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リアクション
ゲイルスリッター再び
さて、リフルにとって危機的状態ではあるものの、彼女による放課後の古代シャンバラ史講座はまだ続いていた。
「そろそろ終わるころジャン。たまたま通りかかった感じで、リフルさんと一緒に帰るジャン」
イーディ・エタニティ(いーでぃ・えたにてぃ)は図書室目指して廊下を急ぐ。そんな彼女のポケットの中で携帯電話が鳴った。
「もしもし」
『ようイーディ、俺だ』
「ダーリン」
電話の相手はパートナーの葛葉 翔(くずのは・しょう)だった。
『俺も一応クイーン・ヴァンガードのはしくれだからな。ちょっくらヴァンガードがもってるゲイルスリッターの情報を調べてみたんだ。リフルとの相違点があれば彼女の疑いも晴れるだろ』
「ホント!? ありがとうダーリン!」
『いいってことよ。それでな、聞いたところによるとゲイルスリッターは小柄な女で非常に敏捷。マントと仮面をつけて、巨大な鎌を武器にしてるって話だ』
「それだけじゃ何も分からないよ」
イーディが期待はずれだといった声を出す。
『そう焦るなって。ここからがポイントだぜ。なんでも、ゲイルスリッターは左手で鎌を操るらしい。つまりやつは左利きに違いないってことさ。どうだ、イーディならリフルの利き手を知ってるんじゃないか?』
「……」
『どうした? 急に黙って』
「……リフルさんも左利きジャン……」
『……』
しばしの静寂。ほどなくして、耐えきれなくなった翔が沈黙を破った。
『ほ、ほら、左利きの人って一割くらいいるらしいぜ? 十人に一人っていえば結構な割合さ。それに――』
「大丈夫だよ、ダーリン」
『……そうか? 悪いな、力になれなくて』
「ううん、ありがとう。それじゃ」
イーディは電話を切る。
「ああは言ったけど、がっくりジャン……」
とぼとぼと廊下を歩くイーディ。しかし、図書室から出てきたリフルを見た驚きで、落ち込んだ気分はどこかへ行ってしまった。
「な、何あれ」
リフルの講義を聞いていた者、疑いをかけられた彼女を心配して一緒にいようとする者、見張りのクイーン・ヴァンガード。リフルはSPを連れた大統領のように大勢の人に囲まれていた。
「っと、呆気にとられてる場合じゃないや。おーい、リフルさん、奇遇ジャン。ラーメンかケーキでも食べて帰らない?」
リフルたちのところへ駆け寄っていくイーディ。樹月 刀真(きづき・とうま)がこれに答えた。
「いいですね。ちょうど俺もお誘いしようと思っていたところなんですよ。どうです、リフルさん?」
「らーめん」
「分かりました。それでは『神竜軒』に行きましょう」
話もまとまって、生徒たちは行きつけのラーメン屋『神竜軒』に向かおうとする。そこで隆が口を挟んだ。
「待て、勝手に決めるんじゃない」
「少し寄り道するくらい問題ないでしょう。そこまで干渉する権利はないはず。あなたも来ればいい」
漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)が言う。
「……ふん、少しだからな。余計なことはするなよ」
「では少々急ぎましょう。もうすぐ混み始める時間です」
時計を見た源 紗那(みなもと・しゃな)がそう言って歩き出すと、集団から少し離れたところで紗那のパートナープリムラ・ヘリオトロープ(ぷりむら・へりおとろーぷ)が申し訳なさそうな顔をして手を合わせた。
「ごめんねぇ、今日はちょっと用事があるんだぁ。みんなで楽しんできて」
「そっか、それは残念。また今度一緒に行きましょう」
紗那は何気なくプリムラに近づくと、周りに聞こえないよう小さな声で言った。
(すみません、こんな役回りをさせてしまって)
(ううん、リフルさんのためだもん)
「どうした、行くなら早くしないか」
隆が紗那を急かす。
「今行きます! ……それではプリムラ、頼みましたよ」
「う、うまい! おやじ、うまいぞ!」
「はは、嬉しいこと言ってくれるねえ、お嬢ちゃん。よーし、こいつもおまけしちゃおう」
「あ、あじたまぁー!」
「おい、リニカ」
「だって隆、おいしいものはおいしい」
「全く、遊びにきてるんじゃないんだぞ…………おかわり」
ラーメン屋『神竜軒』。夕方の店内は学生たちで賑わっている。
「リフルさん、いつもに比べて食欲がないですね。顔には出していませんが、やはり精神的な負担が大きいのでしょうか」
反対側に腰掛けたリフルに目を向けながら、刀真がふと言った。それを聞いて御風 黎次(みかぜ・れいじ)は驚きの表情を浮かべる。黎次はリフルが食欲旺盛だということは知っていたが、彼女の食事風景をみるのは今回が初めてだった。
「いや、既にチャーシュー麺大盛りを替え玉してるんですが……。普段どれだけ食べるんですか……」
黎次は、今まさにスープを飲み終えようとしているリフルを改めて見つめる。リフルの近くには、彼のパートナーたちが監視のクイーン・ヴァンガードをリフルに近づけないようにして座っていた。
「はー、長い一週間がやっと終わったよ。やっぱ週末に食べるラーメンの味は格別だね!」
アニエス・バーゼンリリー(あにえす・ばーぜんりりー)が大きく伸びをする。
「明日はリフルさんが遺跡調査に連れて行ってくれるんですよね。みなさんとても楽しみにしていましたよ」
「じゃが、監視の連中もついてくるのじゃろう? 興ざめもいいところじゃて。確かな証拠もないのに犯人扱いとは、淵に落ちないのお」
無邪気に笑うノエル・ミゼルドリット(のえる・みぜるどりっと)と、隆を睨みつけるルクス・アルトライン(るくす・あるとらいん)。隆もルクスを睨み返す。不穏な空気を察知して、九条 風天(くじょう・ふうてん)が優しく隆を諭した。
「武ヶ原さん、周囲への態度はもう少し柔らかくしたほうがよいと思いますよ」
「余計なお世話だ」
「こらこら、年長者の話はきちんと聞くものです。武ヶ原さんだって、クイーン・ヴァンガードという組織に所属する人間でしょう」
「ふん……」
一方、アニエスは話題を変えようとイーディに話しかける。
「イーディも明日行くんだよね?」
「当然ジャン。だってあたしはトレジャーハンターだもん」
「何か面白いものがあるといいよねー。例えばだけどさ――」
一同は思い思いに会話を楽しむ。リフルを気遣う生徒たちのおかげで、重苦しい雰囲気はさほど感じられなかった。
やがて全員が食べ終わるころには日もすっかり落ち、生徒たちは順次会計を始める。
「ふう、とりあえず今日のところは無事に終わりそうですねぇ。一応イーヴィちゃんに連絡をとっておきますか」
群がる生徒に紛れてつかず離れずリフルをマークしていた藤原 すいか(ふじわら・すいか)は、会計の列に並びながら携帯電話を手に取った。
「…………む、出ませんね。気付いていないのでしょうか。またあとでかけてみましょう」
すいかは携帯を切り、しまおうとする。それとほぼ同時に、隆の携帯電話に着信があった。
「どうした、慌てた声を出して。なんだと? ……分かった、すぐ行く。――おやじ、釣りはいらん。リニカ、行くぞ」
隆は急いで店を飛び出す。
「隆、何かあったのか?」
「ゲイルスリッターが出たらしい」
「えっ」
その言葉にすいかは表情をこわばらせた。他の生徒たちも色めき立つ。一刻も早く隆の後を追うべく、皆がレジに殺到した。
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