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襲われた町

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■第十一章 戦う者、踊る者


 タルヴァの町。
 空は曇っていた。
 壁をタンッ、タンッと蹴り跳んで、軽やかに建物の上に駆け上がった冬山 小夜子(ふゆやま・さよこ)は、屋根を薄く鳴らした。
 曇り空の下の屋根屋根とシュタルの蔓延る町並みとを慎重に見回していく。
 遠く、派手に響いた破壊音。
「――居た」
 ヒゥ、と屋根を駆けて、屋根の縁から顔を出したシュタルを踏み跳んで、隣の建物の屋根に渡る。
 そうして、家々の屋根を跳び駆けながら小夜子はジョゼの元を目指した。
 ジョゼを打ち倒し、町の人々を救うために。


 ■


「あ……あんたら、救助に来てくれた人か!」
 路地の物陰から顔を覗かせた男が、樹月 刀真(きづき・とうま)漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)へと声をかける。その顔に浮かんでいたのは安堵だった。
 しかし、刀真と月夜はそちらを見ることもなく、急ぐ足を止めずに彼の前を通り過ぎた。
「……え? お、おい、待ってくれ! 助けてくれよ! 怪我ァしてるんだ! 俺一人じゃ殺されちまうッッ」
 男の声が二人の背を追う。恐怖からか、男が物陰から出て追ってくる気配は無かった。
 抑え気味に潜めた声が後方に聞こえていて、遠ざかり、聞こえなくなる。
「……っ」
 月夜は、謝りたかった。
 根本的な解決を急ぐために、彼を助けている余裕は無いという事を告げたかった。
 でも、それは、おそらく自分の勝手な都合で……、だから、何も言えなかった。言ってしまうことは、きっと失礼なのだと思った。
 先を行く刀真の方を見上げる。
 表情は見えない。
 



■白砂の遺跡


 焚かれた炎の明かりが影を揺らしていた。
「では、一番! 宇都宮 祥子、ならびに――」
「ロザリィヌ・フォン・メルローゼ!」
『舞います』
 宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)ロザリィヌ・フォン・メルローゼ(ろざりぃぬ・ふぉんめるろーぜ)の声が重なり、『おー』と周囲から拍手が上がり、セリエ・パウエル(せりえ・ぱうえる)のアコースティックギターが情熱的な音楽を奏で始める。
 そこは遺跡の最深部と思しき広い空間だった。
 所々の天井からは白砂が零れ落ちており、それは割れた床の隙間へ滑り込み、どこかへ流れて行く。
 遺跡の探索を行っていた契約者たちは、各々のルートでそこへ辿り着き、それぞれが得た情報を交換し、何故だか宴会をしていた。

 セリエの左手の指がギターの指板を伝い、右手が軽やかに振り踊る。
 単音を駆け上げて紡いだメロディの先で、熱い和音がザンと叩き出され、その拍の間に祥子の手に掲げられたカスタネットが高らかにリズムを刻んだ。
 セリエが宴会セットと共に運んできていた祥子の衣装は、スリット深く、胸の谷間を惜しげもなくさらした深紅のドレスで――情熱的にフラメンコを踊るその姿は、さながらアメノウズメのようだった。
 その祥子と絡み合うように踊りを交えていたロザリィヌもまた、ひたすらにセクシーだった。
 なにせ裸体に布切れを巻きつけただけ、という野生味溢れる姿。
 セクシーというか、最早ワイルドといった方が相応しいその出で立ちで、その場に居る全ての女性へアピールするように心底から情熱的、及び、肉食的なオーラを包み隠すことなく全力で踊っている。

