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消えた愛美と占いの館

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消えた愛美と占いの館

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緑色の閃光3
 佐々木 弥十郎(ささき・やじゅうろう)は、ガムテープでべたべたになった暗幕に手をかけた。
「失礼しま――……」
「ゆっくり入ってきて頂戴」
 短く鋭い声がして、弥十郎はぴたりと手を止める。
「イラついた声だね。一筋縄じゃいかなそうだ」
 真名美・西園寺(まなみ・さいおんじ)が、弥十郎の後ろで苦笑した。
 弥十郎は深く深呼吸して、ゆっくりと占いの館に踏み入る。
「いらっしゃい。物分りのいい人で助かるわ」
 薄暗い部屋の奥で、蛍光グリーンの瞳が微笑む。
 弥十郎も、勤めて柔らかな微笑を返した。
「……部屋の右奥」
 真名美がひじで弥十郎をつつき、とがったあごで部屋の奥を示した。
 微笑みに目を細めたまま、弥十郎は指示されたほうに目をやる。
 暗がりに立ち並ぶ、無数の人形。そのうちのひとつに、中背で、亜麻色のロングヘアを持つ女子生徒の人形があることを、弥十郎はしっかりと確認した。
「占いの希望者はどなた? それとも、二人とも?」
「ワタシですねぇ」
 弥十郎は、気弱に見えるように気をつけて、おずおずと手を上げた。
「私は見学したいんだけど、そういうのってあり? それとも、企業秘密かな?」
 益代はかぶりを振った。緑色の光が、暗闇で尾を引いて流れる。
「占いを見学する分には結構よ。ただし、当事者と同じものを見ることは出来ないけどね」
「……と、いうと?」
「わたしの占いは、当事者に直接未来を見せるのよ。実際に起こり得る未来の中から、当事者の願望が無意識に、もっとも好ましい未来を選び取って幻視するの」
「それって、占い……?」
「グレーゾーンだけれど、未来への指標にするという点では立派な占いだと思っているわ。運命なんて、どうせ心がけ次第でどうとも変わるんだから。だったら、一番目指したい未来を見るのが手っ取り早いでしょ?」
 芯があるな、と弥十郎は思った。
「これは、説き伏せ難いだろうね」
 真名美がささやくように言った。弥十郎と同じようなことを思ったらしい。
「さて、はじめましょうか」
「あ、その前に。連日の占いで疲れていませんか?」
「はあ? ……まあ、疲れているけれど」
「では、少しお茶でもしませんか? そのつもりで準備をしてきたもので……。なにか、お好きなケーキとかありますか?」
 益代はひとしきり、目を細めて唸った。
「……ザッハトルテ」
「ご用意しております」
 真名美が懐から取り出したクロスを広げたかと思うと、あっというまに、狭い部室がお茶会の会場に早変わりしていた。かぐわしいローズティーに、目にも楽しい色とりどりのマカロン、それに、つやつやチョコでコーティングされたオリジナル・ザッハトルテもホールで用意されている。
 いつ見ても完璧な「ティータイム」スキルだと、弥十郎は惚れ惚れした。
「どうぞ」
「有難う」
 真名美が鮮やかな手つきで切り分けたザッハトルテに、益代は銀のフォークを差し入れた。フォークの上に乗せた大きな一切れを、益代は一瞬、見せびらかすように暗がりに向けてから、口に運ぶ。
「ん……糖分が染み渡る……」
 のどを震わせて言いながら、益代はローズティーに口をつけた。
「バラの香りには」
 弥十郎は、さりげなく、つぶやくように言った。
「男性をその気にさせる効果があるみたいですよ」
「ふうん」
 すげない返事とともに、益代はまたザッハトルテを大きく切って口に運んだ。
