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■第三章 タルヴァ救出


 タルヴァがシュタルの大群に完全に呑み込まれてから数時間後――。

「予想以上の数だな……」
 クレア・シュミット(くれあ・しゅみっと)は路地裏に積まれた木箱の影に身を潜めながら呟いた。
 スナイパーライフルを掴む腕の傷をヒールで癒す。先ほどシュタルの群れを突っ切った時につけられたものだ。
 クレアは、取り残された人々を救出するためにタルヴァへ侵入していた。
 装備の調子を確かめてから、物陰から辺りをうかがおうとして――クレアはすぐに木箱を押し崩しながら、その場を退いた。
 いつの間にか頭上の壁に回りこんでいたらしいシュタルの体が落下してきて、硬く地面を鳴らした。
「――くっ」
 木箱の中に詰められていた果物だか野菜だかがゴロゴロと転がっていく。
 その中で体勢を取りながら、クレアは火術を練った。
 羽音を鳴らしたシュタルが木箱の端や野菜などを弾き飛ばしながら、地面を擦るほどの低空で迫る。
 クレアは短く息を捨てながら、前方へ体を投げ出すように飛んだ。体の下をシュタルが通る。その背中へ、思いっきり火術を叩き付ける。
 勢いのまま地面に転がり、クレアはすぐさま体を捻りながら起き上がらせて、スナイパーライフルを構えた。
 と、クレアが引き金を引く前に、手負いのシュタルは後方から放たれた銃撃と光弾によって撃ち抜かれた。
 振り向く。
「――目標、沈黙しました。マスター」
 そこに立っていたのは、蘭華・ラートレア(らんか・らーとれあ)と星輝銃を構えた浅葱 翡翠(あさぎ・ひすい)
「……余計なお世話でしたか?」
 クレアと目が合った翡翠が小首を傾げる。


「救難信号と思われる色煙が上がっている学校の方へは、何台かの小型飛空艇が向かっているのが見えました。そちらは、おそらく大丈夫でしょう」
 路地裏を駆けながら、翡翠は言った。
 隣を駆けるクレアがうなづく。
「なるほど――了解した。なら私は、このまま更に西のブロックへ向かおう」
「では、私たちは南のブロックへ回りましょう」
「了解です、マスター」
 程なくして、T字路。
「では、二人とも気をつけて」
「クレア様も」
 翡翠はクレアと軽く拳をぶつけてから、彼女と別れ、蘭華と共にT字路を左へ曲がった。
 伸びる路地の壁や地面にはちらほらとシュタルが張り付いてた。それらががこちらに気付いて羽音を鳴らす。
「――突破します」
「了解です、マスター」
 蘭華が加速ブースターを起動させながら機銃で弾丸をばら撒いていく。
 翡翠は星輝銃を抜きざまに、一番手前のシュタルが開いた羽を撃ち弾いた。
 シュタルが空中にひょろけた隙に、更に一発重ねて、目の前を駆け抜ける。
 前方へ向けて強めた視線の先で、行く手を阻むようにシュタルが群れる。
 蘭華のスプレーショットがそれを蹴散らす。
 散り散りに弾き飛ばされたシュタルの間を潜り抜ける。
 耳元を掠めるシュタルの羽の先、そんなものは完全に無視して、翡翠は、側方の壁の上方から滑空してきたシュタルへと的を絞って、引き金を引いた。
「――追撃」
 短く言う。
「了解です、マスター」
 蘭華の機銃が、翡翠の銃撃で勢いを削がれたシュタルを撃ち圧して、羽を砕いた。
 片羽となったシュタルがバランスを失い、回転しながら横を掠めていく。
 その頃には、既に翡翠は前方に飛び出したシュタルへと銃口を向けていた。


