蒼空学園へ

イルミンスール魔法学校

校長室

シャンバラ教導団へ

教導団のお正月

リアクション公開中!

教導団のお正月

リアクション


第4章 クーデター(笑)

 皆が思い思いの方法で新年会を楽しんでいる時。
 ごく少数ではあるが、別の目的を持って新年会に参加している者たちがいた。
 ゲルグと名乗る男を筆頭とする、クーデターの一派である。
 新年会に潜り込んだ彼らは、金 鋭峰を打倒するため、客に紛れてゲルグの命令を待っていた。

「そしたらあいつなんて言ったと思う? 『もうこんな関係、終わりにしましょう』だってよ! いきなりそんなこと言われたって、こっちはなにがなんだかわからねえっての! 理由を訊いても、曖昧な返事しかくれないしよ」
「ふむ、それで?」
 松平 岩造(まつだいら・がんぞう)が、酔った男の話に相槌を打った。
「それで? それでもなにも、それで終わりさ。あいつはオレの前から消えて、携帯も通じなくなった。家までいったけど、誰も住んじゃいなかった。はっ、最初から騙されてたんだよ、オレは」
「なるほどな。そりゃ災難だったな」
 一緒に話を聞いていたドラニオ・フェイロン(どらにお・ふぇいろん)が、重々しく頷いてみせる。それから男は、グラス一杯の酒を一息であおった。既に過度のアルコールを摂取しているのか、顔がかなり赤い。
「でもよう、やっぱり忘れられねえんだよ……あいつがいなくなったら、何もかもどうでもよくなってさあ……」
「それが、貴様がクーデターに加担した理由か?」
 慎重に、しかしさりげなく岩造がクーデターという言葉を使った。
 岩造とドラニオは、新年会の裏で行われるはずのクーデターを阻止するために動いている。そのため、岩造は仲間のフリをしてクーデターのメンバーから情報収集を行っていた。
 幸い、酔いが回っていた男は、岩造の言葉を疑うことなく、質問に答えていく。
「くーでたー? ああ、そうそう、全部ぶっ壊れろとか思ったっけ……ぐすっ」
 俯き、涙ぐんだ男を放って、岩造とドラニオが小声で会話を始めた。
「どう思う?」
「嘘ではないと思うぜ。しかしなんというか、なあ」
「拍子抜けだな。底の浅いクーデターだ。規模も小さいように思える」
 岩造がばっさりと言い切った。
「ここまで話してきた連中は失恋、成績不振、商売の失敗、ノリ、だったか? 酔うとすぐに喋ったな」
「こんな小物を捕まえて、手柄になるのだろうか?」
 と、岩造とドラニオが眉間に皺を寄せていると、岩造とドラニオ、それから酔っ払った男の携帯が同時に鳴った。
「はいはい…………っ!」
 携帯の画面を見た途端、今まで焦点の合っていなかった男の視線が、緊張で定まった。それを岩造は見逃さない。
「はっ!」
 立ち上がろうとした男に一撃を加え、昏倒させる。それから自分の携帯電話を取り出した。
「ふむ、ようやくクーデター開始のようだ。おおっぴらに集結はしないようだが、狙いは団長だろう。自然と戦力はその辺りに集中するはずだ」
「そんじゃ連絡を取るぜ」
「ああ、頼む」
「ま、手柄にはならなくとも、連中が迷惑には違いないだろ」
 外にいる仲間と連絡を取りながら、ドラリオが手柄になりそうもなく少しテンションの低い岩蔵にはっぱをかける。
「……そうだな。では、ゲルグを探すとしようか。そこら中で騒ぎが起きてるが……まあ、すぐに見つかるだろう」
 クーデターなのか酔っ払いの騒ぎなのか見分けがつかない演習場に視線を巡らせて、岩造とドラニオはゲルグを探し始めた。

