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リアクション
●神官軍の侵攻(06):暗流と光明
犠牲精神で民を救う緑化義勇軍、本当に犠牲になりかねないところだったがギリギリのところで上手くかわしている。囮部隊としてはこれ以上の存在はないだろう。西城 陽(さいじょう・よう)は彼らを遠目に眺め、つい言葉を洩らしていた。
「なんつーか、種籾とか苗床とかそんな事言ってる彼ら、大丈夫なのか?」
「あれはね、作戦なんだよ。さ・く・せ・ん♪ だから心配しなくていいよ」横島 沙羅(よこしま・さら)は笑顔で答えると、「さ、うちらも作戦作戦!」と、操縦席から背後を振り返って満面の笑顔を向けた。……操縦席? そう、現在二人は、小型飛空艇に乗っているのだ。
ここで陽は我に返った。「そうだ! なんだ! なんで俺はカナンにいるんだ!?」
「神官軍に追われるカナンの民を救うために来たんだよ」けろりとした表情で沙羅が言った。
「いや、目的の話じゃなくて、『どうやって』来たって意味で……」言いながら彼は、さっきからじんじんと後頭部が痛むのを知覚していた。しかも体は登山用ザイルでグルグル巻きに縛られ、動かすことができなかった。
「なぜだろうね? さあ、目指すは巨人アエーシュマ〜」操縦桿をぐっと前方に押し、沙羅は機体を赤茶けた巨人に近づけた。「あは、近くで見ると本当にすごいね。あいつを斬ったらどうなるか、考えただけでゾクゾクするよ!」
アクロバティックな飛行を遂げて、沙羅は巨人の側頭部を観察した。長い毛が覆っているためか、耳の位置がわからない。これでは、耳にラジオを投げ込むという作戦の成就は難しいだろう。しかも巨人は迅速な反応を見せ、直後、野太い棍棒の一撃がが飛空艇スレスレを掠めたのだった。
「でも、案外速くて面倒だよね。それじゃ、まずはおとなしくさせよう。私、あいつと遊ぶ方法考えてみるよ。西城君は踏まれないでね、バイバイ」言うなり沙羅は、ていん、と陽を巨人の足元に蹴り落とした。
「お、おいっ、あれを相手するの? 俺たちって、おま……」哀れ、陽の体はくるくると回転しながら落ちていった。下の土は軟らかくはないものの、バールのようなもので殴られても無事な頭だ。大丈夫だろうと沙羅はみていた。「せめて縄をほどいてからにしろぉぉぉ!」彼の悲痛な叫びがうっすらと沙羅の耳に触れた。
藤堂 裄人(とうどう・ゆきと)の悩みは多かった。彼はまず、他国の争いに介入することに疑念を抱いていた。パートナーゼドリ・ヴィランダル(ぜどり・ゔぃらんだる)との意思の疎通もまだ難しく、一人の戦士としても、イコンを使ってですら満足に戦えないことに忸怩たる思いを抱いていた。しかしそんな感情は、この状況を前にすることで忘れたつもりだ。悩んでいる場合ではなかった。
(「救いを求めている人が居て、自分たち契約者にできることがあるなら……」)
裄人は思った。それで動かなければ、一体何のための力なのだと。
「神官軍……? それが民を撃つのか?」
戦場の現実は裄人を打ちのめしていた。あまりに残虐粗暴な事態が平然と繰り広げられていた。カナン兵や民の死体を踏まぬようにして進みながら、裄人はただ、一人の人間として怒りを禁じ得なかった。そして彼は巨人を目指した。大きなものとの戦いは、精神的に慣れている。
「歩行さえ制御できればなんとかできるはず」巨人の足を狙い、銃のトリガーを引きまくった。同時に、敵の足元の神官兵もできる限り排除した。
「無茶するねえ」裄人を護衛しつつ、ゼドリは茶化すような口調で言った。「この戦いには義があるかもしれないが、全面的に賛成する気はないな。結局、戦争騒ぎに紛れていろいろカナンの地から持ち出そうってことじゃないの?」
