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展覧会の絵 『彼女と猫の四季』(第2回/全2回)

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展覧会の絵 『彼女と猫の四季』(第2回/全2回)

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第四章 宵闇が彼女を隠す

「ふむ、悪くないワインだ。君は中々肥えた舌を持っているようだ」
 マーチン邸。
 メニエス・レイン(めにえす・れいん)の夜半の来訪に眉をひそめたマーチン氏だったが、メニエスが差し出したワインを、今は上機嫌ですすっている。
「いえ、こんな時間に伺った訳ですから当然かと。お詫びの品になっていればよいのですが」
「おおう、なっているともなっているとも。すべての人間が君のように礼儀をわきまえていれば素晴らしいのだがな」
 苦々しそうに言ってマーチン氏は頬をさする。
 そこは、昼間の騒ぎの痕跡を残してまだ腫れ上がっている。
 いきなり巨大ゴーレムをけしかけるのは、でははたしてどうなのだろうと思ったけれど、メニエスは黙っていた。
「しかし、『彼女と猫の四季』すでに貸し出した訳で……一体何の用だね?」
「知識の虫が疼きましてね」
 メニエスは人差し指を立てた。
「確かに無事に絵はお借りできたわけですが、絵を手に入れるまでの苦労など、聞いてみたいと思いまして。あれだけいわくだらけの絵です、いろいろと大変だったのではないですか? ええ、あたしの個人的な理由です」
 少しだけ黙り込んでから、
「特別な理由など無いのだがね」
 マーチン氏はさして面白くもなさそうにつぶやいた。
「借金のカタなのだよ。中々いい絵を描く奴だと思って少しばかり金を貸してやっていたのだ。そしたらある日突然やって来て置いていった。少額だし、別に返ってくるなど期待もしておらなんだが律儀な話だ。その後しばらくしたら死んだと聞いたからな、まぁ何か思うところでもあったのかもしれん」
 その目が、少しばかり遠くを見るように細められる。
「ところで……その絵は大事に管理できているだろうね?」
「ええ、それはもちろん。この上なく厳重に」
 ニヤリ。
 メニエスは片頬だけで皮肉気な笑みを浮かべた。

一方、空京の飲食街。

「絵描きの家の住所?」
 葉月 ショウ(はづき・しょう)の質問にガードマンは怪訝そうな顔をした。
「そうだ、街外れにあるんだろう?」
「街外れには家があるけどなぁ」
 どうにも要領を得ない。
「だからその家だ」
「どの家?」
 イライラと、ショウが足を踏み鳴らす。
「何だかちっとも進まないな」
「君、何がしたいんだい?」
「カンバス・ウォーカーの手伝いだ。街に溢れてる情報から、カンバス・ウォーカーの目的達成に必要なのは、ずばり四枚の絵とカンバス・ウォーカー自身」
 ショウは四本の指を示してみせる。
「それから絵をそろえると幽霊が出るって噂。これが本当なら絵を描いた絵描きってとこだろう。実際その辺の『彼女と猫の四季』の真実ってやつを見てみたいからな。別にカンバス・ウォーカーをとっつかまえてやろうというわけではない。もし何か――カンバス・ウォーカーをかばいたいとかだな、そんな思惑があるなら心配しなくていいが?」
 ガードマンはしばらく腕を組んで考えていたが、やがてポンと手を打った。
「あ、君逃げていったあの女の子を探しているのか!」
「はじめからそう言っているつもりだが!?」
 そのあまりの衝撃に、ショウは悲鳴に近い叫び声を上げた。
「い、言ってないだろう!? それに私はただの守衛だ、絵描きの住所なんて知らないぞ! 女の子がひとり、街外れに逃げていくのを見ただけだ! そうじゃなくても無名の絵描きの家なんて誰が知るものか!」