「……本当に、こんな事をしている場合なのか?」
 ブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)がスルメを噛みながら、片目を傾げた。
 スルメはセリエが持ち込んできたものだ。
 他にも色んな食べ物やジュースやらお酒やらが、皆が腰を降ろしているシートの上に広げられている。
「《五行》って知ってるかい?」
 黒崎 天音(くろさき・あまね)は、小さく笑ってから、踊る祥子たちの方へと視線を返しながら言った。
 手には飲み物の入ったカップ。
 ブルーズがこちらを訝しげに見る。
「地球にある思想の一つだな。何かの本で読んだことがある。だが、それがどうした……?」
「まず、集まった情報をまとめてみようか。
 かつて、この地の人々は、この遺跡という《形》を使って《白き力》を増幅させ、豊かな水を手に入れた。
 しかし、肥大化した《力》は、やがて白砂とシュタルを産み始める。そこで、人々は遺跡を造り変えることで《力》を抑えようとした。だけど、シュタルによって人を、砂によって生活を、突如として奪われた人々の怒りが白き力と繋がってしまい、《力》の増幅は留まらなかった。
 やがて、町は砂に埋もれ――ここからは推測だけど――生き残りは、地を巡り暮らすヨマの民となり、《白き力》は《精霊》と呼ばれるようになる」
 ドルチェ・ドローレ(どるちぇ・どろーれ)達や久世 沙幸(くぜ・さゆき)達が手に入れてきた情報を鑑みた結果だ。
 天音は一度、カップを口元に傾け、続けた。
 奏でられるギターの音が熱く響いていた。
「五行思想では、白や怒りは木火土金水の金行にあたる。金行の性質は、土行から産まれ、水行を産み、木行を抑え、火行によって抑えられるというもの。似てると思わないかい? この《力》の性質に」
「待て。そういえば、遺跡に潜る前にも同じような事を言っていたな。白は怒り、だとか……」
「ジョゼの事件を知った時、チェイアチェレンのこともあって、わりとすぐに五行を連想した。五行と関係の深い五獣の事もね」
「……また、女王器を追っての事だったのか?」
 ブルーズが、声を潜めながら半ば呆れ調子で言う。
 天音はそちらを見やって、
「結論から言えば――この遺跡や今回の件は、女王器とは関係が無かったとしていいみたいだね。残念だったけど。この遺跡には金行の五獣である白虎や、女王に関する情報は無かった」
「……そうか、それでおまえは長老にあんな事を聞いていたのか」
 この遺跡へ向かう前、天音は長老に『ヨマが他の地でも儀式を行っているのか』問い掛けていた。答えは、そうではない、というもの。
 ヨマが儀式を行うのは白砂の砂漠だけだという話だった。
「話を戻そう。
 金行を抑える火行の感情は、《楽》。つまり、『楽しい』という感情。
 だから、五行思想の見地からも、ここで宴会をして事件を解決しようというのは理に適っている。
 碑文の話を聞く限り、一度繋がってしまったものを断つのは難しいかもしれないけれど……繋がっている力を弱める事はできるかもしれない」
 言って、天音は視線を巡らせた。
 宴会は部屋の中央に残っていた祭壇跡から、少し離れた場所で行われていた。
 しかし、それにはちゃんと意味がある。
 虎鶫 涼(とらつぐみ・りょう)のマッピングデータから、《白き力》を抑えるために遺跡内部に巨大な三角錐を描くように部屋が配されていたことが分かった。
 宴会はその中央に位置する場所で行われていた。おそらく、あの祭壇跡は《白き力》を増幅していた頃に使われたものなのだろう。
 そして、宴会を行っている中央にはエヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)が手に入れていた赤い音叉が立て置かれていた。
 それは、ザカコ・グーメル(ざかこ・ぐーめる)の提案によるものだった。
 八神 誠一(やがみ・せいいち)らが見た壁画の情報から、音叉は《白き力》へ火行のものを集積、増幅して伝えるものだと考えられたからだ。
 そして、
 と――フラメンコを踊っていたロザリィヌが床石に足を引っ掛けて、ずべっと転んだ。
「やれる事は全てやった。後は楽しむだけだよ、ブルーズ」 
「――楽しめれば、な」
 ブルーズが、やれやれと片手で目を隠しながら言う。
 ロザリィヌの手は祥子のドレスを掴んでいた。思いっきり、ひん剥いてしまった状態で。

