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黒羊郷探訪(第2回/全3回)

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黒羊郷探訪(第2回/全3回)

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2-04 香取隊、谷間へ

 ソフソ・ゾルバルゲラの兵を率い、三日月湖の戦線とは逆の谷間の宿場へと向かった香取 翔子(かとり・しょうこ)
 臨時指揮官である彼女の指揮下に入り、ロンデハイネ隊の救出作戦に参加するのは、同じく【ノイエ・シュテルン】からクレーメックらと別ルートでウルレミラ入りしていたマーゼン・クロッシュナー(まーぜん・くろっしゅなー)
「ロンデハイネ隊長は我々を引き立ててくれた大恩ある御方、見捨てる事など出来はしない!」
 アム・ブランド(あむ・ぶらんど)、それに本能寺 飛鳥(ほんのうじ・あすか)も一緒だ。
 更に、ジェイコブ・バウアー(じぇいこぶ・ばうあー)
「ロンデハイネのおっさんを倒すとはなかなかの強敵だな。殺り甲斐があるぜ」
 元LA市警SWAT隊員という彼が教導団へ入った経緯は、手段を選ばぬ強引な手法や協調性に欠けた性質のため不適格者とされたという曰く付き。過激な人物であるらしい。今は、ノイエ・シュテルンのメンバーとして共に作戦を遂行する。
 香取のパートナー、クレア・セイクリッド(くれあ・せいくりっど)は、彼女が(パルボンとの交渉や)出撃の準備で忙しい間、お使いを頼まれ、バッテリー式の携行ラジカセと携帯用拡張スピーカーを買ってきて、それをマーゼンに渡した。
「なんに使うんだろ……」
 それから、クレアは……香取から、後もしもの為に香取隊の指揮を彼女から引き継いだ時用に、メモを渡されていた。
「ええと……
 ・ ロンデハイネ部隊救出作戦が終了した後はウレルミラ本陣に帰還。
 ・ 部隊の補給と一時休息の後、来たる決戦の為に再出撃の準備。
 ・ 特に次の任務が無い限り【香取隊】は解散とする。
 って、なんか翔子が帰還できないみたい……そんなのヤダよぉ」
「何してるの。準備はできた? 行くわよ」
「翔子〜〜」
 こうして向かった谷間の宿場で、香取らは皇甫 伽羅(こうほ・きゃら)と出会うことになる。そこには、白百合団のロザリンドの姿もあった。
 皇甫は夕刻頃、旧オークスバレーから谷間の宿場に着くと、すぐ異変に気付いた。
 皇甫は最初、慌しくどこかへ向かう数匹の山鬼を見た。いぶかしく思い、うんちょう タン(うんちょう・たん)皇甫 嵩(こうほ・すう)らと警戒しながら少し回ってみると、程なく、岩陰に隠れるようにして移動するロンデハイネ兵の数人に出くわしたのだった。このすぐ後に、冒頭の出会いとなる。
「私も、お手伝いしましょう。なにやら教導団の方々深刻な事態になっているようですし」
「ええ、後方連絡線確保のために匪賊討伐が必要ですぅ。
 あれ? ところで、我らが【ノイエ・シュテルン】隊長のジーベックさんはいらっしゃらないのですかぁ?」
 皇甫、ロザリンドは香取らに合流後、互いに事情を話し状況を整理しつつ、進む。
「皆さんは、ノイエ・シュテルンのお方々ですか。霧島さんは、……あ、霧島さんは獅子小隊でしたね。いえ、どうされているのかと気になっただけです」
 ロザリンドは教導団の者とも交流がある。
 霧島は、まだ到着していない・音信普通組のリストに挙がっている一人だった。
 ともかく目下は、危急の状況にあるだろうことがわかっているロンデハイネの捜索である。
 皇甫の見つけた兵は、早い段階で隊からはぐれた数名だった。乱戦だったため、隊長の行方はわからないと、申し訳無さそうにそう語った。
 状況は、厄介であった。
 ロンデハイネ隊が瓦解したのは、夕刻前後のことで、兵はちりぢりになり、ロンデハイネの行方はわからない。すでに囚われて、山鬼の家に連れ去られている可能性もあるし、もしかしたらもう……。あるいは、谷間のどこかで兵同様、助けを待っている、ということも考えられる。皇甫が回収した敗残兵の通ってきた道や、皇甫が見た山鬼の進行方向などからすると、谷の奥に入り込んでいっている可能性も高いのだ。
 香取は、隊を分け、ソフソの隊に谷間でのロンデハイネ兵の捜索と救出、ゾルバルゲラの隊は山鬼の家に向かわせる。こちらは、場合によっては、いやおそらく、戦闘になる可能性が高い。その前にまず、ジェイコブ、皇甫とうんちょうが山鬼の家の様子を探るため偵察に向かうこととなった。
 ソフソ隊はマーゼンが率い、ロザリンドも救出した兵の治療にあたるためこちらに付き添うことにして、兵が指し示す谷の奥へと入り込んでいく。
 香取自身は、山鬼の家に向かうゾルバルゲラの隊に身を置いた。



