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【十二の星の華】双拳の誓い(第4回/全6回) 虜囚

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【十二の星の華】双拳の誓い(第4回/全6回) 虜囚
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5.時の残像
 
 
 伯爵のいる広間では、ソーマ・アルジェントがバイオリンの演奏を披露していた。他の場所での混乱も、この時点ではまだここまでは波及していない。
「ほう、それでは、私のコレクションを狙って、過激な学生たちがやってくると」
「ええ。おそらく、もう入り込んでいるとは思いますけど」
 メニエス・レイン(めにえす・れいん)は、伯爵のむかいの席で大きく足を組んで椅子に座りながら言った。その後ろには、ぴったりと貼りつくようにミストラル・フォーセット(みすとらる・ふぉーせっと)が無言で立っている。
「それで、珍しい五人のコレクションを手に入れたと噂に聞きまして、拝見させていただこうと思って立ち寄ったのですが」
 その言葉に、ついたてのむこうでソーマ・アルジェントと一緒にいた清泉北都が思わず耳をそばだてた。
「ああ、あれですか。そうですね、四つはまだですが、一つはいい具合に仕上がりましたので、御覧にいれましょう」
 伯爵が優雅に呼び鈴を振ると、クラシカルなメイド服を着たココ・カンパーニュが現れた。
「ほう、これはこれは。うまくてなづけられた……のですかな?」
 疑問を挟みつつ、メニエス・レインが聞き返した。
「なかなか気に入った物ができませんで。後の四つは、専門の職人に頼んで石像にしてもらおうかと」
「すでに、到着しておりますが……」
 家令が、そっと伯爵に耳打ちする。
「呼びなさい」
「はっ」
 少しあって、マッシュ・ザ・ペトリファイアー(まっしゅ・ざぺとりふぁいあー)が真新しい石像を運んで現れた。
「これはこれは、ずいぶんと待たせてくれるよね。どうです、いいできでしょう。早く見せたくてたまらなかったんだよ」
 ぎょろりとした目をくるくると動かしながら、マッシュ・ザ・ペトリファイアーが自分の作品を自慢した。
「で、それが新しいおもちゃかい。いいねー。いいモチーフだよ」
 すっと、ココ・カンパーニュのそばに近づくと、つーっと腕をなぜて、軽くポーズをとらせた。ココ・カンパーニュは無言のままで、ただされるがままになっている。
「うん、ここかなあ」
 言いつつ、マッシュ・ザ・ペトリファイアーが、いつの間に抜いていたのか、さざれ石の短刀を素早く元の鞘に収めた。
「むっ」
 メニエス・レインたちの見つめる目の前で、ココ・カンパーニュがあっと言う間に石化していく。
 思わず声をあげそうになって、清泉北都はなんとかそれを呑み込んだ。
「どうだい、いいできだろう」
 マッシュ・ザ・ペトリファイアーが自慢げに伯爵に言った。
「困ったものだ。一番できがよかったのに」
 あまり残念ではなさそうに伯爵が言う。
 そのとき、ついに学生たちが広間に突入してきた。
「あー!!」
 一番乗りした高月芳樹たちが、石化したココ・カンパーニュの姿を見て悲鳴をあげた。
「騒がしいなあ。もっと静かに鑑賞してくれないと」
 マッシュ・ザ・ペトリファイアーが顔を顰めた。
「ココはどこだぁ!」
 そこへ、ラルク・クローディスが突入してきた。同じく、ココの姿を見て激怒する。
「貴様ら!」
「ちっ、ああいうのは面白くない」
 さっさとココ・カンパーニュの石像を奪って退散しようとしたマッシュ・ザ・ペトリファイアーだったが、突っ込んできたラルクを見て、あわてて避難した。
 ラルク・クローディスは返す拳で伯爵を狙ったが、霧の上をすべるようにして伯爵はそれを回避した。
 ココ・カンパーニュの周りから一時的に敵がいなくなったのを見てとると、清泉北都たちと高月芳樹たちが急いで石像の所に駆けつけた。
「とにかく、破損しないうちに早く安全な所へ」
「イルミンスールに連れていきましょう。あそこなら、なんとかなるはずです」
 全員で協力して、そそくさとココ・カンパーニュの石像を運び出していく。
「こちらです、こちら!」
 広間の出口で、ソフィア・エルスティールが必死に高月芳樹たちを手招きした。
 
「メニエス様、そろそろ潮時かと……」
 状況を見て、少し身をかがめたミストラル・フォーセットがメニエス・レインにささやいた。
「やれやれ、もう少し遊ぼうかと思ったが、少し興がそがれた。雑魚に興味はないわ。帰りますよ、ミストラル」(V)
 これ以上関わって、伯爵がやられるところを見ても面白くないと、メニエス・レインはミストラル・フォーセットとともにさっさと姿をくらませた。
 
