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【十二の星の華】狂楽の末に在る景色(第3回/全3回)

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【十二の星の華】狂楽の末に在る景色(第3回/全3回)

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第一章 発狂

 風が、吹き始めていた。
 横たわるヴァルキリーの髪の先が、まるで沸き立つ泡のように、それでも静かに揺れ舞いていた。
 木漏れ日を浴びる芝生の上で見れたなら、きっと頬は柔いだのだろう。しかし今は。
 目つきは鋭いままに、メシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)は唱えていたヒールを止めると、彼女の手首を掴み上げた。
「離しますよ」
 宙に浮かせたまま、その場に留めて欲しいとメシエは彼女にそう言ったのだが。
 手首は直ぐに力無く地に落ちた。
 動かそうと。それでも手首も、手の腹も平も指さえも、震えるばかりで今も動かせないようだった。
「どうだ?」
 腰を屈めて覗くエース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)に、メシエは首を横に振って見せた。
「毒性が抜けてない。調合をし直さないと」
 重くて動かせない。鉛や銅のように固まってしまったかのような、地面と空気に押し潰されているような。反射的に歪ませる表情、それすらも直に出来なくなるだろう。
「エース、この娘を……」
 振り向き見上げた時、エースは、歩み来た如月 日奈々(きさらぎ・ひなな)冬蔦 千百合(ふゆつた・ちゆり)の報告を聞いていた。2人は全身を痙攣させたヴァルキリーの治療にもナーシングとヒールが有効だった事を告げていた。
 真剣な表情で、また堂々と聞き応えるエースの姿にメシエは思わず頬を緩めたが、その様子に気づいたのだろうか、エースは慌てて首を戻し向いた。
「ごめん、メシエ。何だっけ?」
「あぁ、この娘をお願いできるかな、ちょっと行ってくる」
「アリシアさんの所か。分かった、引き受けるよ」
 メシエは、頼むよ、とだけ言い残して歩みを始めた。その背を見送りて腰を下ろそうとするエースの腕袖を、日奈々がそっと摘んで止めた。
「あの… 私が、やるですぅ…」
 恥ずかしそうに俯きながら。それでもチラと見えた日奈々に揺れは感じなかった。
「それじゃあ、お願いできますか」
「はい…」
 少しだけ嬉しそうに、日奈々は腰を下ろしてナーシングを唱え始めた。
 千百合もそれに続こうとした時、
 ツンツンツーン。
 と頬をつつかれた。指の主に瞳を向けると、クマラ カールッティケーヤ(くまら・かーるってぃけーや)が満面の笑みを見せていた。
「怖いよ〜、顔、怖い怖いよ〜」
 指に続いて掌で、むにむにむに、とマッサージ。面白いように形を変える千百合のモチモチの頬にクマラは一層の笑みを見せた。
「ほら、これでいっぱい笑えるよっ」
 温かい。火照りを感じて千百合は頬に手を添えた。己の頬とは思えぬほどに、また今もクマラの手に包まれているかの様に温かかった。
「明るく治療したほうが、患者さんも安心するよっ」
 笑顔を起き残して、クマラは、すきっぷ♪ をしながら患者の元へと向かっていった。
「千百合… ちゃん… ヒール…」
「あ、ごめん」
 小さく口を尖らせた日奈々の隣に座り、千百合はヒールを唱え始めた。少しばかり前、炎毛狼の襲撃の時にも日奈々を危険な目にあわせてしまった、だから、今度こそ日奈々を守れるように危険な目にあわせないように的確な判断力と実現できるだけの力量をつけて……。
「力、入りすぎてたのかな」
 口角が簡単に上がった事に千百合は驚いた。自己叱責も焦りも軽く飛んでいってしまったようだ。
 真っ直ぐにヴァルキリーを見つめる日奈々も、もちろん呻き続けるヴァルキリーだってきっと笑顔にしてみせる。千百合は顔の力を抜いて、唱えるヒールに力を込めた。
「あっ、いいなー おいしそうだなー」
 クマラエオリア・リュケイオン(えおりあ・りゅけいおん)の手元を見ると、たまらずに声を上げた。上体を起こしたヴァルキリーの口に運ぶスプーンには、粥だろうか、良い香りを放つ流動食が揺れている。
「クマラの分も作りますよ、一番最後になりますけど」
「えぇー 最後かー 。でも良いんだっ、エオリアの料理はおいしいからっ」
 クマラがズイと顔を寄せたから、ヴァルキリーは顎を引いて身構えた。再発した症状は、全身の痙攣。日奈々千百合の治療によって痙攣は消えていた、それでも脅えた色が顔から抜けないのは、クマラが顔を近付けたから、というだけではない。
「大丈夫だよ〜 しっかり食べて、無理矢理寝れば、すぐに良くなるからねっ」
「病人に無理をさせてどうするんですか」
「だって毒は体から抜けてるんだから、あとは体力を回復させるだけでしょ? だから、ねっ、食べて食べてー」
「食べるのはゆっくりで良いんです。早食いには一利も無いですからね」
 あるよー、なんてクマラは口を尖らせた。つられた部分もあるが、エオリアも明るく振る舞っていた。病は気からとは言うし、患者の前で暗い顔を見せる事にこそ一利も無い。栄養士として、治療を終えたヴァルキリーの体力を回復させるべく、食事を提供している。食べることで回復するのは体力だけじゃない、心だって軽くなる、あとは話すことが出来れば…。
