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リアクション
第3章 和やかなお昼と湖賊の襲撃
船内の白と青を基調としたラウンジの一角。
桜井静香を囲んで、ちょっとした昼食会が始まっている。
校長にしてはあまりに無防備で無邪気な静香の両隣には、百合園女学院の生徒会執行部・白百合団に所属するロザリンド・セリナ(ろざりんど・せりな)と崩城 亜璃珠(くずしろ・ありす)が、同じ席にはエルシー・フロウ(えるしー・ふろう)とルミ・クッカ(るみ・くっか)、そしてシャンバラ教導団の宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)とセリエ・パウエル(せりえ・ぱうえる)、が座っている。
「校長はお好きなものとか、苦手なものとかありますか?」
ロザリンドは肉料理を口に運びながら、静香に問いかける。ロザリンドの両手には小手がついたままだ。武器や鎧こそ部屋に置いてきたが、静香の護衛を務めるつもりでいるためだ。いざとなったら光条兵器のランスも出せる。
彼女は静香に話しかけながらも、時々周囲に目を配っている。
朝から静香を遠巻きに見ている、今は遠くの席でティーカップを優雅に傾けている仮面の貴婦人──ラズィーヤ・ヴァイシャリーだろうか──も親心のような気持ちで静香を見守っているのだろうか。
そんなこととはつゆ知らず、当の静香は無邪気に、
「好きなものか……甘いものとかかなぁ。ロザリンドさんはお肉が好きなの?」
「好きといいますか、別なものを期待していると言いますか……。お肉を食べてもあまり身にならないのです。もう少し、筋肉とか胸とか欲しいのですが……」
確かに身長に比べて、ロザリンドはかなり細身だ。
「そうだね、食べても太れない人っているよね。だったら、好きなものを食べていいんじゃないかな」
「私も昔は身体が弱くて、旅行なんて考えられなかったです」
エルシーがうんうんと同意する。肩の上で、イルカのぬいぐるみ──着ぐるみを着たゆるスターのルルが一緒に揺れる。
「こうやってパラミタや旅行に来れたのも、ルミのおかげです。みなさんとご飯も食べれて嬉しいです」
百合園には珍しいドラゴニュートのルミは、はしゃぐエルシーが無茶をしないように見守っている。彼女もシャチの着ぐるみのゆるスターのステラを肩に乗せている。
「えへ、さっきは船員の白鳥ゆる族さんと記念写真も撮っちゃいましたよ」
「いいね、僕も記念写真を撮って貰おうかなぁ。ゆる族が好きなの?」
「はい。この子の衣装も手作りなんですよ」
エルシーは肩の上のルルに顔を向けて示す。
「……どうかなさいまして?」
亜璃珠は、先ほどから顔を赤くして黙っている祥子に尋ねた。
「え、ええっと、何でもありません」
祥子は首を振った。本人は押さえているつもりでも、顔に出てしまっているらしい。
「あら、そんなに頑なに否定なさらないで。余計にあなたのことを知りたくなってしまいますわ」
「そんなお姉様ったら」
どきまぎする祥子を見て、亜璃珠は楽しんでいる。
祥子は大きく息を吸うと、勇気を出して静香に話しかけた。
「お初にお目にかかります、桜井校長。一度お会いしたいと常日頃願っておりました。私は教導団所属の宇都宮祥子と申します」
静香は目をしばたかせると、にっこりと笑いかけた。
「はじめまして、桜井静香です」
「バカンスを、と思い乗船しましたが、ヴァイシャリー湖には湖賊とやらがいるとのこと」
「そうだね、ちょっと不安だよね」
「これは私の個人的な好意ですが、傍に置いて護衛をさせていただきたいのです」
「うん、いいけど、せっかくのバカンスだし、あんまり張りつめないようにね?」
