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リアクション
08:30 消えた機晶姫
如月 佑也(きさらぎ・ゆうや)は眼鏡の奥を血走らせる勢いで学校内を駆けずり回っていた。その後ろを付き添っているのは機晶姫のパートナーであるラグナ ツヴァイ(らぐな・つう゛ぁい)だ。いつも彼に付き添っているはずのラグナ アイン(らぐな・あいん)の姿はなかった。
「くそ、本当にアイツどこにいったんだ!」
「……兄者、やはりおかしいです」
ラグナ ツヴァイは歩みを止めて声をかける。拳を力強く握り締めると、目をきらりと輝かせる。
「姉上の部屋には装備がおかれたままでした。着替えをされていない様子で、ボクが差し上げたうさちゃんのぬいぐるみ『ムスタング』のむーちゃんをもったまま出かけています」
「……うさぎのぬいぐるみなのに『暴れ馬』ってのはどうかと思うんだが……」
「姉上はパジャマのまま出かけ、犯人に寝巻きのまま、あんなことやこんなこと……な、なんと破廉恥な! なんと羨ましい! なんと非道な輩なのでしょうか!!!」
「いま、羨ましいっていったろ……」
小さくため息をついて、馬鹿げたボケへの突っ込みのおかげか、少し頭が冷静になった如月 裕也はふと、登校してくる生徒達の姿を見る。幾人か、見慣れていた機晶姫の姿がなかったのだ。
「佑也!」
神野 永太(じんの・えいた)が声をかけてきた。やはり、彼のパートナーである燦式鎮護機 ザイエンデ(さんしきちんごき・ざいえんで)の姿はなかった。片時もそばを離れないような間柄だったのにも関わらず、だ。神野 永太はやはり、といった感じで語りかけてきた。
「もしかして、佑也のところもか?」
「……やはりか」
「あっちで他の学校の連中とも連絡を取ってるんだ……って、そっちのはいなくなってないんだな?」
「ああ、幸い……な」
「ボクなら、姉上の場所を見つけられると思います!」
ラグナ ツヴァイの一声に、二人は頷いて生徒達が集まっている場所へと駆け出していった。
『……昨日、確かにうちの九頭切丸もどこかへふらふらと歩いていこうとしたんです。でも、声をかけて引き止めたら、何とか足を止めてくれて……でも、意識を失っていたという事は自覚していないみたいなんです』
通信先で語るのはイルミンスールの水無月 睡蓮(みなづき・すいれん)。後ろで、手ごろなサイズのホワイトボードに『気がついたら外にいた。外に出た記憶はない』と書いて見せているのは漆黒の鎧を纏ったような機晶姫、鉄 九頭切丸(くろがね・くずきりまる)だ。
「アイリスは、足を止めなかった……絶望が何とかって呟いて、まるで自分が呼んでいるのに気がつかなかったみたいで……」
幾度目になるかわからない怒りによる震えを押さえるように、クコ・赤嶺(くこ・あかみね)は赤嶺 霜月の肩に手を置いた。
「気持ちはわかるけど、落ち着きなさい。今は情報を集めて、アイリスを助けに行かなきゃ。それにしても……あまりに大掛かり過ぎやしない? この事件」
「同意見だ」
ぱたん、と携帯電話を閉じた早川 呼雪(はやかわ・こゆき)は、小さくため息をつきながらそういった。ドラゴニュートのファル・サラーム(ふぁる・さらーむ)は小首をかしげながら大きな瞳で早川 呼雪を見つめた。
「なにかあったの?」
「百合園女学院で、ルーノちゃんが何者かに呼び出されたらしい……それに、ユニとも携帯で連絡がつかない」
早川 呼雪は携帯のメモリからユニコルノ・ディセッテ(ゆにこるの・でぃせって)の名前を呼び出して通信を試みるが、応答がない。パートナー契約をしていれば、どんな場所でも連絡ができるはずなのに、という事は周知の事実なのであえて口には出さなかった。