 突然の出来事にセリエのギターがピタリと止まる。
 皆の時間も。
「――ええと……」
 祥子が呟く。
 刹那。
「お――おほほほほほほほほほ!」
 ぐぁばっと起き上がったロザリィヌが、呆然としたままの祥子にひん剥いたドレスを絡めつつ、物凄い勢いで半裸の祥子を明かりの外へと連れ去っていった。全てを誤魔化そうとするかのように。
 何秒かの時を経て。
「お姉様……誘拐され……?」
 はた、と己を取り戻したセリエがあわあわとしながら、ロザリィヌたちの後を追って行く。
「……あー……」
 ロザリィヌの哄笑とセリエの足音が消えていった方を見送っていた志位 大地(しい・だいち)が、隣で酒を傾けていた出雲 阿国(いずもの・おくに)の方へと首を傾げた。
「……俺達、やりますか?」
「ええ、お願いしますわね。大地さん」
 阿国は柔らかく笑んでから、手に持っていた酒を置いた。
 大地の肩をそっと叩いてから、先ほどまで祥子らが踊っていた場所へと出る。
 呼吸を落とすようにしながら、ひたりと構える。
 炎の揺らめきによって、影だけが生き物のように蠢いていた。
 笛の音。
 大地がヨマから借りていた笛で吹きあげた厳かな音色。
 合わせて神楽の所作で腕を巡らせ、足を滑らせていく。
 そうして、砂と明かりと太古の空気とを静かに巡り交わらせるように阿国は神楽を舞った。
 頃合いで、大地と目が合い、にぃっと笑みを送る。
 一拍。
 次の瞬間、阿国の体は跳んでいた。大地の笛が《静》から《動》へ。いや、《騒》へ転じる。
 タンッと踏み鳴らしたその音を皮切りに。
「一つ、魅せてやろうかいのぅ」
 賑やかな笛の音に合わせ、阿国は派手に歌舞いて魅せた。

 一方。
 笛の音、遠く。
「申し訳ありませんわ、祥子様……わたくしとしたことが、つい、ちゃっかり――いえ、うっかりと」
 最深部から少し離れた遺跡の端っこ。
 ロザリィヌは、半裸の祥子を押し倒すような格好で懺悔? していた。
 祥子が小さく息をついて、微笑んだ。
「気にしてないわよ。過ぎたことだわ」
「祥子様……」
 祥子の微笑に耐え難い引力を感じて(というか、はなっから耐える気などなく)、ロザリィヌは祥子に覆い被さるように、顔を落としていった。
 鼻先同士が触れ、唇が重なろうとした時……祥子の手がロザリィヌの頬に触れた。
「そう、お仕置きが欲しいのね?」
 祥子の手が軽くロザリィヌの顔を押し返し、もう一方の手がロザリィヌを地面に転がした。祥子がロザリィヌへ覆い被さる形になる。祥子の髪先がロザリィヌの頬へ落ちる。
「そうですわーーっ! わたくしには祥子様による愛のお仕置きが必要なのですわーーっ!!」
 と、ロザリィヌが絶好調になった瞬間。
「お姉様ー! ロザリィヌさーん! どこですかー? 皆さん心配して――」
 二人を探しにきたセリエが駆けて来て、
 めしゃ。
「むぎゅぅっ」
「――へっ!?」
 ロザリィヌは顔面を踏まれた。




■タルヴァ 町中


「アーちゃん!」
 御陰 繭螺(みかげ・まゆら)の声に、アシャンテ・グルームエッジ(あしゃんて・ぐるーむえっじ)は視線だけを向けた。
 二人は、町で出会った早川 呼雪(はやかわ・こゆき)ユニコルノ・ディセッテ(ゆにこるの・でぃせって)の二人と連携して、町に取り残された人からジョゼを引き離そうとしていた。
 そして、今は、呼雪とユニコルノがジョゼを引き付けている間に、派手に戦闘を行っても比較的被害が少なそうな大通りの広い十字路へと先回っている途中だった。
「ボクね、やっぱり、あのジョゼって人のこと、ほっとけないよ!」
「無論……これ以上被害が出る前に対処する」
「違うよ! 救ってあげなくちゃ! ――なんでか分からないけど、そんな気がするんだ!」
 繭螺の手は強く握り締められていた。
 真剣な瞳がアシャンテを見つめる。
 アシャンテは左手に刃を抜き放ちながら、行く手に現れたシュタルへと視線を滑らせた。
 右手に握った光条兵器の先が巡る。
「……とにかく、今は奴を止めることが最優先だ……破壊するかどうかは、状況次第だとしか、言えない」


