶっていた。 「いいかお前ら! ここから先は俺達が勝つか、負けるかだ。負けたら世界が滅びちまう!」 いつもは騒がしいパラ実生も、この時ばかりは静かだ。ただでさえ周囲を荒れ狂う風が和希の言葉を吹き散らしてしまいそうだったから、余計な私語で騒いでいる余裕などない。 「この際どこの学校だのなんだの関係ねぇ! 共闘してくれる奴はどこだろうが味方だ! 無駄なケンカや争いなんかしてる暇ねぇぞ、お前らの有り余ってる闘志は全て闇龍にぶつけろ!! パラ実生だってシャンバラの為に働けるんだってとこを見せてやろうぜ!!」 オオオオオオ!! パラ実生の呼応が風と共に渦巻いた。 和希は満足げに頷くと、従うパラ実生の先頭に立って歩く。 その横で、金のたてがみを持つ巨漢のドラゴニュート・ガイウス・バーンハート(がいうす・ばーんはーと)が風よけを兼ねながら歩いていた。 「この非常時、所属を超えた協力関係が結べれば、『建国の絆』とやらが結べるのかも知れぬ。この意志が女王や神子達に届くといいのだが……」 「できるさ、きっと」 トレードマークのバンカラ帽子をとばされないようにぎゅっと押さえ、ドージェの行く方に目を向けた。だが思いは遥か彼方、その先の未来へ。 「俺は、大切な人の居場所を滅ぼされるなんてまっぴらだ。みんなの心の中にもそういう奴が、一人や二人はいるさ。大切な人を守るためなら、プライドなんて関係ねぇだろ?」 「うむ、俺は起こった不和が長引かぬよう仲裁役を務めよう。音頭を取るのは任せた」 「おう!」 和希の指揮もあって、従うパラ実生は互いにドージェの背からできるだけ離れないように、風の影響を受けないようにと、彼らにしてはお行儀良く隊列組んで行進している。 だが、奥へ行けば行くほど、周囲から突如吹き出す風や、ドージェの影響を失って暴れ狂う風、それに怨霊や魔物は増えていった。 隊列の最後尾で悲鳴が響く。 「助けてくれぇ!」 「ひいいっ!」 凝り固まった瘴気が、パラ実生の足首を包んだかと思うとつるんとその腰までを一気に呑み込んだ。 他のパラ実生と共にナラカの怨霊を払っていた九条 風天(くじょう・ふうてん)が、束ねた髪を風になびかせ、振り返る。 「待ってて下さいね、今助けますから!」 駆けつけた彼が振るった方天戟の三日月の刃が、粘り着く瘴気をその中央で切断する。切断されてもなお手を伸ばそうとする半分を、彼の横から放たれた一筋の雷が蒸発させた。 「これはひどいのう」 白絹 セレナ(しらきぬ・せれな)は、倒れ込むパラ実生にまとわりついた瘴気を“光術”で焼き切りながら顔をしかめる。ネクロマンサーとしてこういったものには見慣れているはずだが、犠牲となったパラ実生の下半身は纏うスパイクごとぐずぐずとこぼれ落ちそうだった。 セレナはヒールをかけるも、目眩を覚える。もう何度も同じことを繰り返している。手当てに限りがあるだろうと思えた。 「数が多ければ良いというものでもあるまいに」 「そうですね……」 既に多くのパラ実生が脱落している。風天が見回せば、ひっきりなしに魔物やら怨霊が彼らを襲っているのが見えた。パラ実生は大群だ、ちょっとやそっとのことで目に見える数が減ったりはしないが、確実に一人一人の命は奪われている。犠牲者をなるべく出さずに最後尾に陣取った彼らにはそれがよく分かっていた。 「白姉、携帯の闇龍予報ではもうすぐ北の瘴気が薄くなります。上手くいけば闇龍の“体外”に出れる筈です。ここで重傷者をまとめ、外に出ましょう」 パラ実生を数人、駿馬の背に積み上げながら風天がセレナに告げる。 「このままでは怪我人は吸収され、闇龍の力になるだけです」 「戻って来れぬぞ」 「……仕方ありません」 彼にも無念の気持ちはある。ここで脱落したらもう犠牲者を救えない。