「ルーノさんが!? 連れて行かれたのではないんですか?」
蓮見 朱里(はすみ・しゅり)は驚いたように声を上げる。早川 呼雪は首を横にふった。
「ヴァーナーに聞いたところ、百合園女学院の彼女の部屋に、封筒と便箋が残っていたんだそうだ。差出人不明で、ラブレターを装って送り込んできたらしい」
『それに、この事件は一週間も前から続いている夢遊病が原因、だろ? そうなると、今晩も攫われる可能性がある』
通信先で、ケイラ・ジェシータ(けいら・じぇしーた)はいつもと違って落ち着かない表情をしていた。褐色の肌をした異国の流民は冷静さと笑顔を湛える人物だが、さすがにパートナーがいなくなって不安なのだろう。それがこの事件の深刻さを現しているようだった。
「一通り確認したところ、夢遊病で向かおうとしていた方向が、全員一緒だったみたいだ」
銀の髪を耳にかけながら、エルシュ・ラグランツ(えるしゅ・らぐらんつ)は手元のメモを確認するように呟いた。
「ただ、実際に行方がわからなくなった機晶姫たちではなく、途中で意識を取り戻した機晶姫たちだから、なんともいえないですが」
『そこで、九頭切丸を囮にしようと思うんです』
「おいおい、いいのか?」
『九頭切丸が言ってくれたんです』
後ろで鉄 九頭切丸はホワイトボードに『任せてほしい』と書いてよく見えるようにみせる。
「かといって、夢遊病が始まるのは夜。その間黙ってるわけには行かない」
「当たり前です。ボクの力で姉上を助け出すのですっ!」
その言葉に、その場にいたものたちは力強く頷いた。
『では、私と、ケイラさんで囮調査をしてみます』
そこに入ってきたのは、エル・ウィンド(える・うぃんど)。その様子は、他のメンバーと同じく心配で憔悴していた。
『ボクはそっちに合流するよ』
『自分じゃいけないのが残念だけど、響子を見つけたら……頼むね』
必ず、とエル・ウィンドとケイラ・ジェシータ約束を交わしてエル・ウィンドは通信画面から消えた。恐らく、合流するために移動を始めたのだろう。
「方角しかわからない。だから手がかりから探しにいくことになるが……」
「腹を空かせて、困っているかもしれない……」
「それでも、探しにいかなきゃならない」
「迎えにいってやらないと、な」
「「「大事な、パートナーだから」」」
10:25 行動開始!
「残っていた便箋の筆跡などは、わからないのでしょうか?」
ルーノ・アレエの行方不明を聞きつけて駆けつけてくれたカチェア・ニムロッド(かちぇあ・にむろっど)の言葉をきっかけに、便箋をくまなく調べると、残された便箋の上にうっすらと、その前に書かれていたであろう文面が残っており、鉛筆で軽くなでると文字が浮かび上がった。
リーン・リリィーシア(りーん・りりぃーしあ)は改めてカメラを確認し、校門からルーノ・アレエが出て行く時間を確認した。夜中どころか、実際は明け方近かったのがわかった。
長い赤髪をたなびかせ、通常より眺めの制服のすそを持ち上げて颯爽と歩いている姿は、普段の冷静な彼女からは考えられないような怒りに満ちていた。
校門までの道中、幾度も後ろを振り返ろうと立ち止まり、それでも前へ進む姿があった。行く方向は、機晶姫たちが一様に目指していたという方向と一致している。
シヴェスター・ウィッカーからの連絡もあり、救援信号には汽笛の音がわずかに入り込んでいたということで、幽霊列車が怪しいと睨んだ。一足早く、何人かは出発した。
「何度も、頼ろうとして思いとどまった……って感じかしら」
『手紙の内容次第だな』
リーン・リリィーシアの携帯の向こうで呟いたのは緋山 政敏(ひやま・まさとし)だ。見た目もばっちり男性である彼は、校門の外で報告を待っていた。
