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リアクション
■ヴァイシャリーへ2
ツァンダ。
西シャンバラ最大の都市は、混乱のただ中にあった。
西シャンバラが、崩壊する――。
それ以上の正しい情報は少ない。
だから、どこか安全な場所へ避難しなければ!
だが、一体どこへ?
「みなさん、落ちついてください!!」
その声は、あちこちから流れてきた。
ラジオから、
テレビから、
パソコンのディスプレイから、
あるいは街角の拡声器から。
「こちらは『六本木通信社』です!」
スッと息を吸う。
六本木 優希(ろっぽんぎ・ゆうき)の緊張した声が流れた。
「ただいまより、避難場所をお知らせ致します。
ツァンダの皆様は、速やかに私の声に従って下さい!!」
放送がいったん途切れたのは、アレクセイ・ヴァングライド(あれくせい・う゛ぁんぐらいど)が事務員から最新の報告書を読み上げたから。
放送室の空いた席に腰かけ、アレクセイは、
「という訳で。
ツァンダの避難場所は、計百か所」
リストアップした紙束を渡す。
「いま各校の校長達が呼び掛けて、学生達が集めているところだ。
最終目的地はヴァイシャリーだが……」
「まず、この避難場所を知らせる方が先決! という訳ですね?」
優希が身震いしたのは、別の理由から。
「怖いの……」
放送室に貼られたシャンバラの地図を見上げる。
「分断されてしまったら!
私達、どうなってしまうんだろう、て……」
「大丈夫だろ?」
アレクセイは勤めて、平静を装う。
「その為にみんな頑張っているんだ!
パートナーロストなんて、させやしねぇぜ!」
「アレク……」
「さ、ここがすんだら、別の局に行くぞ!
ツァンダと空京中の放送期間が俺達を待っているんだ。
アポ取り、頑張ったからな!」
「うん、私も頑張りますね!」
優希はえへ、と笑うと、今一度マイクに向かった。
「『六本木通信社』です!
ツァンダの方々は、もれなく今から申し上げる最寄りの避難先へ、速やかに移動して下さい……」
優希の真剣な横顔を眺めつつ、アレクセイは静かに席を立った。
「さて、WEBの更新作業か。
入力作業で腱鞘炎になりそうだな……」
■
芦原 郁乃(あはら・いくの)はマイト・オーバーウェルム(まいと・おーばーうぇるむ)は東部に近い町にいた。
そこにも、『六本木通信社』の放送は当然明瞭に流れてくる。
「ツァンダだけでも、そんなに避難場所があるのね?」
こうしてはいられないわ!
郁乃は秋月 桃花(あきづき・とうか)と共に腕まくりをする。
彼女達は避難活動に伴う怪我人達の救済の為、この地を訪れていた。
だが、ツァンダだけに留まるつもりもない。
「『世界のつながりが切れても 絆が消えるわけじゃないし、
生きていれば再びつながるチャンスもあるんだから、
だからみんなを助けなくっちゃ!』、かよ?」
不服そうに告げたのは、マイト。
なぜ、不服なのかというと――それはイルミンスール武術道着を改造した「百合園女学院」の制服を着ているからであった。
本物を使ってないそれは不完全で、男子服に見えなくもない。
「本当は、本物を改造したかったんだけど。
マイトってば持ってないんだもの……」
「んなもん、イルミンの男子が、ふつー持ってるかっ!」
郁乃は、はあ、と深い息をついて。
「しょうがないでしょ? マイト。
エリザベート校長から、避難民を連れて行くなら、ヴァイシャリー! て言われたばかりでしょ?」
マイトの携帯電話を指さす。
エリザベートからの通達メールが来たのは、つい先程のことだ。
「ヴァイシャリーといえば、相手は当然百合園女学院がでてくるもの。
そうなったら、手伝いたくたって!
男子生徒では中にも入らせてもらえないでしょ?」
ううっと、マイトは悔しそうに唸る。
「こうなりゃ、自棄だ。
女装も構わん!