「正論だと思うのですが……とは言え、困りましたね」
 ショウとガードマンのやり取りを耳だけで拾いながら、クリス・ローゼン(くりす・ろーぜん)は空京の地図に向かって難しい顔をしている。
「とりあえず今ある情報で街外れまで行ってみようか。うまくいけばカンバス・ウォーカーに鉢合わせられるかも知れない」
 クリスの手元を横からのぞき込んで、神和 綺人(かんなぎ・あやと)が促した。
「アヤが行くというなら構いませんけど……でも絵を盗むのは悪いことですよ? 本当なら捕まえなくては……」
 クリスは眉根に皺をよせ、少しだけ綺人を睨んでみせた。
「でもクリスだって四枚揃えたところを見たいと思ってる」
「それはそうですけど……」
 今度は唇を尖らせる。
「憶測だけど、彼女は四枚目を持っているよね?」
「でももしかしたら、絵を四枚揃えるだけではだめなのかもしれません」
「んー、例えば……」
 綺人はあごに指を添えた。
「今日みたいに月が特定の位置にある時に、四枚揃わないと意味がない、とか?」
「カンバス・ウォーカーさん自身が関係ある……とか」
「彼女は『彼女と猫の四季』の真実を知っているのかな?」
「知ってそうな……素振りですけど。聞いたところでは」
「もしかして、血縁関係かな? 『彼女と猫の四季』の『彼女』って、カンバス・ウォーカーのことだったりしたら面白いね」
「それは、面白いですけど……困りましたね」
「だねぇ」
 二人は揃って空を振り仰いだ。
 背の高い建築物の遙かに、丸い月が輝いていた。

 ピッ、と空を薙いだ食事用ナイフは狙いをあやまたず壁に刺さった。
 空京でも、毎晩芸術家達が集まるという飲食屋。
 いい頃合いに夜は更け、湧き上がる笑い声やグラスの合わさる音で店内は喧噪に満ちている。
 ビィィィンとまだ揺れているナイフに、ソーマ・アルジェント(そーま・あるじぇんと)はぎょっとした目を見開いた。
 その隙に、こちらも恐怖の色を浮かべた女の子がソーマからするりと逃げていく。
「お客さん、しつこいナンパは、ウチじゃお断り。他でやってください」
 両手にトレイを抱えて涼しい顔をしているのは清泉 北都(いずみ・ほくと)。ソーマに注意を払いながらも、に手際よく空いた皿を回収している。
「なんだよ、何のつもりだよ北都」
「時間がないって言ってるじゃないか」
「北都こそ、じゃあ何やってるんだ?」
「腕を見込まれたんだから仕方ないじゃないか。それに、僕はあちこちで情報収集してるよ」
 話しながらも北都のトレイの上、皿の山はどんどん高くなっていく。
「とにかく真面目にやってよね」
「俺は真面目だぜ? 今だって北都が邪魔しなけりゃすげぇ情報が手に入ったってのにさ」
「電話番号でしょ?」
 ぐぅ、とソーマが詰まる。
「いい? 絵描きのことを知っていそうなのはたぶん、女の子達じゃなくて、芸術家達の方。それも、絵の具やら塗料やらでなるべく汚れてる人の方がきっとディープだね」
「……あんまり、気がすすまねぇな」
「いいから行ってくる! 四枚目の絵の話と、カンバス・ウォーカーが向かいそうな場所……それから、急いでいた訳も、かな!」
「へいへい」
「全部解決して、それでもカンバス・ウォーカーが悪人じゃなかったら、彼女も招待してお茶会開くからさ」
 
「よぉしっ! ボウズ! お前は若いに似合わずよく分かってる!」
 三〇代後半といったところだろうか。髪の毛から着てる服、その靴まで絵の具でまみれ、これ以上無いくらいディープな雰囲気を醸し出した絵描き。お酒も入って大分良い気持ちになっている様子のその絵描きからバンバンと強烈な勢いで背中を叩かれ、白菊 珂慧(しらぎく・かけい)は目を白黒させた。
「それでぇ、あのぉ、『彼女と猫の四季』とカンバス・ウォーカーの話を……」
「ん? 『金だらいとエコの指揮』? ありゃあダメだ駄作だ。構図から色遣いまでどうしようもねぇ! そんなことよりボウズ、今この空京で一番注目の絵描きと言ったら誰だ?」
 珂慧は少し首をかしげてから答えた。
「アイン。アイン・スミス」
 バンバンバンっ!
 またも激しく背中を叩かれた。
「分かってる! ボウズ、お前は実にいい目をしてる! だがな、ボウズ覚えておきな、一年後、そうやってお前が口にする偉大な画家の名前は……俺だってことをな!」
 そう言って絵描きはガハハと笑った。
「あ、あのぉ、そうじゃなくてカンバス・ウォーカー……」
「ん? コンパス・イレイサー? ガハハハハ」
 バンバンバンバンっ!。
 絵の話題で気に入られ、何とかこのテーブルに混じったまではよかったのだけれど、どうやら気に入られすぎたらしい。
 背中をさすりながら珂慧は、すぐ隣に座る樹月 刀真(きづき・とうま)に目で合図を送った。
『後は任した』