裄人は反論しなかった。今は、彼と言い争いをしている暇はない。
一人の神官戦士がこちらの銃にも怯まず突撃を敢行してきた。裄人はこれを撃とうとしたが、弾丸は敵の鎧に当たって跳ね返るにとどまった。直後裄人は、強烈な痛みを二の腕に感じた。戦士の突きだした刃が抉ったのだ。傷は骨身に達した。傷口はきっと、赤黒い色をしていることだろう。
「こいつ!」無我夢中だった。裄人は銃を投げつけ敵に飛びついた。ごとっと音を立ててハルバートが落ちた。裄人は両手で戦士の兜を押さえつけ、相手の体を地に組み敷いた。汗と血で指が滑りそうになるが懸命にこらえる。銃はどこだ。裄人は探した。銃さえあれば台尻でこいつの頭を殴るなり、零距離で発砲するなりしてかたをつけられる。しかし神官戦士は力が強く、いとも簡単に形勢を逆転した。今度は裄人が、頭を土にめり込まされる番だった。裄人の首は戦士の籠手に絞められていた。黒い土が口の中に入り、酸素が肺に届かなくなった。息ができなくなると涙が出てくる。裄人の目に冷たい涙が溢れた。同時に、こんなところで、こんな卑劣な相手に……という悔しさも溢れた。
首を絞めていた手が外れた。喉に、冷たく心地良い空気が飛び込んできた。首に手をやりながら裄人は立った。目の前に、首をあり得ない方向にねじ曲げられた死体が転がっていた。さっきまで戦っていた神官戦士だ。
「礼はいらん。これが俺の役目だ」にこりともせずゼドリは、サイコキネシスを最大力で発動したばかりの腕を下ろした。
裄人は何か言いかけたが、すぐに自分の銃を拾い上げ、再度アエーシュマを狙った。
彼の横顔を見つつ、聞こえぬようにゼドリは呟いた。「……地球人がどこまで本気なのかは……まだ」
桐生 円(きりゅう・まどか)とオリヴィア・レベンクロン(おりう゛ぃあ・れべんくろん)が狙うは神官の排除だ。彼らの治癒技能が、神官戦士とハウンドを支えているのは言うまでもないだろう。戦を長引かせるわけにはいかない。
(「今は大切な人のために、周りからの評価を上げたいそのために努力しよう。全力でね」)円は心中で呟くと、強いて敵の後方に回り込み、レーザーガトリングを掃射するという戦法を選んだ。
「私も頑張りましょうかぁ〜」とオリヴィアは呼吸を合わせた。円が神官を射撃している間に、アボミネーションで神官戦士たちの隊列を崩すことにオリヴィアは尽力した。また、エンドレスナイトメアを用いて敵の士気を打ち砕いた。敵の抵抗は強固だが、こちらだって譲る気はなかった。
民の恐慌は収まりつつあったが、かわりに無力感や疲労が表に出るようになっていた。老人や子どもには厳しすぎる行軍なのだ。絶望したように足を止める者がいた。歩みが遅れる者も後を絶たない。
「……だ、大丈夫です。ワタシが皆さんを護りますから……」レジーヌ・ベルナディス(れじーぬ・べるなでぃす)が呼びかけるも、とうとう一人の男の子が座り込んでしまった。
「もう嫌だ! もう歩けない!」五歳くらいの子どもだ。ふくれっ面で腕組みまでした。
「あ、あの、元気を出して下さい。安全な場所までもうすぐですから……」と言いかけてレジーヌは口を閉ざした。見上げた彼の、両眼は涙でぐしゃぐしゃだった。
「ママもパパも逃げる途中で死んじゃった! 僕もここで死ぬ!」
これを見ていたエリーズ・バスティード(えりーず・ばすてぃーど)は、思わず叫び出したい自分を必死で押さえていた。(「なに言ってるの! ここでお父さんお母さんが死んだ子、あんただけだと思ってるの!」)そう言いたかった。だがそんな言葉を口にすれば、聞きつけて泣き出す孤児が何人も出てくるだろう。それに、レジーヌはいっそう、悲しそうな顔をすることだろう。それだけは見たくなかった。