2-05 捜索
  
 皇甫、ジェイコブが山鬼の家に着いたとき、とくに怪しい様子もなく、明かりの付いた宿からは、時折歌や音楽、談笑も聴こえてくる。山鬼の声もするし、宿泊している人間も一緒に楽しく笑ったり歌ったりしているようだ。
「どういうことだ? 全く怪しい様子はないが……」
 いぶかしむ、ジェイコブ。
 戦闘した形跡が窺えれば、ロンデハイネ隊と交戦したのはこの山鬼ではと裏が取れたのだが。
「ここではないのか? いや、しかし確かにここが山鬼の家……」
「義姉者……念のため、詮索してみるか?」
「罠かも知れないぜ」
「ふむぅ。確かに、危険そうな感じがしないですぅ。
 予想外ですが、旅行客を装って軽く接触してみるですぅ」
 山鬼の家に近付く、皇甫。
 ジェイコブは物陰から、何かあればいつでも対応できるよう、銃をかまえる。
 が、
「イラッシャイオニィィ。一名様? オニィ?」
 やはり、全く怪しい様子はなかった。
 皇甫は予約していた筈なのですが宿を間違えたですぅと言って、二人のところに戻った。
「とにかく、一旦戻る他ないですぅ……」



 辺りは、もう完全に日が暮れ、真っ暗である。
 マーゼンは、効率のためにも危険回避のためにも、夜が明けるのを待つのがいちばんだと思うが、一刻を争う状況なので、そうもいかない。
 今、周囲からは慌しい動きや、物音が聞こえてくる気配はない。
 マーゼンは、クレア・セイクリッドから受けとったスピーカー付のラジカセで、教導団の軍歌を大音量で流し、救出隊がやってきたことを知らせる作戦に出た。
 この状況で兵を探すには、手っ取り早い。
 だが、もちろんこの方法は……
 何人かの兵と周囲を見張っていた飛鳥が、気配を察知。
 彼女が注意を呼びかけ、ソフソ兵は戦闘配置に着く。
「早速出たか」
 山鬼でもない……へんな魔物を呼び寄せた。
 ともあれ、この軍歌作戦は、危険も伴ったが効果を表し、物陰に潜んでいたり、谷を彷徨っていた兵らが続々合流してきた。数名から十数名のまとまったグループでいる者も多かったので、五十名くらいまではすぐ回収できた。いちばん後に見つけた一グループは、まだ半刻程前にこの付近で山鬼と交戦したばかりだという。
 見つかる兵は多かれ少なかれ、手傷を負っている。致命傷の者はいないが、交戦の最中、谷に落ちてしまった者も数名いるという。残念だが……複雑に入り組んだ谷底まで落ちればまず助からないだろうと思われた。
 傷を負った兵は、ロザリンドが治療を施すと、充分戦える状態にまで回復できた。
 マーゼンはアムに指示を出し、アムは、戦える者を、発見順に十名ずつの班に編成し、山鬼の家で行われるであろう救出作戦(戦闘)に差し向けるべく、移動させた。



「山鬼の家はとくに変わった様子がなかった……? どういうことなの。
 戦闘した形跡のない以上、そこにいる山鬼は無関係ってこと……?」
「宿泊客らしい人と山鬼とが楽しく飲んでるといった様子でしたし……」
「オレが今一度隠密行動を取って、内部まで探ってくるか」
 谷間で救助された兵が、一組、二組と、香取の隊に合流してくる。
 しかし、ロンデハイネの姿はない。
 ぶぅん。
「な、何今の……」
 暗がりの空を、どうやら一匹の巨大な蜂の姿、が飛び去っていった。



