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展覧会の絵 『彼女と猫の四季』(第2回/全2回)

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展覧会の絵 『彼女と猫の四季』(第2回/全2回)

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第三章 深夜に向かって駈けろ

「なんだぁ? 怪盗の次は空き巣か?」
 空京の市街地からは大分離れた街外れ。
 古い家並――大小の規模は様々だが、一様にうち捨てられて人の気配がないという点では共通している――の並ぶ通りに立ち、藤原 和人(ふじわら・かずと)はこぢんまりとした後ろ姿に声をかけた。
「やめとけよ。この辺の家はもうほとんど誰も住んでないらしいから、めぼしいものなんてないぜ……」
 声に反応して、後ろ姿が振り返った。
「ってかまだ子供じゃねぇか、危ねぇな、こんなところで」
 しかしその姿は、月明かりの下、ニヤリと、子供には似つかわしくない笑い方で笑う。さらに続いた言葉が和人の予想を裏切った。
「心配せんでも、別におぬしの仕事の邪魔はせぬよ」
 ファタ・オルガナ(ふぁた・おるがな)はそれだけ言うと再び和人に背中を向けた。
 家の様子を眺め、月を見上げ、「ここではないか」などと呟いている。
「ま、待てよ、俺の仕事って何だよ?」
「む? 大方『彼女と猫の四季』四枚目でも盗みに来たのではないのか? 恰好だけ見ればおぬし、十分盗賊風じゃが」
「ば、ばか言うなっ! 俺はカンバス・ウォーカーに会って話を聞いてみようとだな……大変だったんだぞ、慣れない絵を描いてガードマンから情報聞き出して……おまけにどうもカンバス・ウォーカー追い越しちまったみたいだし」
「ふむ。どうも静かだと思ったらやっぱり奴はまだ市街地か。まぁ焦ることはない。それならさっさと目的地を突き止めて待ち伏せるまでじゃ。む、おぬし良い物を持っておるではないか」
 ファタは和人の腰のあたりにぶら下げた懐中電灯に目をとめた。
「ん? これか? 沢山あるから……ほらよ」
 和人がファタに懐中電灯を放る。
「でもあんまりペカペカ目立ったらカンバス・ウォーカー、現れないんじゃないか?」
「物事は迅速に、じゃ。さっさと目的の家を見つけて後は静かにしておればいい。それからおぬし」
「ん?」
「手を貸さんか? 動機は違うが目的は同じようじゃからな」
 和人は一瞬だけ考え込んで、すぐに頷いた。
「月の光がよく当たる建物じゃ。絵を四方に配置して月の光が真上に来るように。猫が一体誰に会いたいのか……まぁいずれにしろ、見ものじゃな」
 ファタはあくまでペースを崩さない。
 和人は、市街の方に目をやった。
「見もの……と言えば、今頃市街は大騒ぎ、か?」

 空京市街。
 大通りから脇へ、そして入り組んだ路地へ。
 しなやかな動きでカンバス・ウォーカーは駈け続ける。
「見つけたわ! 私、怒っているんですからね。覚悟しなさい? 行くわよ……燃え盛れ!【ブレイズオブサンシャイン】!」
 アメリア・レーヴァンテイン(あめりあ・れーう゛ぁんていん)の武器から放たれた爆炎波の炎が夜空を焦がす。
 カンバス・ウォーカーは抱えた絵をいち早くかばいながら、その攻撃を避けた。
「すばしっこいわねっ! クルードっ!」
「……静かに付いて来い……と言わなかったか? 見ろ……あっさり……気取られてしまった……」
 アメリアに答えたのはクルード・フォルスマイヤー(くるーど・ふぉるすまいやー)
 声と表情に、明らかな不機嫌の色を滲ませている。
「機嫌悪そうね」
「空京に……来たときから……ずっとな」
「へーえ」
 アメリアはジト目で一度クルードを眺めた。
「ま、今は置いておいてあげる。とにかく、気付かれてしまったものはしかたないわ、さっさと仕留めて」
「それには……まったく同意……だな……【驟雨狼雷斬】!」
 バーストダッシュにより空舞い上がったクルードが急降下と共に抜刀。
 轟雷閃による雷撃が宙を薙ぐ。
「ああ! ちょこまかとっ!」
 一瞬早く他の路地に飛び込んだカンバス・ウォーカーに、攻撃は逸れた。
「大丈夫だ……距離は……詰まってきているし……あの荷物だ」
 クルードとアメリアが角を曲がった先には、連続の進路変更に足をもつれさせ、つんのめった直後のカンバス・ウォーカーの姿があった。
「クルードっ!」
 アメリアの声に刀を構えるクルード。
 が――

 タタタっ!

