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教導団のお正月

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教導団のお正月

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第5章 6分の1で当たります

「見つけました、団長さん」
 藤原 優梨子(ふじわら・ゆりこ)が、酒の席を離れていた金 鋭峰団長を呼び止めた。
「なにか用かね?」
「はい。実は団長さんに、この遊びに付き合って頂きたいのです」
 そう言って、優梨子がその場に広げたのは双六だった。
 一見何の変哲もない双六に見えるが、この双六にはコマを進めるために必要なサイコロがない。
 その代わり、おもちゃのようなごてごてした拳銃が盤面に置かれていた。
「ご存知ですよね、ロシアンルーレット付きの双六です。この銃の引き金を引けば、サイコロか実弾が出てくるそうですよ。なんとも血腥いですね。素晴らしいことです」
「なるほど」
 冷静に頷く団長を挑発するように、
「では、私にしばしお付き合い願えますか? ご自分で企画なさったのですから、まさか逃げよう等とつまらぬことは仰いませんよね?」
「私が用意したわけではないのだが」
 と、団長は悠然と腰を下ろし、銃の引き金に手をかけた。
 そのまま銃口を自分に向ける。
 用意したのが教導団である以上、当たれば一撃で死ぬ、という代物ではないのだろう。が、まともに喰らえば気絶するくらいの衝撃はあるはずである。
「挑戦されたからには受けて立つとしよう」
 カチッ!
 銃口から飛び出してきたのは、サイコロ。出た目は『6』だった。
「次は君の番だ」
「それでこそ教導団の団長さんです。やるからには徹底してやりましょう」
「うむ、遊びとはいえ、勝敗ははっきりさせた方がいいだろう。そこの彼も存分に見張るといい」
(ばれてやがる――!)
 光学迷彩で姿を隠していた宙波 蕪之進(ちゅぱ・かぶらのしん)が、かろうじて悲鳴を呑み込んだ。
 蕪之進は優梨子の命令で、団長がイカサマをしないかどうか見張っていたのだ。
 だが、その心中は穏やかではない。
(チクショウッ、お嬢がやられたらパートナーの俺にもダメージが来るし、勝ったら勝ったで団長や教導団を敵に回すかもだし、クソッ、なんで正月早々こんな羽目に……)
 そんな蕪之進の内心などつゆ知らず、優梨子は渡された銃の銃口を自分に向ける。
 心の底から楽しげな笑みを浮かべ、
「たまりませんね、このスリル――今日は死ぬには良い日です」
 ためらいなく引き金を引いた。

 銃声が轟く。
「あうっ!」
 スタート直後にロシアンルーレットの当たりを引き、夜霧 朔(よぎり・さく)がばたりと倒れた。
 とはいえ、そこは頑丈な機晶姫である。まだかろうじて意識はあった。
 ぐわんぐわんする頭を押さえる朔に、朝霧 垂(あさぎり・しづり)が駆け寄る。
「大丈夫か?」
「……日本のお正月の遊びって、こんなに……危険なものなのですね……」
「いやいや、この双六含めて教導団が用意した遊び道具は、どこかしら間違っている部分がある……団長が何のためにこんなことをしたのか、わからないけどな」
「そんな道具で遊ぶ垂たちも垂たちだよね」
 ライゼ・エンブ(らいぜ・えんぶ)が朔にヒールをかけながら言った。垂は苦笑しつつ、
「正月だし、たまにはいいだろう。面白そうだったしな」
「そうだね、お正月だもんね。立てる、朔?」
「はい、まだまだいけます」
「次もがんばれー」
 と、双六に参加していないライゼが呑気な声援を送り、ゲームを続行しようとして、
「いやいやいや、ちょっと待ってくれ」
 同じく双六に参加していた鬼崎 洋兵(きざき・ようへい)が待ったをかけた。
 取り乱す洋兵に、パートナーのユーディット・ベルヴィル(ゆーでぃっと・べるう゛ぃる)が首を傾げる。
「どうかしましたか、洋兵さん?」
「どうかしましたかって、なんで普通に続けようしてんだよ? 止めるっている選択肢はないのか?」
「なぜと言われても……一度参加してしまったのですからしょうがありませんよ。……私としては、本当は2人でできる遊びがしたかったのですが……」
 小声で付け足したユーディットの言葉を、洋兵は聞いていない。
 ロシアンルーレット付きと知らずに参加してしまった我が身の不幸を嘆くばかりだ。
「ああもう、なんでこんなことになってんだ……俺はごちそうを食べに来ただけなのに」
「まあまあ、楽しく遊んで2人の思い出作りましょうよ」
 慰めるユーディットに、洋兵は深い溜息をつき、
「元はといえば、ユディがごちそうや飲み物をタッパや魔法瓶に詰めたからだろ。はあ〜、メンドクせぇ」
「……洋兵さん、そんなにワタシと遊ぶのが嫌なんですか?」
 ユーディットにぎらりと睨まれ、洋兵が口を閉ざした。顔を逸らしてぼそぼそと、
「別に遊ぶのが嫌なわけじゃねえけど、もっとこう、安全で健全な遊びを想像していたっていうか――」
「なにか言いました?」
 もう一度鬼のような形相で睨まれ、洋兵は今度こそ黙り込んだ。
 そんなふたりを見ながら、
「いいのか、痴話喧嘩などしていて」
 イリーナ・セルベリア(いりーな・せるべりあ)が銃を手にした。
「これなら、優勝はワタシかイリーナがいただきであります!」
「そうだな」
 トゥルペ・ロット(とぅるぺ・ろっと)に賛同するように、イリーナがあっさりとロシアンルーレットの引き金を引いた。
 撃ち出されたのはサイコロ。勢い良く転がったサイコロは、やがて1の目を上にして止まろうするが――
 パン!
 イリーナのハンドガンが火を噴いた。銃弾によってサイコロの軌道が変わる。
 今度は『2』が出ようとして、直後にまたハンドガンから銃弾が放たれた。イリーナはそれを数回繰り返す。
「――よし、5だな……ん、どうした?」
「……それはありなのか?」
 コマを進めるイリーナに、思わずといった調子でダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)が訊く。イリーナは当然だといわんばかりに胸を張った。
「勝つために最善を尽くすまでだ」
「その通りであります」
 と、トゥルペがごつい機関銃を用意し始めたのを見て、ダリルがうんざりとした表情を見せると、
「ほら、こんなことくらいでオタオタしないの」
 ルカルカ・ルー(るかるか・るー)がダリルの背中を叩いた。
「あれを見習いなさい」
「あれ?」
 ダリルが目を向けた先で、ユーディットが呟く。
「なるほど、その手がありましたか」
「なにか言ったか、ユディ?」
「いえ、なんでもありませんよ。……洋兵さんに気付かれないようにしないといけませんね。さて、どうやって皆さんを蹴落としましょうか」
 洋兵に見えない位置で、ユーディットがエンシャントワンドを構えている。
「垂、機関銃を持ってきました。これで相手を妨害しましょう」
「お、おう」
 朔から自分の機関銃を手渡され、垂は微妙な表情を見せる。が、武器を使用すること自体に文句はない模様。
 ルカルカが勝ち誇ったように、
「ね?」
「ね、じゃない。いいのかそれで」
 呆れたようにダリルが呟くが、ルカルカは聞いていなかった。
「あっ、次はルカルカの番だねっ! いくよ〜、えーい!」
 嬉々としてロシアンルーレットを行うルカルカ。
 一気に緊張感を増したゲームと参加者たちの行動に、ダリルが顔に手を当てて天を仰ぐのだった。