俺は、大事な居場所を護るんだ!」
成功したら、イルミンスール武術の認可の話もあることだしな、とも考える。
彼等が分断されたのは、集団パニックによる民衆の暴動の為だ。
その周辺に、影が見える。
「まいったな! こんな時に……モンスターかよ!」
それは小型のゴブリンだった。
超霊とは関係のない、「ちんぴら」の類だ。
だが力の無い民衆にとっては、十分パニックの引き金となり得る相手である。
「よし! ここは俺の見せ場だな!」
ヒューッ、と口笛を吹くと、どこからともなく道着を着た者達が現れた。
マイトを知る、イナテミスと獣人の村の門下生達である。
「いくぜ、野郎ども!
正義の味方だ!
ここは護るぜぇ、ヒャッハーッ!」
「マイト、護る!」
マナ・オーバーウェルム(まな・おーばーうぇるむ)が、マイトの背後に立つ。
すらりと抜いたカルスノウトを、ゴブリン達につきつける。
「さ、イルミンスール武術の餌食になる最初の奴は、どいつかな?」
格の違う気迫に押されて、ゴブリン達はジリジリと退き始める。
こうして瞬く間に、マイト達はゴブリン達の強襲を退けることに成功するのであった。
もちろん、郁乃にかかった火の粉も当然振り払うことは忘れなかった。
「マイト! かっこいい!
チョット見なおしちゃったかな?」
郁乃の呟きがマイトの耳に入る。
「うっ、さ、サッカーの決着がついてないからだな……」
ポーカーフェイスを気取りつつも、ついデレデレになるマイトなのであった。
(これは、ひょっとして……ひょっとするかも? ヒャッハーッ!?)
パニックは一先ず収束したが、民衆たちの慌ただしい避難行動は続く。
だが右往左往しているのは、やはり状況がいま一つの見込めないからだろう。
目の前の光景は、さながら盛大な歩行者天国のようである。
「あ、あぶない!」
叫んで、郁乃と桃花は駆け寄った。
男の子が倒れたまま動けない。
足を捻挫したようだ。
「うぇーん、いたいよぉ、おねえちゃん!」
「泣かないの、いい子。
これで治るから、ね?」
郁乃は明るい笑顔でヒールを施す。
「あれ? 痛くないよ???」
男の子は立ち上がって、ペコっと頭を下げる。
「ありがとう! おねえちゃん!」
ママ! と大人たちの方へ駆けて行くのだった。
遠くから、深々と一礼する両親の姿が見える。
「けれどこれでは怪我人が続出しても、おかしくないですわね?」
やや離れた位置から、冷静に観察しているのはコルネリア・バンデグリフト(こるねりあ・ばんでぐりふと)。
ツァンダ貴族の子女だ。
「コルネリア様、いかが致しましょう?」
森田 美奈子(もりた・みなこ)が、恭しく跪く。
彼女はコルネリアの契約者にして、それは忠実なメイドなのだ。
コルネリアの為ならば、たとえ火の中水の中――。
「貴族の娘として、無辜の民を導くのは当然ことですわ」
にやりと笑う。
「とりあえず、避難の準備をお手伝いして差し上げなさい、美奈子」
そうして、美奈子は大声で民衆を誘導する役に駆り出されるのであった。
「私は、バンデグリフト家縁のメイドにございます。
我が主、コルネリア様は、あなた方を安全に、避難場所へとご案内致します!」
「なに、バンデグリフト家ですと!」
人々が落ち着いたのは、名高いツァンダ貴族の名を聞いたから。
「バンデグリフトのお嬢様の言う通りにすれば、確かに安心だな」
「ありがとうございます。
先ずは妊婦の方と、可愛い女の子限定……」
「は? 可愛い女の子限定?」
「……ではなくて女性の方をご案内致しますわ、ほほほ」
慌てて、笑ってごまかす。
(美少女たちとのキャッハウフフな日々の為よ。
それにはまず、この試練を乗り越えなくちゃ! ね?)
実はガチユリな本性の出てしまう美奈子なのであった。
人々はバンデグリフト家の誘導に従い、整然と避難して行く。
その光景を目の端でとらえて、郁乃と桃花はホッと胸を押さえるのであった。
「ツァンダでの貴族の御威光は凄いのね!
