空京

校長室

戦乱の絆 第二部 最終回

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戦乱の絆 第二部 最終回
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ヴァイシャリーへ

 葦原島――。
 
 葦原明倫館周辺の城下町では、葦原明倫館の影月 銀(かげつき・しろがね)が逃げ遅れた者達の避難活動に尽力していた。
「誰か、いないのか?」
「銀、子供が!」
 ミシェル・ジェレシード(みしぇる・じぇれしーど)は、粗末な家屋の立ち並ぶ路地裏に駆け込む。
「駄目よ! ここは危ないから……」
 片手を差し出した手が止まった。
 子供が自分を見上げている。
 足下に、怪我を負って老婆の姿があった。
 パニックの中、積み荷の下敷きになったらしい。
「婆さんを想って、動けなかったのか」
「優しい子……」
 ミシェルは胸を詰まらせ、子供を抱きしめる。
「荷物をどかす。
 ミッシェル、ヒールの用意を!」
「分かってるよ! 銀」
 
 老婆は助け出された。
 幾度も礼を言われたが、1人で歩くことは無理そうだ。
「おばあちゃん! おんぶするね?」
 ミッシェルは老婆を背負って、外に出る。
 子供の手を引くのは、銀。
 
 避難先まで送り届け彼等は、再び混乱の町の中へと消えていくのであった。
「さ、行くぞ。
 まだ俺達の手を待つものがいるかもしれない」
 
 ■
 
 マホロバ。
 
 樹龍院 白姫(きりゅうりん・しろひめ)はマホロバ城の自室にいた。
 源将軍の生母たる彼女は大奥からは出られない。
 だが、慌ただしい外の様子は気になる。
 もちろん、西シャンバラの現状も。
「葉莉……」
 白姫は御簾の向こうに目を向ける。
 彼女が頼みにするパートナーは、今、ここにはいない。
 彼女自身の命を受け、空京での救助活動に参加しているはずだった。
 
「西シャンバラが崩壊する?
 だから、御子とシャンバラの行く末が気になる、と。
 ご主人様はそうお考えになられるのですね?」
 土雲 葉莉(つちくも・はり)は“大変です!”とばかりに目を白黒させていたが、
「葉莉にお任せ下さい!」
 胸をたたいたのだった。
「白姫様の代わりに、この葉莉が!
 必ずお役に立ってみせますよ。
 シャンバラとマホロバを繋ぐ絆の懸け橋として!」
 
「頼みましたよ、葉莉。
 白姫はここでお祈りしておりますわ……」
 そうして白姫は白く滑らかな両手を合わせるのであった。
「シャンバラの危機をお護りくださいませ……貞継様……」

 ■
 
 空京。
 
 葉莉がイコン輝旗楯無(雷火)から降り立つと、既に各校校長達からの通達が行きわたっているのだろう。
 契約者の学生達による、避難活動がそこここで行われていた。
「さて、あたしも何かお手伝いを……」
 わん、と2匹の忍犬が鳴いた。
「どうしたのですか? 音々、呼々」
 ふと彼等がある方角を見た。
 花屋の前。T・F・S配送用トラックが店に横付けされている。

「さあ、皆さん、早くお乗り下さい!」
 丁寧だが落ち着いた口調で、人々をトラックの荷台へ誘導するのは、リュース・ティアーレ(りゅーす・てぃあーれ)
「助かったよ、リュースさん」
 人々が口々に礼を述べては、荷台へ消える。
 名前を知っているところをみると、店の客だろう。
「リュースさん、御近所の方なんだが、足が悪いんだ……」
「どうぞ、荷台へお乗り下さい!」
 リュースは肩を貸して、荷台へ誘導する。
「すまないねぇ、店主さん」
「いえいえ、いつも御贔屓にして頂いているのですから。
 当然のことですよ」
 足元がふらつく。
 体を支えたのは、葉莉だった。
「あたし達も手伝います!」
「悪いですね、それでは……荷台にオレのパートナーがいます。
 皆さんを落ちつかせるために、歌を歌ってくれています
 彼女の指示に従ってくれませんか?」
 