 ◇


 踏み込んで。
 振り出したユニコルノの高周波ブレードは、ジョゼを捉えきれずに空を切った。
 更に半歩、踏み足を滑らせながら返す刃を閃かせ、突きに転じる。
「大切な人は、奪い取って手に入れるようなものじゃないわ……」
 突き出された高周波ブレードを掌で受け逸らしたジョゼの体が迫る。
 裂け跳んだジョゼの指先が、スローモーションの視界端を舞った。
「あなたを大切にしてくれた人の事を、思い出して」
 ジョゼのブレードがユニコルノのブレストプレートを掠めて火花が散らばる。
 ユニコルノの静かな声は留まることなく続いていた。
「その人を、あなたも大切にして。……悲しませるような事はしないで――ッ」
 数本の指を失ったジョゼの手に殴り飛ばされて、ユニコルノの体が路地の端まで壁を削っていく。
「ユノッ!」
 呼雪が星輝銃でユニコルノを追ったジョゼを牽制する。
「私も、あなたと同じだった」
 呼雪のヒールを受けながら、ユニコルノは崩れた壁に手をかけ、立ち上がった。
「ただの兵器で、この意識も守るべき人の剣となる為に作られた、ただのプログラムだと思っていた。でも、そうじゃないって、今は思うの」
 剣を構えて、ジョゼを迎える。
「……――あなたも、そうじゃないの?」


(少しずつだが……弱体化してきている?)
 呼雪は銃とヒールで、ジョゼを引き寄せるユニコルノをフォローしていた。
 そして、この路地を抜ければアシャンテたちが待つ大通り。
(もしかしたら、遺跡に向かった皆が何かを見つけたのかもしれないな……)
 ユニコルノがジョゼから離れたのに合わせて、牽制の銃撃を数発放つ。
 同時に、ジョゼの半壊した顔を見掠める。
(しかし、それでもまだ破格の強さだし、暴走が解ける気配も――)
 銃を持つ手を腰溜めに引きながら身を翻して、側方の建物の隙間から這い出てきたシュタルへとドラゴンアーツを叩き込む。
(シュタルが消える気配も無い。やはり、ジョゼの心を解かなければ、精霊から開放できないのか……? 声が届いている様子は無いというのに……?)
 再び、大通りへと駆ける前に、ユニコルノと斬り結ぶジョゼの姿を見る。
(――なんとかしてやれると良いんだが……)


 ◇


 ユニコルノを裂き飛ばしたジョゼに、
「もらいました!」
 屋根から壁を駆け降りながら跳んだ冬山 小夜子(ふゆやま・さよこ)の蹴りが直撃した。
 大通りへと吹っ飛んだジョゼの体が、金物屋の脇に積んであった木箱をとっ散らかして、鍋やら何やらが地面に落ちて転がる音が響く。
 軽快に身を返して着地した小夜子は、間髪入れずにジョゼを追って駆けた。
 起き上がったばかりのジョゼが突き出してきたブレードをガントレットの背で薄く受けながら、懐へと深く潜り込んで行く。
 耳障りな金属音を立ててガントレットが熱を持っていくのを感じる。
 音が後を追うような摺り足で踏み込んで、腹に拳を撃ち放――とうとしたところで、ジョゼの手が予想以上の速さで迫っているのに気づき、小夜子は身を沈めた。
 掌を地面に滑らせながら、ジョゼの足を刈るように体と足を鋭く回転させる。
 足がジョゼに触れることなく空を切って、背筋に冷たいものを感じ――小夜子は、両掌で地面を打ち跳んで、その場から離れた。
 そして、派手な破壊音と共に、己が先ほどまで居た地が砕けるのを見ながら、空中で薄く息をついた。視界の端に、砕けた地面からブレードを引き抜くジョゼの姿。
「っと……やはり、そう簡単にはやらせてくれませんね」
 体を回転させながらバランスを取って着地する。
 構えを揃えた小夜子の横を、
「……説得は通じそうもないな」
 アシャンテが掠め抜け、ジョゼへと牽制の切っ先を巡らせた。
「既に、こちらの声すら聞こえていないようですし」
 アシャンテの刃を掻い潜るジョゼの元へと、小夜子は再び踏み込んだ。
 後方から放たれた繭螺の魔法が、アシャンテの側方へと回り込んだジョゼの足元を撃つ。
 アシャンテがジョゼの肩口へと光条兵器を放ちながら、後方へと浅く跳ぶ。
「……加減して戦える相手でもない、か……――ッ」
 アシャンテを追ったジョゼの手が、残り少ない指でアシャンテの首を掴んだ。
「関係ありま――きゃッ!?」
 回り込んで拳を放とうとしていた小夜子へとアシャンテの体が投げつけられ、二人は共に地面を転がった。
 すぐに地を打って、別々の方向へと跳び別れる。
 小夜子は強く打って鈍く熱を持った鼻先を親指の先で擦り、血を跳ねながら構えを取った。
 言い直す。
「関係ありません。だって、機晶石を破壊しなければ町は救えないのでしょう?」