「女性ホルモンの分泌を活性化させて、綺麗になる手助けもしてくれるとか」
「へえ」
 三口目で、皿の上のザッハトルテは益代の胃袋に収まってしまった。
「益代さんは、恋とかしていないんですか? ヴァレンタインはもう過ぎてしまったけど、今からでも……」
「――たとえば」
 かつん、と、益代はフォークで空の皿を叩いた。
「あなた、バラの香りは男性をその気にさせるって言ったわよね。……じゃあ、このお皿から、とってもいいバラの香りがするとする」
「……ええ」
 弥十郎が頷くと、益代は今度は、フォークでマカロンを指し示した。
「まともな男の子だったら、とってもいいバラの香りがするお皿と、何の変哲もないマカロンだったら、どっちを食べると思う?」
「……」
「誰もが、生まれたときから甘いお菓子ってわけじゃない。そう思わない? お菓子を乗せるためのお皿に生まれつく人もいるし、お皿は一生、お菓子にはなれないのよ」
 ローズティーをゆっくり飲んで、益代が息を吐いた。
「それで真名美さん? 部屋の奥のお人形がそんなに気になる?」
 何気なく問われて、真名美は小さく肩を跳ね上げた。
「ケーキのお礼よ、聞かれたことには何でも答えるわ。……なにか、聞きたい?」
 真名美は、肩眉を跳ね上げてから、口を開いた。
「……あの人形は」
「だめですよ、先生。答えてくれるとは言ったけど、逃がしてくれるとは言ってません。……質問は、慎重に選ばないと」
「弥十郎くん?」
 気取った先生口調で、いたずらっぽく真名美が言った。
「一人前の紳士になるための心得、そのいち。すでに退路がないのなら、迷わず前に進むべし!」
「先生〜……」
 弥十郎が止めるのを振り切って、真名美は立ち上がった。
「じゃあ益代さん、答えてよ。そこにある愛美さんそっくりの人形は……本物の愛美さんなのかどうなのか、さ」
 聞いてしまった、と弥十郎は小さくため息をついた。
 益代がカップを置く、かちゃんと甲高い音が響く。
「ええ、本物の小谷愛美よ」
 あっさりと、益代は言い切った。
「ほかに何か聞きたいことは?」
「自分と同じ名前のひとが行方不明のままって、気味が悪いんだよね。愛美さんのこと、解放してあげてくれる?」
「断固拒否するわ。……ほかには?」
「……いいや、もういいや」
 真名美が、クロスの端をつかんで一振りした。
 広げられていたティーセットとお菓子が、一瞬でどこかへ掻き消える。
 最後に、たたんだクロスを旅行かばんにしまいこみ、真名美は視線を正した。
 益代も、ゆらりと立ち上がる。帽子を脱ぎ、ヴェールをはずし、マントを脱ぐ。
「あの〜、ワタシからも、ひとつ質問いいですか?」
「どうぞ?」
「えっと……ワタシたちのこと、見逃してくれたりとかは……」
「ごめんなさい、無理なの。……ケーキおいしかったわ、ありがとう」
 こめかみを掻く弥十郎と、愛美人形に飛びかかった真名美に、緑色の光が降り注いだ。



 ペンライトの細い明かりが、薄暗い部室に揺らめいていた。
 照らし出される、蒼空学園女子の制服に身を包んだ身体、きょとんとした表情で固まった顔、亜麻色のロングヘア。
「マナそのものだね」
 シルヴィオ・アンセルミ(しるう゛ぃお・あんせるみ)は、咥えていたペンライトをぱちんと消して、アイシス・ゴーヴィンダ(あいしす・ごーう゛ぃんだ)を振り返った。
「愛美さん本人?」
 アイシスが静かに問うてきた。雪風のように柔らかな響きが、部室の空気を振るわせる。
「そこまでは分からないな。けれど、可能性は高いと思う」
「分かった。今のうちに運び出しちゃいましょう」
 アイシスは、樹脂のように硬く硬直した愛美人形を眉根を寄せて抱え上げた。
