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リアクション
第二章 怪盗たちのいる街
「やりましたね大首領様。大漁です」
道行く人を避け、あるいは少々強引に突き飛ばし、景山 悪徒(かげやま・あくと)は空京の街路を駈ける。
背後の美術館からは未だ警報の音が鳴り響き、剣の花嫁による美術品襲撃の騒ぎがまだおさまっていない様子だったが、悪徒に興味はない。
ただ、たった今頂戴してきたばかりの美術品が肩に与える、ずっしりとした重みはひどく気分がいい。
「これを闇市場に売り飛ばせば、秘密結社【ダイアーク】の資金も潤う。ウハウハというものですね!」
「ふむ。中々上出来というものだ。怪人ファントムアクトよ」
悪徒のポケット、携帯端末型機晶姫の小型 大首領様(こがた・だいしゅりょうさま)から響く重々しい声も、心なしか機嫌が良さそうだった。
「しかし大首領様、恐れながら申し上げれば、これは……火事場泥棒では? その、秘密結社【ダイアーク】の活動としては何と申しますか、少々セコい気も……」
「……」
しばらくの沈黙。
「怪人ファントムアクトよ。貴様、我の、引いては組織の活動に不満が?」
「め、滅相もございません」
「火事場泥棒だと? 何を馬鹿な……我々は破壊されそうな芸術作品を『保護』しようとしているのだ……」
「失礼いたしましたっ! 大首領様の海よりも深いご配慮、私があさはかでしたっ」
大首領様の言葉に、悪徒は感激したようにピシリと背筋を正した。
と、そこへ――
スタタタっ――と、悪徒の横に並ぶ影があった。
「ベア、やりましたっ! 賛同してくれた人たちですよっ!」
ソア・ウェンボリス(そあ・うぇんぼりす)の嬉しそうな声。
「おう。助かるな、ご主人」
続いて現れた大きなクマのシルエットは雪国 ベア(ゆきぐに・べあ)。
「荷物が重そうですから預かってあげてください」
「まかせとけ、ご主人」
悪徒の「お、おい、なんだお前ら? 大丈夫、いや、大丈夫だから放っておいてくれ」という声を無視し、ベアは悪徒の担いだ袋を掴む。
さらに現れたカンバス・ウォーカーがあざやかな手つきで担ぎベルトを外す。
袋はベアの手元におさまった。
「では、引き続きお互い頑張りましょう。ご協力、感謝です」
姿勢のいいソアのお辞儀を最後に、三人は街角へ消えていった。
「あ、あれ?」
後には、呆然と佇む悪徒だけが残された。
「次は? 次はどこです? ベア、手紙のストックは大丈夫ですね?」
美術館から離れ、少し落ち着いたところで、いつもより少し高めのテンションでソアがベアに飛びついた。
「だ、大丈夫だぜご主人、ほらまだこんだけ」
ベアの手元には可愛らしい色の便せん。
いずれにも『後でちゃんとお返しします――怪盗カンバス・ウォーカー一味』とこれまた可愛らしい文字で書かれていた。
「上機嫌だな、雪国のパートナーは」
久途 侘助(くず・わびすけ)は空京の地図を眺めながら、ちらりとベアに視線を投げた。
「ん? い、いつもじゃないぞ!? いつも真面目だから、今日はちょっと、楽しくなり過ぎちゃってるだけだぞ!? ……それより、次に狙われそうなところは分かったのかよ」
ベアの言葉に侘助は地図を広げた。
「……ネットで調べたところだと……シャンバラ王国関係の展示が多いのはここだ。もちろんレプリカが多数だけど、それはたぶん関係ないよな。カンバス・ウォーカーの持ってる像だってレプリカなんだから」
「近いな」
「そうだな」
「できれば、次は操られている剣の花嫁が美術品を壊そうとしている現場に颯爽と駆けつけたいところだな。俺様達がただの泥棒じゃないって分かってもらうために」
「中々思慮深いクマさんだね。なら、急いだ方がいいかもな」
侘助はそう言うと、地図を片つける。
「美術品を守れれば一番だけど、もし壊された場合は、どこを狙って壊しているか、確認しておいてくれ。狙いの部分があるのかもしれないから次に繋げよう」
それきり、立ち去ろうとする侘助の手を、ベアがガシッと掴んだ。
「……後は電話でいいだろ」
「ふふん、今さら一味を抜けようたってそうはいかないんだぜ」
侘助はため息をついて首を振った。
「俺、次に狙われそうな美術品を予想するって言ったけど別に自分まで囮になるつもりはないぜ……」
そこへ、ふたつの影がヌッと差し込んだ。
侘助はさらに深くため息をついた。
「な、こうなると……面倒だからさ」
襲撃者の一人が、美術品を持ったベアに向かって光条兵器を振るう。
ベアがそれをかわしてみせると、鋭角的な動きで襲撃者はとターゲットを変更、今度はカンバス・ウォーカーに向かって光条兵器を水平に薙いだ。
反応が全く間に合わなかったとでも言うのか、光条兵器の白い刃は、大事そうに抱えられた像ごと、あっさりと、何の抵抗もなくカンバス・ウォーカーの胴を両断した。
「かかったなっ! そいつはメモリープロジェクターだ。囮捜査は刑事のお約束……ぬかりはないぜ」
トレンチコートをなびかせ、マイト・レストレイド(まいと・れすとれいど)が駆け出してくる。
すぐ傍らにはメモリープロジェクターを投影中の猟犬型機晶姫、ロウ・ブラックハウンド(ろう・ぶらっくはうんど)が付き従っていた。
「中々良い再現度だったんじゃないかっ、ロウっ! 刑事の相棒たるや、そうじゃなくちゃな。もう一働き、頼むぞ――逮捕だっ!」
マイトは満足げにその言葉を口にし、ロウはその言葉にやれやれと首を振るう。
それでも息はピッタリに、二人は襲撃者へと飛びかかった。
ドパパパパっ!