 触れることから関わることから、信頼関係を築く事ができれば。エオリアは笑みを添えてスプーンを口元へとそっと運んだ。
 音を気にして。軍用バイクではなく、己の身を走らせた。神楽坂 翡翠(かぐらざか・ひすい)は、村周辺の森を探った後、村を丸々一周、加えて家屋を含めた建物を隅まで一通り見て回り戻ってきた。
 村人であるヴァルキリーたちは治療班の元に集められているだけあって、村の中は静まりかえっていた。それは不気味さをより強く際立たせていたが、己の仮説を固めるには十分な手応えを得ていた。固まらなくて良い仮説が固まってしまっていた。
 荒れる息を素早く押さえつけて、肩の上下が消えたのを確認してから翡翠はパートナーの元へと姿を見せた。
「あ〜 もう、どこ行ってたんだよ」
 レイス・アデレイド(れいす・あでれいど)翡翠の涼しい顔に、とりあえずの怒声を上げた。
「こっちは大変なんだ、手伝ってくれよ」
「手伝うと言っても、役立つスキルは持ち合わせていませんよ」
「知ってるよ。それでも俺の目が届く所に居ろ、走り回ってたのを隠すような事するくらいならな」
「…… バレてましたか」
「んで? 何を調べてたんだ?」
「村にある家屋を含めた建造物と建築物、それに彼女たちが生活するのに必要な空間を測ったのですが、村を移設するとなると近場では難しいかも知れませんね」
「移設? 村ごと引っ越しさせるのか?」
「えぇ、空気感染が無いと言っても推測の範囲ですし、今はただの結果論に過ぎません。消毒、および抗毒剤が散布されるまでは村で生活することは避けるべきだと思います」
 処置が済むまでの仮の住まい。引っ越しと言うよりは避難と言った所か。それにしても。思考を巡らせると、レイスは改めて、ため息をついた。
「毒の再発とか無しだろうよ、一度治療を終えたってのによ、キリが無ぇ」
「そんな事はありません、3度目の発症者は今の所は居ないようですし。1人ずつ確実に治療してゆけば−−−」
「その1人ずつが多すぎて困ってるんだがな」
 言葉とは裏腹に、いや、言葉を繕っていたのであろう、言ったレイスは既にキュアポイゾンを唱えていた。調べに離れる前よりもレイスの顔色は青みがかって見えた。無理をするのはいつもレイスの方だ、と思われたレイスにも翡翠は同じ事を思われているのだが。互いに無理をさせぬよう、尽きるまでは添おうと決意しながらに。2人は治療を再開させたのだった。
 消耗戦になってくる、そして今、その危機が間近に迫っている。
「よろしいですか?」
 白馬に跨るクナイ・アヤシ(くない・あやし)が、背に言葉を転がした時が、清泉 北都(いずみ・ほくと)が目を閉じた瞬間であった。禁猟区を限界地まで張り届かせるために、北都はそのまま深く深くへと潜っていった。クナイも言葉を続ける事をせずに、背に温もりを感じようと、呼吸を整えていった。
「よし、良いよぅ」
「はい、行きます」
 しなる鞭、鳴き声の後に蹄の音列。香生草を煮込んでいた釜を引きながら、白馬は村を目指して風を切り始めた。
「異常はありませんか?」
「うん、今のところ平気みたいだねぇ。釜も安定しているよ」
「だいぶ量が減りましたからね、踊り出すのではと心配しましたが」
「変な段差とかに乗らなきゃ、たぶん大丈夫かなぁ。もっとスピード出しても良いよ」
「かしこまりました」
 煮込んだ香生草から作った塗り薬は、毒に侵されたヴァルキリーたちの「皮膚が焼け溶けるような痛み」を和らげるのには効果を発揮した。アリシア・ルード(ありしあ・るーど)の話では、再発した症状の幾らかにも効果のある薬を調合できるという。炎毛狼撃退の連絡と共に聞いた2人は、一刻も早く村へ引き返す事の重要性を瞬時に理解していた。
 今は再発した多様な症状にも、魔法での治療が有効な様だが、SPも体力も精神力にも限りがある。
「!!! 待って!!!」
 釜を引いているために急に、という訳には行かなかったが、白馬は蹄の音列を並べるのを止めた。
「待って」
「北都… 彼女たち、ですか?」
 白馬の鼻の先、クナイの視線には、リアトリス・ウィリアムズ(りあとりす・うぃりあむず)カレンデュラ・シュタイン(かれんでゅら・しゅたいん)が村先で並び笑んでいた。
「ご苦労様、待ってたよ」
「釜は無事か?」
「えぇ、ここに」
「よし、手伝うぜ」
「助かります」
 2人に白馬の後方を指し示すと、視界の隅に、研ぎ澄ましたままの北都の姿が映り込んだ。
「北都?」
「違う! 上だ!!」
 上空へと素早く。3人が続いて見上げた時、空飛ぶ箒から放たれたファイアストームを小型飛空艇が旋回して避けるのが見えた。もう1機の小型飛空艇からは銃撃での追撃がなされていた。
「一体何事です?」
「ったく、派手にやりやがって」
「カレンデュラ、行くよっ!」
「おっ、おぉ、早いな!!」
 カレンデュラだけでなく北都たちも驚かされた。リアトリスは小型飛空艇への搭乗を済ませていただけでなく、既に宙に浮かび始めていたのだ。
「おぅ、ちょっ、待てって」
 加速する直前に乗り込むに成功した。ようやくにカレンデュラが顔を上げると、そこには5歳の女の子に変化を終えたリアトリスの姿があった。
「”う゛ぁる”ちゃんたちは、ぜったいあんせいなんだからぁ」
「”う゛ぁる”ちゃんって……。漲ってるな」
 地祇のたくらみによって外見を変化させた
リアトリスに圧倒されてい
た。その姿で戦うのか? と訊くことも躊躇ったままに、2人を乗せた小型飛空艇が上空へと昇っていった。
 幼子”リアちゃん”の戦いは…… どうやら次章になるようである。