「あらあら、あちらは盛り上がってますわねー」
 カクテルを片手に、朔の用意したコタツに入ってエレーナ・アシュケナージ(えれーな・あしゅけなーじ)が双六をするパートナーたちを観戦していた。
「こういうのも教導団らしいって言うんでしょうかね?」
「さあ? よくわからんが、このおせち? 料理っていうのは結構美味いな」
「こっちの中華料理も美味しいよ。食べる?」
 同じコタツに入っているのは鷹村 真一郎(たかむら・しんいちろう)鷹村 弧狼丸(たかむら・ころうまる)、それからライゼだ。
 弧狼丸とライゼは仲良く食事中。
 真一郎はのんびりしつつも、双六をする人たちを少し心配そうに眺めていた。
「できれば、あまり危険なことをしてほしくはないのですが……」
「だいじょうぶだいじょうぶ――あっ、朔が倒れた。ちょっと行って来るね。弧狼丸さん、全部食べちゃ嫌だよ」
「わかってるって」
 言ってるそばから、ライゼがヒールをかけに走っていく。
 それと入れ替わるように、ダリルが頭を押さえてよろよろとやって来た。どうやら双六は脱落したらしい。
「いつつ、ひどい目に遭ったな……」
「お疲れ様ですわ」
「あ……エレーナ……」
 エレーナに声をかけられ、ダリルがわかりやすく動揺した。
「大丈夫ですか? 痛むようでしたらヒールをかけますけれど?」
「あ、う……お願いします……」
 コタツに入り、エレーナにヒールをかけてもらうダリル。
 その様子を、真一郎が温かい目で見守っていた。
 自分を中心とした生温い空気に耐えられなくなり、ヒールが終わるや否や、ダリルが話題を変えようと試みる。
「そ、そうだ、俺、お菓子を作ってきたんだ! よかったら皆で食べてくれ!」
「お菓子?」
 弧狼丸がぴょこんと反応した。
 コタツの上にチョコバーや黒糖饅頭が並べられると、弧狼丸が早速手を伸ばした。
「いっただき〜!」
「おっ、美味そうだな」
「僕も食べていいんだよね?」
 脱落した洋兵と、帰って来たライゼがその輪に加わる。真一郎は、気絶したまま洋兵に背負われてきた朔を介抱していた。
 全員の気が逸れた所で、ダリルがこっそりと別の籠をエレーナに差し出す。
「あの、これプリャニキ……。ロシア文化が好きだって聞いたから、よかったら皆で……」
「わあ、ありがとうございます。とっても嬉しいですわ」
 笑顔で受け取るエレーナ。そんな彼女を眩しそうに見つめるダリルに、
「へ〜ぇ☆ ダリルったらやるじゃない」
「なっ!」
 背後から近付いたルカルカが声をかけた。
「な、ななななにを言ってる! す、双六はどうしたんだ!」
「負けちゃった。そんなことより、へえ〜、あのダリルがねえ〜☆」
「いや、去年色々菓子を貰った礼だから他意はないんだ。なにをニヤニヤしてる。彼女が迷惑するだろ。なあ?」
「はいー?」
 動揺したダリルが早口で言うが、エレーナはよくわかっていないようで、のほほんと首をかしげている。
 そんなダリルを追い詰めるようにルカルカは耳元で、こそっと囁く。
「素直になったらいいのにね」
「う、うるさいっ! どうでもいいだろ!」
「あはははっ!」
 顔を赤くして、ダリルがルカルカを追いかけ回す。
 そんなふたりを、エレーナはにこにこしながら眺めていた。