2-06 山鬼との決戦

 谷間の奥に入り込んだマーゼンらソフソ隊。かなりの距離を来た。
 視界の開けた場所に出ると、崖の下の方に山鬼の家が見える。
 様子がおかしい。
 何か羽のある生きものが山鬼の家の周囲を飛び交い、ほんのかすかに、悲鳴が聞こえている。
「何が起こっているのでしょう? 香取さん達の攻撃がすでに開始されているのでしょうか。
 だけど、あの飛び回るものは……?」
「むう……わかりませぬ。自分らは自分らの任務を」
「マーゼン殿! この先に、ロンデハイネ隊の兵が多数おり、山鬼が!」
 ソフソ兵の一人が知らせてきた。
「……!」
「山鬼……やはり、いたか」
 とうとう、マーゼンらは山鬼の一隊と出くわした。
 数は、50程だろうか。おそらく、全部ではない。
 そして、あちこちに倒れ伏したり、捕虜になってつながれているロンデハイネ兵の姿が見える。おそらく、ロンデハイネ兵の掃討を行っていた山鬼の一隊か。
 マーゼンはディフェンスシフトを展開し、味方の防御を高める。
「自分は壁役になる! 負傷した者や武器弾薬を失った者は後方に下がり、それ以外の者は一対一では戦わず、必ず数人が一組になって戦えない兵士達を守れ!」
 今まで勝ちに勝ってロンデハイネの兵を蹴散らしていた山鬼の士気は高い。
 一丸となり、猛然と打ちかかってくる。
「私も加勢いたします。……負けませんよ!」
 ミンストレルとしての素養も身に付けているロザリンドが、眠りの竪琴を奏でると、山鬼の気勢が殺がれ、士気が低下する。
 ここぞと、ロンデハイネの兵達が、山鬼に逆襲にかかった。



 隠密行動に行ったジェイコブを待ち、待機するゾルバルゲラ隊。
 皇甫嵩が、駆けつけてくるロンデハイネの兵をまとめ、汚名返上・士気高揚を呼びかけ、兵らを鼓舞している。
「決戦はもう間もなく……の筈じゃ!」
 やがて、山鬼の家の方角から、こちらに走り来る人影。
「ジェイコブか」
 いや、……「火事オニ! 火事オニ!」
「山鬼?」
 いや、……宇喜多 直家だった。
「こんなところに宇喜多直家? いや、どなたかの英霊だったか……?」
「はあ、はあ。
 山鬼の家が、大変なことになっているオニ、……じゃない、大変なことになっているのじゃ。
 それがしは、救助部隊を差し向けるべく、牢獄亭に向かっておったのじゃが、ここで教導団の部隊に出会えるとは、ついておる」
 香取らは、手早く、宇喜多から状況を聞いた。
 やはり、ロンデハイネは山鬼に囚われていた。
 しかし、出来事は今しがたのことらしい。ロンデハイネは、瓦解した部隊を収拾しつつ、山鬼を退けながら谷の奥へと逃げ込んでいたのだが、やがて山鬼の囚われるところとなった。山鬼の頭は、隊の掃討に幾らか兵を残すと、捕えたロンデハイネを連れ、谷を迂回して家に戻った。
 ともあれ、これでするべきことは決まった。
「ジェイコブが戻っていないが……」
 香取は、ジェイコブのパートナーフィリシア・レイスリー(ふぃりしあ・れいすりー)に兵の三分の二を率いさせ、正面より、自らは、皇甫と共に残りの兵を率い裏口から攻める作戦を立てた。
「これより、山鬼との決戦よ。さあ、私に続いて!」
 香取の率いる隊は、山鬼の家目掛けて一斉に進軍を開始した。



