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【2019修学旅行】ジェイダスのお買い物

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【2019修学旅行】ジェイダスのお買い物
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 そんな頃、あんみつ屋さんの店内は異様な雰囲気に包まれていた。
「断じて許さんぞ!」
 立ち上がって声を荒げるラドゥに、真っ直ぐ向かい合ったルカルカ・ルー(るかるか・るー)は怯みもせずに言葉を返す。
「あんみつバトルに校長先生を誘ってるだけなんだから、いいじゃない」
「そこではない! 貴様がジェイダスに触れるなど……!」
 肩を怒らせるラドゥからジェイダスへと視線を戻し、「いかがですか?」とルカルカは勧誘を重ねる。
 事の発端はこうだ。偶然に出くわし、取り敢えずあんみつでも食べようと手近な店内へ入ったルカルカ、レイディス・アルフェイン(れいでぃす・あるふぇいん)セシリア・ファフレータ(せしりあ・ふぁふれーた)佐野 亮司(さの・りょうじ)ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)夏侯 淵(かこう・えん)の六人は、店内で異様な雰囲気を放つジェイダスとラドゥの存在に気付いた。そこでジェイダスの筋肉に一目惚れをしてしまったルカルカが、唐突にあんみつの大食い勝負を持ちかけたのだ。
 様々な種類のあんみつを順に完食していき、最も多くのあんみつを食べた者が勝者。敗者には全員が食したあんみつの支払いという罰が待っている。
 そこまではラドゥも我関せずと言った様子で聞き流していたのだが、勝利の報酬としてジェイダスの筋肉を触りたいとルカルカが申し出た途端、血相を変えて会話に割り込んだのだった。
「校長はどうなんです?」
 進退窮まる状況を見兼ねた亮司が口を挟み、優雅にほうじ茶を呑んでいたジェイダスは考え込むように天井へ視線をやった。その途中、ちらりとラドゥを一瞥する。
「……参加は遠慮しておくが、勝者の褒美に参加するくらいなら構わんよ」
 悪戯っぽいジェイダスの言葉に、目を剥いたのは矢張りラドゥだった。
「ジェイダス!? 貴様正気か!?」
「美しい勝利を収めた者に協力するに吝かではない」
 あくまでからかうような調子のジェイダスに、ラドゥは暫し考え込む間を置いた後に、苛立ちを露に机を叩く。
「ならば私も参加しよう」
 ラドゥのその一言に、ざわりと店内が湧いた。一角に築かれた百合園の生徒達は、声を潜めて囁きを交わす。
「噂には聞いていましたが、流石ですねぇ〜」
 メイベルの呟きに、ミルディアも手を握り締め頷く。にやにやと眺めるシルヴィットは、ヨヤの視線を受けて慌ててあんみつへと目を戻した。店内の生徒たち全員の視線を集めたかに思えたラドゥは、頭痛を堪えるように額へ手を遣った後、不遜な態度で言い放つ。
「やるのなら、さっさと始めろ。進行役は誰が務める?」
「それは俺が」
 さっと手を挙げたダリルに頷き、ラドゥは再びどっかりと腰を下ろす。愉快気なジェイダスの視線に気付くと、鼻を鳴らして目を逸らした。
「だったら俺も挑戦するぜ。報酬……は別のものが良いけど」
 手を挙げて立候補したレイディスも、ラドゥの近くへ腰掛ける。当然とばかりにジェイダスの近くへ腰掛けるルカルカをラドゥが鋭く睨み、執り成すように淵がその間へ割り込んだ。
「しかし、貴公もでかいなあ」
「美しければ、大きさは然程気にならないな」
 ジェイダスを羨ましげに見遣りながら発された淵の言葉に、ジェイダスは喉を鳴らす。
「面白そうじゃのう。私も加わるのじゃ!」
 元気よく手を挙げたセシリア・ファフレータもまた彼らの近くへ腰を下ろし、仕方ないとばかりに参加を表明した亮司もまた席に着いたことで、あんみつバトルの幕は切って落とされた。
「俺も参加……しません」
 言い掛けたウィルネストの言葉は、ヨヤの一睨みで語尾を変えることとなった。


「悪かったな、あんたのパートナーが早川を襲ってるように見えてよ」
 黎明ではなくそのパートナーであるネアの横へ並び、壮太は笑顔のままに手を合わせて平謝りした。