 大量の爆薬によって、演習場に派手な爆発が起こる。
「フハハハハハハッ!」
 ドラニオから連絡を受けた坂下 小川麻呂(さかのしたの・おがわまろ)が、クーデターの一団に向けて破壊工作を行っていた。
「オラオラ!」
 場が混乱したのを見計らって、小川麻呂が突撃を仕掛ける。
 団長や幹部が集まる一角に向かう連中に狙いを定めて、小川麻呂が暴れ始めた。
「なんだ貴様は!」
「お、応戦しろ!」
「うるせえ! とりあえず寝てろ!」
 グレートソードが唸りをあげる。いきなりの奇襲に動揺したクーデターのメンバーを、小川麻呂は次々に叩き伏せていった。
 まだ戦力が整わないうちに各個撃破され、クーデター側の人数が削られていく。
 それでも集まったクーデター派によって、周囲は戦場となり始めていた。
 遊具で遊んでいた者や新年会を楽しんでいた者を巻き込み、騒ぎが広がっていく。
「なんだ、もう終わりか。張り合いのねえ」
 手近な数人を黙らせ、小川麻呂が次の獲物を探していると、パートナーの坂上 田村麻呂(さかのうえの・たむらまろ)が合流してきた。
「小川麻呂、無事でござるか!」
「当然だろ」
「大体わかったでござるよ、このクーデターのこと」
 小川麻呂は田村麻呂と別行動を取り、直前までクーデターについての情報収集を行っていた。小川麻呂が頷き、
「んで、やっぱりフェイクだったか?」
 小川麻呂は最初から、このクーデターがお祭り騒ぎに便乗した悪ノリだと疑っていた。教導団主催の新年会である以上、そう考えるのも無理からぬことである。
 田村麻呂が、どう言ったものかと口を濁す。
「うーむ、クーデターには違いないでござるが、やっている連中のほとんどは鬱憤晴らしというか、ストレス解消とかに近いでござるな」
「なんだそりゃ? ま、クーデターに違いないって事は、暴れていいってことだな」
 我が意を得たりと、小川麻呂が楽しそうに口の端を吊り上げた。
「そうでござるが……話を聞いていると、色々と同情できる部分もあるのでござる。小川麻呂、ここはひとつ穏便に事を……」
「田村麻呂」
 宥めようとした田村麻呂の言葉を、小川麻呂がぴしゃりと遮る。
「力には力、悪ノリには悪ノリだ」
 そう言ってリーゼントをかき上げた小川麻呂が、グレートソードを構え直した。
「フハハハハハハッ!」
「……これはしばらく止まらないでござるな」
 再び敵を求めて突撃を始めた小川麻呂を、田村麻呂が溜息をつきながら追いかけた。

 最初こそ勢いのあったクーデターであったが、騒ぎを収めようとする有志や、団長および幹部の護衛に阻まれて、勢いを失っていった。 飛び火するかと思われた騒ぎもそれほど広がらずに済んでいる。
「そろそろ危ないねぇ」
 状況を見て取り、クーデター派の一員として騒ぎに加担していたニコラス・シュヴァルツ(にこらす・しゅう゛ぁるつ)が言った。
「まったく、こんな無茶をするからだ」
 こんな状況に置かれてものんびりしたままのパートナーに、アイン・シュルツ(あいん・しゅるつ)が溜息をつく。
「大体、なんでクーデターなんかに加担したんだ」
「んー、なんか面白そうだったから?」
「この、ばか! いいから逃げるぞ!」
 襲ってきた護衛の剣をかわし、ニコラスが火術を放つ。
 その隙に戦場から離れようとするふたりに、教導団の制服を着た背の高い男から鋭い声が飛んだ。
「貴様ら、なにをしている!」
 男の正体は、クーデターの首謀者であるゲルグだ。
「逃げ出すつもりか! 貴様らそこを動く――ええい、邪魔だ!」
 別の敵に囲まれ、ゲルグの意識がニコラスとアインから離れる。
「ええと……助けよっか?」
「無視だ無視! 助けに行ったらおまえが危険になるだろうが!」
 それでも後ろを向くニコラスの手を強引に引いて、アインは戦場から離脱するべく、走り出した。