「人間て重いのね……介護でも勉強してみようかしら。窮地からシルヴィオを担ぎ出せるくらいには、なっておきたいもの」
「俺、そんなに危なっかしいかい?」
「時々ね……っと」
 よろけたアイシスの身体を、シルヴィオはとっさに支えた。
 見た目より大分細い身体だなと、シルヴィオは思った。
「手伝うよ」
「ああ。助かる……」
 不意に、暗幕が揺れた。
 わだかまった濃い闇のようなものが部室に滑り込んでくる。
 蛍光グリーンの瞳が、ぼんやりと輝いて、シルヴィオたちのほうを見た。
「……シルヴィオ。やっぱ手伝わなくっていいわ」
「そうかい? 悪いね」
 いたずらっぽく微笑みあってから、シルヴィオは益代のほうへと歩み寄った。
 アイシスは愛美人形を抱えたまま、部屋の奥へと下がる。
「キミが、浦深益代ちゃん?」
 自然な微笑みを浮かべてシルヴィオが近づくと、益代の眼差しが刃物のように鋭く変わった。
「そうよ。ところで、あなた達はどこの誰さん? まったく最近は物騒で、おちおちお手洗いにも行けないわね」
「マナを返してもらいに来たんだ。あの人形は本物のマナだろう?」
 シルヴィオはカマをかけたつもりだったが、益代はあっさりと頷いた。
「そうよ。でも返す気はないわ」
「えらくあっさり認めたね。……キミみたいなかわいい子が」
 シルヴィオは一歩詰め寄って、益代の口元を覆うヴェールを下ろした。
「こんな悪いことを平気でしでかすなんて、感心しないな。マナを人形にして、それでキミはどうするつもりだったんだい?」
 益代の瞳が、不意に揺らいだ。
「わからないわ」
「わからない? それ、俺に詳しく話してくれないかな?」
「わからないのよ。自分がどうしたいかなんて、もうずうっと前から」
「ふむ?」
 ふらりと、益代が一歩後ずさった。
「わからない……か。誰かのことが好きすぎて、でもどうしていいかわからないんだね? 恋敵をこんな風に……してしまうくらいに」
「黙りなさい。わたしを見ないで」
 シルヴィオは努めて柔らかな表情を作り、益代の瞳を覗き込んだ。
「なあ、マナを元に戻してみない? そして正々堂々、マナと向き合って、ぶつかり合ってみようよ。たとえそれで、思いが叶おうと叶うまいと、きっと君の胸の中には、大切な何かが残るはずだよ。分からなかったことが、分かるようになるはずだよ。……恋って、そういうものじゃないかな」
 シルヴィオが言葉をつむぐたび、益代の瞳がゆっくりと伏せられていった。
 いまや、益代の顔は完全に伏せられていて、帽子のつばの陰に隠れてしまっていた。
 もう一押し、とシルヴィオは思った。
「ねえ益代ちゃん。真剣に向き合えば、きっと梅木くんだって……」
「真剣に向き合う?」
 帽子の陰で、益代が笑った。
「そんなのは、恵まれたお生まれの騎士様同士が口にする言葉よ」
 益代が勢い良く顔を上げた。眩しいばかりに輝く瞳に、シルヴィオは一歩後ずさる。
「――きゃあっ!?」
 背後で聞こえた悲鳴に、シルヴィオは振り返った。
 アイシスが、綾乃に組み伏せられていた。アイシスも、顔をしかめて抵抗を試みていたが、愛美人形を守りながらではあまりに分が悪そうだ。
「益代ちゃん、やめろ! これ以上罪を重ねるな!」
「これ以上罪を重ねるな? ……いいえ、それはきっと逆よ」
 暗がりから飛び掛ってきたマッシュが、シルヴィオの足をすくった。
 仰向けにぶっ倒れたシルヴィオの上に、マッシュが覆いかぶさってくる。
「さァさァさァ! あンたはどんな顔で人形になるのかなァ!? あァ、楽しみだ!」
 狂ったように笑うマッシュを退けることも叶わず、シルヴィオはただ、蛍光グリーンの瞳を見上げた。
「やめさせてくれ、益代ちゃん! キミのためだ!」
「いいえ、やめないわ。……もうこれ以上、いくら罪を重ねたって同じだもの」