 ■


 少し太った男性が娘らしき女性に腕を引かれ、路地から飛び出した。
「――ッハ、ッハ」
「お、お父さ、ん、急い、でッ……」
 男は既に体力の限界を超えている様子で、時折り小さく躓いてしまったりしている。
 しかし、娘は恐怖に顔を歪め、涙を流しながら懸命にその腕を引き、急かしていた。
 刹那――
 娘たちの出てきた路地から、数匹のシュタルが羽音を響かせて姿を現した。
 二人はそちらの方を振り向く余裕すらなく、必死に逃げていた。
 父親が石畳に足を取られ転倒する。娘がそれでも父の腕を引いて共に逃げようともがく。シュタルが、娘の首を刈るべく前足を閃かせ、真っ直ぐと軌道を取る。
 そこへ――
「させるかあああ!!」
 霧雨 泰宏(きりさめ・やすひろ)の体が割り込んで、シュタルを弾き返した。
 ゥン、と試作型星槍の切っ先を巡らせ、もう一体の行く手も阻む。
 そして、
「透乃ちゃん!」
「よ〜し、やっちゃうよ〜!」
 パシン、と拳を打ち合わせながら、霧雨 透乃(きりさめ・とうの)は石畳を蹴り飛んだ。
 体ごと熱い闘気の篭った踵を巡らせ、空中に浮き上がったシュタルの腹へと叩き込む。
 固い感触にめげずに、すぐさま足裏を斜めに滑り下ろして地面に擦り付け、身をかがめる。
 頭上、空中に踊った髪先を掠めるシュタルの前足。
 それが完全に通り過ぎるのを待たず、鋭い呼気を残して――透乃は突き起こした上半身から拳を撃ち放った。
「っしゃ〜、次〜!」
 腹が砕けて動きの鈍ったシュタルを蹴り払い、迫る次の標的へと視線を滑らせていく。
 間髪入れず、再び石畳を蹴る。
 視界の端に、群がるシュタルを弾く泰宏の姿を掠める。
「こいつらは私たちが抑える! 早く、行け!」
「あ、あ、ありがとうございますッ!」
 父親を起こしながら、娘が慌ただしく頭を下げ、また父親を引きずるように逃げていく。
 その間にも透乃の拳は、もう一体のシュタルを落としていた。
「もう、残り一匹かぁ」
 透乃は零しながら、残りのシュタルを追って、跳び上がりながら足を蹴り出して行く。
 これもすぐに落とせそうだ。
 なんだか暴れたり無い透乃の耳に聞こえたのは、大群のシュタルの羽音が路地向こうを通り抜けていく音だった。