レジーヌは、教導団の帽子をぐっと引き下げた。「だったら……」レジーヌはそっと、子を抱き上げて告げた。「……だったらあなたが、ママとパパの分も生きなきゃ、いけません……歩けるようになるまでワタシが抱っこしてあげますから……ね? も、もうそんなことは言わないで……」
エリーズがさっと、ティータイム技能でビスケットを生成して子どもの手に握らせた。
男の子は、しゃくりあげながらそれを口に運んだ。もう片方の手は、しばらくの間ずっと、レジーヌの襟口をつかみ続けていた。
民を先導する先頭に、透玻・クリステーゼ(とうは・くりすてーぜ)の姿もあった。
(「一生懸命生きる住民を蹂躙させてたまるものか!」)
口には出さねど彼女はそう誓い、ポート・オブ・ルミナスへの誘導を行う。それにしても、遠い。まだポート・オブ・ルミナスはその姿すら見せない。璃央・スカイフェザー(りおう・すかいふぇざー)も内心焦りを感じないではなかったが、それを表にせず粛々と護衛を行っていた。
端守 秋穂(はなもり・あいお)は、次々と出てくる怪我人の治療に奔走していた。「大丈夫ですか? 今お助けします……!」
移動しながら、さらに、逃走しながらの治療なので非常に困難を強いられた。しかもその間中、神官兵やハウンドが追いすがり攻撃を仕掛けてくるのだ。疲労が蓄積するにつれ、絶望的な気持ちがのしかかってくるものの、秋穂の心はそんなものに負けなかった。自身と避難民を勇気づけるべく歌を唇に宿した。
「大丈夫だよー。避難しきれるまで、ユメミ達はあなた達を守るからー!」ユメミ・ブラッドストーン(ゆめみ・ぶらっどすとーん)も懸命に声を上げ、避難民を励ますのだった。
だが限界は、近い。それほどに敵の攻撃が厚みを増したのだ。大量の兵士が背後に迫っていた。「なんとしても避難民を守ってくれ!」と言い残すや、決死の覚悟で護衛役のシャンバラ勢が何人かその場に残った。バリケードとなる気だ。しかし、彼ら一人一人が十人以上の敵兵に相当するとはいえ、いずれその壁も倒壊するだろう。
アエーシュマの雄叫びが近くなっていた。想像以上に巨人は強力すぎた。シャンバラ勢の抵抗も虚しく、棍棒を振り上げて巨人は進軍を開始したのだ。神官軍が勢いを増した理由はここにあった。
しかし予告もなく、光明がカナンの民に訪れていた。
「ほーらほらこっちこっちっ! カナンの民を救うんです!」
明るい声はサクラコ・カーディ(さくらこ・かーでぃ)のものだった。彼女を先頭に西から、大量の獣人が馳せてくる。いずれも猫の耳を頭に生やし、素朴な武器ないし救命具を手に駆けつけていた。百人はいるだろうか。運搬用の荷車が何台も見えた。
この事態に際して、あらかじめ白砂 司(しらすな・つかさ)はサクラコを伴い、彼女の部族の説得に赴いていた。カナンの民を救う援軍として、志願兵を募ったのだ。交渉はサクラコが行ったというが、決定的となったのは司の態度だった。決して思い上がらず、かといって無用にへりくだることもせず、誠心誠意で頭を下げたのだ。見返りの期待できないボランティア、しかも、命の危険すらあるというのに、これだけの人数が動員できたのは司のおかげだ。
「彼女の部族が薬品や治療用具を大量に提供してくれた。一部の避難民は受け入れてもくれるということだ。怪我の重い者、妊婦や病人など行軍に耐えられそうもない者は優先的に荷車に乗ってくれ」司は声を上げた。その一方で、
「さあ、どんどん助けますよー。邪魔する神官兵には猫ぱーんちですっ」サクラコも積極的に民を救い、敵を退けていた。
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