「不満そうですね、玉藻」
 珂慧からのメッセージを視界の端に捉えつつ、刀真は玉藻 前(たまもの・まえ)に声をかけた。
「せっかく苦労して手に入れた絵だ。むざむざと盗まれたのでは気に入らん。追わないのか?」
「まぁ、急がば回れと言いますし。ここで『彼女と猫の四季』の真相を掴めれば、カンバス・ウォーカーの目的を知ることも出来るでしょう。追いかけるのはそれからでも遅くはないですよ」
 その時、刀真達の向かいに絵描きがひとり戻ってくる。
「……君たちの友人にはすまんね、あいつはどうも若い子を見つけるとああなんだ」
「……いえ、まぁ結果的にこうやってお話が聞けてますから……まぁプラマイでゼロってことで」
「そうか。ええと、『彼女と猫の四季』についてだって?」
「ええ、どうしてもあの絵の『いわく』が気になってまして。ほら、『絵描きが死の間際に呪いを掛けて』とか『四角形に合わせると、幽霊が出てくる』というやつです。例えば何か、そういった仕掛けをご存じではないですか? 芸術家の皆さんなら、あるいは詳しいのではないのかと思うのですが」
 絵描きは、何かを思い出そうとするように斜め上を睨んでいたが、やがて「わからんなぁ。残念だが」と首を振った。
「しかしまたおかしな絵を調べているんだな」
「カンバス・ウォーカーとやらのせいでな」
 玉藻はまだ少し不満そうな顔をしている。
「ああそうか、今夜が騒がしいのはあいつが飛び回っているからか」
 絵描きは苦笑してみせた。
「む? 美術品専門の賊だぞ? 憎くないのか?」
 絵描きのその表情に玉藻は不審そうに疑問をぶつける。
「複雑なところだな。別にこちらの懐が痛むわけじゃなし。まぁもちろんそれで、美術館の名画が見れなくなるのはたまったもんじゃないが。すべての絵がそれに相応しい場所にあるというわけでなし……ん、そう言えば?」
「何か思い出しましたか?」
「いや、そう言えばそのいわくはおかしいな。『四角形に合わせると、幽霊が出てくる』……? 『彼女と猫の四季』はあいつの遺作だ。四枚目までは、完成しなかったはずだぞ」

 カラカラコロン、カラカラコロン。
 バーカウンターの上に、ロックアイスの音とはまた違った硬質な音が響く。
 本郷 涼介(ほんごう・りょうすけ)が思案顔でダイスをもてあそんでいた。
「よいしょ。ただいま、おにいちゃん」
 外から戻ってきたクレア・ワイズマン(くれあ・わいずまん)が、涼介のすぐ横のスツールにちょこんと腰掛ける。
「おかえり、なにか飲むか?」
「んーと、じゃあオレンジジュース!」
 涼介が注文、クレアはその様子を横からジッとのぞき込んだ。
「悩んでるね? おにいちゃん」
「ガードマンの方はどうだった?」
「んー、目新しい情報はないかなぁ。ガードマンさんはカンバス・ウォーカーの目的地までは知らないみたい。街外れに向かった人達はそれぞれ自分の予想で動いてるみたいだよ。おにいちゃんの方は?」
 カラカラコロン。
「……どうにも、賽の目が曇ってるんだよな」
「カンバス・ウォーカーがどうして作者不明の絵ばっかりを狙うのか――わかんなかった?」
「いや、それはハッキリした」
 涼介は情報をくれた絵描き達のテーブルを眺めやった。
「別に公言しているわけではないけど、盗んだ絵の共通点をあげてみる限り、要は『彼女と猫の四季』の絵描きが描いた物ばかり狙ってるってことみたいだな」
「うーん、じゃあ熱烈なファンっ! か、やっぱり関係者だよねぇ。『彼女』ってことはないのかなぁ?」
「絵描きの恋人の話も聞けたぞ」
「え! じゃあ!?」
 パッと顔を輝かせたクレアに対し、涼介はますます難しい顔を作った。
「『こー髪までフワフワっとウェーブした人でね。おしとやかで清楚で、陽だまりみたいな人だったよ!』だとさ。カンバス・ウォーカー、おしとやかか?」
「うーん、ちょっと違うよね」
「結局誰なんだ、カンバス・ウォーカー?」