 ■


 スンッ、とベランダの風見鶏を掠める。
 セシリア・ファフレータ(せしりあ・ふぁふれーた)のまたがった空飛ぶ箒は、全速力で狭く押し迫った路地の間を飛び抜けていた。
「――ふぅ」
 とにかく集中して箒を操り、複雑に曲がりくねった路地を抜けていく。後方には大量のシュタルがセシリアを追いかけて来ていた。
 風見鶏のあったベランダがシュタルの体に吹き飛ばされて砕ける。
「おねーちゃん、かなりの数が集まってるよー! ううう、気持ち悪いー!」
 セシリアの横を小型飛空挺で併走するミリィ・ラインド(みりぃ・らいんど)が、ひーんと嘆き混じりに言う。速度による風に負けぬよう、半ば叫び声で。
「うむぅ、確かにこやつら虫だけあって近くで見たら結構気持ち悪いかもしれぬな……」
 セシリアもなんだか微妙にむずむずした気持ちになって顔をしかめた。
 怖いもの見たさ、というわけでもないが、ちらりと後方を確認する。
「しかし、この数――アシッドミストではさばき切れぬ! こうなったら、どこか被害にならぬ場所で――わきゃっ!?」
 前方の壁の隙間から飛び出してきたシュタルを無理やりかわした瞬間にバランスを崩し、
「おねーちゃん!」
「く――ぅ!」
 セシリアは箒を軸にくるくると回転しながら一瞬だけコントロールを失ってしまった。
 商店通りの店先に下がっていた釣り看板たちをコカカカカンっと、ことごとく打ち鳴らしながらも、なんとか箒のコントロールを取り戻し、
「こ、のぉ!」
 張り出した建物にぶつかる寸でのところで壁を蹴って逃れる。
 そのまま、開けた広場へと飛び出す。
「ここならば――ミリィ!」
「りょ、りょぉかいー!」
 ミリィが広場の中央で、ぐくんっと反転して大鎌を構える。
 一拍置いて、ぶぁッとシュタルたちが路地から吐き出された。
 それらの先頭数匹を抑えるように、飛空艇を繰るミリィの鎌が閃く。
 セシリアは、その光景と対峙しながら魔術を組み上げ――
「ありがとじゃミリィ、後は私に任せろじゃ!」
「う、うんっ!」
 ミリィが離脱するのを確認してから、魔法の引き金を引いた。
「手加減なし! 未来の大魔女の全力、その身体にとくと味わえじゃー!」
 燃え盛る炎の嵐がシュタルたちを呑み込み、容赦なく暴れ猛っていく。
 そこへ更にファイアストームを重ねる。
 が――。
 討ち漏らされたシュタルたちが炎の影から散り舞うように飛び出してくる。
 ミリィがそれらを爆炎波で沈めていくが――
 数が多く、数体がセシリアを狙って向かってくる。
「しつこい虫なのじゃ!」
 アシッドミストを展開して散らしながら、セシリアは数体を引き付ける形で広場を飛び回った。
 そして、広場の端の建物付近へ巡った時、前方に新手のシュタル。
 それを避けるために、グゥっと低く、地面すれすれを目指して軌道を取る。
 瞬間、視界の端に見えたのは建物の壁を駆け上がる霧雨 透乃(きりさめ・とうの)の姿。
「ふぇっ――!?」


「いっただき〜!」
 下方へ潜り込んでいくセシリアと交錯するように、透乃は壁を駆け上がり、跳んだ。
 そして、セシリアを追っていたシュタルへと踵を打ち込んだ。
 共に落下して、そのまま足下のシュタルを地面へと叩き付ける。
「ぃよっし! ぱぱっと片付けちゃおう!」
 パシン、と胸前で掌に拳を打ちながら、透乃は後方を飛ぶセシリアの方を振り返り見た。
 ヒゥ、と空中に昇って弧を描いたセシリアが、一度、目をぱちくりとさせてから、
「もちろんじゃ!」
 にぃっと笑んだ。
 透乃が引き付け、打ち払い集めたシュタルへとセシリアのアシッドミストが放たれる。
 その向こうでは、霧雨 泰宏(きりさめ・やすひろ)がミリィと共に残りのシュタルを落としていた。
 そうして――
「……っと、大体片付いたか?」
 広場を見渡し、泰宏は槍先を下ろした。
 上空を見上げて、
「お疲れ様」
「はぁぁ、心臓に悪かった……」
 ミリィが胸を抑えながら、へそへそとこぼす。
「やっぱり怖い事は慣れない……何でおねーちゃんはあんなに楽しそうなのかなぁ」
 ミリィが見やった向こうで、セシリアと透乃は心底楽しそうに笑い合っていた。
「……何でなんだろうな……」
 泰宏は、少しだけミリィと同じ気持ちで透乃を見ながら片目を細めた。
 と、セシリアがミリィと泰宏の視線に気付く。
「ご苦労じゃ。なかなかスリルがあったのうこの作戦。ま、私にかかればちょろいものじゃなっ」
 満足そうにセシリアが言って、
「そんなわけで――次いってみよ〜!」
 透乃が元気よく拳を空に上げた。
 