彼女達に任せて。
私達は次の目的地に向かいましょう!」
「そうですね、郁乃さま」
怪我してる人、
親からはぐれた子ども、
遅れがちなお年寄り……
対象者を指折り数えて確認する。
「蒼空学園のあるツァンダから西シャンバラを隅々まで見てまわろう
私たちの手が必要な人々のいる所へ!」
■
ツァンダ東部・「獣人の村」。
白砂 司(しらすな・つかさ)は、他の学生達と共に人々の避難活動に従事していた。
パートナーのサクラコ・カーディ(さくらこ・かーでぃ)の姿は傍に無い。
「ったく、どこに行ったんだ?」
こんな時に、と思う。
人々の動きは緩慢だ。
それはまだ「西シャンバラが崩壊するかもしれない」という現実が、受け入れきれないためだろう。
「だが、ここにいては危ない。
早く逃げるんだ! みんな!」
「しかし、司。
いきなり分断とか崩壊とか言われても……。
学生達も頑張っているようだし、安全ではないのかね?」
ここを去りたくはない。
すがるような目で見上げる獣人達に、司はなおも辛抱強く説得を続ける。
(しかし、今回といい、闇龍の時といい……シャンバラが危機に陥るたび縁の下で頑張っているような……気のせいか?)
ぶつくさ言いつつも、結局必死で助けまわる人のよい彼なのであった。
一段ついて、司は場所を変える。
「獣人文化歴史資料館」の前で足が止まったのは、サクラコの姿を見かけたからだ。
「何してんだ! サクラコ……」
いいかけて、サクラコの困惑顔に気がつく。
視線の先を追うと、資料館の前で獣人達が座り込みをしているではないか。
「俺達は……ここから動きません! サクラコさん!!」
「やっとの思いで建てたんですよ?」
「どーして、立ち退かなきゃいけないんですか! 護りましょうよ!」
獣人達は、どうやらこの資料館を放棄して避難することに抗議しているらしい。
そう、サクラコが指導し、やっとのことで造り上げた「獣人文化歴史資料館」なのだ。
「ありがとう。でもね、みんな……」
サクラコは胸を詰まらせる。
「資料館を立てた本当の理念は、“人々が受け継いできた物語を、失わない”こと。
それに、人は生きる限り、物語を作ります。
生きている限り、続くのですよ……違います?」
「サクラコさん……」
獣人達が動き始めたのは、彼女の言葉に心を動かされたからだろう。
そう、何よりも、ここに思いを残しているのは……ほかならぬサクラコ自身に違いないのだ。
獣人達のバリケードが去って、サクラコはようやく資料館の中に立ち入ることが出来た。
「さ、これからが本番ですよ!」
救助活動を開始する。
「まだ中にいるのか?」
「たぶん……資料だけでも持っていく! って行ったきり、出てこない人たちが……」
ふーん、とサクラコは司を見上げる。
「手伝ってくれるのですか? 司君」
「な! おおおお俺はだな、まだ行くところが……」
「でも手伝ってくれるんでしょ?
親切ですね、どうして?」
じっと見つめられて、司は観念したように大きく息を吐く。
「災いを持ち込んだのが地球人だというなら……」
そのまま資料館の中に入って行った。
「これ以上の犠牲は出してはならない、
安全なところに導くのは俺の責務だ、と。
そう思うからだ、悪いか?」
ううん、とサクラコは淡い微笑で頭を振る。
「えらい、えらい! 司君」
サクラコに頭をかいぐりされて、真っ赤になる司なのであった。
「これからも私達の“物語”、つくっていこうね?」
「何だ? そりゃ?」
■
……こうした学生達による活動の結果、西シャンバラの各地域では避難活動が滞ることなく進んだ。
一時、最寄りの各指定避難地域に集合した住民達は、ヒラニプラへ集合。
永谷をはじめとする国軍や校長達、各拠点からの情報を基に、大移動をはじめる。
ヴァイシャリーを目指して。
だが、その行程は長く、老人や子供の足では、到底刻限までに間に合わない。
そして経路の途中には、蛮族が跋扈する「シャンバラ大荒野」がある……。
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