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リアクション
第一章 広がる悪意
空京の片隅、そう大きくもない美術館で。
白く輝く光が一閃した。
リース・アルフィン(りーす・あるふぃん)の目が捕らえていたのは、コマ送りに吹き飛ばされていくパートナーの姿。
次の瞬間、どさりと確かに重量を感じさせる音が響き、一瞬遅れて来館客達の悲鳴。
さらにはその場を慌てて逃げ出す足音が続いた。
「沙奈ちゃんっ!」
「リース? 説得は、無理……みたいね……。何か、話を聞いてない……というか聞こえていない感じ……」
「それは、それはっ」
雛森 沙奈(ひなもり・さな)の背中を助け起こしながら、リースは襲撃者の姿をにらみ据えた。
それは、わかっていた。
リースと同じく蒼空学園に所属することを示す制服姿。
剣の花嫁であることを示す右手の光条兵器。
こちらからの呼びかけに反応する様子もなく、沙奈に斬りつけたことも、まるで背後の美術品を狙うにあたっての障害物排除くらいにしか映っていないことがありありと伝わってきていた。
「せっかく美術品見に来たのに、ごめんね。私……ざまぁないわね」
沙奈の言葉にリースはふるふると首を振る。
「だから、リース。逃げて」
リースはさらに強く首を振った。
同時に、紅の魔眼を発動。
視界の隅で動いた襲撃者に向かって、思いきり氷術を解放した。
「リースっ!」
「できないよっ!」
制止の言葉は無視して、リースは氷術を連発。
さらに――
「捕まえるっ!」
奈落の鉄鎖を発動させた。
一瞬、襲撃者の動きが鈍る。
それが、致命的な一撃になったのかは分からなかった。
むしろそうは思えなかったが、何かを天秤にかけるように宙を眺めた襲撃者は、陳列された美術品にちらりと視線を投げると、そのまま逃走していった。
「……なんだったんだろう」
そのつぶやきがきっかけであったかのようにリースの肩にかかっていた重量がぐっと増した。
見れば、沙奈がホッとしたような表情で気を失っていた。
美術館の外で、和原 樹(なぎはら・いつき)は鉢合わせになった襲撃者を足止めていた。
「ごめん、たんこぶくらいは許してくれ!」
ビッ。
樹が振り下ろしたメイスは、襲撃者が着ていた蒼空学園の制服をかぎ裂きに裂いただけで外れる。
「樹、遠心力だ。メイスの攻撃にはもっと遠心力を使え」
反撃を、転がってかわした樹は、そのままフォルクス・カーネリア(ふぉるくす・かーねりあ)の足下まで退避する。
「ん? ダメだ樹。そんなところにいると我まで巻き込むぞ」
「手伝ってくれっ!」
「凛々しく戦う樹を見るのもたまには悪くないと思ったのだがな」
「手・伝・っ・て・く・れ・っ!」
樹はフォルクスの襟元を掴んでガクガクと揺さぶった。
「む、樹。ショコラッテが」
フォルクスの声に、樹は弾かれたように背後を振り返る。
見れば、ショコラッテ・ブラウニー(しょこらって・ぶらうにー)が、手にしたモップで襲撃者に飛びかかろうとするところだった。
「ああ、もうっ!」
樹は慌てて体を返す。
その背中にフォルクスが言葉を投げた。
「樹、間違っても洗脳なんてされてくれるなよ。洗脳されたお前なんて、面白くもない」
「大丈夫、俺は剣の花嫁じゃないしね。そっちこそ、しっかり援護してくれよ」
振り向きはせず答えておいてダッシュ。
樹はそのまますぐにショコラッテの横に並んだ。
「樹兄さん」
「ショコラちゃん、一人じゃ、危ない」
心配する樹の言葉に、しかし、ショコラッテは強い視線を返した。
「美術品が壊されるのは、嫌。建物が壊されるのも、嫌。誰かの想いが壊れるのは、嫌なの」
「ショコラちゃん……」
その視線を受け止め、樹は決意を固めたように唇を引き結んだ。
「ショコラちゃん、フォルクスの所まで下がって。予定どおり子守歌。フォルクスの氷術と一緒に援護」
一度気遣わしげに樹を見てから、それでも言われたとおりに下がった。
「大丈夫。そうさ人を操って誰かを傷つけるなんて、許したらダメだ」