「んー、次は、あっちのテーブルに行ってみましょうかっ! 女性の芸術家さんも混ざってるみたいですから、また新しい話が聞けるかもですっ!」
 キョロキョロと店内を見回し、目標を見据えた東雲 いちる(しののめ・いちる)は、グッとパートナーの手を握る。
「お、お待ち下さいマスターっ!」
 いつもは引かれるに任せるソプラノ・レコーダー(そぷらの・れこーだー)だが、クイッと珍しくいちるの手を引き返した。
「マスター、この方法はとても非効率です。情報収集の対象は散漫に過ぎますし、多くの方がアルコールで判断能力を欠いています。それに、さっきからどの対象も個人的な感情に彩られすぎています。総体的に、ノイズが多すぎます」
「ノイズ上等ですっ! ……あ、でも、ソプラノちゃんには騒々しすぎましたか? 一度出ましょうか?」
 いちるは気遣わしげな表情になった。
「いえ、ワタシは構わないのですが……カンバス・ウォーカーを捕まえるための有益な情報収集にはなりづらいのではないかと」
「んー、そうですねぇ。でも捕まらなくても良いのです。お話は、してみたいですけれどね」
 その言葉に、ソプラノは目を見開いた。
「しかしカンバス・ウォーカーは絵を盗みました。この行為は犯罪です」
「んー、確かにそうなんですよねぇ。困っちゃいますよね」
 いちるは苦笑い。
「でも例えば、そこに『想い』があって音楽や絵が生まれるように、今回の大騒ぎの裏にも、きっと誰かの『想い』が隠れているはずです。それが分からないうちに捕まえちゃうのは、ちょっと可愛そうかなって気持ちがあるんです。だから、もう少し、色んな人の話が聞きたいんですよね」
「……『気持ち』とは理解しかねるものですね」
 珍しく、ソプラノは少し不機嫌そうだった。
 それを見たいちるが、何かをひらめいたように口を開く。
「おや? 嫌ならソプラノちゃん、先に帰ってもいいんですよ」
 わざと意地悪な調子で放たれたそのひと言に、ソプラノは一瞬、愕然とした表情を浮かべる。
 それから、ブルブルと頭を振った。
「いえ、一緒に行きます」
 いちるはニッコリと微笑んだ。
「それが、『気持ち』です」

「それー、でありますー」
 着ぐるみのチューリップがくるくるとターン。
「次は逆回転ー」
 くるくるくるくるー。
 【暁の微笑】トゥルペ・ロット(とぅるぺ・ろっと)が舞うのに合わせて、人だかりから喝采が上がる。

「これはアートだね」
「うん、斬新だ」
「君、これはもうどこかで公開したの?」
「これは君の存在も含めてひとつの表現と捉えて間違いないのだよね?」

「いや、まぁその、なんというか……」
 そのトゥルペを頭に乗せて苦笑いを浮かべているのは鷹村 真一郎(たかむら・しんいちろう)
 一見強面の大男とその頭で踊る着ぐるみのチューリップ。おかしな取り合わせが受けて、店の真ん中の大テーブルは、今、ちょっとした賑わいとなっている。
「俺が欲しいのは拍手ではなく情報提供な訳なのですが……」
 そのひと言に囲んでいた一同が一瞬シンとなる。
「なるほど、さすが一流のアーティストは言うことが違うね。ギブアンドテイク。対価無しには秘密は教えないって訳だね?」
 どうやら何か勘違いされたらしい。
「いや……アーティスト? アート? その……そういうわけでは……」
「そうでありますー」
 言い淀む真一郎を、相変わらずクルクルと踊るトゥルペが遮った。
「ワタシ達前衛芸術『砂漠にサボテン赤い花』の話を聞きたくば『彼女と猫の四季』の情報を提供するでありますぅ〜」
「ト、トゥルペさん!?」
「鷹村さん、チャンスは有効に使わねば損でありますよぉ〜! 何の目的で描かれた絵なのかと、えーとえーと、後は何でありましたか?」
 慌てる鷹村を尻目に、トゥルペはさらに舞う。
「……『描いた絵描きの人物像』それから……『カンバス・ウォーカーに盗まれた絵の末路』です」
 真一郎が言い終わるか終わらないかのうち、
「よぉし、絵描きの情報なら俺がくれてやる!」
「カンバスだなっ!? 任せろ、俺はファンクラブ会員だ!」
 二人は、さらなる騒ぎに包まれた。