「その報い、受けてもらうぜ! 闘気を解放して、一気にけりをつけてやるぜぇい!!」(V)
 ラルク・クローディスが、練りに練った闘気を伯爵に打ち込んだ。渾身の一撃が伯爵を粉砕し、背後の壁まで崩して大穴を開ける。
「やれやれ、また修理に手間がかかってしまう」
 倒したと思った伯爵が、ラルクのすぐ後ろに現れてつぶやいた。
「捉えた、そこだぁ!!」(V)
 すかさずラルク・クローディスが蹴りを見舞ったが、またヒットしたものの、伯叔は別の場所で復活するのだった。
「むだですよ。私は、この世界。世界その物なのですから」
 不敵に、伯爵が笑った。
 広間にたちこめる霧が動きだし、モンスターが次々に現れる。
 直後、広間の壁が吹き飛んで、数体のパワードスーツが飛び込んできた。
「待たせたなあ。全滅させていいよなあ」
 ナガン・ウェルロッドが、実に楽しそうに言った。
「まったく、誤解を解くのが一苦労だったわい」
 ジーナ・ユキノシタの安全を確認したガイアス・ミスファーンも、もはや遠慮せずに突入してきた。
 たちまち、新たに湧いたモンスターたちと駆けつけた者たちの間で激しい戦いが始まった。
「あれ、あそこの奧、何か部屋がありませんか?」
 ノルニル『運命の書』のファイヤーストームで一瞬霧が薄らいだときに、神代夕菜が、ラルク・クローディスが壁に開けた穴の奧を指して言った。
「本当ですぅ。ノルンちゃん、明かりですぅ」
「はーい」
 神代明日香に言われて、ノルニル『運命の書』が光術で明かりを点した。
 隠し部屋の中に、一瞬だけ、祭壇のような物の上に寝かされたココ・カンパーニュの姿が浮かびあがる。
「見つけましたぁ」
 先ほどの石化の件を知らない神代明日香は、そのおかげですんなりと本物のココ・カンパーニュの所在を確信することができた。
 だが、モンスターたちが邪魔で、簡単にココ・カンパーニュにまで近づけない。
「やれやれ。しかたない。お姫様はどこか安全な場所にお連れするといたしましょう」
 伯爵が、困ったようにゆっくりとココ・カンパーニュの方へと歩きだした。
「そうはさせませんよ」
 高笑いとともに天井が崩れ、あっと言う間に伯爵が下敷きになった。その瓦礫の上に、パワードスーツを着たクロセル・ラインツァートが腕組みしたまま立っている。
「はいはい、邪魔邪魔」
 天井の穴から、ゴチメイたちと他の学生たちが次々飛び降りてきてクロセル・ラインツァートを押しのけた。
「リーダー! 早く、治療を」
 集まったゴチメイたちが、急いでナーシングでココ・カンパーニュの意識を取り戻させる。
「ううっ、なんか酷い夢を……」
「よかったぁ」
 上半身を起こす、ココ・カンパーニュに、リン・ダージが飛びついていった。
「あらあら、これって、本物の右手じゃないのかしらあ」
 ココ・カンパーニュのそばにあった女王像を見て、チャイ・セイロンが言った。明らかに、そこだけ材質が違う。それに、今までクイーン・ヴァンガードの者たちから見せられた写真とまったく同じ形をしていた。
 素早く右手を取り外すと、チャイ・セイロンはそれをしっかりとかかえ持った。
「そこにいるのか!」
 突如、壁のむこうからアルディミアク・ミトゥナの声が響いた。広間の近くまで来られたものの、伯爵の手下や学生たちに阻まれてかなり苦労したらしい。
「みんな、撤退ですって。建物が崩れるそうです」
 天井に空いた穴付近で小型飛空挺に乗った九鳥・メモワールが叫んだ。ジャワ・ディンブラのそばにいた九弓・フゥ・リュィソーから連絡が入ったのだ。
「出るのなら、こっちの方が早い」
 復活したココ・カンパーニュが、外壁にあたりをつけて、ドラゴンアーツで一気に脱出口を作った。
「みんな、いったん中庭に出ろ、早く」
 そう叫ぶと、ココ・カンパーニュはゴチメイたちと一緒に外へと飛び出していった。
 
    ★    ★    ★
 
「さて、これなら館ももたないであろう」
「そう願いたい物です」
 外では、ルイ・フリードとともに、マコト・闇音が、館の柱を次々に破壊していた。
 中庭では、フリードリッヒ・常磐や菅野葉月やミーナ・コーミアが霧を焼き払っている。
 この城の命運はもう尽きたと言ってもいいだろう。
 ほどなく、館や塔が崩壊を始めた。
「ふう、危なく瓦礫の下敷きになるところだったにゃ」
 白砂司たちが見つけだした涸れ井戸の抜け道から、真っ先に飛び出してきたシス・ブラッドフィールドがほっと一息ついた。その後から、館の中にいた学生たちがぞろぞろと出てくる。
「やれやれ、突入用に探した抜け道が、脱出に役立ってしまうとはな。皮肉なものだ」
 思惑違いに、白砂司が渋い顔をした。
「いあいあいあ、じめじめした井戸の底、最高でございました」(V)
 なぜか、いんすますぽに夫だけは御満悦だった。