 荷台の前では武器を携えたオブジェラ・クアス・アトルータ(おぶじぇらくあす・あとるーた)が、警護に当たっていた。
 葉莉を見つけると、笑顔を向ける。
「あら、ありがとう!」
「モンスター対策ですか?」
「ええ」
 険しい顔で、オブジェラは空を眺めた。
 地平線に黒い影。
「あれが、超霊のモンスターだとも限らないしね」
 だが、まだその姿は、遠過ぎて不明瞭だ。
 はっとして、葉莉はオブジェラに尋ねる。
「そうだ! リュース殿のパートナーのお方は?
 手伝うように、とお願いされたのですが……」
「荷台の上よ。シーナ!」
 オブジェラの声に、歌を歌っていた少女・シーナ・アマング(しーな・あまんぐ)が振り向いた。
 
「それでは、葉莉さんはマホロバから? わざわざ?」
 シーナは目を丸くして、荷台からまじまじと見つめる。
 見た目葉莉は、若いというより、まだ子供だ。
(マホロバの姫君が従者の手を借りて、シャンバラの力になって下さっているらしいって。
 噂はあったけど……)
 こんなに幼いとは思っていなかった。
 しかも、マホロバは異国だ。
「……その白姫さん、という方は、お優しいのですね?
 歓迎しますよ」
 誘導の協力する、という葉莉の言葉には。
「危ない真似はしないでくださいね?」
 という条件付きで承諾するのであった。
 シーナは人々に乞われて、歌を歌い始めようとする。
 人々の声に聞き耳を立てていた葉莉は、ふと尋ねた。
「あの、シーナ殿はどう思っていらっしゃるのですか?
 世界の分断について」
「嫌ですよ」
 きっぱりと答える。
 う〜んと考えてから、ミックスジュース、と答えた。
「混ざったら、もう二度と二つに分かれないでしょう?
 だから私は……もう、それしか飲めない……飲みたくないんです。
 それは、いけないこと? 葉莉さん」
 
 オブジェラの前に、ペガサスが急降下した。

「オレステス!」
 オブジェラはまずペガサスの頭部を撫でると、主を見上げた。
「レオ! 何だったの、あれは?」
「地平線の影の事?」
 ルディ・バークレオ(るでぃ・ばーくれお)は眉をひそめる。
「目の血走ったゴブリン軍団――そんなところですね」
「……超霊関係じゃない、てこと?」
「ええ、この機に乗じて火事場泥棒をたくらむ性質の悪い輩。
 ただの悪党です」

 2人を見かけて、もし! という品のよい声が投げかけられる。
 馬に乗った女が駆けつけてくる。
 
「この方々も乗せては頂けないでしょうか?」
 馬上の女は、手綱を引き寄せつつルディ達に叫んだ。
 背に、子供を乗せている。
「あなたは?」
「申し遅れました。わたくしは明智 珠(あけち・たま)
 後から参ります者は、カトリーン・ファン・ダイク(かとりーん・ふぁんだいく)様と申します」
 馬を止めて、振り返る。
 町の中心部から、人々を導くカトリーンの姿が見える。
 彼等の多くは、町の人々で、もちろんリュースの店のお得意様の姿もある。
 リュースはトラックから降りて、彼女の手を取る。
「これを?
 あなた達、2人で? 大変だったのでは……」
「百合園生ですもの」
 カトリーンは平然と告げる。
「避難先はヴァイシャリー。
 だったら、私たちの手が必要でしょう?」
「ありがとう! 助かります」
 リュースはハッとして、掴んだ両手を話す。
 きまり悪そうに助手席を見た。
「ナビを……その、して下さると、嬉しいのですが……」
「少し待って頂けます?」
 カトリーンはスウェーでかわす。投石だ。
「先ずは迎え撃つ!
 ナビはそれからでもいいかしら?」

 戦闘は始まった。
 ゴブリンの一団が怒濤の如く押し寄せる。
 間もなく投石が、矢の如く放たれた。
 【輝旗楯無】はトラックを背にかばい、シーナは怪我人にヒールを施し始める。

「これ以上、させません!」
 ルディはオレステスを急発進させる。
「ここには我々しか、人々を護る者はいません。
 民あってこその国、力なき人々を守るのは当然のこと」
 世界の事は気になるのだが、と一瞬繭の方角を気にかける。
 今頃、シャンバラの契約者達が必死に戦っているはずだ。
「あなた達を信じています」
 必ず分断を阻止してくれる、と。
「私は私の戦場で全力を尽くします!」
 ルディはゴブリン達に厳しく警告を発した。
「おやめなさい! さもなければ……」
 ファイアストームの姿勢に入る。
 焔はあっという間にゴブリン達を焼き払った。
「……こうなりますよ?」
 そのまま敵陣の中に飛び込んで行った。
 