言って、樹はメイスを持つ手に力をこめた。
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「どうしたの、おねーちゃん?」
空京の薄暗い裏路地で。
ロザリアス・レミーナ(ろざりあす・れみーな)は少し思案顔のメニエス・レイン(めにえす・れいん)に声をかけた。
「ふむ……本当は予備も含めてふたつ欲しかったのよ。ティセラも、存外ケチね」
そう言うメニエスの指先は、先ほどティセラから受け取った機晶石の額飾りを弄んでいる。
「慎重って言うんだよ、そういうのは」
「生意気なアリスを洗脳するアイテムも、そのうち欲しいところね」
「それより、早くティアにつけてみようよ、それ」
わくわくと期待を含んだロザリアスのその言葉で、組み敷かれていたティア・アーミルトリングス(てぃあ・あーみるとりんぐす)が悲鳴を上げた。
「イヤっ! イヤですっ! 洗脳なんて怖いですっ! 許してくださいっ!」
「ええいっ、やかましいっ!」
ロザリアスはティアの頭上に拳を落とし、さらにはティアの首元から伸びる鎖を引っ張った。
「おねーちゃんの役に立てるんだから、ちったあ嬉しそうにしたらどうよ?」
「ううう……」
ティアはロザリアスの拳を警戒して、身を縮こまらせた。
「さ、おねーちゃん」
メニエスはしばらく考え込んだようだったが「そうね」とニタリと笑みを浮かべる。
「イヤっ! やめてっ! やめてくださいっ!」
必死の懇願をするティアをロザリアスが押さえつけ、その額にメニエスが機晶石を取り付けた。
スッ――と、ティアの表情が落ちた。
ビクビクと怯えに満ちていた瞳には膜がかかり、抵抗の声を上げていた口許は無表情に引き結ばれる。
次の瞬間、メニエスとロザリアスが驚くくらいの素早さで光条兵器を展開。
自分をつなぎ止めている鎖を切断したティアは、素早く空京の市街へと駆け出していった。
「あっ! ちっきしょう! あいつ、どこ行くつもりっ!?」
「美術品を破壊しに、かしら。それが、ティセラが額飾りにかけた仕掛けのはずだから」
「放っといていいの、おねーちゃん?」
「ティセラの計画を後押しするのが、額飾りの対価だから、別にいいんじゃないかしら……もちろん、ロザが可愛そうなティアを止めてあげたいって言うなら、止めはしないわ」
その言葉に、ロザリアスが唇を歪めて拳を打ち鳴らした。
「そうだね。力ずくでね」
「あの、失礼ですけど。その大きな荷物の中身はなんですか?」
カチェア・ニムロッド(かちぇあ・にむろっど)から声をかけられ、葉 風恒(しょう・ふうこう)は少し困ったように顔を上げた。
空京の小さな広場。街の中心から離れているため人通りはまばらだ。
「な、なにって、商売品だよ! これから取り引きなんだ」
「ええと、それで中身は?」
「な、何でもいいじゃないか。どうしてそんなこと気にするのさ」
「んー」
カチェアはダンボールで丁寧に梱包された風恒をしげしげと眺めながら、
「美術品……ではないんですか? どうも、私の直感がそう告げているんですけど」
そう呟いた。
「ダレル。どうしよう? なんか全然別の獲物がかかちゃったんだけど」
風恒はカチェアに聞こえないようごく小さな声で、傍らにしゃがみ込んでいるダレル・ヴァーダント(だれる・う゛ぁーだんと)に囁いた。
「そうですな。計画遂行の邪魔なら、眠ってもらうのも一手ですが」
「物騒すぎるよっ!」
「ん? どうかしましたか?」
カチェアが怪訝そうな顔で聞いてくる。
「いやあ何でもない! 何でもないよ!」
「そうですか。美術品なら、気をつけてください。今この街で美術品を持ち歩いていると――」
そのカチェアの言葉ごと叩ききるようにして、光跡が空間を薙いだ。
カチェアが飛び退り、ダレルは風恒の襟首を力任せに引っ張る。
次の瞬間。
巻き上げられた砂埃と共に両断された荷物が宙を舞った。
「――襲われます」
カチュアは剣を構え、蒼空学園の制服をまとった襲撃者へと向き直った。
「ご忠告、感謝ですな」
