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襲われた町

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■第十二章 選択


「……何のつもりですか?」
 樹月 刀真(きづき・とうま)の冷たい瞳が、行く手に立ちはだかった閃崎 静麻(せんざき・しずま)を見ていた。
 刀真のやや後方では、漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)がかすかに眉根を顰めながら静麻を見ている。
 後方では、ジョゼが契約者たちと戦っている音が響いていた。
 静麻は刀真に、やや真剣な調子で言った。
「もしジョゼの機晶石を破壊するつもりなら、あと少しだけ待ってくれないか?」
「何故です?」
 静かに問い返してきた刀真の目を見据え、静麻は心中で嘆息した。
(……この二人を抑えるだけで手一杯かもしれないな、こりゃ――いや、んな弱気なこと言ってられない、か)
 軽く目を傾げてみせる。
「もうすぐ皆がクラリナを連れてくる」
「……本当なら――ジョゼとクラリナとの間にあった絆は、クラリナが結婚したとしても残っているものだったのでしょうね……でも、ジョゼはそれを壊してしまった」
 刀真が月夜から光条兵器を受け取り、その切っ先を静かに垂れ下げた。
 静麻は肩に掛けていた銃を手に下げる。
「まだ、壊れちゃいないさ」
「もし、ジョゼが正気に返り、クラリナに謝ったとして……それは受け入れてもらえると思いますか?」
 刀真が駆け、静麻は銃口を跳ね上げた。
 近づいた刀真へと引き金を引き、静麻はバーストダッシュで地を蹴り跳んだ。
 放たれた銃撃を掠め受け、刀真が血飛沫を散らしながら光条兵器で静麻の脇腹を捉える。
「これだけの被害が出て、報道もされました。世間はジョゼをどう見るかは明白です。クラリナにも迷惑が掛かるかも知れません――」
 刀真の後方へと抜けていた静麻は銃口を足元へ滑らせた。
 銃声と共に撃ち出された弾丸は刀真に触れること無く地面を抉った。
 滑るように身を翻していた刀真の目と目が合う。光の軌跡を引いた光条兵器が静麻の肩を貫く。
 刀真が冷ややかな視線を強めて、続ける。
「それでも、ジョゼは彼女と話す事を望むと思うか?」
「それでも、『望める限り最高のハッピーエンド』ってヤツを信じたい」
 バーストダッシュで側方へと逃れ、静麻は再び刀真の足元を狙った。
 と――。
 刀真とは全く別の方向から、光の衝撃に撃ち飛ばされる。
「――ッ」
「……刀真の邪魔はさせない」
 光術を放ったのは月夜。
 刀真の光条兵器が追撃を加え、静麻の体は地面に転がった。
「くっ……ぅ」
 立ち上がろうとして、静麻の手が力無く地面に滑る。
(クソッ――まだ……ッ)
 上がった血が喉に詰まって声は出なかった。
 短く咳き込みながら、静麻は心中で言葉を吐き捨て、なんとか起き上がろうと痺れる腕に力を入れようとした。
 しかし、刀真の光条兵器が振り下ろされる。
 更にもう一度――と。
「刀真……っ」
 刀真の名を呼ぶ月夜の声。
 静麻は、必死に足掻き保とうとした意識が落ちる寸前に、そいつを聞いた。