「やめろ―――っ!」
 シルヴィオの吼え声が、狭い部室に響き渡った。

「占いの館ね、分かったわ。情報ありがとう、マリエル」
 携帯を耳に当てたリネン・エルフト(りねん・えるふと)は、暗幕の前で足を止めた。
「これから突入して説き伏せます。あとは私たちに任せておいて。……じゃあ」
 携帯を閉じてポケットにしまいこみ、リネンはヘイリー・ウェイク(へいりー・うぇいく)を振り返った。
「愛美ちゃんのほかにも、梅木毅に告白しようとして行方不明になった人は何人もいるみたい」
「なるほど?」
「それで、愛美ちゃんが行方不明になった日、最後に向かったのは、この占いの館だって」
「その、浦深益代って占い師は梅木の事が好きだったんでしょ? じゃ、もう確定じゃない!」
 リネンは頷いて、暗幕に向き直った。
「だからこれから、益代を説き伏せて愛美を解放させる。……なるべく穏便に」
「リネンの頼みなら、あたしが我慢できる間はおとなしくしててもいいわよ」
「ありがとう。がんばる」
 リネンが暗幕に手をかけた瞬間、部室の中から悲鳴が聞こえた。
 切羽詰った、男性の声だ。
「リネン! ぐずぐずしない!」
 ヘイリーに背中を押されて、リネンは勢い良く暗幕をくぐった。
 薄暗い部室の中に、無数の人影が並んでいた。その中には、横倒しになった愛美の人形もある。
 そのほかに、まだ動いている人間が四人、床にうごめいていた。
 綾乃とマッシュに組み伏せられた、シルヴィオとアイシスだ。
「――なにか御用?」
 闇に浮かんだ蛍光グリーンの瞳が、リネンとヘイリーを睨んだ。
「ええ。すこし、お話に来たの。……あなたの悪事について」
「へえ、それは面白そう」
 益代は身体ごとリネンのほうをむいた。
 闇に尾を引く蛍光グリーンの瞳が、細く微笑んでいる。
「まず単刀直入に聞くけど、愛美さんをさらったのはあなたね?」
「ええそうよ」
 あまりにあっさり肯定されて、リネンはちょっと不意を突かれた。
「……愛美さんだけじゃないわ。あなたは、それ以外にもたくさんの人をさらっている。そこに居並ぶフィギュア、何人か見覚えのある人がいるもの」
「そーね。ここの人形は全部本人よ。あとは?」
 リネンは鋭く息を吸って、益代をまっすぐ見据えた。
「あなたは、梅木毅に思いを寄せているわね」
 初めて、益代の瞳が揺らいだ。
 沈黙が訪れる。綾乃とマッシュ、それにシルヴィオとアイリスの荒い息遣いだけが、しばらくの間、狭い部室を満たした。
「……ええ、そうよ。それが、なに?」
「あなたは、梅木毅に恋人が出来るのを嫌って、梅木に思いを寄せるすべての人間を人形に変えた。でしょう?」
「そうね。だから?」
 背後から伸びてきた手が、リネンの肩を強く掴んだ。
「退きなさい、リネン。ここがあたしの限界よ」
「でもヘイリー……わっ」
 ヘイリーは強引にリネンを退かして、益代の正面に立った。
 退かされたリネンはおとなしく引き下がって、益代と対峙したパートナーの背中を眺めた。
「あんたさ、さっきから聞いてりゃ自分勝手なことばっかり。ちっとはさ、恥ずかしいとか思わないわけ?」
「恥ずかしいと思ったことはないけれど?」
「そう。じゃああんた、相当のクズね」
 ヘイリーの唸るような声に、けれど蛍光グリーンの瞳はそれほど揺らがなかった。
「あんたはさ、あんただけが悩んでるんだと思ってんのかも知れないけど、あんたが人形にしたその子達だって、あんたと同じくらい悩んでたんだよ!? それでも勇気を出して告白しようとしてたのに、告白することも出来ないあんたが、それをむげに踏みにじるなんて許されると思ってるの!?」
「許されるなんて思ってない」
 淡々と紡がれた益代の言葉に、ヘイリーの言葉がぐっと止まった。