同じように、武器を構えたダレルは風恒の前に進み出た。
襲撃者は荷物の残骸を確認。
用済みと判断するや即逃走の構えを見せた。
「逃がさないんだからっ!」
しかし、広場に駆け込んできた四方天 唯乃(しほうてん・ゆいの)によってその逃走を遮られた。突き飛ばされてバランスを崩した襲撃者はすぐに起き上がり、今度は逃走の障害になった者たちに向かって光条兵器を構えた。
「忌々しいわよね、その額飾り。機晶石をそんなふうに使うの、許せないわっ!」
唯乃が強く奥歯に力を込め、自分の手甲に向けて光術を発動。
手甲が光に包まれる。
「光の刃を使えるのは光条兵器の専売特許だと思わ……あれ?」
唯乃は今一度光術を展開。
「あれ?」
もう一度。
「……光条兵器の、専売特許みたいね」
唯乃がやや焦った顔を持ち上げてみると、襲撃者が白く輝く刃を振りかぶるのが見えた。
直後、ドンと、見えない何かが唯乃を突き飛ばす。
「危ないのですよぉ〜う!」
迷彩塗装を施したブラックコートの下からエラノール・シュレイク(えらのーる・しゅれいく)が顔を現した。
「あ、エルっ! 剣の花嫁狙ってなくちゃダメじゃないっ!」
「唯乃がその調子じゃ無理なのですよっ」
「むぅ。光術による光の刃……無理か。手甲が、キレイなだけね」
暗闇を照らせるくらい、唯乃の手甲は輝いている。
「実験はおうちでやってくださいよう」
「エル、科学はね、実戦が第一なのよ」
「たぶん実践ですよぅ……」
「そこの二人っ! もし魔法が使えるようなら足止め狙ってもらえる? 逃げられる!」
唯乃とエラノールに向かって、風恒の声が飛ぶ。
唯乃とエラノールは顔を見合わせた。
「エルっ!」
「了解なのですっ!」
再び逃走姿勢を取った襲撃者にエラノールから氷術が飛ぶのを確認、風恒は恐れの歌を歌い始めた。その前では、ダレルが厳しい目をして周囲に視線を投げている。
果たして。
風恒の歌は襲撃者に変化を呼び起こした。
襲撃者の手に震えが走り、ズリッと一歩後退る。
次の瞬間、小さな衝撃音と共に額飾りが砕け散り、糸が切れたように襲撃者の姿が崩れ落ちた。
隠れ身を解いて、緋山 政敏(ひやま・まさとし)が姿を現す。
一瞬何が起こったのかと身を固くした一同が、ホッと肩の力を抜いた。
「どこに行ったのかと思いましたっ!」
駆け寄ってきたカチェアに、政敏は肩をすくめてから、
「洗脳のシステムが分からなかったからな。見極めなけりゃ動けない」
そう答えた。
「それ、なんです?」
カチェアは政敏が手にしているものに目をとめた。
「機晶石の額飾り。さっきぶっ壊したのはすり替えた安物」
驚きに、カチュアは目を見張る。
「でも、なんだかこれ、曇っちまってるんだが……エネルギー切れか?」
「あーこれまた派手にやったわね」
小さな達成感の漂う広場に、新たな声が入ってくるのが聞こえた。
声の主は伏見 明子(ふしみ・めいこ)。
広場の入り口から駈けてきて、倒れている剣の花嫁の傍にしゃがみ込む。
「この人、大丈夫よね? えーとつまり、襲わない?」
居合わせた一同はこくこくと首を縦に振った。
明子はあごに手を当てて考え込み、二、三度言い淀んでから、次の言葉を口にした。
「死んで……ないわよね」
一同はぶんぶんぶんと今度は激しく首を横に振った。
「ふうー」
明子は深いため息をついてから、すっくと立ち上がると、一同に、一枚の書類を手渡して回る。
「それ、洗脳された剣の花嫁の生徒達の特徴書よ」
書類には、明子が調べて回ったのだろう、洗脳された剣の花嫁の顔、体格や、目立つ特徴などが列記されていた。
「事故で悲劇が起こるのはゴメンだから、この剣の花嫁たちにはぜひ気をつけてあげてね」
それから、明子は空京の街の方を振り仰いだ。
「協力者が増えれば、この後伝え洩れも出るわよね……やっぱ、ネットも使わなくちゃ難しいかしら。状況の共有! これ、大事だからなぁ……」
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