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桜井静香の冒険~出航~

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桜井静香の冒険~出航~

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 甲板に、白い青年が立っている。
 いや、白銀の髪を結い上げ、戒めとして白い薔薇の学舎の制服を身につけた彼は、年齢よりかなり大人びて見えるが、まだ少年と言っていい年頃だった。厳しいまなざしを湖の彼方に投げやり、
「フラグだ」
 と、ぽつりと言った。
「湖賊フラグが立っている」
 横にいて彼の散策に付き合っていた、白い髪に銀の瞳の、だが肌は褐色のはかなげな少年は、唇を開いた。
「……はい?」
「知られていない遺跡、珍しい店という人寄せ、寄付名目の大金に逃げ場のない湖上。これは湖賊フラグです」
「はぁぁ?」
「しかも入っている店は越後屋というそうではないですか。越後屋といえば、「そちも悪よのう」「いえいえお代官様こそ」の越後屋」
「あんなぁ、越後屋ちゃう。越前屋やって」
「しかも船を出したのはやはりあるかどうかも分からない遺跡のためだそうではないですか。下手をしたら……ここが実は湖賊の船、白鳥ゆる族は着ぐるみを着た湖賊なのでは!?」
 小声で力説する藍澤 黎(あいざわ・れい)に、フィルラント・アッシュワース(ふぃるらんと・あっしゅ)は呆れた顔を隠すこともなく大げさな吐息をついた。
「そないな理由で付き合わせたんかい」
 乗船してからこっち、黎は自主的に避難ルートの確認や、要人を襲いそうな危険人物、船にある武器に使えそうな危険物等を確認していたが、その理由は述べた通りだったらしい。
「警戒するに越した事はないはずだ。皆が楽しんでいる時間を、壊したくはない。何事もなければいいと思うが、念の為だ」
「念の為ゆーて、いっつもそないに気を張らへんで、ちっとは学生らしく余暇を満喫したらどうやんな? ええか、一応薔薇学の生徒として恥ずかしい行動はせんどいてくれよ……ああっ言ってる側から」
 掃除用具などの“武器になりそうな長柄”のものを探していた黎は、デッキの床に置かれたブリキのバケツと、その中に刺さっている何本ものモップに近づいていった。それを見付けたストローハットにTシャツ、デニムのハーフパンツ姿の掃除要員が、慌ててやって来る。
「お客様、不用意に触ると倒れちゃいますっ」
 お掃除バイトをしていたプレナ・アップルトン(ぷれな・あっぷるとん)は、自分にしか抜けない絶妙バランスでくみ上げたモップたちを、慌てて抱き留めた。彼女の手にも、使っていたモップとデッキブラシが握られている。
「これは申し訳ない」
「いえいえ〜」
 と、見上げたプレナの目に黎が映る。
「ねぇプレナー、休んでるんだったら越前屋行ってきていい? ……あれ、なになに、どうしたの?」
 プレナとおそろいの帽子をかぶった少女が、“姉”の変化に気付いて、聞いていたイヤホンを外して近づいてくる。こちらはプレナを幼くした感じの少女は、こちらはキャミソールとワンピース姿のマグ・アップルトン(まぐ・あっぷるとん)だった。
「あー」
 二人の様子を見てマグはうんうんと頷いた。
「じゃ、お先に上がるね。プレナの分まで美味しいもの頂いてきますからっ!」
 マグがダッシュで去ると、はっとしたようにプレナはモップから身体を離した。予想外の出来事に、固まってしまっていたのに気付く。
 プレナはお掃除が好きだ。モップが大好きだ。船旅では新しいデッキブラシとの出会いまであった。が、もう一つ、噂に聞いていたものがある。掃除に夢中ですっかり忘れていたのだが、夏のバイトで素敵な出会いがあったらいいなという……。
「ええっと、その服装、薔薇の学舎の学生さんですか?」
「ああ。我は藍澤、こちらはフィルラだ」
「あ、プレナはプレナです。百合園に通ってます。すみません、こんなところに置いてあるのがいけなかったんですー」
「何も起こっていない。それより湖賊の襲撃の方に気をつけた方が……」
「襲撃、襲撃て。キミの頭はドンパチだけかい。」
 フィルラントが黎の頭をぺちんと叩く。──と、その時。
「敵襲だー!」
 甲板にいた白鳥ゆる族の船員が、羽をばたつかせて叫んだ。見れば湖面に一隻、見慣れない細長い船が浮いている。
 内装に最新の設備を備えたこの船とは違って大航海時代に使われていそうな外見をしているが、両舷から櫂が沢山出ているのを見ればガレー船だと一目で分かる。それは真っ直ぐにこちらに向かってきていた。小さいマストには手書きの“把羅地津”のでたらめな文字が踊っている。
「あれは、衝突して穴を空けて浸水させるのがいつもの手口だ」
 戦闘服に着替えた皇甫 伽羅(こうほ・きゃら)は、一緒にいた船員の説明に、気を引き締める。あらかじめ警備の担当許可を得ていたのはこのような事態に対処するためだ。相棒のうんちょう タン(うんちょう・たん)は、大砲もなく、船の上で群がっているパラ実生らしき彼らが手にしているのも中世レベルなのを見て、
「うむ、湖賊といっても相手の装備は大したことがなさそうでござるな。とはいえぶつかられるのは面倒。接舷させないのが宜しかろう」
「乗り込まれたらぁ、熱湯をぶっかけてやろうと思ってたんですがぁ」
「熱湯を用意できるなら、こちらを手伝ってください!」
 船員が二人を呼ぶ。備え付けられたカタパルトの側で、彼らは発射の作業をしていた。
「何ですかぁ、白鳥さん」
「ここに熱湯をお願いします」
「お茶だからぁ、もっと熱いかもねぇ」
 “ティータイム”──どこからともなくお茶の入ったティーポットを取り出す魔法である。カタパルトのスプーン上になった部分に次々と並べられる茶器。はっきり言ってもったいない。
「いくぞー!」
 ある程度の重量になったところで、バネの力を利用して、ぐいんとスプーンが弾んだ。と、お茶が宙を舞っていく。パラ実生たちはそれを打ったり撃ったりして迎えたが、中に入った熱湯を頭から浴びて、悲鳴をあげた。
 ギャグっぽく見えて結構えげつない攻撃だが、城から煮立った油を流したり、人間や牛の死体を城に投げ込んで病気を流行らせたりとする道具だから、まだまだ安全な使い方だろう。あちらの威嚇射撃には、うんちょうタンもアサルトカービンで応戦する。まだ距離があるのでお互いなかなか命中しない。
 カタパルトの横では、バリスタ──大型の弩(いしゆみ)の使い方を船員に教わりながら、神楽坂 有栖(かぐらざか・ありす)ミルフィ・ガレット(みるふぃ・がれっと)が弦を巻き上げていた。大型の金属の鏃の付いた矢には、油を染みこませた布が巻き付けてある。お互いの船が近づいてきたところを見計らう。
「申し訳ございませんお嬢様、楽しい船旅の筈がこんな事に……」
「気にしないでミルフィ……。私も白百合団の一員ですもの……!」
 頼りの白百合団の中心メンバーは乗船していない。ならば自分たちでやるしかない。
「今ですわお嬢様!」
「はいっ!」
 船員が松明の火を鏃に近づける。燃え上がった鏃は、そのまま一直線に、敵船の側舷を直撃した。
 何度か繰り返す内に、観念したのだろう。湖賊のパラ実生たちは覚えてろー!と絶叫しながら、退却していった。