「許されないことなんて分かってる。それを正当化する気もない。わたしがやっているのは悪いことよ。面と向かうことも出来ないし付き合う勇気もないくせに、つまらない嫉妬と独占欲だけは人一倍強い臆病者の悪あがきよ」
「そっ、そこまで自分のクズ具合がわかってるんなら、なんでやめないのよ!」
「やめたくないからよ。何にも出来ずに後悔する位なら、どんな悪いことでも後悔しないようにやってやるってだけ! 間違ってるからって止められるんなら
 もうとっくにやめてるわよ!」
「だったら、その努力の方向を何で正しいほうに向けないわけ!? 面と向かって、梅木毅と向き合わないわけ!?」
「そんなのっ……」
 益代が奥歯をかむ音が、リネンの耳にまで聞こえてきた。
「そんなの……あなたたちになんかわかりっこない」
「あっそ、じゃあもう分かった」
 諦めたようにかぶりをふって、ヘイリーはきつく拳を固めた。
「あんたが何に悩んでるかなんて、あたしは知らないしもうどうでもいい。あんたの悪人具合をあんた自身が認めてるんなら、あたしは悪を砕くのみ!」
「たいしたロビンフット気質ね」
 ヘイリーは、不適に笑って頷いた。
「ええ……だって、それはあたしのことだものッ!」
 掛け声一言、飛び出したヘイリーに、一歩送れてリネンも続いた。
 雅刀を引き抜き、峰打ちに持ち変える。
 見たところ、益代は丸腰だ。魔女といえども、この間合いから二対一で攻められたら打つ手はないだろう。
 先に飛び込んだヘイリーの拳が、微動だにしない益代のみぞおちを捉え……――。
 赤色の閃光が、迸った。
 ヘイリーの身体が弾き飛ばされて、大きく後退する。
 一瞬送れてリネンの雅刀も、赤い光に弾き飛ばされた。
 ヘイリーを見て身構えていなかったら、雅刀を落としていただろう。
「何者!?」
 ヘイリーの問いに、赤色の光条兵器を構えた二人が答える。
「……鬼崎朔」
「んで、ボクが朔ッチの護り刀のカリン!」
 朔の鋭い眼差しと、カリンの笑顔は、光条兵器の光を受けて、血に濡れたように輝いていた。
「何、あんたら。あんたらもそのクズに味方するの!?」
「クズ……か」
 朔は、空いた手で頬の刺青に触れた。
「品行方正に生きてこられた人間にとっては、確かにそう見えるだろうな。益代や自分のような人種は」
「誰から見ても悪人よ! 疑問を挟む余地もない! 妥当されるべき悪だわ!」
「そうだよ、悪だよ。益代だって極悪人だ。でも、正義の味方が正しい人しか守らないのなら……」
 朔は、ゆらりと切っ先を持ち上げて、ヘイリーに向けた。
「正しく生きられなかった人間は、悪にすがってでも生きるより他はないじゃないか」
「悪人の理屈ね! 類友もいいとこだわ!」
 ヘイリーは構えを正して、朔を睨んだ。
 リネンもそれをフォローするため、カリンに向き直る。
 真っ赤な短刀を構えたカリンは、悩ましげな顔で、ちょっと視線を上げた。
「……でも、いいの朔? ボクずっと見てたけど、益代はやっぱり……」
「いいんだ。自分には……やっぱり、どうしても、このまま見過ごすことは出来ないから。……ごめん、カリン。嫌な戦いに駆り出して」
 カリンはぶんぶんかぶりを振って、いたずらっぽく笑った。
「いーよ。だって、ボクは朔ッチの護り刀だから……さ!」
 リネンはカリンの懐に飛び込んだ。雅刀が赤い光とぶつかり、閃光を散らす。
 ヘイリーが、朔の刃を革手袋で巧みに打ち払う。
 眩しいほどに赤い光と打ち合いながら、リネンはふと、益代のほうに視線を放った。
 帽子とマントとヴェールを脱ぎ捨てた益代が、天井に向かってエンシャントワンドを構えている。
「……まずい。ヘイリー、離脱……」
「もう遅いわ、おやすみなさい」
 白光が輝き、緑光が瞬いて、リネンの体はカリンの刃を受け止めた格好のまま、硬直した。