「左様でございましたか。間違いは誰しもあるものでございます、お気になさらず」
 穏やかな笑みを浮かべたネアが壮太を見上げながら緩く首を振って返し、その角度に壮太は思わず視線を逸らす。視線がどうしても一点へ吸い込まれてしまうことに、何とは無しに罪悪感を感じていた。友人の友人のパートナーなのだ、と自分自身に言い聞かせる。
「壮太とは趣味が合いそうですが、まずは私に謝るのが筋ですよねぇ」
 その様子をにやにやと背後から眺めていた黎明の言葉に、ぎくりと壮太は肩を跳ねさせた。
「……悪かった。仲良くやろうぜ」
 下心が無いとは言えない、引き攣った笑顔で振り向く壮太の言葉に、黎明はにっこりと頷いた。同胞を見付けたような、それは下心に満ちた表情だった。
「ち、ちゃんと付いて来てよー」
 一行の先頭で困ったように上がる、ガイドブック片手に一行を先導するミミ・マリー(みみ・まりー)の言葉に、壮太ははっと我に返った。道中で買い与えた饅頭を頬張り歩くミミに早足で追い付くと、宥めるようにぽんと肩を叩く。
「わり、ちょっと大人のお話があってな」
「……ないよりある方がお好きなのですよね」
 ミミの傍ら、同じく饅頭を手にしたユニコルノがぼそりと呟いた言葉に、壮太はぎょっと双眸を見開いた。荒く背後を振り返り、最後尾を歩く呼雪へと慌ただしく駆け寄っていく。
「おまえ、どういう教育してんだよ!」
 ぐいっと肩を引かれるままに壮太の方へと傾きつつ、饅頭を咥えた呼雪は不思議そうに首を傾げた。
「……? 何の事だ」
「そうですよ、瀬島君。教育というなら、ご両親の方に伺わないといけないでしょう」
 全身の白に夕日を浴びながらのんびりと付け加えられたエメの言葉に、今度は黎明が困ったように振り返る。
「ですから私は親では無くただの友人ですよ、先生」
「ああ、失礼しました。お若いお父さんですものね」
 どうにも噛み合わない二人の会話に、呼雪の首は一層傾く。互いの誤解を始めは面白がっていたファルも、すっかり饅頭に意識を奪われてしまっていた。
 その間にも、一行は呉服屋へと到着する。始めはそれぞれが自由に着物を見て回っていたが、やがて試着が必要だと言う結論に至った。最もジェイダスに体格が近いと思われる壮太がその役に選ばれ、壮太自身も上機嫌に同意する。
「着物着る機会なんてあんまねぇし、面白そうだな。良いぜ」
 それをきっかけに、一行はあれでもないこれでもないと次々着物を選び出し始めた。一歩下がって彼らの様子を眺める黎明の視線の先、着せ替え人形のように、壮太は次々と運ばれた着物を着ては脱いでと繰り返す。
 始めこそ珍しげに着物を選び出していたファルは、しかし十分も経たないうちに次第に弱々しく尻尾を揺らし始める。そのまま更に五分程が経過すると、真剣に着物を選ぶ一行から離れ、所在なさげに店の隅へと歩いていった。同じく飽きたように隅に寄り掛かるミミは、ファルの姿を見付けると、そっと耳元へ口を寄せた。
「ファルくんファルくん、さっき僕、向かいにおいしそうな京菓子のお店見つけちゃったんだ」
「本当? 京都って美味しいものがいっぱいあるよね〜」
「そうだね。ねえ、飽きちゃったからここ抜け出して、お菓子屋さんに行ってみない?」
 ミミの誘いに、ファルの尻尾がぴんと立ち上がった。すぐに元気良く返事をしようとして、慌てて両手で口を押さえて声を抑える。そっと盗み見た先で、呼雪や壮太達は未だ着物選びの最中だった。
「うん、行こう行こう!」
 囁きを交わし合い、パートナー達の目が向けられていない隙を縫って店外へ飛び出した二人の後ろから、もう一つ付いて来る足音があった。気付かれたかと恐る恐る振り返った二人の視界には、平然と歩み寄るユニコルノの姿が映った。
「私も付いていきます。お二人だけでは心配ですから」
 彼女が連れ戻しに来たのではないと知った二人は、同時にほっと安堵の吐息を漏らした。しかし更にその背後から駆け寄る影を見付けると、ぎょっと目を見開く。
「子どもだけでは危険でございます」
 黎明の腕をやや強引に引っ張り現れたネアは、心配そうにそう声を掛けた。
「……連れ戻さない?」
 恐る恐るといった様子で問い掛けるファルに、ネアはこくりと頷いて見せる。それを見たファルとミミの表情がぱっと晴れ、お菓子お菓子、などと口走りながら一行は向かいへ渡るタイミングを計るよう足を止めた。