その二人を、派手な爆発音が襲った。
ミサイルによる爆発が、衝撃と爆風をまき散らす。
「おわあっ! な、なんだ!? ど、どこのバカ野郎だっ!?」
「うわぁ! ジェーンさん、誤爆させてしまったのでありますっ!」
頭頂で犬の尻尾のような髪の毛をわたわたと振るって、ジェーン・ドゥ(じぇーん・どぅ)が慌てた声を上げた。
「わざとやってんのか君っ!」
「まさかでありますっ! ジェーンさんはマスターのお役に立ちたいだけでありますっ! 最近マスターからの好感度がみるみる下がってる気がするので、このままだと不燃ゴミにポイされてしまうのでここはひとつ勘弁して欲しいのでありますっ!」
その、マスターがいるであろう方向をちらちら確認しながら。どこか哀れを誘う声を出しながらジェーン。しかし、ミサイルポッドをしまおうとして――今度は機関銃を乱射させた。
「……銃刀法違反で逮捕だな、逮捕する」
「うわぁうわぁ! こうなったら言わせてもらえば刑事が泥棒の片棒担いでるのも問題だと思うであります」
「ああ? わざとだな! 今度こそわざと喧嘩売りやがったな!」
ワウンっ!
つかみ合いを始めたマイトとジェーンが、ロウの鋭い鳴き声に我に返ると、態勢を立て直した襲撃者が今にも逃げ出そうとしているところだった。
ハッとしてジェーンがミサイルポッドを展開。
「やめておかぬか」
ファタ・オルガナ(ふぁた・おるがな)はパートナーのあたまを小突いてどかせ、
「はい、ちょっと失礼しますよっ!」
クロセル・ラインツァート(くろせる・らいんつぁーと)は軽身功の効果も軽やかに、マイトの背中を飛び越え、高らかと飛び上がる。
そのまま――
『とりゃっ!』
二人揃って水風船を投げつけた。
狙いを過たず飛んできたそれを、襲撃者が光条兵器でなぎ払った。
小さな破裂音と共に中に詰まっていたスライムが弾け、どろどろと襲撃者に降りかかる。
数瞬の後には、襲撃者の自由が完全に奪われることとなった。
「これで、ひとつ消し。ふふん。こんな遠回しで、セコい手を使うような小者っぽい犯人などに負けませんよ!」
ビシッと高らかに勝利宣言をするクロセルの横で、
「ふむ」
ファタも満足そうに鼻を鳴らした。
「百の言葉を尽くすより、一つの行動。剣の花嫁の洗脳なんて、百人でも二百人でも元に戻しましょう。このイルミンスールのお茶のヒーローと怪盗カンバス・ウォーカー一味がね」
「む、念のためじゃが、わしは一味ではないからな」
ファタが、小さく手を挙げて宣言する。
「おや、そんな他人行儀な。スライムを投げつけてみようだなんて、立派にヒーローの素質がありますよ」
「知らぬっ! たまたまじゃ、たまたま! この騒ぎで可愛らしい少女の被害者でも出たらもったいないと思っただけじゃ」
「そうです! マスターはジェーンさん一味でありますっ」
「黙るのじゃっ! この人間大災害!」
「あっはっは、さあカンバス・ウォーカーさん、次はどこに行きます? こっちはエネルギー、余りまくっちゃってますよ!」
「んふふ、元気ですね。怪盗カンバス・ウォーカー一味の皆さんは」
歓声に沸く一味の様子を眺め、ソアは楽しそうな声をもらした。
「窃盗団なのにな」
ニシシとベアが笑った。
「いいんです。受け身な囮作戦なんて、『怪盗カンバス・ウォーカー』には似合いません。それに、カンバス・ウォーカーさんは嬉しそうです」
ソアに言われてベアがカンバス・ウォーカーの方を見ると、確かに。
カンバス・ウォーカーはイルミンスール魔法学校に現れたときから見ても一番、活き活きしているように見えた。
「そうなのか? カンバス・ウォーカー?」
ベアの言葉に、カンバスは少し宙を見て考えこみ、答えた。
「……うん、嬉しい。も、もちろん、泥棒がいけないのはわかってるよ!?」
パタパタパタっと手を振るう。
「でも、自分で美術品を守れるのは、誰かの大切な想いを守れるのは、嬉しい」
それから、少し俯いて、小さな声で恥ずかしそうに続けた。
頬が少し染まっている。
「……みんなが美術品を大切にしてくれるのが、嬉しい」
さらに、カンバス・ウォーカーはツンツンと跳ねた自分の赤い髪を引っ張りながら、すっかり照れたように俯いた。
頬はもう、茹でたようにすっかり紅潮してしまっている。
「それから……もし……みんながボクのことも、すこしでも大切に……仲間だって、思ってくれてるっていうなら……それは、もう、ホントに嬉しい」
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