「見つけたぞ、ゲルグ!」
 混戦の中、ゲルグを見つけた岩造が一直線にそちらへと向かう。間にいた敵をドラニオの雷術が薙ぎ払った。
 間合いに踏み込んだ岩造が、高周波ブレードを両手で高く掲げる。
「覚悟!」
「ちいっ!」
 振り下ろされた岩造の一撃をゲルグは剣で受け止める。が、体勢を崩し、剣を取り落とした。
「終わりだ!」
 無防備なゲルグに向け、岩造が追撃をかける。
 だが、高周波ブレードがゲルグを捉える直前、爆炎が岩造を襲った。
「そこまでだ。ここからは我が相手になる」
「何者だ!」
 炎に焼かれながらも、岩造が誰何の声をあげる。
 煙が晴れた時、ゲルグを守るように岩造の前に立っていたのは、黒い覆面を被り、鏖殺寺院制服に身を包んだ
甲賀 三郎(こうが・さぶろう)(こうが さぶろう)だった。
「ここは我に任せて、早く逃げろ」
「う、うむ! 感謝する!」
 状況についていけてないゲルグだったが、それでも三郎が味方だとわかり、この場から離れようとする。
「待て!」
 ゲルグを追いかけようとする岩造だったが、割って入った三郎によって阻まれた。
「我が相手だと言ったぞ、松平岩蔵!」
「なぜ私を知っている!」
 顔を隠しているため、目の前の人物が三郎だと、岩造に判断する術はない。
 それでも三郎を敵と認めたか、岩造が高周波ブレードを構える。
 対する三郎もブロードソードの切っ先を岩造に向けた。
(データは取れた。後は我の好きにやらせてもらおう)
 実のところ、三郎は本心からクーデタに加担していたわけではない。
 教導団の現状と弱点を探るために、敵としてクーデターに加わっていた。用が済めば退散する予定ではあったのだが、
(クーデタに味方する義理も、ゲルグに興味もないが、こうしておけば本気で戦えるだろう)
 三郎は松平岩造との一騎打ちを望み、こうしてこの場に立っているのだった。
 ふたりが向き合っていたのは一瞬。
 先手は三郎が取った。懐に飛び込み、下段からの轟雷閃。 
「はっ!」
「ぬん!」
 雷の一撃を喰らいつつも、岩造はヒロイックアサルトから蹴りを繰り出した。
 猛烈な勢いで迫る蹴りを三郎はぎりぎりで回避し、間髪いれず上段から轟雷閃を撃った。
 が、今度は岩蔵も易々とは喰らわない。高周波ブレードで受け止め、力任せに三郎を引き剥がした。
 そのままふたりは数合打ち合った。高周波ブレードとブロードソードが火花を散らす。
 どちらも隙を見せず、決定打は中々出ない。それでも踏んできた場数の違いからか、徐々に岩造が押し始めた。
「やはり強いな」
「貴様は何者だ! なぜ私の邪魔をする!」
「頃合か……」
 三郎が視線を巡らす。ゲルグが逃げ出したことによって、周囲ではクーデター騒ぎそのものが収まろうとしていた。
 最後にもう一度剣戟を繰り出してから、三郎が叫ぶ。
「我は卍(まんじ)弦之助なり!」
 顔が見えないことをいいことに堂々と偽名を名乗った後、三郎は後退する
 周囲の人ごみに乗じて岩造に背を向けた。
 その途中。
「ど……どうだ……った?」
 パートナーのロザリオ・パーシー(ろざりお・ぱーしー)が姿を見せる。ロザリオもまた、教導団の現状について調べていた。
「ロザリオか? それなりに満足できた」
「そ……れは……よかっ……た」
「いつまで演技するつもりだ?」
 三郎の声に、ロザリオは無言でメモ帳やカメラを指し示す。あくまで演技を続ける気らしい。三郎は苦笑して、
「写真や映像も撮れたようだし、今後の能力向上に活かすとしよう」
 そんな会話を交わしながら、三郎とロザリオは光学迷彩で姿を消した。

「くっ、失敗か! 金 鋭峰に近付くことすらできないとは……」
 教導団の人間に捕まることなく無事に逃げ出したゲルグだったが、クーデターは明らかに失敗だった。
「まずはここから脱出を……」
 新年会の会場から出ようとするゲルグ。が、急いでいたせいか前にいた人物とぶつかってしまった。
「ぬ、すまん」
「待て」
 そのまま去っていこうとしたゲルグをぶつかった相手――レーゼマン・グリーンフィール(れーぜまん・ぐりーんふぃーる)が引き止めた。
 普段ならそのまま行かせていたかもしれないレーゼマンだったが、
「運が悪かったな。今日の私は機嫌が悪いのだ……!」
「や、八つ当たり――ぐえっ!」
 レーゼマンがゲルグを思いっきり殴りつけた。
「くそっ、こんな、危険な、新年会で、なければ、あの人、を呼べたと、いうのに!」
 毒づく間に、何度もゲルグを殴りつけるレーゼマン。
 先手を取られ、ゲルグはなす術もなくボコボコにされていく。さっきの戦闘で武器を落としていたため、反撃もできない。
「ふう……」
 ようやくレーゼマンの気が済んだ時、ゲルグの顔は変形するほど腫れあがっていた。
「……」
「ふむ、こいつはどうするか。怪しいといえば怪しいが……どこかで見た顔だな?」
 一応、見回りをしていたレーゼマンである。
「クーデターに関係しているかもしれん。とりあえず、ひっとらえるとしよう」
「っ!」 
 ひっとらえるという単語に反応して、ゲルグが跳ね起きる。
 そのまま、脱兎の如く逃げ出した。
「待て!」
 なりふり構わない逃げ方に、レーゼマンが置いていかれる。
「……まあ、ひとりくらい見逃しても構わんだろう」
 そうしてレーゼマンは、またイライラしながら見回りを続けた。
 見逃したそのひとりがクーデターの首謀者であったなどと、彼には知る由もなかった。