「私も手伝うわ!」
 カトリーンもフルーレを掲げて、ルディの後に続く。
「カトリーン様、御武運を!」
 珠はそう告げた後、トラックの荷台に向かった。
 不安そうな人々に向けて。
「大丈夫でございます、皆様。
 人と人が手を取り合えば不可能な事などありません。
 共にヴァイシャリーへ行くのです!」
 そうして、胸の十字架を掴むのであった。
(「愛」を持って全てを助けとうございます。
 どうか、お助け下さい、神様……あなた)
 
 ルディとカトリーンの連携は功を奏し瞬く間に、敵は分断され、道が切り開かれる。
 
「いまです! リュースさん」
「分かってます!」

 リュースはトラックを急発進させる。
 荷台でシーナが、人々が振り落とされないよう中ほどに固めた。
「あたしが誘導します!」
 葉莉は素早く【輝旗楯無】に乗り込む。
 葉莉に先導されたトラックは、矢の速さで「道」を通過する。
 
 そのまま地団駄を踏む音を背に、一路ヒラニプラへ進路をとるのであった。
 
 ヴァイシャリーを目指して。
 
 ■
 
 ヒラニプラ。
 
 大岡 永谷(おおおか・とと)が現場に到着すると、国軍の仲間達は、すでに準備をして永谷からの指示を待っていた。
 
 少ないな……やはり……。
 
 繭のある方角を見る。
 契約者の兵は繭に向かってしまった為に、ここにはいない。
 避難にあたっているのは主に、各都市の領主の私兵出身の一般兵だ。
 
 彼等の1人が、永谷の前で上官からの伝令を伝える。
「ヒラニプラの民衆を、1人残らず救出するように、とのことです!
 大岡殿」
「もちろんだ! 命に代えても!」
 その両目がスッと憂いを帯びる。
「この想いが、彼らにも伝わってくれると良いのだが……」
 
 永谷の予感通り。
 ヒラニプラの民衆への説得は難航した。
 国軍への信頼厚いヒラニプラではあるが、やはり住み慣れた土地には格別の想いがある。
 だが、お願いします、一緒についてきて下さい、と頭を下げる永谷に。
「そんなに、頭を下げることはないさ、大岡さん」
 品の良い老婆がスッと永谷の前に立った。
「頼まれなくても、ついて行きますよ。
 国軍はいままでも、そうして私達を護ってくれたことだしね」
「お、お婆さん!」
「俺も、あんた達について行くさ!」
「あたしも!」
「ボクも!」
 老婆の言葉に同調して、次々と民衆たちは永谷の行動を支持し始める。
「助けてくれるっていうんだ。
 こんなに危険な中をぬって、我々の為に行動してくれたんだ!」
 誰かが繭の方角を指した。
 グロテスクなそれは、いまや彼らにとっては恐怖以外の何物でもない。
「それに、分断が行われれば俺達の命はないんだろ?」
 一同の方針は固まった。老紳士が気弱に告げる。
「だが、郷里を追われる者たちの心情も察して下され。
 お若いの」
「……ありがとう……信じてくれて、本当にありがとう!」
 永谷はもう一度丁重に頭を下げるのであった。
「きっと、安全に送り届けてみせる!
 それまでの辛抱だからな!」
 
「トト!」
 熊猫 福(くまねこ・はっぴー)が片手を振りつつ、駆け寄ってくる。
 彼は本部と連携をとって、避難ルートの選定や偵察に当たっていた。
「移動先はね。
 ヴァイシャリーがいいみたいだよ!」
 地図を広げる。
「ここにね、まもなく空京やツァンダで避難活動をしてきた人たちも来るからね。
 彼等と合流して行くのがいいかもね」
「そうだな。学生達だけで、ヴァイシャリーまでの道は険しいだろうし……」
「無事ヴァイシャリーに着いたら、ケーキの食べ放題だよ? トト」
「分かっているよ、福」
「やった!」
 福は幸せそうに持ち場へ去って行く。
 
 そうして、永谷はリュースや他の学生達と合流し、シャンバラ大荒野までの安全な避難誘導に貢献するのであった。
 彼の功績で、民衆の国軍に対する信頼が一層増した事は、いうまでもない。