 ■


「――か、囲まれてるの?」
 赤ん坊を抱いた女が絶望を滲ませた声を零した。
「もう、駄目だ……」
「ここで死ぬのかよぉ! 俺たちゃあ!!」
 そんな声も聞こえた。
「そういうこと言わない!」
 セルファ・オルドリン(せるふぁ・おるどりん)が迫るシュタルを斬って、押し返しながら言う。
「そういうこと言ってたら、本当に駄目になっちゃうよ!」
「なんか分かるなぁ、その感じ」
 シュタルの体当たりをちょこまか避けつつ、トーマ・サイオン(とーま・さいおん)がダガーを放って、シュタルたちが一般人らの方へ行かぬように牽制する。
 周囲は悲鳴とシュタルの羽音だらけだった。
 シュタルの集っているところへ走るファイアストーム。
「諦めればそこで終わりです――」
 御凪 真人(みなぎ・まこと)は次の魔術を組み立てながら、状況を打破出来る突破口を探して鋭く視線を走らせていた。
「道が無いのなら切り開くまでです!」
 真人らは人命救助のためにタルヴァに潜入し、そこで、十数人の住民が建物の中からシュタルに追われるように飛び出て来たところに遭遇した。
 そして、そのまま彼らは、集まってきたシュタルに囲まれる形となっていた。
 一体のシュタルが一般人を狙って跳ぶ鼻先に火術を走らせる。
 と、シュタルらを挟んだ向こう側で、何かわりと陽気な声が響いた。

「はっはっは、楽しそうな状況じゃねぇか!」
 久途 侘助(くず・わびすけ)が、ヒュルッと刀を手に回しながら跳んで、シュタルの背へと振り下ろしていく。
 その向こうで、揺れた黒猫の耳と、尻尾。
「このシュタルというのは、よくもまぁ次から次へと――」
 超感覚を使用したファタ・オルガナ(ふぁた・おるがな)が大鎌を振り構えながら、シュタルの群れへと突っ込んでいく。
「まったく、世は事もなしとはいかんのぅ」
 浮かんでいたのは、楽しそうな笑み。
 その周囲をジェーン・ドゥ(じぇーん・どぅ)の放った銃弾が走る。
「マスター! 虫がいっぱいであります! 映画みたいですよ!!」
 群れたシュタルを見て大興奮らしく、ジェーンの頭の上ではアホ毛がビヨビヨと跳ねていた。
 そんな彼女たちを眺めながら、サン・ジェルマン(さん・じぇるまん)は、とつとつと歩いていた。薄笑いを浮かべた顔をわずかに傾ける。
「マッタク、我が主には手の焼けることでス」
 ファタたちの方に顔を向けたまま、側方へとやる気無く腕を放り、アシッドミストを放つ。
 それは、己を狙っていたシュタルを呑み込んだ。
「ワタクシは戦闘向きではないのですがネ……」
 サンジェルマンらは、ファタのシュタル狩りに付き合ってタルヴァに来ていた。
 侘助とは途中で出会ったのだが、なにやら目的が若干似ているようだったので、なんとなく共に町を巡っていた。
 
「ってわけで、ここは俺らが抑える!」
 侘助が刀でシュタルを斬り弾きながら、真人の方へとニィと笑んだ目を向けた。
「そいつらの事、後は頼んだぜ」
「――任されました」
 真人は頷くと同時に、シュタルの薄くなった方へとファイアストームを放った。
 道が開く。
「トーマ! 君が先導してください! セルファは殿をお願いします!」
「っし、了解! 皆、オイラについてきな!」
 トーマが駆け、住民らが後を追う。
 真人は腰を抜かしている男性に肩を貸しながら、シュタルたちとやり合っている侘助やファタらの方を見た。
「ありがとう御座います、お気をつけて!」
 短く言って、真人は切り開かれた突破口へと急いだ。
「っしゃあ、これで気兼ねなく暴れられるぜ!」
「マスター! これぜんぶ狩っていいでありますか!」
 侘助とジェーンの楽しそうな声が背中に聞こえる。