だが、彼既に相当の死者、数百人規模の怪我人が出ていた。 「すまねぇな、お前ら……」 馬の背でモヒカンが弱々しく謝る。左腕を破いた学ランで吊った近くのパラ実生が周囲に呼びかける。 「おい、歩ける奴は自力で歩け! バイク持ってる奴は怪我人を詰め込んで行けよ!」 「うむ、撤退も勇気であろう。ここで救える命を無駄にすることはあるまい」 セレナは頷くと、周囲に叫んだ。 「行くぞ、チャンスは一度だけだ! 使える者は共に魔法を使え!」 両手の転経杖をぐるぐると回す。先端に刻まれたルーンが呼応して光を発した。それはセレナやモヒカン達の中の魔力を高めていく。 高揚する気持ちをぎりぎりまで押さえ込んで、携帯を眺める風天の合図を待つ。 しかしそうことは上手く運ばなかった。彼らのうち、魔法を使える者が準備を進める間にも、容赦なく怨霊や魔物が彼らの首を刈り取っていく。かつて古代王国に生きていたナラカの住人は、闇龍と共に再び地表に現れたものの、地上を楽しむよりも生者を共に死者の国に連れ帰ることに熱心だった。 怨嗟の声が怨霊の口から放たれると、耳にした者の肌は泡立ちえ、えも言われぬ苦痛にもだえた。 かぎ爪を下がってかわしたあるパラ実生は、背後を吹き抜けていた強風に身体を持ち上げられ地面に叩き付けられる。それだけならまだ幸いな方で、風が交差して渦巻く最中に上半身と下半身を別の方向にねじ曲げられ、腰で切断される者もいた。 魔法使いが各々の詠唱や儀式に集中すればそれだけ戦力も落ちる。新たな犠牲者が増えようとしていたとき── 「仕方ねぇ! ドージェじゃねぇのが残念だが、俺がやってやる! おまえらもいくぜ!」 パラミタ猪二頭の頭をぽんぽんと叩き、夢野 久(ゆめの・ひさし)が一行から飛び出た。 「雑魚敵は俺に任せろ!!」 新調した槍・幻槍モノケロスは、都合の良いことに聖なる力を秘めている。ユニコーンの角らしき先端は、面白いように怨霊を突き破っていった。それが憎いのだろうか、、ますます怨霊が彼の手足を引きちぎろうと集まってくる。 「おい、平気か?」 魔法使い達を護衛していたパラ実生の一人が、彼に心配げに声をかけるが、久は目つきが悪いなりに頼もしそうに見えるように、にっと笑って見せた。 「『此処は任せて先に行け』って奴だ。自慢じゃねえが俺の実力は今んとこ半端だ。こうすんのが一番有効だろ。他の奴も付き合うか?」 「ここの奴らが逃げ出したら、奴ら、お前に殺到するんだぜ!?」 「……勿論、負ける気はねえさ。闇龍を倒した後合流しようぜ。そん時ぁ何か奢ってくれや」 話しかけてきたパラ実生も、既に全身血まみれだ。久は彼を魔法使い達の方へ押し出した。 「お、おい!」 「じゃあ、また、な」 かっこよく別れを告げた久の背に突き立てられようとするかぎ爪を太刀ではじき、パートナーの佐野 豊実(さの・とよみ)が彼に背を合わせる。 「死亡フラグをすぐ発動させるのはどうかと思うね」 「付き合ってくれるんだな?」 「は、はは、ははははは!」 豊実は笑い声を上げた。 「面白いじゃないか! 良いさ付き合って上げるよ! スキルは大判振舞いだ! その代わり帰ったら家事当番一週間代わりたまえよ!」 「ああいいぜ! そん代わり食事は毎晩飲茶だけどなぁ!」 二人は敵を引きつけている。携帯と彼らを交互に見ながら、風天はタイミングを計った。 そして闇が若干薄くなり、頬をなぐる風が弱まったとき。 「──今です!」 杖の先端から、手から、魔法が放たれ、磨かれて光るモヒカンが投げられ、光る種モミがばらまかれた。 「開いた!」 光は闇龍の暴風と闇を切り開き、闇龍の身体に風穴が開いた。外が、薄暗いものの光がうっすら射す大地が見える。 「急いでください、すぐに閉じますよ!」 風天の呼びかけに怪我人のパラ実生達は呼応して、一斉に闇龍の体外へと飛び出した。