『ルーノを呼び出すネタになるとすれば、アルザスか、エレアノールに関する何か。あとは新しく友人になったやつらを人質に取られたとか……その辺が妥当だろう』
「脅迫内容……かぁ。あ、今わかったみたい。カチュアー?」
「はい、読み上げていただけますか?」
無言で頷いたフィル・アルジェントは、文面に目を落として少し悲しげな表情になったが、堪えて口を開いた。
「拝啓、ルーノ・アレエ殿。
この手紙を受け取っても、誰にも言わないようにお願いしたい。
唐突で申し訳ないが、我々の偉大なる発明の結晶であるキミの身柄をこちらで保護したい。
地図を同封する。その場所に来てくれるだけでいいのだ。
もちろん、キミがNOといえる状態ではない。
シャンバラ地方にいる機晶姫たちを、無差別に攫わせてもらった。
キミが誰かに協力を求めれば、ヒラニプラが創りし姫君を、一人ずつ我らが偉大なる実験の礎となってもらうことにしようか。
そう、キミの妹か弟ができるのだ。
ある意味、喜ばしいことかもしれないな。うむ、是非そうしてくれてかまわない。
我らの野望が速やかに行われるだけなのだ。
安心したまえ、エレアノールやイシュベルタ・アルザスもそれを望んでいる。
だが、あの甘い輩達なら言うだろうなぁ………ここで、手紙は終わっています」
シェリス・クローネがフィル・アルジェントの背中をさすると、悔しさのあまり彼女は震えだした。友人が侮辱されている文章を読んで、顔を赤くしてうっすら涙を浮かべていた。
「そこで、兵器と姫の命は等価か? ……と。あの遺跡に残された日記や、石碑の詩を思い出す限り、エレアノールさんはそんな風にいう方ではないと思います」
「……それどころか、ルーノ・アレエをちゃんとした機晶姫として、大切な人としてみていました」
「こんな、人の心をどこかにおいてきたような物言いをする人たちじゃないですっ!」
カチュア・ニムロッドに続き、ルーノ・アレエが生まれた遺跡を知るロザリンド・セリナやヴァーナー・ヴォネガットたちは声をあげた。
「問題は筆跡ね。この字と文面は明らかに男性のものとみていいのじゃないかしら?」
『宛名も、間違いなくルーノ・アレエ宛なら、イシュベルタ・アルザスがいた鏖殺寺院の一派の人間ということか』
「あ、それなのですが、リーン……宛名だけ、筆跡が違うんです」
リーン・リリィーシアは言われて封筒と、残された便箋の筆跡を見比べる。硬い感じの脅迫文、宛名は滑らかな筆記体だった。便箋こそ無機質な色合いだが、封筒は薄桃色で、うっすらと花のプリントがされている。
「百合園のラブレターを装うためだから、とは思うけれど……」
「一応、その筆跡が鏖殺寺院の手がかりと引っかからないか、調査してみましょう」
ロザリンド・セリナは封筒と便箋を預かると、自前のパソコンを取り出した。過去にルーノ・アレエとであった遺跡で集めた資料が役立つかもしれないと、そのときのデータを呼び出していた。
「今、データを読み込んでいます。少し時間がかかるでしょうから……」
「とりあえず、俺たちも行こうぜ」
「うむ、飛空挺の用意はできたようじゃ」
緋桜 ケイと悠久ノ カナタたちが声をかける。シェリス・クローネはフィル・アルジェントの背中を軽く叩いた。
「ほれ、しゃんとせい」
「……はい。ルーノさんに、逢って伝えないといけないことがありますから」
その言葉を聞いて、その場の人間は顔を見合わせて微笑んだ。言いたい事は、一致しているようだ。
「「「親友を、信じて頼れって」」」
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