 数人一組になることで、山鬼の攻撃を防ぎきり、ロザリンドの竪琴で戦意を殺がれた山鬼達は、やがてマーゼンと兵らに討たれた。
 半刻……いや一時間程かかったか。
「おお、山鬼の家が燃えている……」
「勝負は決したのでしょうか?」
「ううむ、ここからでは何ともわかりませぬ」
 ロザリンドは再び、兵の治療にあたり(復帰不能な者も十数名いた)、ここで更に三十名程を救助。この先の道は真っ暗で、幾つもに路が分かれ、谷間に分け入って消えている。この中に、山鬼の家に続く抜け道もあるのかも知れないが……マーゼンは、ここで捜索は打ち切りとした。回収できた兵は全部で八十は越える。ロザリンドの治療により、うち9割方は再出撃できた。残り六、七十名の全てが山鬼に討たれたか? 谷間に命を落とした者もいるだろうが、あとはロンデハイネと共に山鬼の捕虜になっている可能性もある。付近で戦死している者もちらほら見えるが……そう多くはない。マーゼンは、目を閉じ、軽く黙祷する……今事態は急を要す――マーゼンは再編した最後の組を香取の方へ向かうよう指示を出すと、救助を終えたソフソ隊をまず、三日月湖の戦線へ戻すこととした。山鬼の家での決着が着けば、自分らもすぐに三日月湖へ急行せねば。



 山鬼の家に急行する香取隊。
 一人二人と、兵の姿が見える。山鬼の家に、ロンデハイネと共に捕虜として連れられた彼の兵だ。
「ええ、我々は別室につながれておりましたが、ロンデハイネ隊長は山鬼の頭に連れられていき……」
「囚われていた女達は、プリモ殿が導き、オークスバレーの方面に撤退していった模様です」
「その後、誰かが山鬼の家に火を放ち……」
(それは、わしなのじゃが……)
 宇喜多がぼそりと呟いた。
「まだ、ロンデハイネ殿は見つかっていないのです」
「それに、家の中には、霧島殿、それから居合わせたパラ実の生徒も巻き込まれているということを……」
(ぎくり)
 火事を聞き、谷間の宿場の住人にも、ここを逃れようと逃げていく者の姿がある。宵闇の中、宿場を経営する様々の異形達が、あちこち動き回っている。
 騒ぎを縫って、燃え上がる山鬼の家に、香取らが殺到する。
「ああ……!」
 山鬼の家はすでに炎の海と化し、山の上方まで赤く染まっている。火の粉が舞い、焼け落ちた破片が落ちてくる。
「ロンデハイネ殿を救出せよ!」
 香取は、皇甫と共に兵を率い裏手に回る。
 正面には、あふれ出てきた山鬼達がうろうろしている。「アチッ」「アチチオニィィィ……!」
 ジェイコブは……?
 フェリシアは、彼を心配しつつも、彼に代わって兵を繰り出し、逃げ惑う山鬼を討ち取る。



 焼け落ちていく、山鬼の家内部。
「九十九! 九十九! ……く、どこだ?」
 火を振り払いながら、その中を探し回る霧島。彼の肩には、火傷を負ったロンデハイネの姿。
「霧島よ……すまぬ……
 九十九は、私を逃がし、山鬼の頭と打ち合った……」
「……わかっている。あんたを救い出せたのはよかった。
 ここも火に包まれる。外へ出るか……」
 戸口に立ちふさがる、炎の中に揺らめく巨大な影。
 片手には熱に赤味を帯びた金棒、もう片手には、ぐったりした女性の姿。九十九……!
 霧島は、ヒロイックアサルトの力を振り絞り、闘争本能を呼び起こす。しかし、力が高まりきらない。九十九……? もしかして……
 じりじりと近寄り、煤に塗れた黒い顔にニヤリと笑いを浮かべる山鬼頭。九十九は、動く様子がない。
「……おのれ。貴様……」
 霧島はロンデハイネを物陰にそっともたれさせ、拳にある限りの力を込める。
 山鬼頭は金棒を振り上げた。



 あらかたの山鬼は討たれるか、焼死んだ。
 谷間の住人達が、火事に集まってきている。
 裏口に回り、ロンデハイネを探す香取。
「……はっ」
 気配を感じ、焼け落ちていく戸口を見ると、その奥から影が近付いてくる。
 炎に包まれながら歩いてくるのは……山鬼の頭だ。
 足もとに、九十九、霧島、ロンデハイネをどっさと落とす。
 香取はライフルを取り……
 山鬼の頭は、金棒をロンデハイネに突きつける。
「教導団の、香取 翔子!
 私がそっちへ行く……その者らは、こちらへ放しなさい……!」
 香取は、ライフルを投げ捨て、山鬼の頭に近付く。
 山鬼の頭はただ黒い笑いを浮かべる。
 その後ろから、炎のかたまりになった男が、ゆっくりと背後に近付く。手にしたカービンを突きつけた。