シャンバラ教導団は現在から将来にかけて、新しいシャンバラ王国の警察的な役割を担う予定となっている。それに、個人的な好意と言われては、他校とはいえ拒絶する理由も静香にはない。
「いいえ、普段が規律に縛られているので、百合園の皆さんの優雅な余裕のある振る舞いには憧れます」
落ち着いて話しているように見えるが、憧れの校長や百合園のお姉さま方に囲まれて内心ドキドキである。
パートナーのセリエは、つんつんと腕をつつき、
「お姉さま、はしゃぎすぎです。声がうわずってますよ」
小声でたしなめつつ、彼女も静香に、
「私は、せっかくの機会ですから、皆様に淑女の心得のようなものを教えていただきたいです」
亜璃珠は面白そうに祥子を眺める。彼女に、自分と同じ性的嗜好の匂いをかぎ取ったのだ。
確かに護衛というのは悪くない選択肢だ──勿論、亜璃珠自身も白百合団所属、そのつもりはある。ついでではあるのが、彼女らしいのだが。
というのも、亜璃珠はこのシチュエーションそのものに大分期待を抱いていた。湖上、行き先が無人島、船という閉鎖空間。乗っているのは美少女静香。ラズィーヤと行動を共にする彼女が今回は何故か一人。しかもオークションを開催するときている。これで事件が起こらない方がどうかしている。
「危険でかぐわしい罠とスリルの香りがしますものね」
口の中で呟いてから、疑問を口に出した。
「いきなりで不躾ですけれど……静香さん、今回の件について誰かに相談いたしました?」
白身魚と二枚貝のアクアパッツァを口に運んでいた静香は、急な質問に慌ててごくりと飲み込んで、
「今回の件って、旅行とオークションのこと? ううん、相談してないよ。ラズィーヤさんにもね。顔見知りのフェルナンさんとは打ち合わせをしたけど」
「静香さんは無防備すぎますわ、誰が信用できるかも分からないのに、こんなことをするだなんて……おかげで楽しめそうではありますけど、ね」
むしろ亜璃珠は、事件が起きて鞭を振るう機会を待ち望んでいるくらいだ。
「信用って、大丈夫だよ。フェルナンさんは顔見知りだし」
「そうでした、校長の理想の男性ってどんなタイプですか? フェルナンさんみたいな方ですか?」
ロザリンドに問われ、静香はまたびっくりして水を飲み込む。
「えーえっと、男性って言うか……好きなタイプは……た、頼れる人、かな?」
お嬢様方の優雅なお昼を尻目に、食堂ではルーク・クレイン(るーく・くれいん)とシリウス・サザーラント(しりうす・さざーらんと)がバイトの真っ最中だった。
お昼こそ稼ぎ時、休んでいる時間はない。ウェイトレスではなくウェイター服を着込んだルークは、入り口に一人の女生徒の姿を見付けると、美少年の──見た目はで、実際は女性だったが──キラキラ極上営業スマイルで出迎えた。
「いらっしゃいませ、お嬢様。席へご案内します」
他の生徒達がパートナーや友人と一緒にいるのに、彼女は一人きりのようだった。空いていた窓際の二人席に案内し、椅子を引いてあげる。メニューを開いて手渡して、
「今日のおすすめは、ヴァイシャリー湖で獲れた魚介類をふんだんに使った湖の精の贈り物です」
「じゃあ、それをお願いします」
「かしこまりました」
厨房に戻るルークとすれ違いに、水の入った瓶とグラスを持ったシリウスがテーブルに向かう。
もしやと思って振り向くと、案の定、彼はグラスに水を注いで、彼女──高潮 津波(たかしお・つなみ)を口説き始めていた。
空気を「読まない」シリウスは、相手が客だろうとお構いなしだ。
「ねえ、君…可愛いね。部屋のナンバー教えてよ、夜こっそり遊びに行くから……ね」
「ってこらシリウス!なに仕事中にお客様口説こうとしてるんだよ!!」
ルークは慌てて間に入り、シリウスの首根っこを掴むとバックヤードに引っ張っていった。