「トゥルぺんから連絡入ったわ」
 一緒に歩いていた【暁の微笑】メンバー松本 可奈(まつもと・かな)の声で、イリーナ・セルベリア(いりーな・せるべりあ)は地図から顔を上げた。
 そう言えば携帯電話の呼び出し音が鳴っていた気がする。
「何と?」
「……なんかやたらウけてるみたい。会話の半分くらい笑い声だったわ」
「一体何の連絡だったんだ、それは?」
 言ってからすぐ、イリーナの頭にトゥルペを乗せた真一郎の姿が思い浮かぶ。
「なるほど。ウけたか」
「そうみたい」
 可奈は目尻に涙を浮かべている。そう言えば二人の姿に一番大笑いしていたのは彼女だった気がする。
「ああ、でも、ちゃんと情報聞き出せたみたいよ。ええと、まず絵描き。すっごい実直な人だったんだって。絵を描くのが好きで好きで仕方がない人。でも……あんまり報われなかったみたいね。有名なのも、結局『彼女と猫の四季』だけ。それも、絵の中身ってよりいわくのせい。描こうと思って描いたっていうより、湧き上がってくる気持ちをどうしても描かざるを得なかったってとこかな? ちょっとわかる気がする、かな」
 よく動く可奈の口に耳を傾けながら、イリーナは再び地図に目を落とす。
「それから――カンバス・ウォーカーが盗んだ絵がどうなったのかは判らないけど、『必ず返すから』って借りてってるみたいね、彼女。だからって返ってきてる訳でもないみたいだけど」
「イルミンスールの時はあっさり盗んでいってくれたがな」
「さて、で、私達はどうする?」
「次の店に行こう。どうしてもカンバス・ウォーカー・プチが口走った『絵を手に入れる権利』とやらが気になる。市外の古い家が絵の舞台というのは間違いなさそうだが……絞り込む手段がないな……こうなると、追跡班まかせになりそうだな」

 オープンカフェのテーブル。ペンを片手に地図を広げているのは譲葉 大和(ゆずりは・やまと)。地図には時間や出来事が細かく書き込まれ、それを繋ぐ一本の線が街外れを目指して行っている。
 瞬間、携帯が鳴った。
「どうでした?」
「どうもこうもないわ」
 ターナー家に情報収集に行ってもらった九ノ尾 忍(ここのび・しのぶ)の声だった。
「ターナーめ、あっさり答えおって」
 忍が交渉材料に用意していったなぞなぞはどうやら答えられてしまったらしい。
 悔しそうな雰囲気が滲んでいる。
「ははあ、少し簡単すぎましたかねえ?」
「おぬしは答えられなかったじゃろうが!?」
 キーと、忍の甲高い声がスピーカーを震わせた。
「では、残念ながら収穫はナシ、と」
「む、癪に触る言い方じゃな。収穫ならちゃんとあったわ」
「ほう?」
「『借金の代わりに置いてってくれものだからわからないわぁ』じゃと!」
 投げ捨てるような忍の声に、大和は小さく苦笑した。
「わかりました。じゃあ一度空京まで戻ってください」
「言われんでもそうするわっ!」
 乱暴に電話は切れた。
 ため息をつく暇もなく、すぐに着信音が鳴る。
「こちらカナラヴ01! 02聞えるか? オーヴァー」
 開口一番そう言ってやると、電話の向こうで明らかにとまどう気配があった。
「こちらカナラヴ02だけど……これ、大和ちゃんの携帯電話だよね? オーヴァー?」
 上空からカンバス・ウォーカーの逃走を追っていたラキシス・ファナティック(らきしす・ふぁなてぃっく)はそれでも律儀に語尾を合わせた。
「ええ、俺です。まぁ……単に雰囲気ですよ。何か進展がありましたか、オーヴァー?」
「さっきまで中心街付近で魔法が飛び交ってたんだけど、今すごい勢いで北上してるみたい。なんだろうあれ、空飛ぶ箒かなぁ? これ以上は目だけじゃ確認できないよ。どうしよう、ボクも追おうか? ええと、オーヴァー?」
「空飛ぶ箒? カンバス・ウォーカーのですか? オーヴァー」
「そうじゃないみたい。誰かが抱えてるよ。オーヴァー」
 大和は舌打ちをした。
「しまったな。これは不確定要素だ。ラキシス、追跡に動いてください。忍が戻り次第こちらも次の手を打ちます。オーヴァー!」
「ラジャー!」
 電話が切れる。
 今度は大和がすぐにナンバーキーを叩いた。
「歌菜さん、すみません、あなたの勘に任せました!」