 その踏み込みを銃弾が止めた。
「事情を聞かずに追いかけ回すのは感心しねぇな」
 硝煙の立ち上る機関銃の後ろから現れた巨漢はラルク・クローディス(らるく・くろーでぃす)。すぐに逃げ出そうともがくカンバス・ウォーカーに、にぃと笑みを投げる。
「まぁ、慌てるな。別に襲う気はねぇ。聞きてぇことはあるけどな」
「無関係の輩は……退がっていてもらおうか」
 ラルクに、クルードが鋭い視線を投げる。
「ああ、そっちもか。いや、いきなり撃ったのはすまねぇ。そうでもしねぇと止まらねぇ感じだったんでな。もちろんあんたとことを構える気もねぇんだ。ただ、事情を聞いてやってくんねぇか。デートに邪魔が入って機嫌が悪いのはわかるが、な?」
 片手で拝む仕草をし、今度は人好きのする笑みを浮かべてみせるラルク。
「俺の不機嫌は……その前からだ」
「あん? そりゃどういうこと――」
「あら、私を前にしてよくも言ってくれるわね」
 ラルクの声を、アメリアが遮った。
「するとなにかしら? 私と買い物に出かけるのが不満だったのかしら? 嫌で嫌で仕方がなかったということかしらっ?」
「……」
 目の前で始まったクルードとアメリアの言葉の応酬に、唖然とするラルク。
「……あーと、どうも俺の思ってたのと、ちょっと違ってるみてぇだな、こりゃ」
 あごに手を当てて考え込んだラルク。
 その前に、とてとてと二つの人影が現れる。
 ばしゃあ。
 ばしゃあ。
 バケツで水をぶちまける四方天 唯乃(しほうてん・ゆいの)とパートナーのエラノール・シュレイク(えらのーる・しゅれいく)

 次の瞬間――

 カッ。

 路地脇の建物の屋根の上でまばゆい閃光が瞬いた。

 カッ。

 光精の腕輪が散らすフラッシュの中、金色のタキシードに金色の仮面という人物の姿が、後光を背負ったように現れる。
 まさに夜の街に現れた悪趣味な太陽。

「美少女こそ正義! そう、それだけがこの世の崇高なる真実! 美少女達の永遠なる味方、太金示威土仮面参上!!」

 よく通る大声で名乗りを上げたのはエル・ウィンド(える・うぃんど)
 その声に、街をゆく誰もが振り返り、そして誰もが唖然となった。

「ふふふ、この太金示威土仮面が来たからには、カンバス・ウォーカーには指一本触れさせないぞっ!」
「……なにを――」
 噛みつきそうな顔のクルードを唯乃の声が遮った。
「ウィンドさ――いえ、太金示威土仮面様! ナイスです! こちらインターセプト成功! すぐに逃走にかかるわっ!」
 ひょいっひょいっと、二人がかりでカンバス・ウォーカーを担ぎ上げ、一目散に走り出した唯乃とエラノール。
「陽動かっ! っておい、そりゃねぇぞ!」
 ラルクが慌てて追いかける構えを見せた。
「エル、お願いっ!」
「了解なのです」
 言ってエラノールが火術を展開。先ほど撒いた水が蒸発していく。
 さらに続いて氷術を展開。今度はそれが霧に化けた。
 ラルク達三人が霧に撒かれる中、唯乃達は速度を上げていく。
「よしよし、首尾は上々。ああ、初めましてカンバス・ウォーカーさん。いやいや、予想通りの美少女っぷりだ。ボクですか? ボクは太金示威土仮面。ご安心ください。いつまでもどこまでも、あなたの味方です」
 唯乃達に並び走り出すウィンド。「ちょっと、もういいから、一人で走れるから!」とわめくカンバス・ウォーカーに声をかけている。
「唯乃、唯乃」
 ウィンドに聞こえないくらいの小さな声で、エラノールが囁いた。
「ん?」
「こちらの方は誰なのでしょう? 金ぴかでちょっとカッコいいのですが……」
「……ウィンドさ、いや、太金示威土仮面さんよ。えーと、美少女達の永遠なる味方らしいから……、きっとエルの味方もしてくれると思うわよ?」
 それから唯乃はウィンドに向き直る。
「それにしても、なんかいたずらに敵を増やしたような気がするんだけど……ほら、さっきのラルクさんなんか協力してくれそうだったし……」
「……」
 少しだけ、時間があった。
「あっはっは、いや何、過ぎてしまったことは忘れましょう唯乃さん。ボクらは常に前を向いて歩いていかねば!」
 快活に笑い飛ばすウィンド。
 それを聞きながら、唯乃が足を止めた。

「そうね、先のことを考えましょうか」

 小さな広場だった。
 代わりに、三六〇度丸々建物が取り囲んでいる。
 今来た道以外はどこにも繋がっていないらしい。
「ふぇぇ、どうしましょう唯乃、後ろから追っ手の皆さん迫ってきている気配なのですっ!」
 エラノールの声に、唯乃とウィンドは唇を噛んだ。

 そこへ――

「空飛ぶタクシーは必要かね?」

 アルツール・ライヘンベルガー(あるつーる・らいへんべるがー)の声が舞い降りた。