「何を怒ってるんだい、ルーク。こんな服を着させられて小間使いだよ。少しは楽しみが欲しいじゃないか」
「誰のせいで僕がカツカツの生活してるんだか分かってんのかお前は!」
「労働なんてキミがすればいいじゃないか。俺はキミと違って、優雅さに欠けた人生に耐えられないんだ」
「優雅じゃない、お前のは自堕落って言うんだよ! だいたい何度目だ!!」
船に乗ってから、手当たり次第口説き始め、中身の男女も判別しない(というか老若男女相手を問わないので、問題にならないのだった)白鳥のゆる族船員を誘惑したり、さんざんだ。
「ルークもウェイトレスの服着ればいいのに。きっとすごく可愛くて……加虐心くすぐられそう」
言いながら、シリウスは彼女の首に腕を回した。
「このっ変態吸血鬼がぁあああああ!!」
反射的に跳び蹴りを喰らわせるルーク。
だがその間の時給は、きっちり後で削られているのだった。
津波の方はというと、所在なげに座っている。シリウスの口説きに居心地の悪さを感じたのは、彼のせいではない。一人ぼっちのせいなのだろうか、むしろ船に乗ってからぼんやりとしている。
一人なのは、希望したからではない。本当なら、パートナーのナトレア・アトレア(なとれあ・あとれあ)との楽しいバカンスになるはずだった。なのに、ナトレアに冷たく断られてしまったのだ。もし一緒だったら、こんな居心地の悪さは感じなくて済んだかも知れない。
注文は済んだのに、視線は別のウェイターの姿を自然に探している。見付けると同時に視線を逸らす。
ウェイターであるところの永夷 零(ながい・ぜろ)は、お嬢様に営業スマイルを振りまきながら、バイトに励んでいた。
買いたい物ができたのに先立つものがないので、夏のバイトを船で過ごすことに決めたのだ。もっとも、決まるまでまさか百合園貸し切りの船だなど思ってもみなかったのだが。……庶民とお嬢様では色々と感覚が違いすぎる。
「バカンスなんてまったく優雅なもんだぜ。……まさか津波もいたりすんのかな」
ちらりと百合園に通う知り合いの顔が思い浮かぶが、今は昼時、ゆっくり考えている暇などない。だから、彼女を見付けたのはルナ・テュリン(るな・てゅりん)の方だった。
「こちら、よろしいでございますか?」
「え? ……ああ、ルナさん。こんにちは。バイトはいいんですか?」
謎の白い物体を頭につけた少女の出現に、津波は慌てて頷いた。向かいの席に座ったルナは、
「ボクは売店でバイトしてるのでございます。丁度休憩時間です。タカシオはお一人バカンスでございますか?」
「え、ええ。ルナさんは永夷さんと一緒……ですよね?」
「はい。いつも一つ屋根の下で同じ飯を食べているのでございます」
津波の顔が少しだけ暗くなる。
「そ、そうなんだ……。仲いいもんね」
「一緒にお風呂にも入るのでございます」
「……え、ええっ!?」
思わず大声をあげる津波に、しれっとルナは返答した。
「冗談でございます」
「そう、……冗談ですか」
「タカシオは面白いですね」
津波は、困ったような顔で再び店内に目を向けた。
「面白いですか? あ、そうでした。ルナさんに言わなきゃいけないことがありました」
「何でございますか」
「時々、いろいろな事件で助けてくれてありがとうね。二人でゆっくり話す機会がなかったけれど、せっかくだからお話をしたいなって」
「こちらこそなのです」
にっこり笑うルナは可愛い。端正な顔立ちの機晶姫は、ドール好きな津波にとっても惹かれるものがある。でも、心の奥で素直にそれを認められない自分がいるのにも気付いていて、津波は返す笑顔がすこしぎこちないのを自覚していた。
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