「……なあ」
 依然として店内で着せ替えショーを繰り広げていた壮太は、傍らで忙しなく着物を選ぶエメの腕をおもむろに掴んだ。既に彼の傍らには、淡めの紫色の地に竜田川と紅葉が描かれている着物、緋の布地に黒と銀の昇龍柄、青の地に鳳凰柄、と一通り選び出された着物が積み重なっている。黒地に鳳凰が舞う瑞雲の金襴緞子の、豪華な着物を手にしていたエメは、疑問気に壮太のやや据わった双眸を覗き込んだ。
「オレもう飽きたから、次あんたの番な」
「はい? ち、ちょっと瀬島君!? 君はある方が好みなんでしょう!」
 一言告げると同時にエメの上衣へ手をかけ始めた壮太に、一歩遅れてエメが驚愕の声を上げながら身を引く。
「そういう話じゃねぇよ! いいからそこに直れ!」
 暫くは我慢していたおかげでかえって理性の糸が切れたらしい壮太がエメを追うように一歩踏み出し、それに合わせてエメもまた後ずさる。そこに着物を選んでいた呼雪が戻り、暫し二人を見比べた末に、「すまない」と一言述べて踵を返した。エメの表情が一層引き攣り、わたわたと両手を動かす。
「おーい早川、ミミ! 手伝え……って、あ?」
 動かない状況に痺れを切らした壮太が声を上げながらパートナー達のいる方を見遣るも、彼の予想に反して、既にそこにパートナー達の姿は無かった。
「そう言えば、さっきお菓子が何とかと言っていたな」
 記憶を手繰った呼雪が呟き、エメが襟元を直しながらああ、と声を漏らす。
「向かいに京菓子屋さんがありましたね。恐らくそこでしょう」
「のんびりしてる場合じゃねぇだろ、ほら、追うぞ」
 着たままだった着物を脱ぎつつ壮太が促し、頷いた二人も後を追って店を出る。車道を越えて向かいへ渡ると、早速店内からはしゃぐパートナー達の声が響いていた。
「わー、このあんみつおいしい!」
「……ファル様」
 声を弾ませたファルへそっと呼び掛けたネアが、紙ナプキンで優しくその餡子に汚れた口元を拭う。照れたように笑うファルへと穏やかな笑みを返すと、静かに黎明の隣へと戻っていった。
 その黎明はと言えば、どこか不慣れな様子でユニコルノを肩車していた。彼が傾く度に無表情のままバランスを取るよう両手を広げ、それを手伝う。
「……黎明様?」
「お疲れのように見えましたので、つい、ね」
 暫しそんな動作を繰り返してようやく安定した黎明へ、それを見計らったユニコルノが呼び掛ける。単調なようで疑問気な響きを帯びたその言葉に、黎明は答える言葉を持ち合わせてはいなかった。誤魔化すように笑いながら、酷く遠く思える過去へと思いを馳せる。肩に乗るユニコルノの重み。嬉々としてあんみつを食べるファルとミミの笑顔、彼らを見守るネアの穏やかな目付き。それら全てが、黎明に潜む感傷を呼び起こした。
「黎明様は、本当にお父様のようですね」
 痛みを抱えた黎明の笑みをその肩の上から見下ろしていたユニコルノは、表情に何の色も浮かべないまま、静かにそう口にした。
「……ありがとう」
 応える黎明の声にも、揺れはなかった。その間にもあんみつを平らげたファルとミミが次を求めて立ち上がり、駆け出そうとする彼らをネアが制する。家族の団らんにも似た穏やかな空気を、不意に低温が打ち破った。
「おまえら……抜け出すなら、一言言ってから行け!」
 ようやく店内へ追い付いた壮太が、言い聞かせるように叱り付ける。軽いデコピンを受けたファルとミミは不満げに額を押さえるものの、壮太の瞳に浮かぶ心配の色を感じ取ると、同時に顔を見合わせしょげた様子で謝罪した。
『ごめんなさーい……』
「次からはちゃんと気を付けろよ。ほら、ガムやるから元気出せ」
 表情を和らげた壮太がポケットから取り出したガムを差し出すと、途端に二人は笑顔になってそれを受け取った。そして壮太はおもむろに背後を振り仰ぎ、噛み付くように口を開く。
「って、おい早川! 自分の相棒は自分で面倒見ろ! 朱も、ついてくなら何とか言ってけ!」
『はーい』
 冗談めかして声を揃える二人に大きく落とされた壮太の肩へ、ぽん、と手が乗せられる。
「いやー、瀬島君の方が保護者みたいですね。さて、満足したなら、今度は早川君の着物でも選びに戻りましょうか」
 上機嫌に提案するエメの言葉に、壮太の疲労は一層深まったのだった。