■タルヴァ近くの山

 
「ジョゼに捕まってたんじゃなかったのか……?」
 エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)の問いかけに、クラリナの肩が震えた。
 タルヴァ近くの山中。クラリナは焦燥した様子でそこに居た。
「私……逃げたんです」
 クラリナは言った。
「――暴走して、隊を壊滅させ……ジョゼは私を連れて逃げた。そして、私に『行かないで』って」
 クラリナが自分の肩を抱くようにしながら震える。
「でも、私、怖くて……ただ恐ろしくて、だから、ジョゼを拒絶して――」
 何か悶え苦しむジョゼを置いて、タルヴァの町へ逃げ込んだのだという。
 エースが奥歯を鳴らす。
「それで……タルヴァを巻き込んで、こんな所に隠れてたってのか! おまえなら、ジョゼを止められたかもしれないってのに! だから俺は……」
 震える体を折り曲げたクラリナの嗚咽が、ぐらぐらと零れていく。
「彼女の選択は間違っていなかったと思うよ」
 メシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)が言う。
「いくら友人ごっこを続けていたとしても、元々ジョゼとクラリナの間には精神的にも大きな隔たりがあった。信頼するに値する、同列に近い存在だと考えることこそが、そもそもの間違いなのだよ。分かり合えるものではない」
「違うよ――」
 言ったのは、クマラ カールッティケーヤ(くまら・かーるってぃけーや)
 クマラがメシエを見上げ、続ける。
「ジョゼには彼女と同じ心があったんだ。だから、仲良しさんが結婚することに寂しさを感じたんだよ。それが嫌で、こんな風になっちゃったんだ」
「俺も、ジョゼは疎外感のようなものを感じているんだと思う」
 緋桜 ケイ(ひおう・けい)もまた、メシエを見やった。
「あるいは、きっと言葉では言い表せないようなもっと暗い気持ち。でも――その気持ちがこれほど強かったのは、親友であるクラリナに対する好意が大きかったからだったんじゃないか……?」
 クマラがうなづき、クラリナへと瞳を向けた。
「それに……仲良しさんが幸せになることを祝福する心だって持っていると思うんだよね。ジョゼだって、それに気がついたら怒りからは解き放たれると思うんだ。しばらくはちょっと哀しかったり寂しかったりだけど、それでも、仲のいい人が幸せなのはやっぱり嬉しい事だって分かるはず――ジョゼはまだそのことを知らないだけ」
 クラリナが疲れと砂と涙に崩れた顔を振る。
「……でも――」
「ジョゼは、ニコロを殺さなかった……」
 ケイが、ほつりと零すように言って。
「ジョゼはニコロを殺さなかったんだ。精霊に魅入られて、暴走して、それでも、ジョゼはニコロを生かした」
 ケイはクラリナの肩を掴んで、彼女の顔を強く見つめた。
「だから、ジョゼの心にあるのは怒りだけじゃない! まだ可能性は残ってる! まだ救えるかもしれないんだ! ジョゼの親友のあんたなら!!」
「ヨマの民が以前行っていたチェイアチェレンという祭りは、周囲を楽しさで満たすことで精霊を鎮める儀式であった――」
 悠久ノ カナタ(とわの・かなた)がタルヴァの方を見やりながら続ける。
「ジョゼに楽しさや喜びといった幸せな感情を思い出させることで、その身に巣食う精霊を内から解き放つことができるかもしれぬ」
 カナタの視線がクラリナへと向けられる。
「共に過ごした日々を思い出させ、そして、これで終わりなのではないのだと伝える……おぬしなら、それが出来るのではないか?」

 
 ◇
 

「ぐぅ」
「エオ」
「……むぅ? ぐぅ」
「起きろ、エオ!」
「――っへ! あ、うあ、僕また眠ってました!?」
 エオリア・リュケイオン(えおりあ・りゅけいおん)が小型飛空艇のハンドルの跡を頬に付けながら、わたわたと起き上がる。
 真剣な表情のエースは言った。
「出発だ。急いでクラリナをジョゼの元へ届けるぜ」



■タルヴァ 町中


「もう、誰の声も聞こえていないか――」
 樹月 刀真(きづき・とうま)が光条兵器の光を虚空に引き摺りながら、ジョゼへと距離を詰めていく。
「俺なりの慈悲だ、殺してやるよ」
 振り出した光条兵器がジョゼの胸元の装甲を砕いて散らす。
 砕かれた装甲の下から機晶石を覗かせたジョゼが、ビゥッと風を切って重く力の乗った足で刀真を蹴り飛ばした。
 覗いた機晶石には白い光が染み付いているようだった。光条兵器で機晶石に巣食う力だけを斬ろうという試みは既に失敗に終わっている。
 冬山 小夜子(ふゆやま・さよこ)が鋭く踏み込み、
「お別れです!」
 機晶石を狙い、則天去私を撃ち出した。
 しかし――
「――ッ!?」
 小夜子の死角から飛び出して来ていたユニコルノ・ディセッテ(ゆにこるの・でぃせって)がジョゼを抱き庇っていた。
 ジョゼが、己を抱き庇っていたユニコルノを薙ぎ飛ばして、返した刃でユニコルノの機晶石を狙う。
 アシャンテ・グルームエッジ(あしゃんて・ぐるーむえっじ)の光条兵器がジョゼのブレードを撃ち払って、小夜子が地面に倒れたユニコルノの元へ駆けようとしたが、ジョゼの振り上げた腕に叩き飛ばされる。
 刀真が、口元の血をそのままにジョゼの懐へと踏み込み、深く呼気を落とす。
 一瞬の間の後――音速を超えた斬撃の乱舞がジョゼを呑み込んだ。
 ジョゼの体が斬り刻まれ、その片腕が曇り空に跳んだ。
 それでも、ジョゼは駆動音を軋ませながらブレードで刀真を斬り飛ばした。
 体の欠片を撒き散らしながら、ジョゼがブレードをユニコルノへと振り落としていく。
 早川 呼雪(はやかわ・こゆき)の銃撃がジョゼの体を掠める。
 ブレードを跳ね飛ばす間も、ユニコルノを庇う時間も無かった。
 アシャンテは光条兵器でジョゼの機晶石を。